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十発と一発

殴ったクルス・クロスが、肩で息をするのに対して、

殴られた津張は、すやすやと眠る稚児のような落ち着いた呼吸をひとつーー!!


さながらぶつかり稽古ーー!!

胸を貸す力士のごとしーー!!




このときすでにーークルス・クロス渾身の拳が実に『九発』!!


津張の顔面には打ち込まれていた!!


両者の名誉のために誓って言おう!!


クルス・クロスは!!

その攻撃の一切に!!

手心は加えていない!!


もちろんーー彼の力不足が招いた結果でもない!!


クルス・クロスの一撃の重さを現実世界のそれに例えるならば、それはプロレスラーの『本気』の逆水平ーーつまり、『防御不可能』『タダでは済まない』というか『昏倒必至』!!


要するに、プロ格闘家にも引けを取らない膂力と技術の持ち主ということである!!


そんな類稀な強者が!!

九発すべての拳を!!

『必殺』の思いのもと放った!!




ーーが!!

相対するは!!

『漢の中の漢』!!津張剛!!


すべて受け切ってなお!!涼しげな表情!!




さながら、不動の巨岩に拳を撃ち続けるがごとしーー。


『渾身』を九度も繰り出したクルス・クロスは、すでに疲弊しきっていた。


ーーと、同時に、ある認めたくない事実を嫌々重々呑み込みかけていた。


そして、すんでのところで呑み込むのを拒んだクルス・クロスは、たまらずそれを口から吐き出した。




「……ツバリ・ツヨシーーあんたァ、やっぱ強ェよ……」


ざわつく野次馬。


「目を背けたくなるような事実だがァ、あんたは強ェ。俺より強ェ。それは認めるぜ。このまま俺の全力を何発お見舞いしようが、あんたをブチのめせる気がしねェなァ……」




まさかの敗北宣言ーー!?


最後の一発を残し、すでに戦意喪失か……!?


野次馬の皆が、落胆にも似たそんな予感を胸に抱いたそのときーー、




「『炎神エンジン』ーー!!」




突如として、広場を包み込むほどの巨大な熱風が吹き荒れた。


皆が慌てふためく中、

津張剛だけはただ一点を見つめていた。

津張剛だけは熱風の正体を見抜いていた。


熱気の発信源はーークルス・クロス。


確かによく見ると、クルス・クロスの姿が、ゆらめきぼやけて見える。


クルス・クロスが発する熱が、景色を溶かしているのだ。


津張もたまらずこれには、じんわりと汗ばむ。


クルス・クロスは、かがり火のようにゆらりと言った。


「こンままっても、あんたにゃ勝てねェ……。だからーー」




次の瞬間ーー拳を堅く握ったと同時に、クルス・クロスの全身は炎に包まれた!!




「『魔法コイツ』を使うぜーーッッ!!」




今ーー広場を焦がす熱気の正体が明らかになった!!


それすなわち魔法ーーまさに異世界を象徴する超常の力!!




噴き上がる爆炎の中に立つクルス・クロスーー彼は、瞳を!闘志を!矜持という名のありったけの薪をくべ!燃やしていた!!




「ヒュウ〜……!!」


津張は、目を輝かせたーー!!


今まさに、自らの退屈を消し去ってくれるほどの豪炎とーーかつてないほどの強敵と相見えているのだと、心の底から実感し、その喜びに打ち震えていた。




眩く立ち昇る炎の中で、クルス・クロスは言った。


「安心しなァ。こう見えて、この炎はそれほど熱くなくてよーー触れたって火傷するかどうかってほどだァ……。じゃあ、俺の使うこの魔法にどんな効果があるかってェと、その名のとおり、平たく言えば『エンジン』だァ……!!発火の際に起こる力を応用し、その勢いをすべて拳に載せるーー結局、最後に頼るのは、己の拳ってワケ……!!」




刹那ーー亜音速で津張の背中に鳥肌が疾走はしる!!


『こぶし』というたった三文字が、しかし津張の心を刺激せずにはいられない!!




「『ご丁寧』に『ご説明』あンがとョ……!!『最高イイ』……『最高イイ』ゼ『おまえ』……ッッ!!『単純わかりやす』くて、『最高サイコー』に『最高イイ』ーーッッ!!」


ただでさえ『最高イイパンチ』の持ち主である男が、魔法という津張にとっては未体験の力を使い、さらに強力な『拳』を繰り出そうというのだーーこれに滾らず、何に滾る!?




「『燃』えてきたゼ……ッ!!」




津張、ここにきて初めて構えを取ったーー!!


敵知らずの喧嘩番長だが、もちろん全身から火を噴く相手と喧嘩をした経験などあるはずもなくーー。




「行くぜ……ッ!!」




クルス・クロスもまた、構えるーー!!


腰を落とし、左手で照準を合わせーーそして右拳を引いた。


その一連の動作から、やはり彼が一介の賊に収まらない男であることは再確認できる。


両者が構えたそのときーーまるで時間が止まったみたいに、広場から一切の音が消えた。




決着は近いーー野次馬も皆、固唾を飲んで二人を見ていた。




そうして、皆がクルス・クロスの流麗な動きに目を奪われていたその瞬間ーー、




クルス・クロスのその全身を覆っていた激しい炎は、彼の肘に一点集中。

わずかな火花を散らしたかと思ったのも束の間ーー、




ーーバァァァンッッ!!




凄まじい破裂音が広場中に響き渡った。




そして、気づいたときにはーー向かい合っていたはずの津張とクルス・クロスは、互いに背を向ける形となっていた。


つまり、このときすでに、目にも留まらぬ速さでクルス・クロスの拳は、津張を撃ち抜いていたのである。




さて、『十発』すべてを撃ち終わり、


『怪力×神速 VS 根性』


軍配が上がったのはーー!?




「……オイオイ」


先に口を開いたのは、津張剛ーー。


「テメェーーいや、クルス・クロスよォ……。『嘘』はいけねェ……。『見た目ほど熱くない』だァーー!?」


そして、振り向く津張。

自らの腹部を見せつける。




「『凝視』ろョ……おいらの『一張羅オキニ』が、『台無クロコゲ』じゃねェか……!!」




「!?」




見ると確かに、津張の学ランには大穴が開いており、その切り口?にはちりちりと焼け焦げたような跡が見られた。


ーーが!!衣服の下から覗く彼の肉体は!!まさに無傷!!

赤子の柔肌のごとく!!生娘の玉肌のごとく!!無傷!!




「ハハァ……」


渇いた笑みをこぼすクルス・クロス。


「『炎神エンジン』は、最上位身体強化魔法だぜ……そいつを『丸腰』で受けておいて、『服が駄目になりました』で済むんならァーー高い釣りが来らァ……」


クルス・クロス、膝をつくーー!!




対して津張は、仁王立ちーー!!




わざわざ言うまでもないーー明らかな決着!!




沸き上がる観衆!!

彼らは皆、両雄の勇姿、そして闘志を讃えた!!




ーーが、このムードにまるで水を差すように、津張は拳をボキボキと鳴らし始めた。


「クルス・クロスよォ……十発もおいらを殴っておいて、自分テメェは一発も『』らわねェってのは、『収まり』が『悪』ィ話だョな……!?」


広場から歓声が消え、代わりにざわつきが生まれた。


誰がどう見ても、両者の間に決着が付いたのは明白ーーこれ以上はもはやただの蹂躙である。


そんな思いを、腹の中に抱える野次馬も少なくはなかった。




ーーが、クルス・クロスは、そうは思っていなかった。




「ツバリ・ツヨシーーあんたァ、優しいなァ……」




「!?」




「『ナニ』『世迷言』ってんだョ……。今からおいらに、ぶん殴られようってやつがョ……!!」


「……ハハァ」




ーーわざわざあんたが拳を握るのは、俺の顔を立てるためだろうーー?




口にこそ出さなかったが、クルス・クロスにはそうとしか思えなかった。


無抵抗の相手を一方的に十発ーーそれも、高等魔法まで使っておいてダメージを与えられないまま、白旗を上げるーーこれが恥でなくて、なんだ?

路上に生きる『ワル』として、これ以上、恰好のつかないことなどありはしない。


そんな下らない自分の矜持のためにーーせめてもの気遣いとして、ツバリツヨシは己に拳を振るってくれるのだ。




だが、津張剛もまた一匹の狼。


これ以上は、言葉で語ることはするまい。


ただ黙って、頑強な握り拳を作り上げた。




「『歯』ァーー『喰』いしばれョ……!!」


構えた瞬間、クルス・クロスは肌で感じた。


あァ、この『漢』はまだ、ちっとも力を出しちゃいなかったんだーーそれもそのはず。クルス・クロスの攻撃を受けていたときの津張は、ただの一歩も動くことすらなかったのだから。


やがて、津張が見せるは大振りの構えーーあまりにも隙だらけな特大のモーションだが、しかしこの隙をついて、津張に殴りかかる者は、銀河系に一人としていないだろう。


それほどまでにーー強大な破壊力を予感させる津張のプレッシャー


発射直前の大砲に飛びかかる馬鹿はいないのと、ちょうど同じである。




さぁーー津張、その拳に全身全霊を載せ、いざ振りかぶらん。


その場にいた者は皆、比喩ではなく大気の震えを全身で感じたという。




隕石の飛来かと見紛うほどの一撃を間近で見ながら、クルス・クロスはぼんやり考えていた。




ーー俺の十発は、ツバリ・ツヨシの一発に比べりゃ、なんてちっぽけなものだったんだ。俺が百発撃とうが万発撃とうが、ツバリツヨシの一発には遠く及ばないーー




自らの死を確信したクルス・クロスは、静かに目を閉じた。




ーーが、次の瞬間感じたものは痛みではなく、自らの頬をかすめる爆風と、耳を裂くほどの轟音であった。




目を開けると、津張の拳はクルス・クロスとの直撃を免れ、地面に伸びていた。


おそるおそる、津張の渾身の一撃を受けた地面に目をやると、信じられない光景がそこにはあった。




「ブチ割れてんじゃあねェかァーー大地がよォ……!!」




クルス・クロスの全身から噴き出すは、汗、汗、汗。


津張が殴った地面は無惨にも破壊され、広場を縦断するほどのーーあまりにも大きく、そして長い亀裂が走っていた。




しかし、そのときクルス・クロスの胸中に浮かんだのは『恐怖』ではなく、『疑問』であった。


なぜ外したーー!?


訴えかけるような視線をクルス・クロスから向けられた津張は、白々しくこんなことを言った。




「ッとと……おいらとしたことが、『パンチ』を外しちまうなんてョ……オメェの『パンチ』が、どうやら効いていたらしいゼ……!!」




棒読みーー!!


津張剛、嘘が下手すぎるーー!!




『わざと外した』のは、誰の目にも明らかであった。




「ッハ」と、クルス・クロスが吹き出した。


「あんたァーーやっぱ『イイヤツ』だァ……」




津張は、鼻頭をポリとひと掻き、照れ臭そうに言った。


おいらが言いてェのは『唯一ひとつ』だけだ……。『親友クルス・クロス』ョーーテメェの『パンチ』、『最高サイコー』に『激熱アツ』かったゼ……!!」




津張は、子どもみたいにニカっと笑った。


野次馬は、本日最高の盛り上がりを見せた。


意地を通し、自らの矜持を守ることができたクルス・クロスもまた、満足げに口元を緩ませていた。




『異世界路上喧嘩』初戦!!

『最強のツッパリ』津張剛の勝利にて決着ーーッッ!!

ここからは不定期更新となります。

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