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試練と転生

津張の口から放たれた衝撃の言葉ーー、




おいらは、『死』んじゃいねぇ……!!」




「!?」


一瞬たじろいだ女神であったが、やがて彼女の顔からは、そのすべてを包み込むような笑みは消え、そして睨みつけるような目つきで津張を見つめ、言った。


「いくらあなたのような紳士的で誠実な男性の言葉でも、その発言は許容しかねます。あなたは、女神のーーひいては天界の決定・審判が誤りであると、そう言ったのです。これは、まさしく神への冒涜です。ただちに訂正しなければ、次の生への転生の際、重大な『試練』及び『罰』が課されることとなります」


やはり津張には理解しかねる言葉で、津張の非礼を責めるヴィーナスであったが、しかし『ツッパリ』津張剛ーー『目には目を』といわんばかりの猛反撃を見せた。


「だったらよォ……あんたが『嘘』ついてたときはどうなるでィ……!?おいらが『罰』を受けるかもしれねェッてんなら、あんたにも同じくれェの『何か』を『背負』ってもらわねェとな……!!」


神の決定に疑いの余地なしーー女神は己の信念に従い、不良少年の挑発に応じた。


「……いいでしょう。もしわたくしが誤っていたそのときはーーあなたの願いを何でも一つ叶えましょう。それほどまでに、我々の定めしことは『絶対的』なのです」


津張、不敵な笑みを浮かべる。


「いいぜェ。面白ェ……!!だがよォ、あんたも一つ『承知』っておきな。『津張剛』はよォ、『あのくれェ』じゃあ、『死』なねェョ……!?」


「そんなことあるはずが……」


ヴィーナスは、肩をすくめた。


「あなたが死んだ原因は知っています。その身を犠牲に、幼い命を救ったのですね。それほどまでに清い心をもつあなたが、なぜそこまで意固地になるのですか。なぜそんなことに執着こだわるのですか」


「『そんなこと』ねェ……」


それだけ言って、津張はすっかり口を閉じてしまった。


これ以上の問答は無意味であると察したのか、おもむろにヴィーナスは(どこからともなく?)その胸の深い深い谷間から、小さなキューブを取り出した。


ふわりと宙に浮かぶその小さなキューブを(矛盾するようだが)わずかに浮遊させたまま掌の上に載せ、そしてもう片方の手から放出した『力』により、キューブを媒介とし、一つの映像ヴィジョンを宙に映し出した。


「これは、今際の際のあなたを記録したものになります。これを見れば、あなたが死んだことは火を見るよりも明らか。さあ、ご覧に入れましょう」


そうして、俯瞰したような視点で津張の勇姿を収めたその映像ヴィジョンは今、二人のもとで再生された。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ーー映像の中では、一人の男が叫び声を上げていた。


「ッ本気マジッスか!?」


取り巻きの一人の必死の制止も空しく、津張は全速力で駆けていた。


力なくーートラックによる自身の轢殺を指を咥えて待つことしかできない少年のもとへ、しかし津張は駆けたのだ。


その大きな鉄の塊は、文字通り『目前』まで迫っていた。


つまり、津張と子どもの両者が助かるような猶予は、もはや残されてはいなかった。


それでもーー津張はその胸に一片の迷いすら抱くことなく、子どものもとへと一直線に駆けた。


無情にも響き渡るクラクション。


その幼い頭では状況を理解しきれずにいたが、それでも少年は、漠然と自らの『終わり』を直感した




しかし、そのときーーそんな少年の手を取った『漢』こそ、津張剛である。




津張は、少年の小さな腕を掴み、思い切り歩道へと放り投げた。


一方、津張の身体は車道へと放り出されていた。瞬く間に、少年を引っ張り上げたその膂力は、皮肉にも彼自身を前方へと押し出すこととなり、転げるようにして少年が元いた場所に、津張が立つ形と相成った。


わけもわからないままに、自分の身を安全地帯へと導いてくれた『漢』の大きな背中を、少年は見た。


そして、極限にまで圧縮された時の中で、少年は確かに『漢』の動きを目に捉えた。




刹那ーー『漢』は崩した体勢を立て直し、文字通りトラックに立ち向かった。


高速で迫り来る巨大な鉄の塊に対し、なんと津張は、『頭突き』で『迎撃』を試みたのであるーー!!




そうして両者がぶつかり合ったそのときーー鈍い衝突音が辺りに響いた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ーー『イケ』ると思ったんだけどなァ……」


津張は、自分の事故映像を鑑賞しながら、そんなことを呟いた。


「まさかあなた……自分からあのトラックにぶつかりにいったというのですか……?」


そう尋ねたヴィーナスの頭に浮かんだ言葉は、しかし『自殺志願者』などという後ろ向きなものではなく、『タフネス』という極めてポジティブなそれであった。


おいらァ、『石頭』が『自慢』でョ、トラックとも『タメ』張れるかと思ったんだが……吹っ飛ばされちまった。けどョ、『アレ』見てみなーー」


そう言って、津張は映像ヴィジョンの中のトラックを指差した。


言われるがまま、ヴィーナスは映像ヴィジョンに視線を戻した。


そして、走る衝撃ーー。




映像ヴィジョンに映し出されたトラックのフロント部分には、なんと津張の額の形ーー厳密に言えばひしゃげたリーゼントのような跡がはっきりと確認できた。鉄製のボディが、大きく凹んでいたのである。




「自慢の『リーゼント』が、『台無し』じゃあねェか……」


映像ヴィジョンの中の、血塗れで倒れる自分の姿を見つめながら、心底惜しそうに津張は言った。


どこか呑気な様子の津張に対して、しかしヴィーナスは動揺を隠せないでいた。


「ど、どういうことですか?なぜ鉄板にリーゼントの型が付くのですか?その……ただの髪ですよね……?」


ほんの少し、津張はギラリと目つきを尖らせたが、やがて諭すように言った。


「『リーゼント』はョ、ただの『髪』なんかじゃあねェ……。『アレ』は、おいらの『タマ』そのものョ……!!」


「わ、わけがわからない……」


ヴィーナスは頭を抱えた。


明らかに超常の現象であるーーにも関わらず、彼が女神の『加護』を受けた『能力者』の類でないことは、女神ヴィーナス自信がほかの誰よりも知るところである。


「『ツッパリ』ってなァ、そういうモンなのサ……!!」


「はぁ、『そういうモン』ですか……」


無理やり自分を納得させるように、ヴィーナスは津張の言葉を反芻した。


しかし、ここでわずかに彼女の冷静さが勝った。


「……いえ、ちょっと待ってください。あなたのリーゼントが『そういうモン』だということは百歩譲って承知しましたがーー今、一緒に見ましたよね。あなたがトラックに跳ね飛ばされるところを。あれを見て、あなたはまだ『死んでいない』と言い張るのですか?」


少しムキになって、ヴィーナスは詰め寄った。


「オイオイ……『落ち着き』なって……」


女神が距離を詰めてきたことにたじろぎながら、津張は静かに言った。


「『マブ』い『姉』ちゃんよォ……もう一度『発言』うゼ……!?おいらは『あれくれェ』じゃ死なねェ……!!ほら、『見』てみなーー」


女神は『漢』の指差す先を見た。


すると、映像ヴィジョンに映っていたのはなんとーー




『鼻ちょうちん』ーー!!




額から致死量の血を流し倒れる津張剛ーー彼の鼻の穴から、特大の『ちょうちん』がひょこりと顔を覗かせていたのである!!




「ま、まさかそんなーー!?」


ヴィーナスは、この世のものとは思えないものを見るかのように、映像ヴィジョンの中の津張と、目の前にいる津張を交互に見ながら言った。


「死んだのではなく、眠っていただけ……!?」


「おうョ……言ったろ?あんまりにも『退屈』だったもんで、『眠く』なっちまったってョ……!!」


ヴィーナスは、膝から崩れ落ちた。


ーーと同時に、女神の不思議な力により宙を浮いていたキューブもまた重力を取り戻し、床に転がり落ちた。


必然的に、映像ヴィジョンもここで切れる。




この『漢』、規格外ーー!!




神々の叡智をもってしても、未だかつてこのような『漢』は見たことがなかったーー類を見なかったのである!!


女神の頬に冷たい汗が伝う。




「さァ、どうする?『女神サン』ョ……あんたァやっぱりーー『嘘』ついてたゼ……!?」


「ッ……!!」




まさに今、神々の『絶対』の審判が覆されたのである。


まさに今、一介の不良少年により、神々はその御顔に泥を塗られたのである。


「ッ非礼をお詫びします……確かにあなたは生きております……!」


「おゥ……!!そしたらおいらを、『ウチ』にけェしてくれるのかィ……!?」


しかし女神は首を縦には振らなかった。


「……いいえ、それだけは叶いません。覆水盆に返らずーーひとたび天界へ招かれた人間の意識、魂というものは、ふたたびその肉体へと還ることは決してないのです。必定ーーつまりは『理』なのです」


「あんたァ、『発言』ったじゃねェかィ……。『俺の願いをなんでも一つ叶える』と。ならば俺を、元いたところへけェしてくれるのが、『スジ』ってモンョ……!!」


凄んでもせんなきことーー女神、頑として首を縦に振らず。


「叶いません。『それだけ』は、決して叶えられないのです。我々女神が、転生者に授けられない『加護』が、たった一つだけあります。それこそが、『蘇り』なのです。それは、世界の条理に大きく反することーー万物の命を司る天の使者である我々女神が、その理に反することは、絶対に許されないことなのです」


「なんでィ……あんたァこれで、『嘘』二つ目だゼ……?」


からかってはみたものの、すっかり肩を落としてしまった女神の姿を見て、『マブい姉ちゃん』にこれ以上の責め苦を浴びせるのは、己の道理に違えると気づいた津張は、口をつぐんだ。


「ですが……方法がないわけではありません」


女神は、ぽつりと言った。


「繰り返しますがーー我々女神の使命とは、肉体の死により彷徨える魂を次の生へ導くことです。その際、しばしば『試練』というものを与えることがあります。もしあなたが、わたしの課する困難な『試練』を達成することができれば、『願い事』の中でも最上位に位置する『蘇生』を叶えることも、不可能ではないかもしれません」


「ですが……」と、女神は言葉を濁した。


「『蘇生』とは、あまりにも条理を超越した事象です。それが許されるには、我々女神に匹敵するほどの力を持てばあるいは……。つまり、あなたは次なる生において、人々から英雄ーーもしくは『神』と崇められるほどの、とてつもなく大きな存在に成らなければならないのです。それは、一個人ひとりのにんげんたるあなたには、あまりにも困難な『試練』となります」


神妙な面持ちで語るヴィーナスに対して、しかし津張は間抜けな顔で言った。


「……『姉』ちゃん、おいらァ、『難しい』話や、『複雑』な話は苦手でョーーずばり俺ァ、『何』をすりゃアいい……!?」




一息飲んで、女神は答えた。


「ずばりあなたは、世界を救わなければいけません」




「……『世界』を『救う』ために、ずばり俺ァ、『何』をすりゃアいい……!?」


「『その世界』の頂点に座し、『その世界』を支配している『最恐にして最凶の最強』たる存在を倒してください」




「……『その世界』の『最強テッペン』てなァ、『どいつ』でィ……!?」


「テッペン?」と聞き返しそうになったが、すぐに意味を理解した女神は、愛する人の名を噛み締めながら呼ぶように、あるいは憎き怨敵の名を食いしばりながら呼ぶようにーーその名を口にした。




「『魔王』ーータサン王国第四代正当王位継承者にして、その圧倒的な『力』だけで『その世界』を支配したーー唯一絶対の王です……ッ!!」




「『単純わかりやすく』て、『最高イイ』じゃアねェか……ッッ!!」


『漢』は、悪魔的な笑みを浮かべた。


「あ、あなた理解わかっているのですか!?世界一の強者を相手取ることがどれほど危険で、無茶で、向こう水な……ッ!!」


取り乱す女神に対して、『漢』はうっとりするように言った。


おいらはよォ……ずうっと『退屈』してたンだ。心臓が跳ねッ返るほどワクワクする『喧嘩』をョ、したくてたまらなかったンだ。『魔王』ーーあァ、一体いってェどれくらい『つえ』ェんだろうなァ……!!」




そうだ。

この不良ヒトは、『そういうヒト』だったんだーー!!




女神は、改めて思い知らされた。

『津張剛』という一人の『ツッパリ』を。

『津張剛』という一人の『規格外ツッパリ』をーー!!




「……そうですね。わたしとしたことが、取り乱してしまいました。わたしは今まで何度もこうしてーー戦禍の只中にある異世界や、荒廃した異世界に人間を転生させてきました。そして、彼らは皆初めからあなたのように勇敢ではありませんでしたが、彼らを後天的に『勇者』に仕立て上げたのもまた、他の誰でもなく『女神わたし』でした」


「……?」


要領を得ない様子の津張を前に、突然ヴィーナスは自らの身体を眩い光に包み込んだ。


「なッ、なんだァ……!?」


さすがの津張も、これには動揺を隠せない。


さらに女神は、にわかに自身の身体を浮かび上がらせた。


宙吊りになっているわけでも、その場で飛び跳ねているわけでもーーもちろんない。


ヴィーナスはその特異な力により、自らの肉体に金色をまとい、そしてふわりと宙を舞ったのである。


「わたしは数多の『転生者』に、『試練』を課する一方で、『加護』を授けてきました。あなたがたにわかりやすく言えばーー『特殊能力』といったものです」


女神の左手に、何か『力』が集中していくのがわかる。


そして今、女神はその『力』を津張に向けながら、頭を下げた。


「わたしはあなたに非礼を働きました。そのせめてもの責任として、あなたに『最上位の能力ちから』を授けましょうーー」


そう言って、女神はその手中に突如ーー火柱を起こした。


「放つだけですべてを灰になるまで焼き尽くす禁忌ーー『炎竜の息吹』?」


次の瞬間には、女神の左手からは炎はすっかり消えており、代わりに身の丈ほどもある大剣が握られていた。


「あるいは、すべての剣士を過去のものとしてしまえる無比の剣術ーー『一騎当千』?」


演舞のようなものを見せたあと、女神はどこへともなくーー正確には瞬く間に異空間にーー大剣を片付けてしまい、今度はその両の眼でただじっと津張を見つめた。


「ォおゥ……ッ!?」


すると、津張は全身から力が抜けるような錯覚に陥った。


ーー否、それは錯覚などではなかった。これもまた、女神に因る超常の力。


女神は、津張から視線を離さないまま言った。


「それとも、瞬き一つですべての攻撃を無力化できる悪魔の瞳ーー『うつろ』?」


ヴィーナスが瞳を閉じると、津張の肉体にはみるみるうちに力が戻ってきた。


「これらの能力ちからをもってしても、『魔王』と戦うには少々心許ないですが……それでも人間あなたにとって強大な能力ちからであることには変わりありません。いや、『強大すぎる』ほどですーーさあ、あなたは何を望みますか?」




ーービキィッッ!!




「ッあァァァンッッ!?」




震撼ーー!!


津張、今日一番の怒号ーー!!


女神、反射的に身体をびくりと震わせるーー!!




「『姉』ちゃんよォ……黙って『聞』いてりゃア、『能力ちから』だなんだと……えェオイ?せっかく『魔王さいきょう』と『喧嘩』り合えるってのによォ……『コイツ』以外の『ナニ』が『必要』るってのョ……!?」




津張、握り拳ーー!!


刹那、渦巻く大気ーー!!




先刻、女神が自らを光に包んだものとはまったく異質なーーしかしそれが、人智を超えた『力』によって発生したという点では共通する現象が起きていた。


『力』が強大すぎるがゆえに起こる錯覚ーーその圧倒的な『オーラ』が可視化、具現化したものが『身を包む光』や『渦巻く大気』であるとするならば、津張の『それ』は、ただ拳を握っただけで起きた現象ーーつまり、超常の『力』である女神の『特殊能力』よりもはるかにシンプルで、そしてーーシンプルに強い!!




女神、崩れ落つーー!!




眼前に立つ一介の不良少年が、かつて自らの手で生み出した最強チート転生者の誰よりも、数多の異世界で猛威を振るう魔族、獣人族、亜人族ーーその誰よりも、はるかに恐ろしく見えたのである。


「でっ、ですが……っ!」


それでもヴィーナスは、女神みずからの使命を果たさんと声を振り絞った。


「我々女神は、転生者に『試練』を課するとき、それに相当するだけの『加護』、『願い』を授けることが定められております。帳尻を合わせなければならないのです。何一つ与えることなく、過酷な次の生へ送り出すことなど……」


ほとんど泣き出しそうになりながら、女神は訴えた。


『魔王討伐』とは、それほどまでに危険な『試練』なのである。




さて、『漢』ーー津張剛。

女の涙にはめっぽう弱い。


「ならョーー」と、『漢』は女神に駆け寄った。


おいらがどんな『願い事』言っても、『文句』『』れンじゃあねェゼッッ!!」


そして津張は、先ほど女神の肩にかけた自らの上着を思い切り引っ剥がした。




刹那ーー何やらいろいろと覚悟をしたヴィーナスであったが、しかし津張はというと、奪還した上着を羽織り、そして女神に向けて指を差し、こう言った。




おいらの『願い』はーー『あんたに上着を』だッッ!!」




「……えっ」


言うが早いかーー突如として、女神の頭上にデニムジャケットのようなものが顕現し、それがふわりとヴィーナスの素肌を覆い隠した。




「『発言』ったろ?『マブ』い『姉』ちゃんがョ、そんなに『肌』ァ『露出』しちゃあいけねェ……だけんど、この『学ラン』はおいらの『一張羅オキニ』でョ。『代わり』と言っちゃあなんだがーー」


『漢』は鼻頭をポリと掻いた。


「『チョイス』は、完全においらの『好み』だけどョ」と、照れ臭そうに津張は付け足した。




ギャップ萌えーー!!


糊の効いた無骨なデニムと、乙女の柔肌という相容れない両者の出会いーーまさしくこれこそ、津張の『ドストライク』であった。




ポッ……///

津張の『漢気』に頬を赤らめる女神。




上位存在ヴィーナス、あまりにもチョロいーー!!




やがて、光の筒のようなものが津張の頭上から降りてきた。それは、すっぽりと津張の全身を包み込むと、吸い上げられるようにして津張は宙に浮いた。




「これからあなたが転生むかうのは、『世界ワールド識別番号ナンバー319』ーーいわゆる『剣と魔法のファンタジー世界』です。そこではあらゆる能力・勢力・権力が乱立し、さらには魔王の絶対王政により、世界は混乱のさなかにあります」


「『単純わかりやす』くって、おいらァ、『そういう』のは『大好物』だゼ……!!『つえ』ェ『ヤツ』らを全員『シメ』りゃア、それで『終い』ョ……!!」




『浮き足立つ』とは、まさにこのことーー!!


津張は黄金に輝く光の円柱に導かれ、天へと召されながら、『期待ウズき』を抑えられず、宙で足をばたつかせた。




「んじゃ、『最強まおう』『シメ』たときゃまたーー『夜露死苦』……!!」


立てた二本の指を額にあて、女神に別れの挨拶を済ませた津張は、みるみるうちに視認できないほど小さくーー遥か遠くの天空そらへ飛んでいってしまった。


今まさに、一人の『漢』が次の生へと導かれーー転生したのである。




「……行ってしまったわ。結局、一つの『能力』を受け取ることすらなくーー」


すっかり『ツッパリ』に圧倒されてしまったヴィーナスは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


あまりにも津張剛という『漢』が規格外であったーーというのは言い訳にもならないが、しかし彼女が、一つ重大な真実を彼に伝え忘れていたのもまた事実。




「あれ?ヴィナっち、また一人『転生おくりだし』たの?おつかれ〜」


軽薄な調子でヴィーナスに声をかけたのは、彼女の同僚ーーつまりは女神仲間である。


「てか、なにそのジャケット!カッケェー!!」と、瞳を輝かせる同僚に対して、ヴィーナスは慌てながら事の顛末を説明した。


「ま、いいや」と、ころっと態度を変えてしまった同僚は、間髪入れずにまた別の質問を投げかけてきた。


「てか、今回は『どこ』に転生させたん?」


津張といい、この同僚といいーー自分のペースで話し続ける人には敵わないな、と苦笑しながら、ヴィーナスは答えた。


世界ワールド識別番号ナンバー319です」


同僚は、まるで興味がなさそうな声色で驚いてみせた。


「へぇっ!ヤベェじゃん!あそこって確かーー」




同僚の言葉を聞いて、女神はハッとした。


しまったーー女神わたしとしたことが、なんてこと……!


彼が転生する世界に待ち受けている『試練』は、魔王だけではなかったーー!!




後悔先に立たずーー津張はもうすでに、転生を終え、新天地で新たな生を迎えていた。


津張を吸い込んだ広大な天空そらは、まるで『漢』の受難を暗示するかのように、にわかに翳りを見せ始めていたーー!!

明日も同じ時間に投稿します。

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