漢と女神
「!?」
津張、目覚めるーー!!
『寝起き?』による記憶の混濁ーーあらず!
刺すような、あるいは叩きつけられるようなーー鋭く鈍いさまざまな痛みの記憶が、覚醒したばかりの津張に襲い来る。
「ッ!?」
津張は、反射的に眉間に触れた。
先のトラックとの衝突により、大量出血を喫した眉間である。
しかし、掌には血の跡などなく、それどころか傷の痕さえも確認できない。
「夢……?いや、俺ァ確かにーー」
津張は、状況を整理すべく周囲を見渡す。
「!?」
激震、疾走るーー!!
見慣れた通学路とまるで異なるーーどころの騒ぎではない。
行き交うは、多種多様の肌・瞳・髪の色をした人々。しかしそれは、メイクや染髪の類ではなく、先天的なものであるということは一目瞭然。
加えて、耳の先端が鋭く尖っていたり、額から一本角を構えていたり、左右都合六本の腕を生やしていたり、そもそも顔の構造が獣のそれであったり……それはそれは枚挙に暇がないほど、見たことのない外見的特徴を持つ『人間』がーー津張が知る『人間』とは大きく異なる特徴をもつ『人間』が、そこかしこに存在た。
「!?」
津張は、目を疑った。
二、三度ーー瞬きを繰り返したが、やはり景色は変わることなく……むしろ建造物までもが見慣れぬものであることに気づき、頭を抱えた。
自慢のリーゼントも、心なしか枝垂れている。
高層ビルよろしく天を衝くほどの高さを誇る建物は見当たらず、『木造建築?煉瓦造り?』のような、どちらかといえば旧世代の建築様式が散見された。
ところが、どこか懐かしいような『和』を思わせる雰囲気は一片もなく、そのすべてが、西洋風……?
ーー否!!
それはもはや、『和』や『洋』などという差異ではない。
そこはつまりーー『ファンタジー』の世界そのものであった。
映画やアニメなどの創作物にあまり明るくない津張でさえ、一見して理解るほどの圧倒的非現実ーー!!
刹那ーー蘇る記憶!!
「『想起』たぜェ……。俺らァ、確かーー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あなたは死にました」
「あァ!?」
津張がトラックに跳ね飛ばされて間もなく、彼の意識は自身の肉体と乖離し、とある別の場所にいた。
『天界』と呼ばれる場所である。
そこへは日々、肉体を失った魂が彷徨いやってくる。これを放っておくと、器のない魂で世界が飽和してしまうが、それらを次なる生へと正しく導くことにより、『生と死の調和』を保っている。
つまりーー『天界』こそ、世界の理を守る総本山そのもの。
そして、『天界』に住まい、そのはたらきを直接的に担うのが『女神』である。
超常の存在である彼女たちは、彷徨える魂にあるいは『試練』を与え、あるいは『罰』を科し、あるいは『加護』を授けーー彼らを次なる世界へと送り出す。
つまり、『転生』をさせるのである。
津張の魂の前に現れた彼女もまた、自らの役割を果たそうとしていた。
彼女は『ヴィーナス』と名乗った。
透き通るほどの白い肌。
豊満な胸。
紺碧の瞳。
豊満な胸。
潤沢を帯びた茶髪。
豊満な胸ーー!!
ややもすると、彼女の並々ならぬ容貌の美しさを差し置いてまで、数多の男が視線を奪われてしまうのが、何を隠そう『胸』である。
胸元がざっくりと開いた女神らしからぬーーあるいは女神らしい?ーーまるで露出を控えない衣服を身にまとっているせいかもしれないが、否が応でもその『たわわ』は、見る者を惹きつける魔性の魅力があった。
「ーーですから、あなたは地上において、トラックと衝突し命を落としました。そうして天へと召されたあなたの魂を、わたしが次の生へと導くのです」
ヴィーナスは、状況説明を繰り返した。
「……てめェ、『ナメ』てんじゃあねェぜッッーー!!」
津張、発憤ーー!!
わけもわからず話が進むことに業を煮やしたかーー津張は女神に飛びかかった。
まさかまさかの『VS女神 喧嘩』勃発!?
ーーかに思われたが、しかし拳は振るわれず。
むしろ彼が取った行動は、『暴力』の対極。
津張は、自らの学ランの上着を乱暴に脱ぎ、そしてヴィーナスの肩にふわりとあてがった。
「『マブ』い『姉』ちゃんがよォ……そんなに『肌』ァ、『露出』しちゃあいけねェ……!!」
津張は、女神に背を向けそう言った。
『漢』は、『純情』であったーー!!
ほんのりと赤らんだ鼻頭を、人差し指の背で撫でるように掻く仕草は、まさに汚れを知らぬ少年そのものーー!!
「あら、見た目に似合わず意外と『初心』なのですね」
からかうようにヴィーナスが微笑んだ。
「るせェやィ……!」
照れをひた隠す津張のその姿は、しかし違和感そのものであった。
さてーー今、真に注目すべきは、しかし彼の無垢な内面ではない。
上着というベールが放たれたことにより、露わになった彼の肉体であるーー!!
ぴっちりと身体のラインに沿ったタンクトップは、『赤』という膨張色のためか、彼の筋肉の減り張りをいっとう強調させていた。
ヴィーナスの『たわわ』にも引けを取らないほどの厚みを誇る『胸筋』。
ブロックの玩具よろしく凹凸の明確な『腹筋』。
そして、ノースリーブがゆえに『素肌』を晒すことになった彼のその両の腕は、『丸太』などという比喩ではまるで不十分なほど隆々と盛り上がり、津張に限っていえば、刃物や銃器を構えるよりも、よほどその腕で『拳』を握ったほうが凶器然とするのではないかと思わせるほどーーつまりは尋常ならざる『強さ』を感じさせる肉体であった。
それほどまでに強靭な身体つきをした『漢』が、どこにでもいるような『少年』よろしく鼻頭を掻くーーあまりにも似つかわしくない光景である。
「つかョーー」
津張は女神に背を向けたまま、仕切り直すように言った。
「あんたの言ってる『コト』は、俺らにゃほとんど理解らねェが、それでも一つだけ理解る『コト』があるゼ……それはョ、あんたが『嘘』をついてるって『コト』だ……!」
「嘘……?」
ヴィーナスは眉をひそめた。
「おうョ……」
そのとき、ヴィーナスの瞳には、津張の背中が一回り大きく映ったというーー。
「俺らは、『死』んじゃいねェ……!!」
明日も同じ時間に投稿します。