例え役立たずだったとしても、活かせる技術は身に着けていた
前回のあらすじ
傭兵になったクラムは周囲の心配をよそに魔物討伐の依頼を受けて、現地へと向かった。
街を出て1日が経った朝、クラムは依頼を出した村に着くと、その光景に安堵した。
数分前
見張りの村人はクラムが来たことを確認すると村に居る住民を呼び集めた。村人たちは馬にまたがって向かってくるクラムを見て歓喜の声を上げる。
そうしてクラムが村に到着して馬から降りると、村人たちは彼の周りに集まった。
「自分は傭兵のクラム・バレーと言います。討伐の依頼を受けてここに来ました」その瞬間更に村人たちは歓喜の声を上げた。
「ありがとうございます」「助かった」「これで安心だ」そういった内容の声が彼を包んだ。
「あの、依頼を出した方はどこにいらっしゃいますか?お話を聞きたいのですが」
彼がそう言うと村人たちの中でも一番高齢の者が手を挙げた。
「私が依頼人でありこの村の長のネームルと申します。お話でしたら私の家でしましょう」
そう言うとクラムとネームルはネームルの自宅へ向かった。その際、クラムは村の光景を見て、安堵したのだった。
ネームルから聞いた話だと、魔物が出たのは1週間前。どこで出たのかというと、この村に隣接する森の、湖の近くだという。その湖はこの村の水源として使っていたため、魔物がいると生活が困難になってしまう。今は予備の水を浸かって脱水を免れている。
ただでさえ近くに魔物がいるという危険な状態なのに、更には生活に欠かせない水源が潰されているとなると、一刻も早く魔物を倒さなければならない。
「このままだと私たちはこの村を捨てるか、いつか来る魔物の襲撃か、脱水によって死に絶えることになります。お願いします。どうか、この村を救ってください」ネームルは頭を下げてそう言った。
「わかりました」クラムはそう言うと、ネームルの手を握った。
「必ず、達成してみせます。ですから、もう少し魔物の情報を教えてください」
クラムの目には本気が宿っていた。それを見てネームルは声を殺して頷いた。
「……はい…!」
(1週間か……)
クラムは森を歩きながらそう心の中でつぶやいた。
魔物は出現してから時間が経つにつれて強力になっていく。それは何故かというと、周囲に集まる霧が原因だと言われている。霧が集まれば、その個体は霧を吸収し、強くなる。出現してから時間が経てば経つほど霧の吸収量は増え、更には別の個体を産み出してしまう。
クラムはそれを危惧していた。
霧の魔物というのは霧状の怪物を指しているのではない。霧(といっても霧のような何かだが)が集まって怪物の姿で実体化したものを霧の魔物という。
やつらは決まった姿をしていない。様々な姿で実体化する。獣の姿だったり、人型だったり、なんなら空想上の生物にもなる。物に霧が集まって、その物が魔物となることだってある。
見た目が変わるなら、魔物と判断できないのではないかと思うだろう。しかし、霧の魔物は魔物だと見分けられる。それは何故かと言うと、不完全な見た目をしているからだ。例えば、狼の姿の魔物がいたとしよう。見た目は確かに狼に似ている。しかし、その狼は巨大すぎたり、虫のような目を持っていたり、なんなら口から黒い靄(霧)を出している。更には足が6本だったりしていて、明らかに異常な見た目をしているのだ。故に、人々は霧の魔物だと認識することができる。
姿を真似するが、その姿には間違い(ミステイク)がある。
そして奴らは霧でできている。
この2つをもじって霧の魔物を「ミスティック」と呼ぶ者もいる。魔物狩りを「ミスティックハンター」と呼ぶのはそれから来ているのだ。
今回現れた魔物はカエルの姿をした個体だという。それもかなり巨大で、最初に発見したときは子供と同じくらいの大きさだったと言われた。更に目は本来あるべきところに、本来は1対であるが、2対であり、明らかに異常である。これが霧の魔物だと確信した理由である。今は成人男性ほどの大きさになったという。
(カエルって確か水生の生物だったっけか?なら熱に弱いかもしれないな)
クラムは一度手の平に意識を向けてみる。すると手の平の上に魔法陣ができ、小さな炎が現れた。
(よし)そう思いながらすぐに炎を消した。
(まずは偵察だな)
クラムは静かに、気配をなるべく殺しながら教えてもらった湖の場所を目指した。
気配の殺し方は討伐隊にいたスズから教えてもらったものだ。遊撃を役割とする彼女は、気配を殺して茂みなどに潜み、その場その場で判断して攻撃を行う。
クラムはそれを手伝った際に教えてもらったのである。
(…………)
クラムはそのことを思い出して複雑な思いのまま進むのだった。
そして彼は数分後、村から湖までの道の真ん中にいた魔物を見つけるのだった。
「ッ……!」
クラムは盾で魔物の攻撃を防ごうとするも、吹き飛ばされてしまった。否、威力を殺すためにわざと体を飛ぶ方向へ浮かし、魔物の攻撃を防いだのだ。
彼は3回地面を跳ねて転がったが、すぐに体制を整えて相手を見据える。
戦闘が始まってから数分、勝負は彼の方が優勢だった。
彼が予想した通り、今回の魔物は熱に対して弱く、彼は炎と電撃の魔法を使用して立ち回っていた。
しかし、一瞬の隙を突かれたために先程は吹き飛ばされてしまったのである。
彼は距離を考えて遠距離でも早く相手に当てることができる電撃の魔法をしようと、腕を前に出す形で構える。
すると魔物はカエルという特徴通り、高く跳ね上がり、自身の体重で彼を潰さんとした。
いくらカエルであっても、成人男性程の大きさとなれば体重はかなりある。それが高い所から降ってくるとなると、直撃すれば死んでしまう。
彼は魔物の目的を察知すると、ならばと軌道の内側に当たる前方へと移動した。
それにより魔物は彼を潰すことができず、地面に己の腹を叩き付けてしまい声を出してしまう。その声はカエルのものではなく、老若男女様々な者の声ならぬ声のような音だった。
(相変わらず!)
クラムは魔物が着地する直前に腰に携えた剣を抜き、着地した瞬間に脚に強化の魔法を施してから魔物を背後に接近し
(嫌な声だなあ!!)
「らああああ!!」
同じく強化の魔法をかけた剣で魔物を上段から切りつけた。
魔物は剣によって身体が真っ二つとなり、その2つに分かれた身体は活動を止める。切断面からは血ではなく黒い霧状のものが噴出し、やがてその身体も霧となって消えてしまった。(魔物の身体、及び部位がそのように消滅することを霧散と呼ぶため、以後霧散とする)
霧散を確認したクラムは他にも魔物が個体を増やしていないか周囲を散策するが、30分しても他の個体を見つけることがなかったため、魔物が完全にこの地から消えたと判断した。
これで任務は完了である。
「……っふー…」クラムは息を吹きながらその場で座り込む。
初めて自分で魔物と対峙から討伐までいけたことにようやく実感が来たのである。
(倒せてよかった)
数分間、鳥のさえずりと木々が風に揺られる音を聞きながら彼は道のど真ん中で横たわっていた。魔物を倒せたことの達成感を味わっているのと、戦いの中で感じていた緊張感がまだ解けていないのだ。
(……これであの村は平和になったんだな)
日差しと風が今はとても気持ちいい。
(よかった)
彼が起き上がり、村へと歩き出したのは、霧散を確認してから1時間が過ぎてからだった。
「ありがとうございます。本当に、この度はどう御礼をしたら良いのか…ッ!依頼の報酬金だけでは足りない御恩でございます……ッ!」
クラムが村で魔物の討伐を報告するとネームルは涙を堪えながらそう言ってきた。
「いえ。そんな御礼なんて…依頼の報酬だけで十分ですよ」
「ああ!なんと謙虚でいらっしゃる!」「なんてすばらしい」「かっこいい……」
「あ、あはは…まいったな……」
村人たちはクラムの事を称賛する。クラムはそれにまんざらでもないという顔であった。
「ではネームルさん。この依頼書に指印をお願いします」
「うむ」ネームルはそう言うと指に少しの傷を入れ、その血で指印をした。
これで報酬を貰えば依頼の完了である。
「いよーし!今日は宴だー!!」
若い男がそう言うと他の村人もそれに賛同し、宴の準備を始めた。
「クラムさんも参加してませんか」「いや、俺は」「というよりクラムさんが主役だろ」「そうですよ。主役がいない宴なんてつまんないですよ」
「……それなら、参加させてもらいます」
こうしてクラムは宴に参加した。村人に酒を浴びせられたり、力比べとして腕相撲をしたり、村娘と踊ったりして楽しんだ。村娘と踊ってる最中に村の男達に絡まれ、男達と違う踊りをしたときは、クラムは楽しかったけれど少し残念と思ったが。
それでも彼はこの宴を楽しみ、その夜はネームルの家にて泊めてもらい、一夜を過ごすのだった。
「こちらが報酬でございます」
翌日、クラムは出立の準備を終え、最後としてネームルから報酬を受け取っていた。
「本当にありがとうございました。この御恩、私達は一生忘れません」
「自分も、皆さんが平和になったことに嬉しく思います」
「いつか暇な時は遊びに来てくださいませ。私達はいつでもあなたを歓迎します」
「ありがとうございます。それでは、自分はこれで」
クラムは馬にまたがると、村を後にした。
「ありがとー」「ありがとうございました!」「またいらしてくださーい」
彼の背に、村人たちの感謝の言葉がかけられる。彼はそれに腕を挙げて応えながら、馬を走らせるのだった。
(本当に良かった。これであの村は平和になったんだな……間に合って良かった)
クラムは馬を走らせながらそう考えた。
彼が住む街では討伐隊がいるため魔物討伐ならこちらに依頼した方が良いということで、傭兵に回される魔物の討伐依頼は少ない。討伐隊に回される依頼は全て達成されるからだ。
確かにそれは良いのだが、それでも漏れが出てくる。特にそこまで強くなく、魔法を使えない者でも倒せるような魔物だと判断されるとこちらに回される。
だがしかし、依頼を出してくる者は自分達ではどうしようもできないから依頼を出すのである。討伐の依頼はそれが顕著だ。
しかし、それを誰も助けずに放置され、非魔法使い、つまりほとんどの者が対処できなくなった辺りでようやく討伐隊の助けが来る。その頃には被害は拡大しており、初めの頃に討伐しておけば助かった命も、間に合わないで失ってしまうことが多々あった。
クラムはそれに対して思う所があった。
彼はそれが嫌だった。
彼が村に到着した際に安堵したのは、そのようなことがあったためである。
彼はこのことがいつも気にかかっていた。故に、彼は魔物狩りになることを選んだ。否、魔物だけではない。他の討伐の依頼も受ける。そして、そういったことで困る人々を救おうと、彼は酒場で登録する際に決意したのだ。
(本当に、本当に良かった)
そう思ったところでふと、思い出したことがあった。
(そういえば)
彼が魔物との戦闘中に行った動作の全てが、討伐隊で教わったことだったのだ。
魔物に有利な魔法を判断して戦うことは、遠距離魔法が役割であるマリンから。
彼が魔物にトドメを刺した際の動きは、近距離戦闘が役割であるダリルから。
身体に魔法を付与の仕方は、サポート特化のライラから。
索敵は、スズから。
そして、魔物の攻撃を防いだ方法は、ラグナから習ったものだった。
「………ふふ……」
(例え役立たずだったとしても、活かせる技術は身に着けていたんだ)
その時、彼の心に邪な考えが浮かび上がった。
「……はは…ははははは」
依頼をこなして、自分の名前を轟かせ、自分を追い出した者達を後悔させてやる。
「…絶対に強くなってやる……」
馬を走らせるクラムの瞳には、嫌な光が宿っていた。