魔神と関係無い人
僕のもとに魔神が現れたのは突然のことだった。
「私はランプの魔神。貴方の願いを一つだけ叶えてさしあげます」
「ランプって何?」
身に覚えは無い。
僕はランプを所持していないし、これまでも所持していたことはない。
魔神を名乗る存在は暫し思考し、
「貴方はランプの持ち主ではないのですか?」
「違うけど」
「ランプを擦ったりは?」
「したことないよ」
「では、願い事は?」
「無いとは言わないけど。魔神を頼る予定は無かったかな」
「そうですか……」
魔神は肩を落とす。
筋骨隆々な魔神がまるで小動物の様に窄んでいる姿に居た堪れなさを覚える。
が、一向に帰ろうとしない様子につい口を出してしまう。
「帰らないの? ランプの持ち主の願いを叶えなきゃいけないんでしょ?」
そんな義務があるのかは知らないが、『ランプの魔神』を名乗るからには、何かしらの誓約はあるだろうと思った。
「そう、ですね。持ち主の願いを叶えるのが私の役目ですから」
魔神はそう言いながらも、僕の部屋から立ち去ろうとしない。
「あの」
「分かっています」
僕が再び帰る意志を確認しようとしたところ、魔神はそれを制する。
「私もこんなことは初めてで……。まさか、ランプの持ち主とは無関係の人のもとに顕現してしまうだなんて」
「つまり?」
「帰れません」
魔神は断言する。
手違いで僕のもとに来てしまったのは仕方が無いとしても、帰られないというのはどういうことだろう。
「魔神の力でパッと移動するってのは出来ないの?」
「居場所を知っていれば可能です」
「でも、持ち主の居場所をしらない、と」
「魔神を持ち主のもとへ送るのはランプの役目なもので。私の方へは知らされないのです」
「そういうものなんだ」
「そういうものなのです。魔神には色々と誓約やら決まり事やらがありまして。その範囲でしか力を行使できないのです」
「面倒な仕組みなんだね。魔神って」
魔神は肩を竦める。
立場的に仕組みを否定しにくいのかもしれない。
それはさておき。
何時までも魔神に居残られては窮屈この上ない。
僕は帰還の手助けを試みる。
「最初にさ、願いを一つ叶えるって言ったよね? 僕が『ランプの持ち主を見つけて』ってお願いするのはどうかな?」
「駄目です。そうすると持ち主の分の願いが叶えられなくなりますから。一度顕現すれば叶えられる願いは一つだけなのです」
融通が利かないなあ。
とは言え、魔神からすればこの手段は本末転倒なのだろう。
僕は他の手段を講じる。
「一旦ランプに帰って、改めて出直せば持ち主のもとへ行けるんじゃない?」
「駄目です」
魔神はまた首を振る。
「願いを叶えてランプに戻るまでがセットなのです。ランプに戻った時点で願いを叶えたことになってしまいます」
やはり融通が利かない。
「何でそんな仕組みなの?」
僕は尋ねずにはいられなかった。
「願いを保留して。魔神を手元に置き続けられないようにする為です。たとえ魔神であろうと側に居続ければ情が移り、誓約に反しない範囲で手助けしてしまう、という状況が起こり得るのです」
そこは融通が利くのか。
とは言わなかった。
どんな願いでも叶えられる力を持った存在を手元に置き続けられるだけでも周囲に対する抑止力に出来てしまうのだから。本人の意思に関係無く脅威だ。
それを防ぐ為の仕組みなのだろう。多分。
それはそれとして。
あれも駄目これも駄目では僕が困る。
無関係な魔神に居座る続けられるのは御免だ。
「じゃあさ」
と僕は、俯く魔神に最後の案を切り出す。
「いっそのこと、魔神を辞めちゃったら?」
「え?」
魔神が何か言い出す前に、僕は話を進める。
「君が『ランプの魔神』という仕組みから解放されるよう願う。解放された君は、持ち主のもとへ行けるし、願いも叶えられる。そしたら、後腐れなくお役御免でしょ?」
「そ、それは……」
ランプの魔神として誇りを持っているのなら申し訳ないが、これで納得してほしい。
手違いで無関係な相手のもとへ来てしまった時点でこうなる運命だったんだ。
暫らく悩んでいた魔神だったが、決心がついたのか、僕に向き直る。
「決めました。私がランプから解放されるよう願って下さい」
「僕から言っておいてなんだけど、本当に良いの?」
「ええ。持ち主の願いを叶えるのを放棄してはランプの魔神失格ですからね。尤も、こらから私はランプの魔神ではなくなるんですけどね」
そう言って笑う魔神の顔は晴れやかだった。
ところで。
僕の部屋の窓と、隣の家の窓だが。
間取りの位置関係が悪く、お互いの窓と窓が向き合っている。
その気は無くとも相手の部屋の中まで見えてしまうのだ。
例えば、僕の部屋から消えた元ランプの魔神が隣家の部屋に突然現れる様子……なんてものもね。