11・そう、これも定番だったな
スライム肥料の使用ははじめは百姓の抵抗が大きかった。
まず、館の菜園で使い、僕やメイド達が食べているのを伝えた。が、そんな程度で使ってもらえるはずもなく、代表者に肥料を使う菜園を実際に見せ、撒いて、採って食べてみせる事から始めた。
なにせ、スライムとは瘴気を出す疫病神と教えられているのだから仕方がない。
だが、現実として汚物処理場から瘴気が出ていない事は皆が知っている。
何とかここでハードルが下がったが、それだけでは無理だったので、屋敷で使う、或いは兵士たちの食料としての栽培分から行う事になった。
初めは僅かな面積で他の百姓が寄り付かなかったが、危険性が無いと知ると様子を見に来る者も増えた。
そして実際に収穫したものを僕たちが食べることで実践してみせた。
そうしてようやく多くの畑で利用できることになった訳だが、そう言った論による理解を広めるだけではなく、飴を渡して使わせる手法も併存させていた。
魔鋼の犂や鍬を与え、同時にスライム肥料を使わせた。神銀製の鎌を渡してさらに使う量を増やす様に押し付けた。
魔鋼製の丈夫な犂や鍬の効率が悪いはずがない。神銀製の軽い鎌の使い勝手が悪いはずがない。
そして、実際に生育も良くなったのだから使わない理由が無くなった。
そうして、山と積まれ出したスライム肥料は徐々に畑へと消え、在庫に悩むことは無くなって云った訳だ。
スライム処理棒も今ではずいぶん増えている。こうしてマーレタティでは魔鋼や魔銀はありふれた金属と言って良くなった。
「イシュトヴァン様、領都からのお手紙です」
今日も可愛いマチカがそう言って手紙を持ってきた。
それは差出人が父になっており、封蝋までされている。
一体何かと思って開いてみると、王家に魔銀の馬車を贈りたいからもう一台作れとの事だった。
依頼というより命令なので作るしかない訳だが、いっそ、吊り下げ式ではなく板バネサスペンションを噛ました馬車にしてみようか。
「鋼の板で衝撃を和らげる?」
フルチャに話すとどうも意味が分からず唸るばかり。
だが、しばらく唸って何か思い付いたようだ。パッと顔を上げると僕を見てニヤリとした。
「馬車の重量に対してたわみを持たせればいいんですな?貴族用の豪奢な馬車、それも乗せるのが数人程度というなら十分造れるアテがありますぜ」
そう言った。僕もバネ鋼ならアテはあるんだけどね。前世平民であった僕は、百姓をしながら働いていた。しかも、鍛冶に近い仕事をしていた様だ。そのため冶金の知識をそれなりに有している。
エンジンやモーターが造れたならばまた違うのだろうけど、生憎とそれは専門外なのでパッと作るという事は出来そうにない。
例えば魔石を使った魔導機関とか、物語で語られた動力もあったはずだが、生憎とそう言った知識にも縁がないので作りようがない。なので、造れるのはあくまで板バネを付けた馬車という段階に留まってしまう。
フルチャが帰った後、マチカが僕をキラキラした目で見てくる。
「これでイシュトヴァン様も認められるんですね!」
そう言ってくるが、僕は苦笑を返す事しかできない。
「確かに、領の産業としては偉業かもしれないけど、辺境伯家の者としては評価されないかな。僕が造れることは言ってないから。言ってややこしい事に巻き込まれるのも嫌だしね」
そう言うと、どこか不満げだった。
「そんなことないですよ。辺境伯様だって認めてくれますって!」
そう訴えてくる。
「でも、そうなるとヴァイス工房みたいな高名な鍛冶師の娘だったり、鉱山を持った貴族家の娘と結婚する事になると思うんだ」
そう、僕は政略に利用されてしまう。そうなったらこんなところでノンビリ出来やしないじゃないか。
「イシュトヴァン様のご結婚が決まるのは良い事ではないですか」
マチカは素直にそう言っているが、僕はあまり乗り気じゃない。
「僕もフルチャみたいに獣人の尻尾を追いかけている方が好きなのかもしれない」
そう冗談めかしに言うと、サッと尻尾を隠していた。
実際の馬車の製作はフルチャが主に行う事になる。僕は板バネの配置を検討する程度で特にやることが無かった。フルチャはヴァイス工房出身というだけあって非常に優秀だ。言い方を変えれば変人ともいうが。
馬車は順調にデザインが進んでいたが、僕としては金で装飾しなくて良いのか疑問に思った。
「金?いやいや、神銀の馬車に金を使ったらダメですぜ。神銀の光沢だから良いんですよ」
そう言うのでそんなものかと思ったが、どうしても疑問に思うのは仕方がない。
そして、内装についても木工職人を交えてあれこれやっていたのだが、イスもいっその事スプリングを入れてはどうかと提案した。板バネだけじゃ揺れがきついだろうから、中にも揺れを吸収するモノを設けた方が良いと思ったんだ。
「そいつは良いですな!」
実際にスプリングの見本を作って見せ、それを弄りながらフルチャが絶賛していた。きっと新たに何か作るんじゃなかろうか?




