第1章 其の一
約500年ほど前。日本を皮切りに、妖怪やら精霊やら異界の生き物が人間の前に突如現れた。人間は驚き、戸惑い、恐れたのち…
…彼らを排除しようとした。
妖怪達も突然の人間、それも彼ら曰く“個々の力が最も弱い下等生物”が自分達に争い殺そうと襲いかかってくるのだ。そこから戦争に発展するのに時間はかからなかった。
そこから人間と異界の生き物は、350年もの間激しく戦い続けた。
妖怪達の人ならざる術や驚異的な回復力など、やはり尋常ではない強さで圧倒していたが、人間側も対抗して魔物用の武器を開発した。
結果多くの人間や魔物が死んでいった。
その後約50年ほど冷戦状態となったが、互いに嫌悪し合い街には民間人達による争いごとが絶えなかった。
そして終戦の日。
始まるのが早ければ、終わるのも早い。
きっかけはたった1人の小さな女の子だった。
街のど真ん中で人間のチンピラと妖怪の暴れん坊が争っていた。当時は上の者の指示がなければ争ってはいけないとの制約を成していたので、殴り合いはなくただの“言い”争いだ。しかしあと少しで殴り合いにまで発展しそうな様子。そこを小学一年生くらいの女の子が通り、彼らを見て一言こういった。
「もう飽きたそれ」
怒りや恐怖でもなければ蔑みや呆れでもない。
ただただ“無関心”。
何気なく付いた一言だったのだろう。
しかし彼女の一言が妙に胸に落ちた彼らは「それもそうだな」と争っているのも馬鹿らしくなり、お互い認め合った上意気投合して、居酒屋へと向かった。
こうして魔物と人との共存運動が広まり日本から世界へ、そして終戦へとつながっていったのだ。長きに渡る戦争が、なんともあっけなく終わった。
終戦となる平和条約を結んだのが100年前。異世界の生き物達の憲法、「異界人憲法」なるものが制定されたのがその20年後。
そして現代…ーーー
日本では、妖怪が隣で暮らし、共に学び、また妖怪と人間が結婚してハーフが生まれるのが当たり前の世の中となった。
…とまあ、話が長くなりましたが、これはそんな現代に生きる1人の女子高生の話である。
ーーーーー
ーーー…
ーー…ピピ…
…ピピピッ、ピピピッ
ーー7:15
遠くで若干遅めにかけた時計の目覚まし音が聞こえるが、眠気の方が優っている。
私はううんと唸り声を上げ寝返りを打った。
ピピピッ、ピピピッ
こうして、部屋に響く音を子守唄に再び深い眠りにつく…の…だ、った…
「昌!!いい加減起きなさい!!!!」
「はいっ!!」
母の怒鳴り声に私は飛び起き、寝癖をそのままに二階にある私の部屋から階段を転げ落ちるように行き、リビングに飛び込んだ。
「おはよう!!」
「はいおはよう。
あんたね、目覚ましかけても起きないならやめなさい。起きない上にかけっぱなしにするんだから、朝からうるさいったらないわ」
洗濯物カゴを持った私の母が呆れたようにこちらを見る。えへへと愛想笑いを浮かべる私にため息1つつき、「いいからご飯食べちゃって」と言いすごすごベランダへ向かった。
かたや父は何も言わずにリビングのソファーで優雅に煎茶を飲みながら新聞を見ていた。
父は朝はのんびりしたい人なので、いつも早く起き、私が起きて来る頃には準備を全て終えて新聞を読んだりテレビを見たりとのんびりしていることが多い。
出る時間は8時と一緒なのにね。
洗濯物をかけ終えた母が戻って来ると、洗い物をしている。横目で見つつご飯、味噌汁、卵焼き、焼き魚をかきこんでいった。
「ねぇ昌」
「んぁ?」
「目覚ましじゃなくて波山目覚まし便頼んだら?
時計ごときじゃ起きないあんただもの」
波山とは赤々とした鶏冠を持つ火を噴く鳥の妖怪こと。たまに人を驚かしたりするが、人前に現れることが滅多にない上危害も加えない。深夜に現れバサバサと羽を羽ばたかせて驚かせるのだ。
今、その波山達による目覚ましサービスが流行っているのだ。妖怪性質上ネット受付のみとなっている。
「やだよ!カアさん知らないの?時間帯が12時から5時までだよ?無理無理起きられないよ!
私は目覚まし時計で充分」
「一度も起きたことないのに何言ってんの。…まったく…私やお父さんが起こしたら飛び起きるくらい寝起き良いのに、なんでうるさい目覚ましでは起きないのかしら…」
洗い終えた皿を拭き、食器棚にしまってからタオルで手を拭きつつ再びため息をつく母。
今度はいつもより長い。
「これから起きれるようになるもん」
「昌。用意しないと学校遅れるぞ」
父に呼ばれ、え?と振り返ると、父が顎で掛け時計を指した。時刻は7時50分。
ちなみに予鈴は8時半…
「遅刻するーー!!
カアさんが話しかけてくるからぁああ!!」
「な、私のせいじゃないわよ!あんたが起きないからでしょ!!」
「いいから早く用意しなさい。
…じゃ、行ってくる」
父はそういうとカバンを持ちさっさと出て行ってしまった。
母の「行ってらっしゃい」と私の「トウさん待ってよ」がハモった瞬間だった。
申し遅れました。私
【黒多 昌】
と申します。
今年で高校一年生の16歳。
165㎝という身長に加え、抜群のプロポーション。内巻きの金髪寄り明るめ茶髪ショートにぱっちり二重の猫目。自分で言うのもなんだが可愛い系美少女である。
ええモテます、モテますとも!
入学して早々告白5回もされたさ。もちろん断ったけど。
ちなみにこれから出てくる私の友人達も負けず劣らずの美男美女である。
支度を10分で済ませて家を出た。じわじわと制服に汗がしみてくるぐらい初夏の日差しは暑い。
暑さと家を出て学校までの距離に憂鬱になりつつ走り出した。
家から少し行った先にある登った先に神社がある階段を素通りして、ちょうどタクシーに鉢合わせた。
見知ったタクシーを見つけ思わずニヤリと口角が上がった。瞬時にお客さんがいないか確認すると車体の横にしがみついた。
「うぉ!!なんでぇなんでぇ!!」
「よっ!!おはよう朧のおっちゃん」
「あぁ?そん声は…昌のガキンチョか!!」
牛車の後ろについている顔が横目で私を見てくる。
そう。タクシーとは“朧車”のこと。
朧車とは昔の移動手段で、牛に引かせる牛車の後ろに大きな顔がくっついている姿の妖怪。祭りの時、貴族が場所取りを行い、名前忘れたけどお偉いさんに負けた怨念が妖怪化したってせつがあるみたい。
この朧車は近所に住んでおり、小さい頃から知っている。迷子になった時や、怪我をして病院に向かう際いの一番にやってきて乗せてくれた。妖怪の中でかなり世話になっているご近所さんだ。
ただ、朧車はほぼ顔の区別がつかないので、父や母はよく間違えていた。私と妹はなぜかちゃんと区別がついていて不思議がられたものだ。
朧のおっちゃんも
「おれらぁ自身もたまに間違えんのになんでオメェはわかんだろうなぁ」
と独りごちることが多々ある。
おそらくお客さんを降ろした後なのだろう。低空飛行していたところを出くわした私が飛びついたのだ。朧のおっちゃんは突然の衝撃(私が突っ込んだ)反動でフラフラ蛇行していた。朧車は空を飛んで行くため、蛇行しても近くに同業者であったり飛行物や飛行生物がいなければある程度大丈夫。
ようやく落ち着いた頃に私に向かって叫び出した。
「おうおう昌!!アッブねぇじゃあねぇか!!なんども言ってんだろぉ!?走行中は飛びのんなって!!」
「ごめんごめん。そんなことより遅刻しそうなんだ!おっちゃん頼むよ」
「はぁ?またかよ…
ダメだダメだ…!こないだも遅刻で送ってったばかりだろぉが。もう送らん!」
「えぇーケチー…あ、ここでいいや!」
「あっこら!」
私はグラウンドを確認した後そこで飛び降りた。降りたその先は学校のグラウンドだった。話してるうちにたまたま学校の上空まで来てしまったのだ。
朧車タクシーは止まる時以外空にいるため途中下車はかなり危ないし、普段はしない。今日は運がいい。
目標を確認すると大声で叫んだ。
「止まってぇえええ!!」
大きな塊のようなものに突っ込むと、
若干めり込んだ後
ボイーーン
といった擬音が立ちそうなくらい跳ね返る私。無事着地すると、ぶつけた鼻をさすりつつ当の本人に頭を下げた。
「ごめんなさいぬっぺっぽう!
ちょうどあなたがいたから朧車から降りても大丈夫だと思って!!
ごめんね!」
「びーーっーくり、したぁー。
いーーいいーーよぉーー。いいーーたくぅ、なかーーったぁしぃーー。
けどーーきーーをつーけーなーーいとーー。
もーーうやっちゃーーダーーメーー」
随分と間延びした声で言ったのはぬっぺっぽう。
一頭身の肉の塊のような姿の真ん中に目や口が埋め込まれているようにあり、顔と胴体が区別がつかないほど曖昧な妖怪。人を驚かせる妖怪らしい
詳しくどんな妖怪かわからないけど。
彼?はグラウンドを清掃してくれる謂わば用務員さん。…らしい。
数十年前から現れて住み着いてるようなんだけど、驚かす以外あまり害がないのでそのままにしてるみたい。
案外低反発クッションのように柔らかくどこかしら花の良い匂いがするし嫌いじゃないよ、私は。
「うん。ごめんなさい。」
「ゴラァ!!昌ぇ!!
こんなこと次やらかしたら引き飛ばすぞぉーー!!」
「あ、おっちゃーーん!ごめん!!
行ってきまーーす!!」
「おう!行ってこい!!」
空から怒号を飛ばす朧のおっちゃんに軽く礼を言い、時間を見るとホームルームまであと五分。
私はぬっぺっぽうにも挨拶をそこそこに走り出した。