資格
「……そうして、俺とアイツは死んだ。」
ウチが探していた唯一の可能性、聖騎士レナード・アーヴィングは自らの終末を語った。
彼の話を聞いていた面々は言葉を失う。
荒唐無稽な話にも思えるけど、誰も鼻で笑ったりしないところをみると、この人はかなりの信頼を勝ち得てるみたいね。
まあ疑おうが二百年前の地図に名前が載っていること自体が彼の存在の奇特さを示しているわけだから。
「しかし…それなら君はどうしてここに生きているんだい?」
カストロ侯爵にそう問われ、チラリとロザリーちゃんを見るレナード。
話を聞いていたロザリーちゃんは心配そうにレナードの顔色を窺っていた。そんな様子をレナードは彼女を怖がらせてしまったと感じたのか、言葉に詰まった。
「それは…」
でも実際の彼女がどういう心境で居たかを察せられるほどこのレナードという人は器用な人間ではないと、実際の付き合いなんてそれほどないけど残滓でずっと視てきたウチは知ってる。
彼女の方だって……まあこっちは残滓を視るまでもなくメロメロだから言いっこなしだけどさ。素直にアタックしないとこの朴念仁を振り向かせるのは無理よ?
「ロザリーは…アイツの転生体らしい。」
「転生体?」
「俺も詳しくは分からない。死んだはずの俺が覚醒して、謎の女にそう言われた。」
その場の誰もが理解しえなかったと思う。ウチだって視てなきゃ絶対信じないし。
それはレナードも覚悟していたのか、そのまま続けた。
ロザリーが獣人であること以外は彼女と瓜二つであること、17歳で死んだ彼女と時を同じくして死ぬ運命だったことを。
「だから俺はロザリーを守るためにここに居る。」
「へっ?!」
ぼふんっ
という音が聞こえるほど瞬間沸騰したロザリーちゃん。聞きようによっては愛の告白のようなセリフに茹蛸状態だ。
横に居たアメリアちゃんは一瞬悲しそうな表情をしたけど、すかさずウチが「大丈夫。チャンスはあるよ。」と耳打ち。素直なお嬢様はそれで持ち直したようだ。だって実際、そういう未来があるもんね。
「あ、あああ、あ、アンタっ!ば、馬鹿じゃないの?!そんなこと言われたって嬉しくないわよっ!馬鹿!もうっ、馬鹿馬鹿馬鹿ぁ~!」
口調こそ怒っている感じを努めていても語尾はだらしなく伸び、顔も蕩けそうなロザリーちゃん。何より尻尾は正直だ。なんでこうまで分かりやすいのに気がつかないのかなこの朴念仁は……
「…まあ、君が一度死んでいたとしても、我が娘……いや、街を救ってくれたことには変わりはない。その件についてこれ以上私から追及するつもりはないよ。」
「……感謝する。」
カストロ侯爵は微笑んでそう言い、レナードは幾らか救われたようだった。
しかしまだ肝心なことを彼が話していないのをウチは知ってる。
「ねえレナード…さん、貴方が消滅しちゃう未来があるのは話さなくて良いの?」
「それは…」
レナードは口ごもる。やっぱり言わないつもりだったのね。
これまでの話で、彼が特別な事情を抱えてここに居ることは皆分かったと思う。もはや神にしか成しえぬような奇跡の所業の上に彼は成り立っているんだから。そういう意味では、こんなデカい図体してるくせに酷く儚い存在なのだ。
だからこそ“死ぬ”ではなく“消滅”する未来というワードに誰もが引っかかりを覚えた。
「しょ、消滅?!」
「隊長が居なくなってしまうという事か!?」
「…っ」
アメリア、リースリット、ロザリーの三人はウチに詰め寄る。ま、君ら三人はそういう反応するだろうね~。
「はいはい、ちょっと落ち着きなさいって。消滅しない未来もあるんだから何かしらの解決策があるってことでしょ?」
「そ、それはどういう…!」
涙目で訴えてくるアメリアにちょっとときめいてしまった……。か、可愛いじゃないのこの子。この朴念仁に飽きたらウチが…っていけないいけない。ウチはレナードに目線で「言っていい?」と伺った。
レナードは一度考え込みそれを手で制した。
「…自分で言おう。」
「うん、それがいいかもね~。」
頷いて一歩下がる。
レナードは一つ息をつくと、話し始めた。
「謎の女が言うに俺は……ただ存在しているだけで魔力を消費する。普通とは違い、魔力は殆ど回復しないらしい。そして魔力が尽きると」
---消滅する。
その言葉を口にしたとき、この場に居たウチ以外の全員は息をのんだ。必死に顔に出すまいとするロザリーちゃんもまた、自らのスカートをギュッと握って俯いている。
アメリアちゃんもショックを受けていたが、その裏で納得もしたようだ。だからあの時、魔族の攻撃を生身で受けたのだ。少しでも消費を抑えようと。
しかし、そんな重たい雰囲気を消し飛ばしたのはスパーン!という乾いた音だった。
「…痛いぞ。」
「痛いぞじゃねーよ。大事なこと言い忘れてるでしょ!」
…ついうっかり後頭部をひっぱたいでしまった。
だって肝心な事を先に伝えてあげなきゃダメでしょうが!もうっ、イライラするわねこの朴念仁は!
「え~と、この中に【鑑定】使える人います?」
手をあげたのはアメリアちゃんと執事のセバスさん…だっけ? その二人だけだった。セバスさんにレナードを鑑定するよう促す。
セバスさんは首を傾げながら【鑑定】でレナードを視た。
「…お見掛けするのは二度目ですが、相変わらず人間離れしたステータスでございますね。」
「魔力はどう?」
「魔力値も高く……ん?」
セバスさんの表情が強張る。
「ど、どうしたのセバス?」
「最大値からすると…既に70%を下回っております。」
「そ、そんな…!回復の手段はありませんの?!エーテル水なら兵舎にも…」
レナードは首を振る。
「それらでは殆ど回復しない。」
「ならどうしたら…!って、ピェグリット様?何を……」
急に手を取られて戸惑うアメリアちゃんだったけどウチは構うことなくレナードの手にその手を乗せた。
「っ?!あ、あ、あの、あのあのあの…!」
知ってるよ~?今日一日、ず~っと手を繋ぎたかったんでしょ?
ほれほれ~、顔に出すまいとしてても口元がゆがんでるぞ~!そんなんじゃ嬉しくてたまらないのがバレちゃうぞ~!
「なんと…!お嬢様、お喜びくだされ!魔力値が回復していっておりますぞ!」
「へっ?!」
「…む?」
アメリアにウインクを一つ。だから言ったでしょ、チャンスはあるって。
「なるほど、あの女は資格を持った女性と触れ合う事で回復すると言っていたが…こういう事か。」
この発言にピクリと反応を示す二人の少女。言うまでもなくアメリアちゃんとロザリーちゃん。
方や回復手段といういつでも触れられる免罪符を得て喜びを爆発させる一方、繋がれた手をふくれっ面で睨んでいる。
「因みに…」と、ウチがアメリアちゃんの手を退けて代わりに自らのを乗せた。
「…ふむ、回復が止まりましたな。」
「資格を持ってないとこうなるわけ。公爵の奥様も手を乗せてみてくれます?」
言われるがままに乗せるが、やはり効果は無し。……よかった~、分かってはいたけどここで反応が出たら修羅場だもんね。
今のところ効果が確認できたのはアメリアちゃんだけ。よほど嬉しいのか、もう浮かれきってトロトロになった顔を両手で包んでくねくね。ロザリーちゃんの頬もパンク寸前だ。
「これで分かったわ。」
汲み取って視てきた残滓と現状を踏まえて、彼が言う資格とやらが何なのかがハッキリとした。
「資格があるって言い方してたけど、実際のところ未来の可能性の話だと思う。」
「…可能性?」
朴念仁が聞き返す。
でもこれはあまり彼に聞かせない方が良いかも。乙女たちのためにね。
だからウチは続きをレナードの耳をふさいでから言った。
「資格って言うのは将来レナードさんと子供を作る未来がある人ってことよ。」
そして時が止まった。最初に聞こえた音はカストロ侯爵が鼻をすする音。
「私に……ま、孫が…?」
そこからはもうてんやわんや。アメリアちゃんが突然三つ指をついてレナードに「不束者でしゅが!」とか言い出し、ついにパンクしたロザリーちゃんが錫杖でレナードを叩きまくり、夫妻は涙ながらに手を取り合い、セバスさんはそんな二人をなだめる。
ついにはカストロ侯爵がセバスさんに赤ちゃんグッズの手配を指示する始末。…お~い、気が早いぞ。
「成程。では拙者が触っても効果は…」
ただの確認のつもりだったのだろう。リースリットが何と無しに手を乗せる。
…あ、言い忘れてた。
「…んん?リースリットも効果がありますぞ。」
「あなたも効果あるわよ?」
「ふぇ?」
「っ?!」
今度はリースリットが沸騰する番だった。元来、レナードとタメを張るくらいに表情に乏しい彼女だったが、この時ばかりは湯気が立つほどその顔を真っ赤にさせる。
彼女としても、レナードを隊長として認めているのも確かだ。尊敬もしている。それはより強い者に惹かれるという鬼人族である父の影響を強く受けていたからに他ならない。
しかしそれは純粋な敬意だと思っていた彼女は、突然もたらされた結果にフリーズしてしまった。
「せ、拙者が…隊長と?」
あ~…しまったな。ウチが視るにこの子が一番……
「た、た、隊長…!」
「なんだ?」
「せ、拙者は、その…、そ、そういった経験が無く!知識も乏しゅう御座います!で、ですが体は既に成熟しており、迎え入れる準備も整っておりますれば…!」
「お、お待ちなさいリースリット!あなた抜け駆けは…」
「このっ!!変態っ!!女たらしっ!!全身精液男っ!!このっ!!このっ!!」
さて、まあ色々あったけどこれで一先ずは未来に繋がったわね。この朴念仁が来月消滅する未来は防げたわけだ。
あとは道筋をなぞるだけで半年は大丈夫。
でも……
ウチは今も怒り狂って錫杖を振り回すロザリーちゃんを視る。
(キミ、本当にそれでいいの?このままじゃキミも、レナードも、半年後には死んじゃうよ?)
心の中でそっと呟く。
半年後、どんな未来を辿っても、17歳を迎えて勇者の血を最高潮に発現させたキミを上級魔族が嗅ぎ付けて。
残念ながらレナードでは万に一つも倒せない。微かな希望はキミの血、勇者の力だけ。
(半年の間に、キミは彼に触れるようになっていなければ……この世界は滅ぶことになるんだから。)
今回もお読みいただきありがとうございました。次回はロザリー視点の甘々回です。それでは、皆様のご感想お待ちしております。