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冒険者がやって来た

 拾った女の子を村に送り届けてから十日が経った。今日は天気がいいのでいつものように、洗濯したシーツを物干し竿に引っかけていると、見回り中のはずの竜兵が、アタシを目指して歩いて来ることに気づいた。


 しかも後ろに武器や防具で身を固めた男女混合の冒険者が九人、手ぶらで中年の村人が一人、合計十人の団体さんを引き連れて来ている。大森林の奥地に人間が入り込むのは珍しいので、竜兵がアタシの指示を仰ぎに来るのも当然だ。


 入り口で棒立ちになっている冒険者たちを大股で歩いて引き離し、さらに近づいて来る巨人に新たな指示を出す。

 この団体さんはアタシが対処するけど、もしかしたら呼び戻すかも知れないので、すぐ駆けつけられるように近くを警戒していて…と、竜兵に直接声をかけて、ノッシノッシと森に戻っていく彼を見届ける。


「それで、やっぱりこっちに来るよね」


 世界樹の根本に広がる幻想的な光景に心を奪われていた彼らだったが、周辺の警戒へと戻る竜兵の向こうに、物干し台にシーツを干しているアタシが居ることに気づき、全員がこっちに歩いて来る。

 戦いに来たわけではないのか武器は鞘に収めている彼らが、何をしに来たのかがなる。


 現在モルちゃんは自室のカーペットの上で丸くなっているので、この場には居ない。だがわざわざ声を出して呼ばなくても、アタシの危機を感じれば一瞬で駆けつける。このようにアタシの身の安心と安全は、創世竜によって保証されいる。


「こんにちは。創世竜の巫女姫様」

「創世竜の巫女姫?」


 冒険者たちの先頭に立つ、頭部以外を鋼の軽防具で身を固めた屈強な男性が、アタシに向かってにこやかな笑顔を浮かべて挨拶をする。

 創世竜はモルちゃんことだとわかる。しかし巫女姫とは一体。昔村の教会で巫女姫、そして聖騎士については聞いた気はするのだが、その日を生き抜くのに必死で殆ど覚えていない。。


「巫女姫とは貴女のことですよ。キャロル嬢」

「アタシの? はぁ…それで、貴方たちは何をしにここに来たのですか?」


 村娘の自分が創世竜であるモルちゃんの巫女姫役に相応しいとは、とても思えない。だがいちいち反発して会話を長引かせるよりも、さっさと本題に入って欲しいのでアタシは先を促す。

 妖精と精霊は彼らの姿を見た瞬間に、あっという間に逃げ隠れてしてしまった。今は物陰からチラチラとアタシたちの様子を窺っている状況だ。


「俺たちは世界樹の下に何があるのか。それを調べに来ました」

「そうですか。それでは、アタシの名前を知っているのと、そちらの村人を連れているのは何故ですか?」


 彼ら九人は今回は初見だ。それなのにアタシの名前を知っているし、冒険者ではない村人まで連れて来ている。調査隊は辛うじて納得出来たものの、避けようのない面倒ごとの予感をヒシヒシと感じる。

 そんなことを考えている間にも彼らは親密に語りかけながら、距離をゆっくり詰めて来る。


「貴女の名前はある村の女の子に教えてもらいました。こちらの男性はその父親で、今回の調査に同行してもらったのです」

「そうでしたか。…すみません。少しその男性とお話させてもらいたいんですけど」

「ええ、構いませんよ」


 アタシのお願いに、冒険者のリーダーは快く返事をして後ろに下がり、それと入れ替わるように、十日前に面倒を見た女の子の父親がオドオドとしたまま前に出てくる。


「はじめまして」

「はっ…はじめまして、巫女姫様」


 明らかに挙動不審な父親だ。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。アタシは構わず会話を続ける。


「アタシが助けた女の子と、そのお母さんの様子はどうですか?」

「はっ…はいっ! 巫女姫様から貰ったポーションで、娘と同じで妻も無事に完治しました! ありがとうございます!」


 あの時の女の子は話してしまったようだ。元々穴だらけの誤魔化しなのでバレるのは仕方ない。だが彼女を信じた自分の愚かさか、それとも女の子の軽薄さか、何だか少しだけ悲しく感じた。


「アタシがポーションを渡したことは、娘さんから聞いたのですか?」

「えっ…そっそれは! …はい。私から女神様にお礼の言葉を伝えて欲しいと」

「嘘偽りなく? 創世竜に誓って?」


 アタシを巫女姫と勘違いしているのなら、この際なので開き直って肩書を使わせてもらう。何となくスッキリしないので、言葉遣いはですます調で丁寧だが、最初から最後までガンガン攻める。

 自分の中身は普通の村娘だが、こっちにはモルちゃんが付いている。ならば反撃を恐れずにただ真っ直ぐ、心の赴くままに進むべきだ。


「もっ…申し訳ありません! 巫女姫様!」

「…詳しく話してくれますね?」

「姫巫女様! この男は間違いを犯してなどいません!

 全ては小さな女の子が、貴女の偉大さを皆に知ってもらいたい一心で!」


 彼に詳しい説明を求めたところで、冒険者のリーダーが待ったをかけてきた。何と言うか凄く邪魔だ。アタシは女の子の父親と話しているのだから、横槍を入れないで欲しい。

 このままだとグダグダになるが、信じて送り出した彼女はちゃんと、アタシとの約束を守ろうとしていたので少しだけホッとした。

 そしてこれ以上の会話は必要ないとわかったので、速やかにお引取り願うことに決めた。


「世界樹の根本に何があるのか確認出来ましたよね。では、そろそろお引取りをお願いします」

「待ってください! 俺たちはまだ!」

「まだ、何ですか? アタシは貴方達とこれ以上会話するのも、住処を踏み荒らされるのもごめんです」


 アタシのはっきりとした拒絶に、十人全員が驚きに身を竦ませる。ある程度の情報を得ているのならば、モルちゃんのことも知っているはずだ。強くは出られないだろう。

 大樹の根本はアタシの土地ではないが、誰の物でもない。かと言って彼らに好き放題される言われもないのだ。


「それとも、アタシを排除してでも調査を強行しますか? 世界樹の根本は、冒険者にとっては宝の山ですからね」

「なっ…!?」


 冒険者だけではなく貴族や王族や商人、多くの人間たちにとっては確かに宝の山だろうが、アタシにとっては収量過多の家庭菜園に過ぎない。

 今現在の家の周囲は貴重な素材がびっしりと蔓延り、妖精や精霊の遊び場になっている。


 何も語らない大樹でさえも、ここに物をかけるちょうどいい長さの枝があったらいいのにな…と、何気なく呟いた次の日の朝。希望通りの場所と長さの枝葉が伸びている。と言った、皆が思い思いにのんびりと暮らしている憩いの場だ。

 そんな場所を何も知らない冒険者たちに、我が物顔で踏み荒らされたくはない。


「アタシはやることがあるんです。そろそろ退散してくれませんか?」

「ちっ…! こうなったら仕方ない!

 巫女姫を人質にすれば、創世竜だろうと手は出せないはずだ!

 これで俺たちは明日から大金持ちだ! 行くぞ!」


 十人全員が武器を構えて戦闘態勢を取ったが、平凡な村娘であるアタシに恐怖はない。それどころかやはりこうなったかと内心で溜息を吐いて、彼を呼ぶために大きく息を吸い込む。


「はぁ…仕方ありませんね。来なさい! 聖古竜兵!」


 リーダーの号令の直後にアタシは呼び出しを行う。すると突然、自分の目の前に白銀の鎧を身に着けた巨人が、空から勢いよく降ってきた。大きな地響きで足元が揺れて、着地の衝撃で周りに突風が吹き荒れる。


「馬鹿な! 竜兵ではなく聖古竜兵だと! しかし。主神の尖兵が何故!」

「落ち着け! 巫女姫のハッタリだ! あれは竜兵に銀の装備を着せただけに過ぎん!」

「なるほど! 貴重素材を売り払った金で揃えたか!

 皆、油断だけはするなよ!」


 竜兵には最初にモルちゃんが何があってもアタシを守るようにと命令していたので、彼は飛び込む機会を伺っていた。それもアタシがもっともピンチになり、颯爽と間に入る格好いいタイミングをだ。

 しかし周囲の警戒を頼んだのに、わざわざ世界樹の上に登っていたとは、何とも機転が利くというか、そこまで目立ちたかったのか。やっぱり竜兵には心がある気がする。


 そしてどうやら冒険者たちは案内してきた彼を、聖古竜兵に見せかけた竜兵だと勘違いしているようだ。

 目の前の冒険者たちが気合を入れたり補助魔法をかけたりしているが、アタシはそれどころではなかった。


「あぁっ…シーツを干したばかりなのに」


 竜兵が巻き起こした突風に飛ばされ、土の上に落ちて汚れたシーツを拾いながら、思わず漏らした嘆きが戦闘開始の合図になる。


「なるべく殺さないでね。追い返すだけでいいから。

 アタシと竜兵の安全を第一に戦うんだよ」


 命令が聞こえたのか竜兵は大剣を鞘から抜かずに全面に突き出して構えを取る。その後、一瞬遅れて巨体に似合わない速度で突進して、武器を地面ギリギリを薙ぎ払うように右へ、左へと激しく振り回す。

 そのたびに前衛の冒険者が何人も吹き飛ばされ、または転がされている。


「くそっ! こいつ! ただの竜兵じゃないぞ!」

「竜兵の力をと速さを魔法の装備で底上げしてるのか!

 ちいっ! 後衛を守りながら遠距離攻撃に切り替えろ! 真っ向勝負は不利だ!」

「了解! フレイムアロー!」

「食らいなさい! 疾風の矢!」


 すぐに近づくのを諦めて、魔法や弓での攻撃を開始するが、そのことごとくを巨人が大剣で切り払って防ぐ。避けたら周辺に被害が出るので気を使ってくれたのだろう。

 アタシもせっかく干した洗濯物が燃えたり、穴が開くのはごめんだ。


「魔法も弓矢も、真正面から全てを切り払うか! 本物の化物かよ!」

「くそっ! こうなったら巫女姫を狙うぞ! 竜兵ならば必ず主を守るはずだ!

 俺たちはその隙を突くっ!」


 時々アタシを狙って飛んでくるが、竜兵が素早く間に入ってまとめて叩き落とす。正直肝が冷えるが、体の頑丈さだけは日々の生活で実証済みだ。

 流石に無傷とはいかないまでも、万一直撃しても軽い火傷や擦り傷で済むだろう。


「もっ…もうすぐ魔力が尽きる! リーダー! 撤退の許可を!」

「リーダーのせいだぞ! 創世竜なんておとぎ話だ! たかが小竜と女一人、最悪脅せばどうとでも出来る!

 世界樹の根本に一番乗りすれば、俺たち全員は明日から大金持ちだって!」

「お前たちも全員反対せずに賛成しただろうが! くっ! あと一歩まで近づけたのに、今さら逃げられるかっ!」


 しかし仲間内で争いを始める冒険者たちを容赦なく蹂躙していく姿を見ると、英雄十人分は伊達ではないことはよく分かる。

 彼も自分への挑戦者が九人も現れたことで、表情に変化はないが心なしか嬉しそうに相手をしている気がする。ちゃんと個人の力量を見て手心を加えているようで、向こうの怪我は大した事なさそうだ。これが竜兵なりのぶつかり稽古というやつだろうか。


「まっ…まずっ! 避けられな…!」


 たった今、竜兵の大振りの薙ぎ払いでリーダーが吹き飛ばされて、ゴロゴロと遠くに転がっていった。命にかかわる怪我はしていないが全身打撲の痛みで、しばらくまともに動けないだろう。

 ちなみに女の子の父親は一番最初に逃げ出したので、木の陰に隠れたので無事である。


 そんな切った張ったの大騒ぎを続けていると、当然家の中で寝ていた彼女も気になって、ログハウスのアタシの寝室からのっそりと起き出て来る。


「何じゃ、さっきから騒がしい。せっかく良い感じにまどろんでおったのに」

「モルちゃん。もうすぐ終わるから、そのまま寝てても良かったのに」

「そんな! 竜兵だけでも苦戦してるのに! もう私たちは、終わりだわ!」


 見た感じは限界まで手加減しても一方的に蹂躙されてたが、彼らにとっては辛うじて勝てると考えていたらしい。だがリーダーは地面に寝転がっていて動けないので、これは勝負ありだろう。

 気づくと冒険者パーティーは全員、持っている武器を投げ捨てて棒立ちか、またはへたり込んでしまった。心が折れたのだ。


「ばっ…馬鹿…! たかが小竜一匹が加わったところで…!

 ツェザールの町でも十指に入るB級冒険者の俺たちは、絶対に負けない!」


 全身打撲で酷い有様のリーダーが、剣を地面に突き立ててヨロヨロと立ち上がる。モルちゃんは小竜であり古竜でもあるので、発音としては間違ってはいない。

 それでも、まだ戦意を喪失していないのは素直に凄いと思った。


「ふむ、キャロル。この人間たちは何者で何があったのじゃ? それにB級じゃと? 普通の冒険者とは違うのか?」

「ええと、何でもここの調査に来たらしいよ。聞きかじった知識だけど冒険者の実力派ランクで区別していて、B級は一流、A級は超一流、S級は英雄だから。

 人間の中ではかなり強いんじゃないかな」


 B級の下にもたくさんあった気がするが、その辺りまで補足する必要はない。何故なら悠々自適な引き篭もり生活では、そんな知識を活かす機会は全くないからだ。

 そしてリーダーの男性がふらつきながらも数歩前進し、やはり無理をしていたのか前のめりに力なく倒れた。


 竜兵も相手の戦意喪失でぶつかり稽古は終わったと思ったのか。冒険者たちと距離を開けるように背を向けてノッシノッシと後退すると、アタシたちと世界樹を守れる位置で止まって彼らに向き直り、構えを解いて直立不動で待機する。


「妾には何が何やらじゃのう」

「その点についてはアタシもさっぱりだけど。

 詳しい事情を知ってそうな人がこの場に居るから、ちょっと呼ぶね」


 竜兵をけしかけたのは、こちら側に危害を加えられる可能性がとても高かったからだ。実際にアタシを人質に取るつもりだったので、その判断は正しかったと言える。

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