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女の子を拾った

 ツェザールの町の買い出しから一ヶ月が過ぎ、アタシの周りでも色々と変化があった。

 まずは大樹の一角から樹液ではなく、絶えることのない綺麗な水が湧き出した。前はせいぜいポタポタと雫が垂れるぐらいだったのに、今では小川程の水量になっている。

 せっかくなので、我が家の飲水として使わせてもらっている。


 そして前々から都会のお風呂という物に憧れていたアタシは、いつものように竜兵に命令して、二人が浸かっても余裕がある程の大きな岩風呂を屋外に掘って作ってもらった。

 泉の水を流し込んだあとは、手ごろな岩をモルちゃんの火炎の息で熱して、竜兵に命令し、水を流し込んだ水槽にザブンと投げ入れる。

 これで即席のお風呂の完成である。最初の頃は何度か温度調節に失敗したが、今では一発で成功しているので慣れは大事である。

 大樹の真下なのでマイホームと同じで雨に降られることはないのも安心材料だ。


 モルちゃんもお風呂は気に入ったらしく、毎日のようにアタシが彼女の体を洗い流している。綺麗好きで何よりだ。しかしアタシがモルちゃんの体を拭くたびに変な声を漏らすので、何となく居たたまれないので止めて欲しい。


 マイホームも吹けば飛ぶような掘っ立て小屋から、立派なログハウスにランクアップし、目に見える範囲には、光るキノコ、謎の草花、熟した木の実等が溢れていた。

 収穫するより増えるほうが圧倒的に早く、何より倉庫の数もいくら増築しても足りないため、今では朝早くに料理に使う分を取るだけで、完全に放置している。

 当分はツェザールの町に売りに行く予定もないし保存できる量にも限りがある。何より使いきれずに腐らせるよりはと、アタシは収穫しないことを選択した。


 そして新たな住人も増えた。低空を光を発しながら飛び回り、花の蜜が主食の小さな妖精さんだ。日の出ている朝だけなく夜も明るくなったが、寝る時前に窓の遮光カーテンを閉めればいいので、大した問題はない。

 そして夜に出歩く時や明かりが欲しいときに声に出してお願いすれば、アタシのすぐ近くを飛んでくれるので、ランプの代わりでとても便利だ。お礼は甘い物で返している。

 アタシとモルちゃんの邪魔になりそうな時は、こちらの言葉は通じるし直接口に出せば、ちゃんとわきまえてくれる。まあアタシたちも勝手に住み着いているだけなので、大きな顔をするつもりはないのだが。


 さらに妖精以外にも、見たことのない小動物が自分の周りをうろつくようになったが、こちらも危害を加えてこないし、魔物の討伐を行っている竜兵が反応しないということは、少なくとも敵ではないのだろう。

 モルちゃんに謎の生き物について知らないかと聞くと、彼らは精霊とのことだ。


 何でも魔素が豊富で、穢れが少ない場所を好む。さらには精霊魔法と呼ばれる自然を操る力を使え、妖精と同じように人や魔物の前に姿を現すことは稀だが、彼女の実家では遠巻きだが普通に目撃されているので、そこまで珍しくはない。


 今も家の外の用水路に木の板を並べて縄で固定した洗い場で、竜兵が仕留めた一角ウサギを流水で洗っているのだが。

 鋼のナイフで生皮を剥いでいるアタシの隣や肩や頭等には、妖精や精霊が乗っかっており、興味深そうな視線で解体の成り行きを見守っている。

 全く重さを感じないのは不思議だが、作業中には頻繁に話しかけたり邪魔もしないでと言ってあるので、魔物の解体に集中出来ている。

 最初の頃は皮剥ぎや血抜きも手間取ったが、今では幅広い魔物の解体も慣れたものだ。


 一羽、ニ羽と一角ウサギの首をはねて、内蔵や骨を残らず取り出して生皮を剥いでは、近くの物干し台に血抜きのために順番に吊るしていく。

 妖精や精霊はそんな解体された魔物の上に立ち、えっへんと胸を張って自分がやっつけたんだぞとばかりに、可愛らしく振る舞っている。


 一角ウサギの解体が終わったので、次は千年茸とエリクシル草を網に入れたまま用水路に浮かせ、ジャブジャブと水洗いする。

 途中で精霊の何体かが用水路に飛び込んで楽しそうに流されていったが、彼らが用水路下りを楽しむのはいつものことなので気にしない。


 今日のお昼の献立は、一角ウサギを使ったローストだ。香辛料で味を整え、家の周りで収穫した野菜を内臓の変わりに入れて、モルちゃんの火の息でじっくり丸焼きにしてもらう。

 土壌の養分過多で巨大になった森芋を擦り潰して粉に変え、ツェザールの町で購入した天然酵母を加え、世界樹の雫で綿密に調整して焼きあげたふんわり白パンに、具材を挟んでガブリとかぶりついても美味しそうだ。


 大樹の根本は森の恵みが豊富なので、レシピの選択の幅が多くて迷ってしまう。奴隷生活をしていた時とは比べ物にならない程の贅沢な暮らしである。

 森の外に出れば面倒ごとに遭遇する確率がグッと上がるが、引き篭もっていれば大丈夫だ。香辛料の在庫もまだまだあるので、当分の間はのんびり出来る。

 ふと気づくと、洗い終わった野菜籠の中に精霊一匹が紛れ込んでいたので、優しく指で摘んで地面にそっとおろしてあげる。

 用水路の前から立ち上がって背筋を伸ばしながら、次の仕込みのために一度台所に戻ろと考える。すると二階建ての家ほどの大きさの白銀の全身鎧と大剣を鞘に入れた巨人が、大樹の外から邪魔な木々をかき分けながら、ノッシノッシとこちらに近づいて来る。


「あれ? いつもは見回りしてるのに、何かあったのかな?」


 普段なら竜兵は命令通りに周辺の魔物を狩っている。そしてもし判断に困ったらアタシに指示を仰ぎに来るようにと、言いつけてもあるので、間違いなく何かが起こったに違いない。

 彼は喋れないので意思の疎通は難しいが、竜兵の大きな両手には大剣ではなく、気を失ってグッタリとしている人間の女の子を乗せているので、それがアタシの元に来た目的だと気づく。


「小さな女の子? でもこんな森の奥まで? 近くに村はなかったはずだけど」


 近くにはないが大森林の入口近くにはいくつかの村があった気がする。それでも子供一人だけで、こんな奥地に来れるとは思えない。

 やがて竜兵がアタシの直ぐ側で立ち止まり、目の前の草地にそっと女の子を下ろした。


「ありがとう。また何かあったら教えてね。それじゃ、魔物退治に戻っていいよ」


 アタシの命令を受け、背を向けて家の周囲の警戒に戻る竜兵を見送り、草地に下ろされた自分よりも小さな女の子に視線を向ける。

 短めの茶髪は薄汚れており、目立たず地味な子供服でも丈夫に作られているらしく、破れている様子はなく、衣服で守られてない体に擦り傷は切り傷は多いが致命的なものはない。

 気を失って酷く衰弱している原因はわからないが、とにかくこのままにしておくわけにはいかない。


「よいしょっと、取りあえず運んでアタシのベッドに寝かせよう。

 それと、最初に実験的に作った質の悪いポーションが、結構な本数が余ってたはず」


 最初期の道具もろくにない時に作ったポーションが、今の所自分もモルちゃんも怪我も病気もしたことがないので、野生動物に実験した以外の使い所が全くないのだ。

 容器も奴隷商人が持っていた安物なので、どれだけの期間保存出来るのかわからない。せっかくなので腐る前にこの子に使ってあげようと考え、背中におんぶして自室を目指し、落とさないように気をつけながら慎重に進む。


 アタシの部屋に戻るとキングサイズのベッドの隣のカーペットに、モルちゃんが丸くなって眠っていた。帰ってきたことに気づいてあくびをしながら顔をあげて、次に彼女は驚いたような表情になる。


「何じゃ、その子供は?」

「見回り中の竜兵が拾ってきたの。多分迷子だと思う。

 せっかくだから最初に作ったポーションが腐る前に…ええと、これだね」


 女の子をアタシのベッドに寝かせて、アタシは薬品棚の奥をさばくり、埃を被っていたポーション瓶をいくつか見つける。

 古い物から順番に取り出してどれを与えるか考えるが、素人が見よう見真似で作ったポーションなので、どれを飲ませても効果に差があるとは思えない。


「それじゃ、適当に…蓋を開けてっと。飲んでくれるかな?」

「キャロルの作ったポーションだ。嫌がっても強引に飲ませるだけだ」


 モルちゃんが強硬手段を使っても飲ませようとするポーションだったが、小さな女の子の口元に瓶を近づけ、数滴雫を垂らすと喉が何度か動くのを確認した。

 これなら大丈夫そうだと感じて、ベッドから上半身を少し立たせてから、直接口元に流し込む。少し外に溢れてしまったがポーションの殆どを飲んでくれた。

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