ツェザール町に行きました
モルちゃんは荷車程のサイズなので、雲に隠れるぐらいの高さを飛べば、誰かに見つかる心配はまずない。
今回は自宅から一番近くて比較的大きな町を目指し、さらに降下中を目撃されないようにも気をつけながら、町の街道から少し離れた森の中の開けた広場に、静かに着陸する。
アタシはモルちゃんに出かける前と同じように、しっかり言い含めてから、遠くに見える大きな町の石壁を目指して歩き出す。
サイズを調整した男奴隷商人の旅着のままだが、これ以外にはボロ布しかなかったため、はっきり言ってまともな服がない。
せめて知り合いに見られてもアタシだとバレないように、頭まで覆う継ぎ接ぎだらけの外套を深くかぶる。その上から中身が限界まで詰め込まれたら背負鞄を、よいしょっと掛け声を出して軽々と引っ張り上げる
正直作戦は穴だらけで、何処か一つでも突っ込まれたら簡単に瓦解してしまいそうだが、あとは成るように成れだ。
もし危機が迫ったときには、モルちゃんに助けを求めるようにと言われたが、何でも契約者の感情だけでなく、大まかな場所も彼女にはわかるらしい。
それをすれば周囲の被害がとんでもないことになるので、出来ればじっとしていて欲しいが、状況次第ではどう転ぶかわからない。
アタシが一人思い悩んでいると、いつの間にか町の外壁の前まで辿り着いていたようで、列に順番に並び、やがて自分の番が来て二人組の門番の一人に、事務的に呼び止められた。
「それでは次の人。ツェザールの町の通行許可証を持っていますか?」
「いえ、持ってないです」
「では何か、身分を保証できるものは持っていますか?」
「いえ、そちらも持ってないです」
元奴隷のアタシが、そんな物を持っているわけがないし、奴隷商人の物を使うと、後でどんな面倒ごとに巻き込まれるかわかったものではない。なのでいつも通り、裏表なく正直に答える。
しかしここはツェザールの町と言うのか。この時になって、アタシは巨大な石垣に囲まれた目の前の町の名前を、初めて知った。
「そうですか。ではもしツェザールの町に入りたい場合は、銅貨五枚と素顔を見せてもらえませんか?
通行許可証を発行するためと、手配犯の侵入を防ぐための規則ですので」
「わかりました。では先に銅貨五枚をお支払いします」
お金に関しては奴隷商人が持っていた物があるので、そこまで心配はしていない。問題はこの町の門番さんがアタシの顔を知っているかだが、もし知っていた場合は、逃亡奴隷として雇い主に通報されるかも知れない。
アタシを買った商人はアンデッドとして昼夜を問わずに働いているが、いつ何処で身バレするかわかったものではない。
運を天に任せて背負鞄を地面に起き、その上で羽織った外套を脱いで、自分の全貌を明らかにする。
「あのー…すみません。アタシの通行許可証は?」
「はっ、はいっ! たっ…ただいま! 何も問題ありません! どうぞお通りください!」
「あっ…どうも。門番のお仕事お疲れ様です」
門番の二人だけでなく、周囲の旅人の動きが完全に止まったので、ひょっとしたら奴隷のアタシを知っているのではとビクビクしたが、特に問題なく通行許可証が発行されたので、再び外套を羽織って顔を隠して、容量限界まで詰め込んだ背負鞄を軽々と肩に担ぐ。
労いの言葉をかけて町に入ろうとした自分に、門番の一人が引き止めるように声をかけてくる。
「あの、また外套を着てしまうのですか?」
「えっ? あっ…はい、色々と面倒ですから」
「ああ、なるほど。確かに面倒ですよね!」
アタシの苦し紛れの返答に門番の二人と後ろの旅人たちも、何やら納得顔でウンウンと頷いているので、どうやらこれ以上詮索されることはなさそうだ。
ホッと胸を撫で下ろしてアタシは一歩踏み出そうとして、思い出した。
「あのー門番さん」
「はっはい! 何でしょうか!」
「この町に関して聞きたいことがあるのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええっ! 時間など気にせず、どうぞ好きなだけ質問してください!」
近い位置に居た門番さんに話しかけたのだが、何だか興奮状態で鼻息も荒くてちょっと怖い。悪い人でないのは先程にわかっているので、アタシは取りあえず物が売れる場所、料理器具、大工道具、薬品器具、衣服等などのお店の場所を聞かせてもらい。
おまけに貴重な町の地図までタダでもらうのは流石に良心がとがめたので、銀貨の一枚を無理やり握らせて、その場は納得して引き下がってもらった。
そしてまずは、門番さんに教えてもらった買い取りに信用できる場所。何でもこの町で一番大き買い取りがメインのお店とのこと。アタシは二階建てで広々とした商店の扉を潜り、店内を見回すと、正面のカウンターに何人もの受付嬢が対応しており、今も持ち込み客の相手を行っている。
買い取った商品の販売も行っているようで、カウンターから少し離れた場所には、陳列棚があちこちに並べられており、その中には価値があるのかないのか、よくわからない品物が多数詰め込まれていた。
アタシは取りあえず真正面の受付嬢さんが空いていたので、声をかけてみることにする。
「あのー、品物を買い取ってもらいたいんですけど」
「それでは、買い取りを希望される品物をこちらにお出しください」
受付嬢さんは慣れた手付きで受け取り皿をこちらに差し出した。品物はたくさんあるけど大丈夫だろうかと思ったが、取りあえず言われるがままに容量いっぱいの背負鞄をカウンターに置いて、一番上の物から順に受け取り皿に適当に置く。
何はともあれ、まずは相場を知りたかったので、今日は少量ずつしか持ってきていない。いくら軽いとはいっても、毎回大荷物を持ち歩きたくないので、もし次回があれば値段の高い物をちょっとずつ売っていきたい。
「あの…お客様、これは? えっ? もしかして?」
「その辺のキノコと野草です」
「こちらの果実はまさか!」
「もぎたて新鮮な果実です。日持ちしないから買い取りは無理かも知れませんけど、一応参考までに」
その他にも家の近所で竜兵に命令して収穫させていた。雑草やキノコ、魔物の素材、モルちゃんの生え変わりでポロポロ出てくる鱗や牙、大樹の葉っぱや果実等、取りあえず数撃ちゃ当たる作戦で、適当に見繕ってもらう。
やがてパンパンに詰め込まれた背負鞄の中身が空っぽになり、ようやく終了となった。受け取り皿を何回交換してもらったかわからない程だ。
「ええと、以上ですけど買い取れそうですか? もし無理なら持ち帰りますけど」
「はっはいっ! ただ今オーナーを呼んでまいりますので、奥の個室でしばらくお待ち下さい!」
「えっ…あの?」
アタシが何か言う前に他の受付嬢さんが呼び出されて、奥へどうぞと案内された。ふと後ろを振り返ると、先程までは影も形もなかった複数のガードマンが出入り口をガッチリと固めて、どうにも断れる雰囲気ではない。
しかし真っ当な買い取りをお願いしているだけで、別に悪事には手を染めていないため、アタシは堂々と挑戦を受けて立つ。かかってこい! 相手になってやる!
受付嬢さんに個室に通されて、アタシは高そうなソファーに腰掛けて待つようにと促される。逆らう気もないので言われるがままに座り、紅茶とコーヒーどちらが好みかと聞かれたので、苦くない紅茶を選んだ。
しばらくの間、高そうな紅茶をチビチビと味わっていると、入り口の扉が開いて、白ヒゲが凛々しいおじいさんが、最初に対応してもらった受付嬢さんを連れて入室してきた。
「待たせて悪かったね。キミがあの品々の買い取りを希望しているお客様かね?」
「あの品々が何かはわかりませんけど、隣の受付嬢さんに買い取りを希望したのは、確かにアタシです」
「ふむ、…そうか」
何やら思案している白ヒゲのおじいさんは、そのままアタシの向かいのソファーに腰を沈めて、連れ添ってきた受付嬢さんに自分の分のコーヒーを入れてくるようにと声をかける。
「町で噂になっている継ぎ接ぎの外套をまとう美少女とは、お嬢ちゃんのことだね?」
「そんな噂は知りませんね。アタシは今日初めてこの町に着いたばかりですし、美少女でもありません」
「本当に知らないようだね。いや、すまなかった。それで買い取りの話だったか」
今は体中の怪我や痣、無数の生傷も綺麗に完治しているが、奴隷としてのアタシはとてもではないが女の顔には見えなかった。そんな自分が美少女とは。根も葉もない噂に小さく笑ってしまう。
そっと紅茶に口をつけると、ちょうどコーヒーを入れに行った受付嬢さんが、入り口の扉を開けて戻って来た。
「今回持ち込まれた物の中に、買い取れない物がいくつかあった」
「では、買い取れない物は返却してください。家で処分しますから」
「お嬢ちゃん。買い取れないというのは、品物の価値が高すぎて値段が付けられないんだよ。
店にあるお金を全て支払っても買い取れない程の、とんでもない高値がついたんだ」
その時アタシは自分の過ちに気づいた。モルちゃんと一緒に暮らすようになって、知らないうちに常識人枠からはみ出してしまっていたのだ。
家の庭の雑草だけど、その辺に落ちてた綺麗な石だけど、等と買い取りを希望したのが大半だったので、どれも大した値段は付かないだろうと甘く見ていた。
アタシは唇を震わせながら、オーナーに言葉をかける。
「なっ…何か買い取れなかったんですか?」
「全て…と言いたい所だが、一番価値が高いのが創世竜の鱗と牙だな。どちらも世界中で発見されているが、ここまで保存状態がいいのは世界でも初だろう。
まるでたった今生え変わったばかりのような、素晴らしい輝きを放っている」
それは昨日の夜にモルちゃんが食事中に抜けた牙だ。定期的に新しく古いのが抜けて生え変わるので、倉庫の中にも魔物の素材に紛れて、結構な本数が眠っている。
中でも鱗の枚数なんて毎日ポロポロ剥がれるので、一応保存するために竹箒で集めているが、とても数えていられない。
「それ、そんなに価値があるんですか? それに、…創世竜って」
「ああ、創世竜は言葉通りに世界を創造した竜の名だ。神竜、またはセイクリッドエンシェントドラゴンとも呼ばれているがね。
今は人間の神である主神こそが、この世界を創造したと広く教えられているが。
何処まで本当のことやら」
想像以上にヤバイ物だったようだ。もしも神竜の生き血を、村娘であるアタシが飲んだと知られたらどうなってしまうのか、予想すら越える切迫した事態に頭が痛くなってしまう。
この時にアタシは、一生森に引き篭もって生きていこうと覚悟を決める。
「ほらっ、お嬢ちゃんも知っているだろう? 世界の中心にそびえる霊峰を。
何でも山頂には邪竜…いや、神竜が住むらしいが、山頂まで登りきった者が一人もいないから、わからないんだ」
モルちゃんの家族のことを興奮気味に話すおじいさんを見ていると、元々冒険家か何かだったのかなと考えてしまう。
世界中の珍しい品物を買い取ろうとしているのも、若い頃の好奇心が関係しているのかも知れない。
「はぁ…ありがとうございます。おかげで色々と助かりました」
「神竜の鱗と牙も本当は買い取らせてもらいたいが、それをすると経営が傾くからな。
まさに断腸の思いだよ」
今まで村娘のアタシが知らなかった、この世界の裏の一般常識を知ることが出来たので、大きな収穫だ。しかしおじいさんは本当に欲しかったようで名残惜しそうである。
家に帰ればその辺に転がっているので、欲しければいくらでもあげてもいいのだが、そうもいかない。
「あの、鱗と牙と、おじいさんのお店の品物の物々交換では駄目ですか?」
「ふむ、貨幣ではなく物で払うと? 別に構わないが、お嬢ちゃんはそれでいいのか?」
「はい、おじいさんにはお世話になりましたし、アタシも町の隅々まで歩き回るのは面倒ですから。
一回で済ませられるなら楽な方がいいなと。それにどうせなら、値段が高くても良い品物が欲しいですし」
この町一番の商店が傾くぐらいのお金が手に入っても、森の奥に引き篭もっている村娘のアタシに、いい使い道なんて思い浮かばない。
何より目利きが出来る商店のスタッフが選んでくれるのだ。商売を少し囓っただけの自分よりも、余程信用できる。
「うむわかった。それでは鱗と牙はこちらで買い取るように手配を進めよう。
それで、何が入り用かな?」
「ええと、必要な物は全て紙にまとめたので…こちらをお願いします」
「なるほど、少し多いがこれなら昼頃には全て揃うだろう。荷物は何処に届ければいいのかな?」
そもそも最初は自分で買い揃える予定だったので、荷物の受取先なんて考えていなかった。アタシは少し悩んで、町の外で街道から少しそれた場所を指定し、品物を固定する木箱や荷台、さらに丈夫なロープを追加で注文した。
最初はおじいさんは戸惑っていたが、アタシが他人に知られたくない事情が色々とあるのでと口に出すと、納得したように深く頷く。
しかし本当にどうしたものか。ここまで目立つ真似をしたのだから、当然そっち系の危ない人が誰彼構わず寄ってくる。アタシの身の安全は保証されているので別にいいのだ。
むしろ危ないのは相手の方だ。怒り狂ったモルちゃんに本人が殺されるぐらいならまだいいが、下手をしたら村や町どころか、国が滅ぼされかねない。
「あの、ついでに腕利きで口が固くて、信用できる護衛を何人か雇えますか?」
「ああ、伝手はあるから心配はいらない。しかしお嬢ちゃんも大変だな」
「ええまあ、もしアタシの身に何かあったら、手を出した国が次の日には滅ぶことになるので、本当に大変ですよ」
最初はおじいさんはアタシの言葉を冗談だと軽く笑い飛ばしていたが、どれだけ時間が経っても真面目な表情を崩さなかったことで本気だと気づき、すぐに柔和な笑みを消して冷静に仕事モードに入る。アタシはいつも本当のことしか言わないのだ。
そして可及的速やかに優秀な護衛と注文の品を手配するので、それまでこの部屋でくつろいでいるようにと伝えて、受付嬢さんを残して席を立った。
オーナーのおじいさんは優秀なので、これ以上口に出さなくても察してくれただろう。
アタシの背後には何がいるのかと。正直持ち込んだ素材についてアレコレ質問されるのは、誤魔化しや腹芸が出来ないアタシには都合が悪かったのだ。お店のオーナーであるおじいさんが創世竜の伝説を信じてくれていて、本当に助かった。
そう胸を撫で下ろしながら、すっかり冷めた紅茶に口をつけるのだった。
お昼近くになり、契約通りに街道を通って町から少し離れたモルちゃんの待つ場所を目指し、優秀な護衛を引き連れてアタシは大型の馬車に乗って移動する。ちなみに後ろにあと二台続いている。
少し意外だったのは、オーナーのおじいさんと最初の受付嬢さんまで一緒に付いて来たことだ。まあ護衛の人にはアタシからアレコレ指示しなくても済むので、楽でいいのだが。
やがて目的地が近くなり、街道沿いの森に入ろうとするが、馬車が大きすぎるために、中まで入れないことがわかった。
もしものことも考えて、あらかじめ口が固くて信頼出来る人員を選んでもらったので、護衛の人に頼んで一時的に街道を封鎖してもらい、周辺に誰も近寄れなくしてからプランBに移る。
まずは馬車から降りて、森に向かって大声で叫ぶ。
「モルちゃん! 出てきていいよ!」
「ようやく妾の出番か! 待ちくたびれたぞ!」
目の前の森で勢いよく羽ばたき上空に飛び上がり、アタシを目がけて白銀の煌めきを身にまといながら急降下してくるモルちゃんに、オーナーと受付嬢、それに残った護衛の人たちの全員が、あまりの幻想的な光景に思わず棒立ちになる。
彼女は自分のすぐ目の前で急に勢いを緩めて、ゆっくり翼をはためかせながら着地する。あまりに高速飛行で突風が巻き起こり、馬車を引いていた馬が恐怖でわななき、アタシの顔を隠している外套もめくれてしまう。
「キャロル、この人間たちは? 敵ならば妾が滅ぼすが?」
「違うよ。品物を買い取って、荷物をここまで運んでくれた人たち。だから、どちらかと言えば味方かな?」
ただし今の所は、という言葉は口には出さない。そのぐらい向こうにもわかっているだろう。それを承知でこの場に付いて来たのだから、自分たちから裏切るつもりはないはずだ。
オーナーのおじいさんが、興奮に打ち震えて涙を流しながらモルちゃんを前に口を開く。
「これが創世竜の聖なる輝き…まさかこの歳になって、夢が叶うとは思わなんだ!」
「そっ…創世竜だって! まさか神話やおとぎ話に出てくる伝説のドラゴンか!?」
護衛のリーダーである渋く屈強なおじさんが、オーナーの言葉に反応して唖然とした顔でモルちゃんを見つめる。続いて受付嬢がポツリで口を滑らせた。
「でも、ドラゴンにしては小さいですね」
「当たり前じゃ。妾は生まれてまだ二十年じゃぞ?
じゃが、この世界を滅ぼし尽くすには、一日もあれば十分過ぎる。…試してみるか?」
「もうっ、冗談は止めなさいって! 皆怖がってるじゃない!」
恐怖に飲み込まれる皆とは違い、アタシは目の前で不敵に笑うモルちゃんの頭を、右手でペチンと叩く。作業が進まないと、いつまで経っても家に帰れないのだ。
アタシはふと叩いた手に、ヌルっとした違和感を感じて横目に見ると、血が付着していることに気づく。
「モルちゃん、もしかしてアタシが留守の間に何処か怪我したの?」
「いいや。これは魔物たちを屠った時の返り血じゃ。あまりに暇じゃったために、この辺り一帯の魔物を狩っておったのじゃ。キャロルに何か土産をと思ってのう」
「そっかー。モルちゃんが怪我したのかと心配したよ。うん、無事で良かった」
いつまでもこのままにしてはおけないので、大樹の家に帰ったら返り血を洗い流さなければいけない。そして今は何よりも、町で購入した大量の荷物をどうにかしないと駄目だ。
「あの、言いたいことは色々あると思いますけど。皆さんで協力してモルちゃんが飛んでも馬車が落ちないように、ロープで固定してくれませんか?」
「創世竜に、そっ…そんな罰当たりなことは…!」
「キャロルの言葉は妾の言葉も同然じゃ。この意味がわかるな?」
何だか手伝ってくれなさそうなので、一人でロープと馬車の間を行き来していると、モルちゃんの宣言により、おっかなびっくりながら、護衛の人だけではなくオーナーと受付嬢も加わり、三十分程で馬車三台をガッチリ連結させ、丈夫なロープをモルちゃんの体に縛りつけることが出来た。
一息つく皆の中からオーナーのおじいさんが一歩踏み出して、恐る恐る質問する。
「創世竜、失礼ながら貴方の本当の名を教えていただけませんか?」
「ふむ、別に隠すものでもないからのう。いいじゃろう。妾の名はモルガン。覚えておくと良いぞ」
「ははー! モルガン様! その偉大な名を、しかとこの胸に刻み込みます!」
今さらながらに普通に敬われるモルちゃんに、アタシも少しだけ思案して、どうしたものかと言葉を投げかける。
「アタシもモルガン様って呼んだほうがいい?」
「いや、キャロルはそのままでいいぞ。妾はお前が付けたあだ名が気に入っておるからのう」
「そっか。じゃあモルちゃん。そろそろ帰ろうか。
皆さん、今日は色々とありがとうございました。またお世話になるかも知れませんが、そのときはよろしくお願いします」
最後にお世話になった皆にお礼を返して、アタシはモルちゃんの背中に取り付けてもらった鞍に乗って、ゆっくりと空に上がっていく。あくまでも自分の体を、落下防止の安全ベルトで固定するだけの腰掛けのような物だ。
モルちゃんは残念がったが落ちないように必死に抱きつく必要がなくなったので、飛行はかなり楽になる。
しかし馬車三台に溢れんばかりの荷物を全く問題にしないとは、流石は伝説の創世竜だ。
「あっ…モルちゃんが飛び立ったところに魔物の死体が山になってるので、皆さんの報酬の足しにどうぞ! では、さようなら!」
空に上昇して行くときに、森の少し開けた場所に魔物の屍が見えたので、忘れずに伝えておく。これでツェザール町でのお使いは終了だ。あとは家に帰ってゆっくりするだけだ。
知らない人と気を張る会話をする必要がなく、悠々自適な引き篭もり生活だ。高額な香辛料等も今回の買い取りのお金で買えるだけ買ったので、当分はお出かけする必要はない。
取りあえずは帰ったら、買ったばかりのキングサイズのベッドを敷いて一眠りしたいと、心の底から楽しみにするのだった。