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聖古竜兵は仲間になりたそうにこちらを見ている

 友達になったドラゴンをこのまま森の外に出せば、世界中が大混乱間違いなしだ。誤魔化しが下手で腹芸の出来ないアタシが、そういつまでも隠しきれるとは思えない。

 今人間界の平穏は、ただの村娘である自分の手に委ねられていると言っても、過言ではないだろう。

 大樹の根本でウンウンと足りない頭を捻り、一生懸命考えてアタシなりの答えを出す。


「よし決めた。しばらく森で暮らそう。モルちゃん、色々手伝ってもらうけどいいかな?」

「任せておくのじゃ。妾に出来ないことはあんまりないぞ」

「あっ…出来ないことあるんだ」

「妾はまだ二十年しか生きてないからのう。人間で例えるのなら生まれたばかりの女児じゃ。

 つまりキャロルと同じじゃな。」


 しかも自分と同じ女の子らしい。年齢は五年上のようだが。それでもしばらくすれば、共同生活に飽きて家に帰るだろうから、彼女がアタシに興味を失うまで森で一緒に暮らすだけだ。


「それで、何をすればいいのじゃ?」

「奴隷商人の馬車…ええと、アタシが倒れてた場所はわかる? そこまで背中に乗せて行って欲しいんだけど」

「お安い御用じゃ。ほれっキャロル、早う乗らぬか」


 目の前のモルちゃんが伏せたので、アタシはおっかなびっくりで荷車サイズのドラゴンの背中に全身で抱きつく。手綱も鞍もついていないので、こうしないと落っこちてしまう。


 やがてアタシは、飛んでいいよ。でもゆっくりとね…と彼女に声をかけると、左右に大きく翼を広げて何度からはためかせるだけで、白銀の残滓を残しながら体がフワリと空に浮き上がった。

 そんな幻想的な光景を楽しむ余裕もなく、アタシはしがみつくのに必死だ。流石に二度も死にたくない。


「必死にしがみつかずとも。気をつけて安全に飛ぶから大丈夫じゃぞ。

 それにキャロルに抱きつかれていると、へっ…変な気分になってしまいそうじゃぁ!」


 空を飛ぶモルちゃんが何やら喋りかけてくるが、落ちないようにしがみついているアタシに答えを返す余裕はなく、ただ目を閉じて早く地上に着きますようにと、それだけを願った。


 時間にして数分が過ぎた頃に、ようやく風を切る音が聞こえなくなり、体の揺れが静まり、モルちゃんが着いたぞと言ったので、アタシは恐る恐る目を開けると、すぐ下には草の地面が見えて、彼女が降りやすいように伏せてくれていることがわかった。


 アタシはモルちゃんにお礼を言ってに慎重に地面に降り立つと、飛行で酔ったのか少しだけ足元がふらつく。

 そのまま周囲を伺うと、背後には何処までも深い森、前方には切り立った崖、そしてすぐ近くには自分が運ばれてきた壊れた馬車が、無残な姿で転がっていた。

 だがそれよりも一番目を引くのは、何やら大剣を背中に担いだ白銀色の全身鎧の巨人が、何も喋らずに直立不動でじっとアタシたちを見つめていることだ。


「モルちゃん。何か奴隷商人の馬車の場所に、大剣を持って全身鎧を着た大きな人が居るんだけど。しかも銀色にピカピカ光ってるし」


 フルプレートアーマーを装備し、二階建ての家ぐらいはある巨人がたった一人で、壊れた馬車の近くでじっと佇んでいる。ちなみに動く気配はない。はっきり言って不気味だ。

 モルちゃんと同じ銀色の光を放っていることで、何となく出処だけは想像できるが、それだけではアタシには何もわからない。


「あれはセイクリッドエンシェントドラゴンソルジャーじゃな。

 キャロルを癒やすために妾の生き血を飲ませたとき、初めてで加減がわからぬため、少々深く切りすぎたのじゃ。

 その時誤って近くの死体にかかってしまったのじゃろう。

 まあ、妾の傷は瞬時に塞がり、痛みもチクリとしかなかったがのう」


 遠くからでもわかったが、奴隷商人の死体が消えている。他に奴隷として連れて来られた子供たちは、相変わらず死体として放置されているようだ。

 村が流行病に襲われたときに、死体を見るのも触れるのも慣れてしまったので、このぐらいでは驚かない。嬉しくない耐性がついたものだが、今だけは感謝する。


「父母の話じゃと、そこのアンデッド一体で人間の英雄十人分の強さらしいが、安心せよ。

 決して主人は襲わぬ。つまり妾たちの味方じゃ」

「主人…アタシはただの村娘なのに。何だか遠くに来ちゃった気分だよ」


 しかも知らない間にモルちゃんの血を飲ませたと言っていた。取りあえずこれだけは聞いておかなければいけない。


「その…モルちゃんの血を飲むと、どうなるの? 傷が癒えるだけ? それとも、アタシも全身鎧のアンデッドになっちゃうの?」

「心配せずともアレは死者にかけた場合じゃ。生者には数滴ならば傷を完治させるだけじゃが…」

「完治させるだけじゃが?」


 嫌な予感しかしない。確か吟遊詩人の歌では、返り血を浴びた英雄は一時的だが不死身になった聞いた。近くの死体にかかるぐらいの生き血を流して、アタシがモルちゃんの血を浴びないわけもなく、それだけでは済まずに体の中に取り込んでいるのだ。


「正直キャロルに関してはよくわからぬ。

 本来は数滴で良いところを、雨が降っておったので念入りに全身に浴びせかけたうえに、口から溢れる程に大量に飲ませてしまったからのう」

「モルちゃああああん!!!」


 おとぎ話の英雄よりも酷い状況に、アタシは思わず天を仰ぐ。

 幸いと言っていいのか転落した時に降っていた雨のおかげで、着ているボロ布と体からは既に生き血は流れ落ちているが、目が覚めた時に感じた口の中の鉄臭い味は、モルちゃんのせいだったようだ。


「すまん。許せ。全てはキャロルを救うために致し方なかったのじゃ」

「いや…まあ、ごめんね。モルちゃんは謝らなくてもいいよ。命を助けてくれたんだから、感謝しかないし…今の所は体の何処にも異常はないから大丈夫だよ。

 うーん、調子が良くて全身が軽いぐらい?」


 確かに体が凄く軽く感じる。モルちゃんにギュッと抱きついていても全然疲れなかったし、靴を履いていないにも関わらず、森の地面を歩いても足の裏には傷一つ出来ない。

 もしかしたら、アタシもドラゴンになるのではと考えたりもしたが、今の所は全然そんな気配はない。まあもしなったとしても、それは自業自得の結果なので、彼女が謝ることではない。


「それより、モルちゃんの体は大丈夫なの? アタシのせいで深く切って血を失ったのなら、貧血になって倒れたりしない?」

「それは大丈夫じゃ。妾は再生能力にも長けておるからのう。傷もすぐに塞がり、体内の血も瞬時に元通りよ」


 自信満々に答えるモルちゃんをあちこちから観察して、何処にも怪我はなく元気そうなので、どうやら本当に大丈夫そうだと、アタシはホッと息を吐く。


「しかしキャロルは本当に…。妾は良い友を得たのう」

「何だかわからないけど、ありがとう。

 っと…そうだった。モルちゃん、あの巨人は本当に襲って来ないんだね?」


 長期間森で暮らすためにも、馬車の荷物から使えそうな物があれば持って行きたい。このままにしておけば魔物に食い荒らされるか、盗賊に漁られるかのどちらかなので、アタシが先にいただくのだ。


「ふむ、そうじゃな。ついでに何があってもキャロルを守り、命令を聞くようにしておこう」

「よく考えたら巨人をここに放置するのも不味かったよ。

 …っと、荷物を回収したら奴隷の子供たちを弔ってあげないと」


 アタシは先行するモルちゃんに隠れるように、襲って来ないとは聞かされたものの、全身鎧の巨人に怯えてビクビクしながら、壊れた馬車の様子を伺う。どの奴隷の子も首の骨が折れたり、全身を叩きつけられて即死だったようで、アタシのように長い時間苦しまずに済んだのだと、少しだけ心が楽になる。


「その者たちもセイクリッドエンシェン…。あー…つまり、聖古竜兵にするか?」

「しなくていいよ。死んでからもアンデッドにして不眠不休でこき使うのは、そこの奴隷商人だけで十分だよ」


 アタシはそう言って、壊れた馬車の中から使えそうな物を探してていく。近くで見守っているモルちゃんと会話しながら、相変わらず直立不動を維持している巨人を横目でチラリと伺う。


 竜兵に変化したことで元の肉体は失われても、身につけていた物はそのまま残るようで、アタシは奴隷商人の衣服と持ち物を比較的原型を保っていた麻袋の口を開いて、手当たり次第に入れていく。

 そして衣服もボロ布ではなく、男物でサイズが大きいが奴隷商人の服装を身につけて、素足ではなく革靴もしっかり履く。

 血の匂いにひかれて魔物が集まってくる前に、この場を離れることが先決なので、あまり時間はかけられない。

 モルちゃんに周囲を見張ってもらい、他の奴隷の子をなるべく見ないようにしながら、一心不乱に持ち物を漁る。


「よしっ、こんなものかな」

「終わったのか?」

「必要な物は回収出来た…と思うけど、この子たちはどうしよう。

 人数分の穴を掘って埋めるには道具もないから時間がかかるし、かと言って死体を魔物に食い散らかされるのは可哀想だし、アンデッド化したら目も当てられない。出来れば弔ってあげたいけど…うーん」


 出来れば魔物が集まってくる前には離れたいけど、その程度の相手ならばモルちゃんが何とかするだろうが、崖の上は山道が通っているのだ、そんな目立つ場所で派手にドンパチしてもらいたくない。


「奴隷の子供たちの死体を馬車ごと焼くことって。…出来る?」

「妾にとっては容易いことじゃ。キャロルは少し離れておれ」

「ありがとう。雨上がりだから周りには燃え広がらないと思うけど、火事には気をつけてね。あっ…竜兵も危ないから離れてくれるかな」


 ふと棒立ちしている聖古竜兵に気づいたので、慌てて声をかけると言葉が通じたのか、アタシの命令通りに壊れた馬車から離れていく。彼はたったの数歩でも二階建ての家ぐらい高い巨人なので、かなりの移動距離になる。

 そんな二人が離れたのを確認したモルちゃんは、軽く息を吸って、次の瞬間目標を目がけて、細く長い火炎の吐息を吐き出す。


「ふむ、…このぐらいか? どうだキャロル?」

「うん、ありがとう。完璧な火力調整だったよ」

「キャロルの心がわかるからのう。調整は容易じゃ」


 本当に繋がってるいるのだろうか。アタシにはモルちゃんが何を考えているのか、まるでわからないのだが。多分井戸の中のカエルが海を見ても、広大過ぎて理解出来ないようなものだろう。

 とにかく急ぎとはいえ皆の火葬は済ませた。魔物に荒らされることは、これでなくなっただろう。次にやって来るのは救助隊か山賊か。


「それじゃモルちゃん。今すぐこの場所から離れて。行き先は…ええと、さっきの大樹までお願い。竜兵は…歩いて付いて来れるかな?」

「聖古竜兵が不要な時には、牙状態に変化出来る。飛行中はキャロルが持っているといいぞ」


 モルちゃんがそう言うと、竜兵が急激に小さくなり、やがて美しい白銀の牙の欠片に変わり、雨で濡れてぬかるんだ地面にポトリと落ちる。当然泥だらけである。


「うへぇ…汚い。とっ…取りあえずこれは、麻袋の中に入れておくよ」

「うむ、では大樹まで戻るとしよう。ではキャロル、もう一度妾の背中に掴まるといい。落ちないように、ギュッと力強くな」


 何かやけに期待されているが、アタシは気にすることなく麻袋の口がキツく締まっていることを確認すると、先程と同じように伏せているモルちゃんの背中に、落ちないように必死に抱きつき、今度は頑張って目を開けたまま大樹の元まで飛んでもらうのだった。

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