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創世竜の巫女姫になった日

 ある日、奴隷商人の馬車が雨でぬかるんだ山道の崖から転げ落ちた。

 アタシ以外の同乗者は打ち所が悪かったのか即死だった。土砂降りの中で壊れた馬車から外に投げ出され、運良く生き残ったのは自分一人だけだ。


 奴隷商人から与えられたボロ布を着たアタシの目の前に、叩きつけるような雨に濡れても、なお眩く輝く白銀の鱗の小柄なドラゴンがじっと佇んでいた。

 近くに他の生存者はおらず、奴隷商人と仲間の奴隷たちは既に全員が事切れている。どうせ売られた先で死ぬまで悲惨な目に遭うか、アタシのような激痛で長く苦しむだけだ。


 流行り病で亡くなった両親から綺麗だね…と、褒めてくれた長い黒髪も、傷口から少しずつ流れ出る血で、赤く染まっていく。

 全身が傷だらけのため、体を少し動かすだけで刺すような鋭い痛みが走る。このままの状態では、一時間も保たずに確実に死ぬとはっきり理解する。

 だがそれよりも、目の前のドラゴンに食べられるほうが早いか。今はせめて出来るだけ苦しまずに噛み殺してくれることを願い、痛みで薄れゆく意識に逆らわずに、ゆっくりと目を閉じる。

 

「でっ…でも、やっぱ…り、まっ…まだ…死にたく…ない…よ」

「ふむ、ならば望み通りに生かしてやろう」


 一瞬目の前のドラゴンが喋った気がしたが、それ以上物事を考えるだけの力は残されておらず、アタシは完全に暗闇に包まれて、自分の死を受け入れた。







 だがアタシは何故か死んでおらず、目が覚めたら何処かの大樹の下に無造作に寝かされており、傷も完全に癒えて痛みも消えていた。

 思わず驚いて切り傷や打撲や骨折の箇所を触って確認したが、体の何処にも異常がなくて普通に動かせた。

 それでも口内の血の味だけは消えておらず、大怪我が夢ではなく今生きていることが現実だと教えてくれる。


「ゆっ…夢? じゃないよね?」

「夢ではないぞ。妾がお前を癒やしたのじゃからのう」

「ひっ…! どっ…ドラゴン!?」


 何故今まで気づかなかったのか、気を失う前にこちらを見つめていた白銀のドラゴンは、今なお雨の降りしきる中、目の前でアタシを観察しており、さらに話しかけてさえきている。

 アタシのドラゴンに対する知識は、おとぎ話や吟遊詩人の語り聞かせぐらいた。少なくとも商人の家に生まれて十五年、自分の住んでいた国で目撃されたことはない。たった今、その根底が覆されていることに、とてもではないが信じられない。

 寝転がったまま器用に後ろに下がると、大木に阻まれてそれ以上の後退は出来なくなる。


「何じゃ、せっかく傷を癒やしてやったのに、失礼な奴じゃのう」

「えっ…あっ!? こっ…このたびは!

 こんなアタシのためにドラゴン様の手を煩わせてしまい! 申し訳ありませんでした!

 でも、命を救っていただき、ありがとうございました!」


 機嫌を損ねた瞬間に今度こそ命がなくなると理解したアタシは、地面に頭を擦りつけるほど深く謝罪して、とにかく目の前のドラゴンには逆らわないことに決める。


「うむ、素直でよろしい。しかし、そこまでかしこまらずともよいぞ」

「はっ…はい、ありがとうございます。しかし、どうしてアタシを…その、助けてくれたのでしょうか?」

「妾が空を飛んでいる途中、大きな音がしたので気まぐれで立ち寄ったら、そこでお前が死にかけておった。それだけじゃ」


 完全に気まぐれだった。しかし運が良かったと思うべきなのかも知れない。しかし自由の身になったからといって、このまま森を出て近くの村や町に逃げても、いずれは奴隷商人に捕まりそうだ。

 頼れる家族はおらず、今の自分は天涯孤独の身なのだから。

 それに目の前のドラゴンがアタシに危害を加えないという保証もない。どちらにせよ、すぐにこの場を離れるべきだろう。あとは歩きながら考えるしかない。


「あっ…ありがとうございました。今のアタシには命の恩人…いえ、恩竜に返せるものは何もありませんが、いずれ機会があればその時に…」

「返せるものならば、一つだけあるではないか」

「えっ? …それはもしかして」


 この先はわざわざ言わなくても想像がつく。相変わらずアタシの前に佇んでいるだけだが、やはり自分は食べられる運命だったようだ。


「お前…ええと、名は何と言う」

「はいっ! キャロルです!」

「そうかキャロル、これよりお前は妾に仕えよ」


 仕える…つまり非常食だろう。しかしこのドラゴンに逆らった瞬間、アタシの命が消えるので、他に選択の余地はない。


「そっ…それでは、ドラゴン様のことは何と呼べば?」

「セイクリッドエンシェントドラゴンのモルガンじゃが…キャロルの好きに呼べ。それと、敬語も使わずによい。もし気に入らなければ、その時に戻させるまでじゃ」

「セイク…? え…?」


 何だか長い名前を言われたようだが、緊張のためか殆ど頭の中に入ってこなかった。とにかく好きに呼べと言われたし、敬語も必要ないとはっきり言われた。

 既にアタシは色んな意味で頭の中がこんがらがっており、どうせ一度死んだのだからと、開き直ることにする。駄目なら言われた通りに戻せばいいのだ。


「すっ好きに呼んでいいの? じゃあ、モルちゃんで」

「もっ…モルちゃん!?」

「やっぱり駄目かな? 友達みたいな愛称呼びだし、口調も敬語も使ってないから、乱暴でがさつだし」

「ふむ、妾はモルちゃんが気に入った。それにキャロルの口調もそのままでよい」


 完全に駄目元だったけど許可がおりて良かった。自分の性格的に常時敬語では色々と辛かったので、いつもと同じように喋れるのは本当に助かる。

 しかし問題は、アタシを従者に指名したモルちゃんが一体何を命令してくるかだ。


「さて、キャロル…お前への頼みじゃが」


 今モルちゃんは何を言ったのか。人間のアタシに何だか凄そうなドラゴンがお願い? 命令じゃなくて? 疑問には思うものの会話を遮って怒られたくないので、まずは最後まで聞くことにする。


「妾の友になってくれぬか?」

「えっ? あっ…はい、別にいいけど…って! 何この光!?」


 アタシが気構えしていたものの、思いっきり肩透かしをくらい、つい流れでモルちゃんの友達になるのを了承してしまう。

 すると突然自分と目の前のドラゴンの体の両方から、七色に輝く細い紐が幾重にも現れて、すぐに太く頑丈な一本へと束ねられていき、お互いの心臓にギュッと固く結ばれる。

 アタシはあまりの展開に体が硬直してしまい、陸に打ち上げられた魚のように、口をパクパクさせることしか出来ない。


「えぇ…何これ? 本当に何これ…?」

「竜との契約じゃ。お互いを対等な友だと認めた証じゃぞ。どちらか片方が僅かにでも相手を疑っておれば、決して結ばれることない神聖な儀式じゃ。

 妾も実際に見るのは初めてじゃがのう」


 何故急にアタシと契約なんてしたのか。まるで意味がわからない。自分を助けたのもモルちゃんの気まぐれなので、ただ何も考えてないだけかも知れないが。


「いやいや、だからそうじゃなくてね?」


 やがて七色に輝く一本の紐は空中に溶けるようにフッと姿を消したので、思わず自分の心臓の部分にペタペタと手を当てて異常がないか調べてみるが、緊張のためか、いつもよりもかなり早い鼓動を感じられるぐらいだ。


「はぁ…聞きたいのは、何でアタシと契約を結ぼうとしたのかだよ。

 普通ドラゴンが契約するなら、英雄か騎士か魔法使い、または一国の王族とかそんな人が普通じゃないの?

 アタシはこう言っちゃ何だけど、今さっきまで奴隷として売られそうになっていた、ただの平凡な村娘だよ?」


 少なくとも、村祭りに立ち寄る吟遊詩人から聞いた物語では、ドラゴンと心を通わせるのは、いつもそういったアタシとは身分違いの世界に住む、とんでもなく凄い人たちだ。

 間違ってもたまたま通りすがったからという理由で、ちょっと性格的に直情的で喧嘩っ早くて大雑把な、何と言うか色々と残念な村娘が選ばれることは絶対にない。


「しかし契約は結べたではないか」

「だからそう言う問題じゃ…ああもう、それでいいや。ところでこの契約、破棄とか出来ないの?」

「契約は互いの魂に直接刻み込んでおる。どちらかの魂が完全に滅びぬ限り、不可能じゃな。

 キャロルは妾と友になるのは嫌か?」


 魂と言われても全然見当が付かなかったが、どう足掻いても契約破棄は不可能だと言うことは、はっきりと伝わった。


「別にそうじゃないけど、アタシは本当にただの村娘だからね。少しだけ商人の知識や技術があるけど、世の中には自分以上に優れた人なんて掃いて捨てるほどいるよ。

 モルちゃんはそんなアタシで本当にいいの?」


 そしてもう目の前のドラゴン相手に気を張るのが馬鹿らしくなってきたので、完全に素に戻って応対を行う。


「うむ、妾はキャロルがよい。キャロル以外の者を友にするつもりはない」

「そっかー…まあ、モルちゃんがそう言うなら別にいいけど。もし足手まといだと感じたら、その場に置いていってくれていいからね」


 いくら分不相応だとわかっていても、純粋な好意を感じて凄く照れるため、つい顔を赤くして目の前のモルちゃんから視線をそらしてしまう。

 しかしいつまでも何もしないわけにはいかないため、アタシは次の行動を起こすことにする。


「それで、モルちゃんの目的は終わり?」

「妾は友が欲しかった。そして目的は果たした。今すぐ別の何かを成そうとは思わぬ」

「そっか。それじゃアタシはもう行くね。色々とありがとう。モルちゃん」


 アタシはそう言って大樹の根本から離れて、モルちゃんに背を向けて、いつの間にか雨が止み、ぬかるんだ地面の森を抜けるために、迷うことなく歩き出す。

 このまま一箇所に留まって居ては、食料を持っていないため、すぐに餓死してしまう。


 現在位置は不明だが、太陽を目印にして歩けばいつかは森を出られるだろう。もっとも、魔物に遭遇せずに、怪我、病気、空腹等の理由で、歩けなくならなければという条件付きだが。


「キャロル、何処に行くのじゃ?」

「森から出るんだよ。このままじゃ餓死しちゃうからね」

「ならば妾の背に掴まるがよい。森の外までひとっ飛びじゃぞ」


 確かに荷車サイズのモルちゃんの背中にアタシを乗せて飛んでもらえば、あっという間に森の外に出られるだろうし、現在位置の把握も容易だ。ただし、自分が振り落とされない限り。


「遠慮しておくよ。アタシが落ちちゃいそうだし、何より命を助けてもらったモルちゃんに、これ以上迷惑はかけられないよ。いくら友達でもね。

 それ以前に自分から返せるものが何もないんだもの」

「それこそが、妾がキャロルを好ましく思う理由じゃ」

「ふえっ?」


 申し訳なく首を振っていたアタシは、モルちゃんのほうを向いたまま固まる。意味が理解出来ずに、思わず間抜けに大口を開けてしまう。

 偉いドラゴンに気に入られる理由があったとは、完全な気まぐれではなかったのか。


「妾と友になろうとする者は多いが、その誰もが利益目的の者ばかりじゃ。そんな輩どもには心底ウンザリさせられた。

 確かに妾がキャロルを助けたのはただの偶然じゃが、お前はそんな者たちとは違う。

 契約により感情の動きを知ることで、より強く確信を持ったぞ」


 当たり前だが、アタシ以外にも契約を結ぼうとする人がいたようだ。しかし、結果は失敗に終わった。それでも自分にも欲望はある、美味しいもの食べたいとか、気楽に暮らしたいとか、色々だ。

 そしてアタシのプライバシーがモルちゃんに垂れ流し状態になっている事実に、愕然とする。


「結論から言うと。キャロル、お前は馬鹿だ」

「……はぁ?」

「それも底抜けのな。ああいや、別に馬鹿にしているわけではないぞ」


 どう考えても馬鹿にしている。しかも二回も言われたのだ。相手が人間ではない人知を超えたモルちゃんなので、別に怒りはないが、赤の他人に目の前で言われれば、その場で助走をつけて殴りつける自信がある。


「そうじゃな。裏表がないと言うべきか。飾らずに己の心の内を、友に伝えてくれる。

 たとえこの世を瞬く間に滅ぼし尽くせる程の、強大なドラゴンじゃろうと、馬鹿正直にのう。

 それが妾には、堪らなく嬉しいのじゃ」

「はぁ…それは、どうも」


 嬉しいと言われても、こっちは別に嬉しくないので生返事で返しておく。アタシは腹芸が全く出来ないので、商人としては三流以下のレッテルを貼られていた。

 それなら、せめて技術を学んで両親の役に立とうと色々手を広げてみたが、残念ながら効果を確認する前に村を流行り病が襲い、父母共に亡くなり自分は奴隷として売られることになったのは不幸である。


 しかしそんなアタシをもっとも評価したのが目の前のドラゴンとは、本当に世の中何が起こるかわからない。モルちゃんは世界を滅ぼせると、サラッととんでもない発言をしたが、心の平安を保つために聞かなかったことにする。


「妾はそんなキャロルの助けに、心優しき小さな友の役に立ちたいのじゃ」

「言ってる意味の半分も理解出来ないけど、やっぱりモルちゃんの手は借りれないよ」

「それは何故じゃ?」

「ワイバーンでも町の騎士団が総出でやっと倒せるのに、セイクリッ? …ええと、とにかく!

 そんなに凄いドラゴンが現れたことが知られれば、世界中が大混乱になっちゃうからね」


 ただの火蜥蜴ではなく、ドラゴンで、しかも人間の言葉を話す程の知能を持つ。何だか偉そうなモルちゃんなのだ。人里で目撃されれば絶対に面倒なことになる。


「アタシとしては家に帰ったほうがいいと思うよ。お父さんとお母さんもきっと心配してるよ」

「父からは、しばらく人間の世界で見聞を広めて来いと暖かく送り出された。

 母からは、くれぐれもやり過ぎないでねと注意されたがのう。なので百年は家に帰らなくても平気じゃ」


 ドラゴンの家族構成がどうなっているかはわからないが、しっかり釘を刺してから送り出されたのなら、アタシが何を言ってもモルちゃんは家に戻る気はないのだろう。

 モルちゃんの初めてのお使いとか、そんな感じだろうか。

 それでも百年ものんびりと待てるとは、偉いドラゴンの寿命は人間と違いすぎて訳がわからない。


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