第3章
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(あーあ、なんで夏休みにまで、学校いかなあかんのかなぁ……)
ジリジリと照りつける太陽を恨めしげに見て、文夏は心の中でぼやいた。
高校受験が終わって、少し勉強をサボっていたのがいけなかったのか。見事に一学期の数学と英語のテストがが赤点だった。
赤点以下の生徒は再テストの他に、夏休み中の補習を受けなくては留年になってしまう。
そんなわけで、文夏は学校に向かっているのだった。
「おはよー」
文夏は1年C組の教室のドアを開けた。設立40年越えの年季の入ったドアはやけに大きい音を立てる。
「おおー、おはよ。あんたも補習なん?」
文夏を見て声をかけたのは、マユミだった。
風紀検査で引っかからない程度に明るくした髪をゆるく一つにまとめている。
「マユミちゃん、おはよ。数学と英語、ひっかかっちゃった」
舌をぺろっと出して、文夏は言った。
「ウチは日本史と現社」マユミは答える。
「かったるいんよねー、漢字で書くの」
マユミは、漢字を覚えていなくてほとんどひらがなで書いたそうだ。
日本史の先生は厳しくて、漢字で書かないと、点数を入れてくれない。
「やあ、お二人さん、おはよー」そう言って、カナホがやってきた。
あー、あんたも補習かぁとマユミが呟く。
しばらく三人で他愛もない話をしていた。お気に入りの歌手の話とか、昨日のドラマの話とか。
そういやさ、とマユミが声を潜めて言った。
「……さん、なんかさぁデキちゃったらしいんよ」
「デキちゃったってのは……」
ニンシンよ、ニンシン!
マユミが小声で言う。口調が弾んでいるような気がするのは、気のせいだろうか?
マユミの言葉を聞いていたカナホが身を乗り出した。
「相手はダレなんだろーね?」
さあ、大人しそうなあの子がねー、意外やわ、とマユミが答える。
「そうやね……」文夏が相槌を打った。
正直、こういう話題は文夏は得意じゃない。心の中がもやもやする。
「やっぱさぁ……、」文夏の心を知ってか知らずか、マユミが口を開いた。
「堕ろすのかなぁ……」
(――っ!)
マユミの言葉に、心が抉られる。上手く息が吸えない。
苦しい。
耳の奥の方で笑い声が聞こえる。嘲りを含んだ笑い声。
思い出したくない記憶が蘇る。
「――夏、文夏?」
どうした? と、マユミが声をかける。
「ごめん、ちょっと」
トイレ、と言って、文夏は席を立って足早にドアのところまで走る。
ドアを開けようした瞬間、担任の大澤先生が教室に入ってきた。
「お、立花、何処へ行くんだ。始まるぞ」大澤先生の言葉に、
「すみません、ちょっと気分が悪くなったので……」
トイレ行ってきます、と行って教室を走り去った。