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オリヴィエス(ファンタジー世界)作品

ため息橋で捕まえて

作者: 民間人。

 海上にポツリと浮かぶ都は、今日は一層の活気に包まれていた。恩赦で解放されたい男達は、通り過ぎる看守に一喜一憂しながら互いに慰め合う。意地汚いこそ泥、頭の悪い詐欺師、無意味に賢い活動家など、彼らはいとも容易く牢獄に馴染んで、家畜の如く皿を取り合う。

 そうかと思えば月に一度、牢越しに酒に見立てた水で盃を交わして、大胆な笑い声をあげる。


 総じて奇妙な連帯感を持ち始めた彼らの中でも、俺はとびっきり小物の悪だ。酔っ払い、追い酒を浴びるために教会の酒蔵に忍び込んで酒を飲んでいたところを見つかり、こうしてお縄についたのだ。

 通常神から血を盗むような行為は万死に値するのだろうが、この都にあたっては酔っ払いの笑い話で済まされてしまうだろう。そして、例に漏れず、俺の大罪は3日で忘れ去られてしまったらしい。


 俺が恩赦に目を輝かせる男達を眺めていると、看守が俺の牢獄の前に立ち止まった。

 一気に牢獄の中が静まり返る。

 ある窃盗犯は色目を使い、ある詐欺師は瞳を潤ませて、我先にと救われるための手を差し出していた。


 看守は一通り彼らを見やった後、俺の方を向いた。


「おい、お前」


「俺ですか?」


 俺が自分を指差すと、看守は頷いた。牢の仲間達にどよめきが走る。俺も彼らと同様の気持ちだ。

 いくら何でも、神様の血を盗んだ男を、こうも簡単に助ける筈がない。俺は戸惑いながら扉の前に進んだ。

 看守は錠を開ける。ギィ、という錆びついた扉の鈍重な音が響き渡ると、俺自身の中にも何か希望の光のようなものが瞬き出す。看守は結局、乱暴に俺を引っ張り出した。


「恩赦だ。心して出所する事だな」


 俺は呆然と立ち尽くす。牢屋を隔てた有象無象達は途端に罵詈雑言で俺と看守を罵り始める。なんとなく身を縮こませる俺を尻目に、看守は彼らに冷ややかな視線を送った。


「そんな風だからお前達は出所できないんだからな?」


 急にしおらしくなる囚人達。何はともあれ、どうやら俺は開放されたらしかった。


「なんで俺なんですか?」


 俺の素朴な疑問に対して、看守は親切に答えてくれた。


「ドージェの印鑑が押されていたからだ」


「……でしょうね」


 看守は別に怠慢で答えているわけではない。不本意ではあるが、国家元首であるドージェには逆らえないと、暗に不満を漏らしているのだ。ドージェであるピアッツァ・ダンドロの名声はこの国に限らず知れ渡っている。国の動向に不満がある役人が、その不満をオブラートに包むための文句が、この「印鑑が押されていたから」と言う言葉なのだ。


「いいか?酒は飲んでも呑まれるな、だ。反省しろよ」


 看守は釣続けざまに言う。俺は二つ返事で独房から向けられる視線を追う。恨めしそうな男達はどれも仏頂面で、中には癇癪でも起こしそうなものもあった。俺は刺激しないように視線を逸らす。


 久しぶりに訪れた冷たい扉は尋問室と繋がっている。大罪を侵すものはこの仄暗い扉を開くことは叶わず、その命枯れるまで牢獄に縛り付けられると言う。


 ……もっとも、このご時世だ。そんな乱暴者はすぐに処分され、牢獄は専ら俺たち小物の巣窟となっている。


 看守が鍵をジャラジャラと鳴らし、扉の鍵を探す。流石に監獄の鍵束とは別のものだったが、素人目にはどちらがどちらか見分けがつかない。


 やっと見つけられた鍵は所々に錆のような斑点がある鍵であり、看守は鍵を開けると、俺に先を譲った。


 久々の明かりは一層目を痛めつけた。俺は眉を顰め、目を細める。看守も眩さに目を瞬かせ、俺の手に繋がった縄を引く。


 輝きに慣れた目は牢獄と尋問室を繋ぐ橋を捉える。光の強度に押し潰されながら細めた目を小さく開くと、俺は思わず声をあげた。


 光と白の壁、そして広場には海婚祭の賑わい。指輪を落とし、フィナーレを迎えた絶頂の直後だった。


「……残念だったな。お前がモタモタしているから混ざり損ねたぞ」


 看守は縄を強く引く。しかし俺は、冷たい尋問室と牢獄を繋ぐ暖かい夕陽を受けた橋の窓から、真下を覗き込んでニヤついていた。


「いやぁ、良い物が見れたよ」


 ドージェであるピアッツァ・ダンドロには、二人の息子がいる。一人は優秀な兄、エンリコ・ダンドロ。もう一人はポンコツの悪名高い、弟のフェデリコ・ダンドロ。


 そして今、俺の真下には、絶世の美女と口づけを交わすフェデリコ・ダンドロの姿がある。


 ハニートラップにでも引っかかったか?馬鹿め。





















 そう思っていた俺が馬鹿でした。

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