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第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ⑦

 

 背を向けたまま手を振るりゅっしーを見て、子どもたちにも私の意図が通じたのだろうか。

 

「りゅっしー! 行かないでー!」

「りゅっしー!」

 

 という悲鳴のような声が、りゅっしーの大きな背中や尻尾に突き刺さる。

 

 ただ、私はこれ以上りゅっしーでいられない。

 なぜなら正体がバレてしまうのは時間の問題なのだから。

 

 私は後ろ髪引かれる気持ちに喝を入れた。

 

――心を鬼にするのよ、神崎若葉!


 ……が、私は心の声に従って、無意識に行動してしまう節がある自分を、すっかり忘れていのだった――

 


 勝手に体の向きが正面からそれていく……。

 同時に目の前に迫っていた運営本部がゆっくりと視界からそれていった。

 

――バカ! 私のバカ! なんで……。


 『神崎若葉の理性』が必死に諌めてきたが、景色が移り変わっていくのは止まらない。

 

 あれほど嫌がっていた『りゅっしーの中の人』ではないか。

 このまま運営本部に戻って、パパに頭を下げれば、もうこんな蒸し暑い思いをしなくてもすむのよ!


 それなのになぜ、『神崎若葉の理性』に逆らって行動しているの!?

 

 自分でもまったく理解におよばない、強い力が働いていた。

 そしてついに、背を向けていたものと向き合ったのだった――

 

 その瞬間、視界にぶわっとまばゆい子どもたちの笑顔が飛び込んできた。

 

 

「わあっ!!」



 面食らっているうちに、子どもたちの歓喜の声が地響きのように足の裏に伝わってくる。

 

 

「りゅっしぃぃぃ!!」


 

 その勢いは足元でとどまらずに、頭上まで電撃のように駆けめぐった。

 途端に強くひっぱられるかのように、子どもたちに向かって歩き始めた。

 

 まるで子どもたちと、見えない『鎖』につながれているようだ。

 ただ、私はその『鎖』の正体に気付いていた。

 

 それは……。


 

――りゅっしーと子どもたちとの『絆』……!



 最初は『変なの』と、私に冷たい視線を浴びせていた子どもたち。

 そして、そんな子どもたち相手にどう接していいか分からずに、ただうろたえていた私。


 決して『絆』が結ばれることはないだろうと思われた両者。


 しかし、パパたちの商店街の未来を想う気持ちと、突然吹いた五月の風が『勇気』を生んだ。



 私はガムシャラにおどけてみせた。

 子どもたちは、こわごわ近寄って私に笑顔を向けた。



 互いにたった一歩だけ歩み寄ろうとした勇気が『絆』を作り、そして今、強く、固く結ばれようとしていたのだった。

 

 

――りゅっしーのゴールは、子どもたちとの『絆』。それ以外、何があるんだ?

 

 

 パパの言葉が頭に浮かぶと、許しをこわねばならぬ者に問いかけた。

 

――もし……。もし、子どもたちとの『絆』を結ぶためなら、心のままに行動しても許してくれるかな?


 それは、親友たちの目に恐怖を感じている『神崎若葉の理性』であった。

 

 正体がバレるのは絶対に嫌だけど、それ以上に自分の心に嘘はつきたくない。

 今は、りゅっしーのゴールを果たすため……つまり自分の与えられた仕事をまっとうするために、一心不乱に頑張ってみたい。

 


――私は私が望んだ仕事をしたいの!!



 一歩、また一歩と子どもたちに近付いていくと、『理性』はどこかへ消え去っていき、りゅっしーと一体になっていく不思議な感覚におちいっていった。

 

 そして、いよいよ子どもたちの目の前まで戻ってくると……。

 

 

 私は、完全にりゅっしーと一つになっていた――

 

 

 バッ!!

 

 

 高々と右の拳を天に掲げると同時に、足元では軽快なステップを踏み始める。

 そして次に私は手拍子を求めるように、自分の手をテンポよく何度も叩き始めた。

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 と、子どもたちと周りの大人たちが手拍子を始める。



「りゅっしー!!」


 子どもたちの手拍子とりゅっしーのステップが一体になったところで、私のステージが幕を上げた。

 

「ワアアアアッ!!」


 子どもたち大歓声がりゅっしーの動きを加速させていく。

 


 ダンスなんて習ったことはない。

 だから他人から見たら、ハチャメチャでヘンテコな踊りだっただろう。

 

 でもダンスの良し悪しなんか、りゅっしーと子どもたちが『絆』を結ぶには関係ないと思うの。

 大切なのはお互いの心を通わせようとする気持ちなんだから。



 ダンスを終えたりゅっしーが決めのポーズを取ると、子どもたちの声援がどこまでも続く青い空を震わせた。

 


 この瞬間、私の心の中には、真夏のような眩しい太陽がさんさんと輝いていたのだった――



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