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最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ⑦

◇◇


 夏祭り当日の朝――


「関東地方は広く夏の高気圧に覆われるため、各地で猛暑日の晴れとなるでしょう。くれぐれも熱中症にはご注意ください」


 お天気お姉さんがテレビの向こうから注意を促す中、私はママが用意してくれた昼食用のお弁当を鞄にいれると、玄関へと急いだ。

 

 

「いってきます!!」


「いってらっしゃい、若葉ちゃん! 暑いから気をつけるのよ」



 ママが珍しくお天気お姉さんと同じことを言ったので、私はちらりと背後を振り返って答えた。

 

 

「はいっ! 気をつけるね!!」



 八月ももうすぐ終わりとはいえ、まだまだ夏本番の暑さは続いている。

 そんな中で着ぐるみの中で奮闘するのだから、ママがちょっとだけ心配になるのも無理はない。

 

 でも、今の私は気力も体力も万全!

 だって今日のために、およそ二ヶ月もの間、準備に頑張ってきたのだ!

 

 絶対に大成功で終わらせてみせる!

 そして杉谷市長さんにこう思ってもらうんだ!

 

――坂戸南駅北口商店街のサブストリートはこれからも残そう。


 と――

 

 

………

……


 マンションを出た私は、夏祭りの会場となるイベント広場には直行せずに、商店街のサブストリートへと向かった。

 すでに昨晩のうちからお祭り用の飾りつけがされており、灰色のシャッター街は、紅白の垂れ幕で綺麗に彩られている。

 


「観衆の人で埋め尽くされたここを、『よさこい』が通り、そして『りゅっしー』が最後にパレードするのね」



 昨年はメインストリートがよさこいの舞台となったため、屋台はサブストリートに並べられた。

 しかし、今年はそれが逆転している。

 つまりメインストリートに屋台は並べられて、サブストリートはよさこいが始まる時を、ひっそりと待つだけなのだ。

 

 そのため、道幅およそ八メートルの道は、いつも通りにほとんど人はいない。

 私は、歩行者天国となっている道の真ん中をゆっくりと歩いていき、イベント広場を目指した。

 

 

「もう一度、ここに活気を取り戻すんだ!」



 一歩踏み出すたびに気合いが乗ってくる。

 遠くから聞こえてくる、パパたちの声が耳に入ってくるとさらに気力が充填していったのだった。

 

 

 そうしてひっそりとしたサブストリートを抜けると、準備をする人で溢れ返っているイベント広場に出た。

 

 

「おうっ! 若葉! きたな!」

「若葉ちゃん! おはよう!」

「若葉ちゃん! 今日はよろしくね!!」



 みんなの挨拶に、私は丁寧に返していくと、一直線に夏祭りの運営本部の奥へと入っていった。

 仮設のプレハブの中はクーラーもなく、扇風機が置かれているだけで蒸し暑い。

 ここが今日の私の控室なのだ。

 部屋の真ん中には大きな着ぐるみが置かれている。

 私はそのそばに近寄って、そっと手を置いた。

 

 

「りゅっしー。一緒に頑張ろうね」



 いつもと変わらない、にこにこ笑顔のりゅっしーに微笑みかける。

 やるべきことは全部やった。

 後はこれまでに準備の成果を発揮するだけ。

 

 一度控室を出た私は、既に空高くに上がった太陽の方へ顔を上げた。

 すごく眩しい。けど、この光がサブストリートに明るい未来をもたらしてくれると信じて、頑張るんだ!

 

 

 さあ、いよいよ夏祭りの幕開けだ――



………

……


 午後三時。

 メインステージでは夏祭り実行委員の委員長でもあるパパがあいさつに立っていた。

 白いねじり鉢巻きに青のハッピ姿のパパは、スタンドマイクの前で、手にしたメモを読み始めてるけど、すごくたどたどしい……。 

 パパはこういう挨拶には全然慣れてないから、多分あのメモも吉太郎おじさんに作ってもらったに違いない。

 


「ええー、本日はお日柄も良く……。って、やっぱり堅苦しい挨拶なんて柄じゃねえよ! みんなぁ!! 盛り上がってこうぜぇ!」


――おおおおっ!!



 やっぱりこうなったか……。

 ただ苦笑いしか出てこないが、周りの人たちは大いに盛り上がっているから、まあこれはこれでいいのかもしれない。

 

 ちらっと横を見ると、パパと同じように鉢巻にハッピ姿の垣岡先輩が目に入ってきた。

 同じような格好なのに、なんで先輩の場合は絵になるんだろう。

 思わず見とれていると、先輩が私の方に顔を向け、ニコリと微笑んでくれたのだ!


――きゃーーー!! やばい! どうしよう!?


 と大混乱しているうちに、耳に入ってきたのは悪魔の声だった。



「おーい、悠輝! こっちにきてくれ!」


「あ、はいっ! 神崎先生!」




 なんと私が微笑み返す前に、先輩はお兄ちゃんに呼ばれてどこかへ行ってしまったではないか……。

 

 

――お兄ちゃんめ……。せっかくのお祭りなのに、いきなりテンション下げやがってぇ。


 

 がくりと肩を落とした私。

 そんな私のすぐ側までやってきたのはパパだった。

 私の肩をポン叩いたパパは、にかっと笑った。

 

 

「やってやろうぜ! 若葉! 今日が勝負だ!」



 パパの言葉にお兄ちゃんのせいで沈みかけた気持ちが、ぐんと再浮上していく。

 

 

「うん! 頑張る!!」



 熱のこもった言葉が自然と口をついて出てきた私は、さっそくりゅっしーになるために、控室へと足を踏み出したのだった――

 

 

………

……


 こうして始まった夏祭りは、大盛況のうちに進行していった。

 

 ちなみに市長が顔を出すのは、午後五時から。

 つまりよさこいが始まるタイミングでここにやってくることになっている。

 

 それまでの二時間はイベント広場でのステージに人々の注目を集めることに全力を注ぐのだ。

 

 りゅっしーの中は、まさに燃え上がるような灼熱を帯びていたが、私は歯を食いしばって懸命にステージでダンスを披露した。


 大歓声が会場を包む。


「よしっ! 掴みは成功ね!!」


 次はブラスバンドの演奏会。その間に、束の間の休憩を取った後、今度は垣岡先輩とのヒーローショーに臨む。

 本番前はたった一回しか台詞合わせができなかったが、それでもさすがは先輩だ。

 見事な立ち回りで、悪役の健一おじさんに正義の鉄槌をくだすと、子どもたちと先輩のファンの女子たちから大歓声があがった。

 

 ステージが終われば、今度はりゅっしーとして会場を練り歩いて子どもたちの笑顔を誘う。

 垣岡先輩もヒーローの衣装のまま、人々の中へと入っていって場を盛り上げていた。

 

 パパたちは完全に裏方に徹して、よさこいに参加するチームの整列や、会場のゴミの回収などに汗を流し、お兄ちゃんは運営本部の中で司令塔となって進行の管理をしている。

 

 まさに全員が一丸となって、夏祭りを盛り上げていた。

 

 

「若葉! 五分遅い! あんまり無理はするなって言っただろ!」



 私が会場から運営本部に戻ってくると、険しい顔をしたお兄ちゃんが口を尖らせてきた。

 この日は一〇分ごとに休憩を取るように、きつく言いつけられていたのだが、どうやら一五分たってしまったらしい。

 でも、子どもたちが大歓声を上げてくれていたのに、途中で上がってくるなんて野暮なことはできないもん!

 

 私はお兄ちゃんに向けて軽く手を上げて適当にあしらうと、控室の中へと消えていった。

 

 ここでの休憩は一五分だ。


 りゅっしーを脱ぎ、汗だくのシャツを代えてから、ぐびっとスポーツドリンクを飲み干す。

 そして扇風機のすぐ目の前で、風に当たる。

 心地良い充実感が、暑さと疲れを忘れさせていた。

 

 

「まだまだよ! まだまだこれからだよ! 神崎若葉!」



 体は涼しくなっていっても、気持ちは燃えたぎったままだ。

 いてもたってもいられなくなった私は、言いつけを破り、一〇分たったところで再びりゅっしーとなって運営本部へと戻っていった。

 

 

「おい! 若葉! 五分早い! もう少し休んでから行け!」



 お兄ちゃんの怒声が私の背中を突き刺してきたが、私は逃げるようにその場をあとにしはじめる。

 ……と、その直後のことだった。

 

 

「市長がお見えになりました!!」



 と、辺りに響き渡る吉太郎おじさんの声が耳に入ってきたのだ。

 私はぱっと声のした方向へと顔を向けると、周囲に手を振りながらこちらにゆっくりと近付いてくる青年の姿が見えた。

 

 

――杉谷市長さんだわ!



 炎天下に似合わぬグレーのスーツだからだろうか。

 妙に浮き上がっているその姿に、思わず足を止めて見入ってしまった。

 一方の市長はりゅっしーに気付くと、こっちへ向かって笑顔で手を振ってきている。

 それに応えるように私も軽く手を振りながら、市長の方へと近寄った。

 

 人で溢れ返っている中、まるで一本の糸でつながれているかのように、互いの距離を一直線に縮めていく市長とりゅっしー。

 そしていよいよその距離がゼロになったところで、私たちは固く握手を交わした。

 

 カシャッ! カシャッ!

 

 新聞記者のお姉さんや、市の職員さんと思われる中年のおじさんが必死にシャッターを切っている。

 そんな中、私たちは何度か互いの手を前後に振ると、最後は腕を組んでカメラの前でポーズをした。 

 その次の瞬間に、市長がこっそりと耳打ちしてきたのだ。

 

 

「今日はぞんぶんに楽しませていただきます。よろしくお願いします」



 と――

 

 その言葉の聞こえは、すごく好意的なものだ。

 しかしなぜか背中に悪寒が走り、思わず彼から一歩離れてしまった。

 

 

――なんだろう、この感じ……? 市長さんが何か企んでいるってことなのかしら?



 ただ、気を取られなきゃいけないのは、市長ではないと、私は疑うべきだったのかもしれない。

 つまり、悪寒が走ったのは、自分の体の異変が原因であるのではないかということに――

 

挿絵(By みてみん)


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