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最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ⑤

………

……


 居酒屋『だいご』の開店とともに、家路についたお兄ちゃんと私。

 商店街から大きな県道へ出て自宅のマンションまでの一本道を、無言のまま進んでいく。


 あんなに一生懸命なお兄ちゃんを、私は初めて見たかもしれない。

 それくらいにお兄ちゃんは、今回の夏祭りに向けて、身を粉にして頑張っていた。

 そんなお兄ちゃんだからこそ、落胆が大きいのだろう。

 それは私も同じだった。


 重苦しい沈黙が続く。

 それまで感じたことのない疲れがどっと出てきたようで、足取りも雰囲気と同じくらい重かった。


◇◇


 翌朝――

 夏休みとはいえ、少しだけ朝遅く起きてしまったのは、昨日の落胆のためかもしれない。


「おはよー」


 気のない挨拶をしながら自分の部屋を出る。

 すでに午前一〇時を回っており、パパとママは仕事に出ていないはずだ。

 そして休みだと昼過ぎまで起きてこないお兄ちゃん。

 だから誰も返事なんてしてくれない。

 しかし……。



「おはよう! 若葉! 早く顔洗ってこい! 朝飯、出来てるから」



 と、元気な声がリビングから響いてきたのだ。



「お兄ちゃん!? 珍しい! こんな朝早くに!」


「はあ? 何言ってんだ。もうこんな時間じゃねえか」



 何気なくリビングを覗くと、目に飛び込んできた光景にあ然としてしまった。

 なんと、髪をぼさぼさにして、目の下には大きなくまをつけたお兄ちゃんの姿があったのだ。



「お兄ちゃん……。もしかして寝てないの?」


「はははっ! 昨日の帰り道から、色々と考え続けてたら、いつの間にか朝になっちまってな!」


「昨日の帰り道から……」



 視線が自然と、テーブルの上にいく。

 そこには一台のノートパソコンと、様々な殴り書きがされた大量の紙。

 それらの紙のうちの一つに私の目が釘付けになった。

 

 

 『絶対にあきらめない』――

 

 

「お兄ちゃん……」



 言葉を失い立ち尽くしている私に対して、どこかバツが悪そうに、お兄ちゃんは顔をそむけた。

 

 

「いいから、早く飯を食えよ。話はそれからだ」


「う、うん! ありがとう」



 テーブルの片隅に置かれた味噌汁と焼き魚、そして白いご飯に納豆。

 どうやらお兄ちゃんが全部用意してくれたらしい。



「すごく美味しい……」


 

 ちらりとお兄ちゃんを見る。

 私のさりげない視線にもちゃんと気付いたお兄ちゃんは、ニコリと微笑みながら話し始めた。

 

 

「川三のバスケ部ってすげー弱いんだよ。何が弱いかって、すぐに諦めちまうんだ」


「そうだったんだ」


「ああ。四点差がつくとさ。もう追いつけないって、弱気になってプレーが緩慢になる。だから余計に点差が離れちまうんだ」


「うん……」



 急にバスケの話から切り出されて、お兄ちゃんの言葉の真意がつかめない。

 そんな私に、お兄ちゃんは穏やかに続けた。

 

 

「つまりさ。なんでも『四点差』をつけられてからが勝負なんだと思うんだ」


「四点差……」


「ああ、どんなシュート入れたって一回じゃ追いつけない点差。つまり歯を食いしばって、攻撃と防御に本気になんなきゃなんねえ状況さ。ここで、踏ん張れるか、それともズルズルと点差を広げられちまうか。そこが、強いと弱いの分かれ道ってことさ」


「えっ……。それって、もしかして……」



 そうか……。

 お兄ちゃんは落胆して黙り込んでいたんじゃない。

 昨日の帰り道の間もずっと考え続けていたんだ。

 

 

 四点差をひっくり返すための策を――

 

 

「若葉! ここが勝負どころだぜ! お兄ちゃんは諦めない! 若葉はどうする?」



 お兄ちゃんの問いかけは、さながら油のよう。

 私の消えかけていた闘志の炎にそそがれると、一気に燃え上がった。

 

 

「私だって諦めない!!」



 お兄ちゃんの顔が満面の笑みに変わる。

 私は身を乗り出して、お兄ちゃんに詰め寄った。

 

 

「んで、お兄ちゃん! なにか思いついたの!?」



 お兄ちゃんが待ってましたとばかりに、一枚の紙を差し出してくる。

 そこに書かれていたのは……。

 

 

「ヒーローショー?」


「ああ、ヒーローショーさ。いつの時代だって客受けがいい出しものといえば、これだろ!」


「でも……。一体誰が……?」



 するとお兄ちゃんは、すらすらと紙に配役を書き始めた。

 

 

「脚本と監督は俺に任せておけ。それから『悪役』といえば、この人しかいねえだろ」


「藤田不動産の健一おじさん……って、お兄ちゃん! 怒られるよ! いくら健一おじさんが、強面だからって!」


「なりふり構ってる場合じゃねえんだ。こっちでどうにか説き伏せる。さて、次にヒーローに助けを求める、ヒロイン役だが……」



 そこで一旦言葉を切ったお兄ちゃんは、手にしたシャーペンの先を私に向けてくる。

 私はそのペン先を見て、目を丸くした。

 

 

「もしかして……。私!?」


「ああ、若葉。もう時間がねえんだ。このタイミングで無茶を引き受けられるのは、お前くらいしかいねえ」


「そ、そんなぁ。じゃあ、ヒーロー役はどうするのよ!! もっと無茶なんでしょ!」


「ああ、そうだな。だけど……。長身で、イケメンで、スポーツ万能にして学業優秀。その上、性格も穏やかで誰からも慕われる。何よりもヒロインから頼りにされている。そんなヒーローって言ったら一人しかいねえだろ……」



 と、お兄ちゃんは私に向けていたペン先の向きを、ゆっくりと自分の顔の方へ向けていく。

 

 でも……。

 

 お兄ちゃんの次の言葉の前に、私の心が言葉を発した。

 

 

「垣岡先輩!! 垣岡悠輝先輩しかいないじゃない!!」


「へっ……? 悠輝?」


「分かったわ! お兄ちゃん!! 私が垣岡先輩を説き伏せるから!! お兄ちゃんは健一おじさんをお願いね!!」


「ちょっと待て、若葉! ヒーロー役は俺が……」「じゃあ、さっそく行ってくる!!」



 お兄ちゃんが何かを言い出す前に私は自分の部屋へと着替えに戻る。

 そして、ものの数分で出かける支度を終えて玄関へと転がりこんだ。

 眠そうな目をしたお兄ちゃんがすぐ背後までやってくると、もう一度何かを口にしかける。

 でも、お兄ちゃんには何も言わせなかった。

 それほどに私は目の前の使命感に燃えていたのだ。

 くるっと振り返り胸を大きく叩くと、高らかと告げたのだった。

 


「どーんと、若葉におまかせあれ!」



………

……


 ……と、威勢よく飛び出したはいいものの――

 

 

「はあぁぁぁ!? あんた! 先輩の連絡先も知らないくせに、先輩を説き伏せるって大見得を切っちゃったの!?」



 駅前のクレープ屋さんのイートインスペース。

 マユの大きな声が響き渡ると、店内のすべての人の注目が私たちに集まる。

 


「ちょっと! マユ! 声が大きいよ!」


「今はそんなことを気にしてる場合じゃないでしょ! もうっ! どうするのよ!?」


「それが思いつかないから、こうしてマユとたまちゃんを呼んだのよ! なにか良いアイデアない?」


「そんなのある訳ないでしょ! もうっ! いっつも若葉は猪突猛進なんだからー!」


「ぶー! そんなにあっさりと諦めなくたっていいじゃない! 勝負は四点差がついてからなのよ!」


「はあ!? 何言ってるか、さっぱり分からないしー!」



 マユが呆れて首を横に振る。

 私は助けを求めるように、たまちゃんの方を見た。

 すると、たまちゃんは考え込むようにして、手をあごに当てた。



「うーん。困ったわねぇ。せめて先輩の連絡先が分かるといいんだけどねぇ」


 

 たまちゃんの言葉にポンと手を打ったマユが、ぐいっと体を乗り出してきた。



「そうだ! 若葉のお兄ちゃんなら知ってるんじゃない!? カテキョだったんでしょ!?」


「うん……。でも……」



 私が渋ると、たまちゃんが私の気持ちを代弁してくれた。



「若葉は吾朗さんを頼りたくないのよねぇ。だから、吾朗さんに聞くのはなしだよねぇ」


「ちょっと! そんな強がり言ってる場合じゃないしー!」


「ごめん! マユ! そこだけは譲れないの!」



 頬を膨らませるマユに対して、手を合わせて頭を下げる私。

 そんな私に再びたまちゃんが助け舟を出してきた。



「だったら先輩のおばさんはどうなのぉ? 川越のショップの店員なんでしょぉ。直接聞いてみたらぁ?」


「今日のたまちゃんは神がかってるわー! うん! それしかないよー! 若葉!」


「う、うん……。でも、教えてくれるかなぁ。いくら息子とはいえ、プライベートの連絡先を……」


「そんなの頼んでみないと分からないよぉ。わたしたちも一緒についていってあげるから、行ってみよ」


「へっ? たまちゃんとマユもついてきてくれるの?」



 目を丸くした私を見て、マユとたまちゃんが目を合わせる。

 するとマユがニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言ったのだった。



「当たり前じゃん。親友の恋が実るか、散るか……。こんなにワクワクすることなんて、他にないしー!」


「ちょっと! マユ! 性格悪すぎだから!」


「ふふふ、でも若葉が少しずつ先輩に近づいてきてるのを近くで見てると、こっちまでドキドキしちゃうのよねぇ。若葉ぁ。ファイトォ!」



 なんだか面白がられているとしか思えないんだけどなぁ。

 でも、私一人で行くよりも、二人がついてきてくれた方が心強い。

 口をきゅっと結んでうなずくと、早速三人で店を出て、駅の方へと急いだのだった――

 

 


 

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