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第二話 春川理容店 いつも空いてる指定席 ⑦


 垣岡悠輝――

 県内屈指の進学校、川越三校という男子校に通う高校二年生。


 ちなみにお兄ちゃんも同じ高校に通っていたが、ちょうど垣岡先輩が入学した年に卒業したので、すれ違いであった。

 

 先輩もお兄ちゃんと同じように文武両道の美男子。

 高校でも中学の時と同じバスケ部に所属し、一年生の時からエースとして大活躍しているらしい。

 

 ちなみにそれもお兄ちゃんとまったく同じだ。

 

 このようにお兄ちゃんと垣岡先輩は様々な面で重なることが多いが、ちまたでは二人を区別するのにこう噂されている。

 

 

――吾朗さまは『野獣系イケメン』。

――悠輝くんは『王子様系イケメン』。


 と……。

 

 確かに長身でありながらがっちりした体格で、声も大きいお兄ちゃんは、見ようによっては『野獣系』だろう。


 実際は『妹LOVE』の、変態残念系イケメンだが……。

 

 一方の垣岡先輩は噂がばっちりマッチした、まさに王子様だ。

 私がそう断言するのは、れっきとした理由がある。

 

 それは、同じ中学へ通っていた二年間のうち、たった一度だけ先輩と会話ができた、文化祭の時のことだ。

 

 先輩のクラスの出し物である喫茶店へ、先輩目当てに訪れた私。

 しかし、すぐ目の前に先輩が来てくれただけで、かっちこちに固まってしまったのである。

 

 そして例のように大失態をおかしてしまう。

 それは……。

 

 

――ご注文はなににしますか?


――か、か、か……。


――か? かき氷でしょうか?


――神崎若葉でお願いします!!


――えっ!?



 と、注文を聞かれていたのに、間違って名乗ってしまったのだ。

 顔から火が出るほど恥ずかしくて、すぐにその場を立ち去ろうとした。

 

 しかし、先輩は「待って、神崎さん」と呼び止めると、柔らかな笑顔でこう言ってくれたのだった。

 

 

――俺は垣岡悠輝って言います。よろしくね! 神崎さん!



 なんと私の失態を帳消しにするように、名乗り返してくれたのである。

 

 この神対応を見れば『王子様』と言わずして、なんと言おうか!

 

 そして、その笑顔と優しさに私は完全に恋に落ちた――

 

 後のことはまったく覚えていない。

 隣にいたマユいわく、コーヒーを頼んだ際に「お砂糖はいくつ?」と聞かれて、「十三歳です!」と自分の年齢を答えていたそうだが……。

 

 ……と、私の恥ずかしい過去はここまでにして。

 

 先輩とこうして対面するのはあの時以来だから、二年半ぶりということになる。

 それなのに私の名前をしっかりと覚えていてくれたなんて……。

 

 感動という言葉の枠をとっくに飛び越してしまい、ぴたりと当てはまる言葉が見当たらないくらいだ。

 

 そんな状態だったから仕方ないでしょ!

 

 

「垣岡しぇんぱい!」



 と、裏返った声で叫んでしまったのも……。

 

 

――あああああっ! 絶対に笑われる!! 変な女子扱いされるぅぅ!! もう嫌だ! どっか飛んでいってしまいたい!!



 心の中で悶絶しているが、表向きは引きつった笑みを浮かべたまま固まっていた。

 

 しかし……。

 やはり先輩は『王子様』だった――

 

 

「ふふ、久しぶりでびっくりさせちゃったね、神崎さん。名前を覚えていてくれてありがとう」



 と、私の大失態をさらりと流してくれた上に、名前を告げたことを喜んでくれたではないか!

 

 

――うああああっ! かっこよすぎる! 幸せすぎる!



 と、再び悶絶する私。

 だが表向きは相変わらず不格好な笑みを浮かべるだけで、次かけるべき言葉すら見当たらなかったのだった。

 

 ……と、その時だった。

 私の幸せすぎる視界が、お兄ちゃんの大きな背中に覆われたのだ……。

 

 そしてお兄ちゃんは、聞いたこともないような低い声で、驚くべきことを口にしたのだった。

 

 

「うちの妹の名前を知ってるなんて、すみにおけねえな。悠輝」



――な、な、な、なんでお兄ちゃんが先輩のことを呼び捨てにしてるのよぉぉぉ!! しかも下の名前で!! そしていきなり喧嘩腰はないでしょ!



 すると今度は先輩の口からとんでもない事実が語られたのだった……。

 

 

「お、お久しぶりです! 先生! まさか神崎先生の妹さんが、神崎若葉さんだと知らずに……。失礼いたしました」


「せ、せ、先生だってぇぇ!?」



 ついに驚愕の言葉が口から押し出されるように出てくると、私と先輩の間に立ちはだかる壁となっていたお兄ちゃんが、ちらりと私を見て疑問に答えた。

 

 

「実はこいつが中三の時にカテキョやってたんだよ」


「お、お兄ちゃんが垣岡先輩の家庭教師!? そんなの初耳だよ!!」


「うん、とてもいい先生でね。おかげで、希望校に入ることができたんだ」



 ちょっと! なんでそんな大事なことを黙ってたのよ!

 家族の間で隠し事はなしってパパに言われてるじゃない!!

 

 と、心の中でお兄ちゃんをさんざん問い詰めたが、そのお兄ちゃんはずいっと身を乗り出して先輩に顔を近づけた。

 

 まるですぐにでも殴りかかりそうな、すっごい剣幕で……。

 

 

「お世辞はいらねえよ、悠輝。川三受かったのはお前の実力なんだからよ。外面が良いのは高校に入ってからも変わらねえな」


「お世辞だなんて……。本心から言ってます! でも、そうとらえられてしまったのは俺の落ち度です。ごめんなさい」


「……ったく、そういうすぐに謝るところも『外面がいい』って言ってんだよ。あんまり度が過ぎると、誤解されるから気をつけな」



――どの口が言うか……。残念なお兄ちゃんよ。さっきまで私に対して必死に謝っていたくせに……。



 理容室にいる奥様方にしてみれば、まるで一人の女の子を取り合うイケメン同士の壮絶な争いに見えているのだろう。

 手に汗握りながら、目をハートにしてじっと二人の様子を見つめている。

 そんな中、私だけは違う意味で手に汗をかいていたのだった。

 

 

――お兄ちゃん……。頼むから余計なことを言わないでよね!



 と、心の中で願っていたのだが、それはまさにフラグを立ててしまったのと同じだった――

 

 

「ところで悠輝は、俺の妹とはどんな関係なんだ? 答えによっちゃ、ただじゃおかねえぞ」



 なんと直球ど真ん中の質問を先輩に投げかけたのである。

 

 

――バカ! バカ! バカ! お兄ちゃんのバカァァァ!



 と、広い背中に向かって、心の中で激しく罵倒を浴びせる。

 しかし、その一方で「先輩はどう答えるんだろう。もしかして……」とあらぬ妄想を膨らませている、残念すぎる私もいるのだから、やはりお兄ちゃんと私は血のつながった兄妹なんだと思う。

 

 だが、やはり先輩はどこまでも優等生だった。

 

 

「同じ中学の後輩です。一度だけ、文化祭の時にお話ししたことがあったんです。ごめんなさい、先生の妹さんとも知らずに親しく声をかけてしまって。とても失礼でしたよね」


――そ、そんなことないです!! むしろ、天にものぼってしまうくらいに嬉しかったです! これからもドンドン声をかけてくださいね! それからできれば『若葉』って下の名前で呼んでくれると……。


「ああ、友達同士でもない異性に、あんまり親しく話しかけるのは感心しねえな。ナンパ野郎と勘違いされてもしょうがねえぞ」


――きいぃぃっ! お兄ちゃん!! 帰ったら覚えてなさい!


「そうでしたね。これからは気をつけます」


――気をつけなくていいから! こんなお兄ちゃんの言うことなんて、全然無視でいいんだから!!


「おう、そういう素直なところは、お前のいいところだぜ」


――何を偉そうに!! だったらまずはお兄ちゃんが素直になりなさいよね! ……って、素直すぎるから私にまとわりつくのか……。お兄ちゃんはもっと自重しなさい!


「では、俺は今日は予約だけしにきただけなので、そろそろ帰ります」


――えっ!? 嘘! ちょっと待って! せっかくこうして顔を合わせたのに、何もお話しできてないじゃない!



 しかし私の心の叫びなど届くはずもなく、先輩は扉に手をかける。

 

 そして……。

 

 カラン、カラン。

 

 と、鐘の音が店内に響くと、扉が開けられた。

 

――ううっ……。そんなぁ……。


 がくりとうなだれる私。

 もうこれっきり二度と先輩とは言葉をかわせなくなってしまう……。

 そんな絶望のどん底に落とされたような気持ちだった。

 

 しかし、残念系イケメンのお兄ちゃんは、とどまることを知らなかった。


 

「待てよ、悠輝。一つだけ頼みたいことがあるんだが、いいか?」


――もう、やめてよ。お兄ちゃん……。これ以上、私を傷つけないで!


「なんでしょうか? 俺でできることなら……」



 先輩が扉を開ける手を止めて、お兄ちゃんの方へ振り返る。

 

 するとお兄ちゃんは驚くべき行動に出たのだった――

 

 なんと先輩に向かって、深々と頭を下げたのである。

 そして店内中に響き渡る、大声でとんでもないことを口にしたのだ。

 

 

「妹を……! 若葉のことを幸せにしてやってくれ! この通りだ!!」



 と――


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