2 モーツァルトは裁判所にうったえる
航平は白いかつらをかぶる。霞ヶ関駅のトイレの個室で着替えながら、やはり気が進まなかった。裁判所に訴状を提出するなんて人生で初めてだ。鷺下さんの言いなりで本当に大丈夫だろうかと不安でしかたない。
衣装ケースを閉じ、個室を出た。洗面所の鏡で自分の姿を確認する。
裾がももまで届く赤いジャケット、白い半ズボンにタイツ、首には花柄のクラバットを巻く。襟足をリボンで結んだ、白いかつらの曲がりを直した。
トイレに入ってきた中年男性と、鏡のなかで目が合った。男は航平の衣装にぎょっとした様子で視線を外すと、いそいそと個室に消えた。
トイレの外では鷺下が待っていた。
「なかなか似合うじゃないか。航平は中性的な顔立ちだから、モーツァルトのコスプレをすればぴったりだと予想はしていたんだ」
鷺下が満足気な表情をみせた。
「著作権の不正使用をうったえるなんて、やっぱりやめませんか」
「こっちが提訴されたわけじゃないんだ。東京地裁に行くからって怖気づくなよ。全国のレコード会社を告訴してやろうぜ」
鷺下がにやりと笑い、先に立って地下通路を歩きだした。航平は、壁に立てかけておいたキーボードケースをかつぎあげ、あとにしたがった。
鷺下の速足を追いながら、航平は周囲の目が気になった。すれ違う人の反応はうすく、ちらりと視線を送っても、さほど興味はないらしい。自分の用事で忙しいのか、せかせかした足取りで行き過ぎる。東京の人をおどろかせるには、よほどのことをする必要がありそうだ。
アメ横のガード下で飲んだ夜、鷺下は航平のアパートに泊まった。
そのときの鷺下の言葉がよみがえる。
「モーツァルトが作曲した音楽は、あらゆる場面で使用されている。コンサートしかり、CMしかり、CDへの録音しかりだ。それら楽曲の著作権使用料を全て合わせると、どれだけの金額になるか、わかるか」
「想像もつきません。著作権は作者の死後50年か70年しか保護されないんじゃないですか。モーツァルトが死んで200年以上たつんですよ」
鷺下の思わくは、このときにはまだわからなかった。
「日本の法律では50年だが、モーツァルトとしてよみがえった航平は生きている。作者が生存しているんだから、著作権は有効だ」
「不正使用の訴状をぼくが書いても、裁判所が受けつけてくれるわけないですよ」
「当たりまえだろ。受けとられてたまるもんか。うったえる金額によって手数料がかかる。1億円の請求には30万円かかるはずだ。モーツァルトの著作権使用料を全部あわせたら、天文学的な数字になるぞ」
「だったら、どうしてそんな申し立てをするんですか」
「話題づくりだよ。窓口で断られたら、航平はモーツァルト本人だと主張する。自分の楽曲が無断で使用され、いたる場所で流されているとうったえる。それをネットで広めれば、利用者は間違いなく面白がるぞ」
鷺下が、白いひげのなかで笑みを浮かべた。
利用者は面白がっても、それを実行するほうは大変だよ――。
鷺下の計画を思いかえし、航平の足取りはいっそう重くなった。鷺下に不安げな様子はなく、地上に出る階段をすたすた上がっていく。
航平と鷺下は、日比谷線の出入り口から昼下がりの歩道にふみだした。
塀の向こうに、東京地方裁判所の合同庁舎がそびえている。堅牢な6枚の石壁をめぐらした19階建ての庁舎は、航平をこばんでいるかのようだ。
正門の前で、鷺下が注意をあたえる。
「合同庁舎のなかには、東京高裁、東京地裁、東京簡裁がふくまれる。航平が出向くのは、東京地裁の知的財産部だ。窓口は3階にある。衣装ケースとキーボードはおれがあずかろう。航平はモーツァルトのコスプレで入る。正面玄関には金属探知機がある。カメラやビデオの撮影は禁止だ」
警戒の厳重さに、航平はますます気持ちがふさいだ。
航平は鷺下に背中を押され、合同庁舎の正面入り口の自動ドアを抜けた。すぐに、金属探知機のゲートの前から警備員が飛んできた。
「どこに行くつもりですか。そんな恰好で裁判の傍聴はできませんよ」
「ぼくは裁判を見におとずれたのではありません。裁判を起こしに来たんです。知的財産権の窓口に、著作権の侵害を申し立てに行きます」
「あなたはミュージシャンなんですか」警備員はそうあたりをつけたようだ。
「ぼくは作曲家でもあり、ピアニストでもあります」
「それにしたって、そんなふざけた格好で所内を歩かれたら困りますよ」
「これはぼくが演奏するときの衣装です。身なりを正した正装で提訴に来ました。東京地裁にはドレスコードがあるんですか」
「礼装には違いないんでしょうけどね」と警備員が苦りきっている。
「ぼくの作曲した音楽が無断で使用され、甚大な被害をこうむっています。そのうったえをあなたは受けてくれるんですか。著作権使用料を払ってくれますか」
航平は声を強めた。
「わかりましたよ。知的財産部の受付で係員と相談してください」
警備員はあきれた顔つきで道をあけた。
航平は金属探知機のゲートをくぐりながら、心臓の高鳴りをおぼえた。本当の騒ぎを起こすのはこれからだ。
エレベーターに向かう玄関ホールの、見上げるほど高い天井に、六角形の巨大なシャンデリアが飾られていた。明かりはついていない。東洋風の照明器具だけど、19世紀の宮廷音楽家の衣装が、この空間には似合っているように思えてきた。
知的財産権を管轄するフロアに航平があらわれるや、受付を待つ人の視線が集中した。航平は途方にくれたふうに周囲を見まわした。
「どうかされましたか」案内の女性に声をかけられた。
係員はモーツァルトをまねた衣装には目をつぶり、親切に対応してくれる。航平はこれからの申し立てを考え、その女性に申し訳ない気持ちになった。ここは最後までやりきるしかない。
「ぼくは作曲家です。音楽著作権の使用料を請求するために来ました。どのようにして、うったえたらいいでしょうか」
「訴状を提出していただきますが、著作権管理事業者に権利を委託していなかったんですか。著作権の使用料を事業者があなたに代わって徴収してくれますよ」
「そんな便利な業者がいるのは知りませんでした。いまでは、ぼくの音楽はあちこちで使われ、とても収拾できない状態になっているんです」
「それでは、誰をうったえ、いくら請求するつもりなんですか」
案内員が辛抱強く応じてくれる。
「それがわからなくて困っているんです」
さあ、ここからだと航平は覚悟を決める。
「ぼくはウォルフガング・アマデウス・モーツァルトといいます」
あっけにとられる係員に、ご存じないですか? と問いかけた。
「もちろん、名前は知っています」
「知らない人はいないですよね。ぼくはこれまでに626曲の音楽を作曲しました。最後のレクイエムニ短調の仕上げは、弟子のジェスマイヤーにたのむ必要がありました。というのも、ぼくは謎の病気にかかり、200年以上も眠りつづけていたんです。病床に着いたのはウィーンでしたが、目覚めると日本の病院にいました。そのときのおどろきを、あなたは想像できますか」
係員が助けを求めるように背後をうかがう。フロアじゅうの視線が集まっていた。航平は恥ずかしさをこらえて続ける。
「最初に気づいたのはテレビのCM曲でした。アイネクライネナハトムジークが聞こえてきて、ぼくは飛び起きました。知っていますよね。ターン、タ、ターン、タ、タタタタターン。ターン、タ、ターン、タ――」
「わかりました。知っていますから、所内では歌わないでください」
案内員が航平の歌声を制した。
「ぼくの先生によると、著作権料を支払うことで、テレビやラジオや劇場などで音楽を流せるそうです。ぼくは使用料をもらっていません。もう2世紀にわたって、ぼくの音楽は無断で使用されつづけているんです」
航平は怒りの表情をあらわにした。
「その先生とは、ごいっしょじゃないんですか」
「この近くの大型レコード店までは、先生といっしょでした。うるさいので、店内の人混みにまいてきました」
「それはいけませんね。先生にご相談されたほうがいいですよ」
「あいつは、裁判所にうったえても誰も聞きいれないと反対しました。先生と来たレコード店のぼくの音楽コーナーには、いろんな指揮者やオーケストラ、管弦楽団、ソリスト、歌劇団による、ぼくのあらゆる楽曲のCDが大量に販売されていました。レコード会社はその売上で利益をえているのに、ぼくには1円も入らないんですよ。いったい、どうしたら――」
ごつい手が肩にかかった。航平は3人の警備員にとりかこまれた。
手をかけたのは、玄関ホールで航平を呼びとめた男だ。航平の心臓は脈打ち、体は熱くなり、額からは冷や汗が流れる。女性案内員は安堵している様子だ。
航平はぐいっと向きなおらされ、警備員の険しい顔が近づいてくる。
「あんたみたいなイカれたミュージシャンならいそうだから通したが、本当に頭のおかしな男だとは思わなかったよ。あんたのいうモーツァルトは何百年も昔に死んでいる。著作権なんかとっくに切れてる」
「ぼくはこのとおり生きてます。だから、著作使用料を請求する権利がある」
「ちょっと待ってください」と案内の女性がわってはいった。「ここではなんですから、別室でくわしいお話しを聞きましょうね」
ていねいな口調で、精いっぱい航平をなだめにかかった。
警備員の態度はつめたい。
「こんなイカれた男はすぐに追い出したほうがいいですよ。おおかた神童ともてはやされた子供のなれのはてですよ。成人すると誰からも相手にされず、変人とバカにされ、親にはもてあまされ、ついには実家を放り出されたんでしょう」
「違う! 地元のやつらはぼくのほうから見限った。ぼくの音楽を認めさせ、多くのリスナーに広めるために、自分の意志で上京したんだ」
「東京でも相手にされなかったんだろう。犬猫にでも聴かせていればいい」
警備員が見下したように冷笑した。
航平の脳裏に、実家の牛舎でコンサートを開いたときの情景がよみがえる。
「動物だけじゃない。ジャズバーのライブではホールを満員にした。音楽プロデューサーに認められ、メジャーデビューを果たした。多くのライブハウスやイベントのステージに立ち、テレビにも出演した。ぼくのアルバムはオリコンで最高32位を記録した。ネット上でも人気を得たし、コンサートのチケットは公演の2か月前に売り切れ、追加公演だって決まった」
そこまで話して航平は口をつぐんだ。
モーツァルトを演じるのを忘れ、自分の足跡を語っていると気づいた。
警備員が鼻で笑っている。
「少しは名を知られたんでしょう。結局は音楽業界から落ちこぼれた。昔の栄光が忘れられない。なれのはて、とおれが言ったのはそういう意味だよ。ライブといっても、せいぜい200人がいいところだろう」
「違う。市民ホールで2000人を前に演奏する直前までいき――」
事故で重体におちいった華が心配でコンサートどころではなくなった。華の死から逃げだすように音楽プロダクションをやめ、音楽シーンから姿を消した。
「元気がなくなったようだな。図星だったか」
腕を組んで立ちはだかる警備員から、航平は視線をはずした。
「今日のところは、これでおしまいにしましょう。裁判所の外まで送りますから」
案内の女性が優しく声をかけてきた。
航平はおとなしく案内員にしたがい、エレベーターで玄関ホールにおりた。中庭の先の正門の前で、鷺下が待ちかまえていた。歩道にキーボードが置かれ、アンプがセットされ、路上ライブの準備はととのっていた。
「ずいぶん、しょげてるな。窓口でこっぴどく叱られたか」
鷺下が元気づけるように陽気な声をかけた。
「警備員とやりあった。それでも自分の役目は果たしてきたよ」
「いいぞ。景気づけに演奏しよう。航平がただのモーツァルト気ちがいじゃなく、その実力も本物だと、道行く人に知らしめようぜ」
そうだね、と航平はキーボードの前に立った。音楽に集中すれば、華の思い出だって忘れられる。航平は気持ちを切りかえた。
航平はひじを高くかまえ、両手の指先を鍵盤にまっすぐ下ろす。よし、と気をひきしめ、演奏を開始した。
アイネクライネナハトムジークの冒頭が飛び出すや、歩行者が足を止めた。この曲のインパクトの強さに、モーツァルトのすごさをあらためて感じた。演奏者の航平は、宮廷音楽家の扮装をしている。人びとの興味をひくには充分だ。
屈託のない明るい響きに、航平の気分はうきたった。つぎつぎに変化するメロディに心は弾んだずんだ。航平は調子があがり、即興演奏に突入した。
聴衆が集まりはじめた。感心した様子で聴きいる人がいる。体全体でリズムをとる人がいる。携帯電話のカメラを向ける人がいる。ライブに向かないせまい歩道は、たちまち人垣でふさがった。
いずれ警察ストップがかかるだろう。目的は路上ライブじゃない。鷺下が考えたプロモーションの一環だ。人びとの耳目をひければ、それでいい。
「こんなところで演奏するんじゃない。楽器を片付けなさい」
人の群れをかきわけて警官があらわれた。
航平は鍵盤から手を離した。鷺下はいつのまにか人混みにまぎれている。警官は1人で、東京地裁の塀ぎわに自転車が止められていた。
「なんだ、その格好は? それも裁判所の正門の前だぞ」
警官はすさまじい剣幕だ。
「ぼくはウォルフガング・アマデウス・モーツァルトです。ぼくの楽曲が無断で使われていると提訴したんですが、裁判所から追い出されました」
「当たりまえだ。すぐに撤収しなかったら、署まで来てもらうからな」
航平は引きさがらず、集まっている人びとに向きなおった。
「みなさん。聞いてください」
知的財産部でした演説をくりかえす。二度目は、前よりうまくこなせた。
野次馬はさらにふくれあがった。取り押さえようとする警官の腕から、航平は身を乗り出し、著作権の侵害をうったえる。東京地裁の正門から、さっきの警備員と案内員の女性があらわれた。外の騒ぎを聞きつけたんだろう。
おおごとになってきた。早く止めに入ってよ。警官の腕のなかでもがきながら、航平は群衆のなかに鷺下を目で探した。
「乱暴はやめてください。彼は病人なんですから」
人びとの輪をかきわけて、ようやく鷺下が出てきた。
「この頭のおかしな男の保護者ですか?」警官の質問に、
「彼を担当する医師です。病室に閉じこもっていてはいけないと外に連れ出したんですがね。大型レコード店で目を離したすきに逃げられました」
「ちゃんと目をかけていてくださいね」女性の案内員が口をいれた。
「申し訳ありません。ふだんはおとなしい男なんですが、急に行動的になります。自分の言い分が否定されると、かっとなるんです。すべては彼の監督をおこたったわたしの責任です。彼は病院に連れかえりますので、きょうのところは穏便にすましてください。楽器はすぐに片付けます」
「監禁しておいたほうがいいですよ」警備員は命令口調だ。
すみません、と鷺下がくりかえし頭を下げる。航平は、なんだか自分だけが悪者にされた気がしてきた。
警官が歩道を整理しようとするが、人びとはなかなか去ろうとしない。周囲の注目をあびながら、航平と鷺下は楽器を片付けはじめた。東京地裁の壁ぞいの道を地下鉄の出入口に向かうと、好奇の眼差しが追いかけてくる。鷺下のプロモーションは大成功をおさめた。
駅構内のトイレの個室で衣装を脱ぎ、航平はほっとひと息ついた。
裁判所の中と外であれだけ騒ぎを起こせば、インターネットにアップする格好の材料になるだろう。騒動を目撃した人がツィートしたり、写真や動画を投稿したりすれば、それがネットに拡散していく。SNSの宣伝効果を利用した、それは鷺下のプロモーション戦略だった。
トイレから出ると、鷺下が満足そうな顔で待っていた。
「あとはネットでの反応待ちだな。今日の出来事が評判になれば、つぎは航平のライブをネット中継しよう。面白くなってきたぞ」
鷺下の表情は生きいきしていた。
プロデューサーの坂井が、ホルスタインの作曲者を鷺下から航平に変えたとき、『自分の音楽の才能は見限っている』『音楽プロデューサーなんてのもやってみたかった』そう鷺下が話していたのを思いだした。
やらされるほうは大変だよ、と航平はぼやきたくなった。
夕食は鷺下のおごりでラーメンを食べ、ビールで乾杯した。ラーメン屋を出ると、おれの住まいに寄っていけと誘われた。
鷺下は、経営していたジャズバーをたたむほどの借金をふみたおして逃走中だという。航平は、いま現在の鷺下の暮しが気になった。航平をビッグアーティストにし、その売り上げを借金返済にあてるつもりかもしれない。
最寄り駅を出たころには、あたりはだいぶ暗くなっていた。小さな赤い太鼓橋を渡り、幅のせまい川にそって歩く。川は浅く、底が透けて見えるほど水量が少ない。細い枝を垂らす柳並木を進むうちに、川は暗渠にのみこまれた。
「このあたりが水源で、川はそこを起点にずっと東京湾まで流れている。東京で成功するため再出発する場所にはぴったりだろ。さあ、着いたぞ」
鷺下が足を止めた。
暗渠の上を遊歩道がのび、その片側に、3階建ての古びた建物があった。花柳医院と看板がかかり、診療科は、産婦人科、小児科、皮膚科となっている。正面入り口のガラス戸にひびが入り、2階の窓は板でふさがれ、3階はカーテンで閉ざされている。開業しているようには見えなかった。
「おれが音楽教師だったころの知り合いの病院だ。少子化のあおりで患者がとだえ、とっくに廃業した。そこに、おれがころがりこんだわけだ」
ガラスの割れそうな扉を開け、鷺下が案内して院内に入った。
「ウィーンで病床についたモーツァルトが、2世紀以上も眠りつづけ、日本の病院で目覚めたという話は、この病院から思いついたんですか」
航平は、なかを見まわしながらきいた。
「図星だよ。ここに精神科はないけどな」
受付カウンターから続く階段が、薄暗い階段に突きあたっている。廊下には、わたの飛び出たソファがならび、かつては待合室だったらしい。その向かいの壁に診療室のドアがある。
鷺下によると、2階は妊婦の部屋だったが、いまはふさがれているという。鷺下が暮らしているのは3階の一室だそうだ。
そのとき、診療室のドアが開き、60がらみの、はげた小柄な男が出てきた。すその長い白衣を着ていて、ここの院長かもしれない。――廃業したはずでは?
鷺下が航平の疑問に気づいたらしく、
「花柳史郎先生だ。先生は何年も新しい服を買っていない。白衣だけはたくさんあるからな。着たきりすずめってわけだ」
「そのぼうやかい。モーツァルトの生まれ変わりは?」花柳がたずねた。
そうだ、と鷺下が航平を紹介する。
「花柳プロダクションが初めて売り出すミュージシャンだ」
「花柳プロダクション?」航平はききかえした。
「この病院を音楽プロダクションに改装し、新しいレーベルを立ち上げる。アマデウスレコードなんて、どうだ?」
「それじゃあ、ぼくら2人だけの、本当にゼロからの再出発じゃないですか。にわかレーベルを立ち上げても、そう簡単にヒット曲なんて出せないですよ」
「おれたちだけだと前に話しただろ。新レーベルの先行きはネットの反響しだいだ。そろそろツイッターの反応を確かめてみよう。『東京地裁』と『モーツァルト』で検索してみるか」
鷺下がスマートフォンを取り出した。
『東京地裁にモーツァルトと称する変人があらわれた』『著作権使用料の未払いを請求したんだって』『裁判所の正門前でライブを敢行! モーツァルトVS警備員と警官の衝撃映像をとらえた』
検索リストには、そんなツィートがあふれ、写真や動画が投稿されていた。
「なっ」鷺下が会心の笑みをうかべた。
続




