08 遭遇
謎生物、スライムに攻撃手段を与えてからというもの、更に手が付けられなくなってきたかもしれない。
さすがに自然破壊しながら移動するのは色々とまずいので、攻撃をやめさたのは良いが、おもちゃを取り上げられた子供のように悲しそうな様子に、つい新たなおもちゃを与えてしまった。
触手の射程距離は10メートル程度まで伸びるが、距離に反比例して速度が落ちるので、最大射程までくるとあまり使い物にならない。
だが、逆に言うと短い距離であれば、かなりの速度で触手を伸ばせたり、連続で伸ばせる。
そして、そこに触手が繋がっていれば体や触手を自在に操れるという能力が加わるとどうなると思う?
体を自在に操れるという事は、触手を飛ばした先に体を引き寄せる事も可能だったわけで、更にそこから触手を飛ばす事も可能という事だ。
その結果どうなったかというと、かなりの高速で水の尾を引きながら飛び回るスライム、・・・そして動くものを追いかけずにはいられない仔犬。
「そこまではまだじゃれあいの範疇だったんだけどな。」
片やそこそこ早くなったとはいえ、速度に難があるスライム、それに対してまだ子供とはいえ素早い狼の追いかけっこ。
これは後者の方に分があったようで、すぐに移動を潰されていた。
しかし謎生物のスライムも負けておらず、複数触手を飛ばしては移動先を分かりづらくしたり、飛ばした触手の先から複数の触手を飛ばしたりと、どんどんと進化していった結果、森の一角に生まれた水の網というか蜘蛛の巣状のトラップゾーンが完成した。
そしてトラップに運悪く巻き込まれた魔物がそこかしこに掛かっているありさま。
スライムが触手の粘性を高めて飛ばしたものに運悪く掛かってしまったものもいるが、大半は仔犬に蹴り飛ばされて掛かった物だろう。
「こんなに捕ってどうするんだよ。」
トラップに掛かったのはほとんどが虫系で、逃がしたら襲ってくるだろうし、かといって無駄に殺して捨てるのももったいない。
食べるところも少なく、ほとんどがゴミにしかならないものだが、一部にそこそこ強い魔物が含まれていたのは救いか?
魔物の部位には魔力を込める事でより強靭になったり、鋭くなったりと強化されるのだが、込められる量は元の魔物の強さが関係しているようだ。
つまり強い魔物の部位はより強化され、弱い魔物の部位はそこそこにしか強化出来ない。
「ま、何かに使えるかもしれないから持っていくか。」
食べられない物でも使えそうな物はとりあえず次元収納に放り込んで、食べられそうな物を物色する。
食料確保は一番の項目だしね。
ただ、残念ながら食材向きだったのは鳥系の魔物と、蜘蛛系しか無かった。
まあ、蜘蛛は見た目は悪いが、熱を通すとカニの様で美味いし、蜘蛛と言えば糸。
地球上での話だが、自然界にある中で最も強いと言われている糸、そして魔力を込める事でより強化されるこの世界では使い勝手が良い素材なので間違いなくこれも確保しておく。
ただ、使い勝手がいくら良くても、碌な道具も無いところでは宝の持ち腐れなのだが。
「でも、もうすぐ集落か何かがあると思うんだけどな。」
この世界の生物はほぼ例外なく瘴気を発生している。
ほとんどの生物が二酸化炭素を吐き出すように、生きている限りは発生されるもののようだ。
そして、人も生物である以上、瘴気を発しているだろうし、集落のように固まって過ごしているだろうから、当然瘴気も濃くなっているだろう。
そう考えて今まで人がいる可能性が高い、瘴気が濃い方に向かって進んでいた。
ただ、この濃さはちょっと予想外だった。
まだ集落にもついていないのにこの濃さはどう考えても単体では無く、群れ、それもかなり大きな群れなのか?
これだけ大きな群れを作れるという事は、そこに社会が無いと不可能だし、魔物がそこまでの群れを作れるとは思えないのだが、こんな場所に大規模な都市があるようには思えないのだが。
「この世界の人間の瘴気がよっぽど濃いのかねえ。」
俯瞰視で確認するも、瘴気の中心は未踏地の隣接エリアで分からなかった。
だが、現在のエリアはずっとこの森が続いている以上、隣接エリアは所謂辺境となるはずなのに、そんなところにこの濃い瘴気の発生源があるのはどういう事だろうか。
幸い隣接エリアの手前には泉が湧いているようで、そこで一旦休憩がてらにどうするか決めるつもりだ。
「それにしても、水の気配が少ないんだよな。」
泉や小川など、水がある場所には水の精霊が集まってきやすく、水の精霊の気配は遠くからも感じれる。
今まではその気配を感じることで、水場を見つけていたのだが、今回は俯瞰視で確認するまで泉がある事に気づけなかった。
気になる事といえば、水場には動物や魔物が集まるものだが、泉の付近には生物の気配が少ない。
動物や魔物が少ない場所であれば納得できるのだが、この辺りには多数の動物や魔物の気配を感じる。
「動物や魔物が近寄れない結界?では無いよな。」
ゲームや小説にある魔除けのなんちゃらみたいな香や魔法があるのかと考えてはみたものの、同行している二人も何も感じていないところをみると可能性は薄いのだろう。
それに気配が皆無ではなくて、幾つか、それも魔力の高い気配を感じる事から、別の可能性を思いついた。
「泉の主でもいて独占している?」
水の精霊も逃げ出すような泉にどんな価値があるのだ?
泉の水を全部使うようなものがあるとしたらとっくに泉は枯れているだろうし、狩場にするにしても、他の動物が来なければ意味が無い。
「まあ、その疑問ももうすぐ分かるかな?」
先ほどから感じている視線を辿ると、どうやら泉の手前の木の上からのようだ。
その視線の主は魔物の類では無く、人のようだ。
ついに待望の人との遭遇に喜んだものの、どうしたら良いか思い浮かばず困惑した。
普通に『日本語』で話しかけても通じるとは思えず、逆に魔物と思われて攻撃されるのが落ちだろう。
とはいえ、折角辿り着いた水場や情報元をみすみす諦めるのはもったいない。
どうするものかなと思いつつ、二人に手出ししない様に指示しながらゆっくり向かっていたのだが。
――トスツ!
「おわっ!」
まだ距離があって、攻撃範囲外と思っていたのだが、矢が勢いよく飛んできた。
油断していたところにいきなりだったので焦ったが、何とか避けれた。
だが、本当に焦ったのはそれからで、土に刺さった矢の方を振り向いて固まってしまった。
飛んできた矢の飛距離には驚いたものの、今となっては特に変哲も無い普通の矢のようでそちらは問題無い。
問題は目の前にいる虫の翅みたいなものが背中に生やした小人とでも言えば良いのか、小さい女の子の恰好をした『精霊』が目をパチパチさせながらふわふわと漂っていた。
今までも精霊は色々見えていたが、どんな精霊であってもただの光球のような形だった。
そして意思も感じられないまま漂っているだけの存在だったが、目の前にいる精霊、恐らく属性からして風の精霊のはずだが、こいつは幼いながらも自我を持っているように見える。
「えーと、初めまして?」
「ひゃうっ!」
とりあえず挨拶してみたのだが、こいつは失敗だったようで、驚いたのか急に俺の周りを飛び回りだした。
ただ、飛び回るのは良いのだが、そのたびに風が巻き起こってしまうのが困りものだ。
それに足元の二人が、さっきから目で追いかけながらうずうずしているんだけど、相手が危険過ぎるから絶対手出しするなよ?
「とりあえず、落ち着いてくれると助かるんだけどね?」
「キャッ!」
移動先に手を差し伸べて優しく受け止めながら声を掛けたのだが、落ち着くどころか悲鳴を上げて一目散に逃げだしてしまった。
昔から動物や子供には好かれやすく、ちょっと自信があっただけに、ショックを受けたが、今はそれどころでは無い。
何しろ警告では無く、いきなり攻撃してくる相手に狙われているのだしな。
精霊が飛び回っている最中もいつ攻撃してくるかと警戒していたのだが、精霊に当たるのを恐れてか攻撃は無かった。
だが、精霊が戻った今、攻撃しないはずは無い。
「って、なんかもめている?」
戻った精霊が何か騒いでおり、それを樹上の人がこちらを見向きもしないで困惑しながらなだめているようにみえるんだが?
攻撃されないのは助かるんだが、もしかして忘れられている?そんなに影が薄いって事?いつまでここで待っていたら良いの?
我慢できずに自分から近づくことにした。
決して構ってちゃんではないからね?
それに、出来たら害意は無かったと、誤解を解いておきたいので、ゆっくりと木に近づいていったのだが。
「クルナ!」
――ヒュッ!トスッ!
さすがに近くに来たら気づいてくれ、今度は警告なのか、足元に弓を撃ってきた。
だが、矢を撃たれる前に片言で聞き取りづらかったが、「クルナ」と聞こえた。
これなら話しで誤解も解けて戦わないで済むかも?
さっきから風の精霊が増えてきている気がするのだけど、大丈夫だよな?
それに風もだんだん強くなっている気がするのだけど、攻撃の前兆とかじゃないよな?
誤解を解く前に戦えなんて脳筋な展開なんて漫画の中だけだよな?
初の人との遭遇が困難な事になりそうな事にどうしたものやらと悩みつつ、こっそりとため息を吐いた。
見直しが間に合わないので勝手ながら投稿時間を変更しました。m(_)m