07 生体調査
「ん。朝か。」
トラブル続きでさすがに疲れたのか、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
まあ、近くに魔物が来たらすぐに対応できるように警戒はしていたけどな。
それが出来ないようなら、魔物が跳梁跋扈しているこの世界、今まで一人で生き抜いてこれやしなかったしな。
でも、これからは多少気が抜けていても、この子達のどちらかが気づいてくれるだろう。
何しろ、仔犬の方は俺でも驚く位の察知能力があり、スライムの方は振動、そして魔力に敏感なようだ。
「って、まずは飯にしろってか。」
仔犬も起きだしたかと思うと、焚火の傍を軽く掘ったり、こちらを見つめたり繰り返している。
昨日しこんだ狼の蒸し焼きの事をちゃっかり覚えていて催促してくる。
まあ、元から一人で食べるつもりは無かったし、早速一緒に食べるとしようか。
「こっちを先に食べているか?」
昨日の残りの生肉を出したのだが、どうやら調理している方が気に入ったらしく、蒸し肉を掘り出すのをじっと待っている。
これからペットにしろ、戦闘時の相棒にしろ、一緒の飯を食べている方が仲良くするのには良いのだが、下手に甘えさせるのは不味いだろう。
そういえばもう一匹はどうしているかと思えば、寝てはいないようだが、じっとしているままだ。
そういえば昨日寝る時に、「何か来るまでは大人しくしていてね。」と声を掛けたんだったっけ?
「あー言い方が悪かったな。ごめんごめん、もう自由に動いて良いよ。」
声を掛けたらすぐさま近寄ってきて、仔犬の隣で大人しくこちらの事を伺っている感じだ。
二匹並んで、しかも片方は涎も垂らして餌を待っている姿は思わず甘やかしそうになるが、良い機会なので躾もしておこう。
動物、とくに群れを作る動物は上位、下位がはっきりしており、飼い主を上位者と認めないと言う事を聞かない我がままに育ち易かったと思う。
ダメな事をしたらきちんと叱り、上位者として認めさせないといけない。
そして、躾には叱るだけではなく、きちんと出来たらご褒美も上げないと意味が無い。
人間の場合でも叱るだけだと、叱られたくないから何もしないとか、言われたことしか出来ないようになるしな。
「それにしても、良い意味で躾甲斐が無いやつらだな。」
言語をしっかり理解して、こちらのいう事にはきっちり従うので、叱る事が出来ない。
何しろすぐには難しいと思っていた「待て」の指示すら最初っからこなしてしまった。
目の前において離れても、しまいには仔犬の口の中やスライムの上に乗せたりして試したのだが、「良し」の合図があるまで我慢する相手に何を叱れば良い?
まあ、叱るのが目的では無いので良いのだが・・・ついでに芸も覚えさせちゃおうかな?
「躾はともかく、好き嫌いとか調べておいた方が良いかもな。」
こいつらは魔物とは言え、片方は犬の様な生物だし、もう片方は何でも食べるとは言え、限度や食べられない物があるかもしれない。
方針としては好き嫌い無く、なんでも食べれるようにする、但し、危ない物は例え好きでも絶対食べないように躾ける事だな。
例えば犬の場合、ネギ類やニンニクは厳禁だし、甲殻類とか鳥のささみなんかは生はダメだったはずだ。
なんでも溶血性貧血だの死に至る病気になったり、リンとかカルシウムのバランスを崩したりしやすいんだったかな?
ただ、ここは異世界で魔法がある世界、地球上の常識があてにならない世界だ。
「あまり使いたくないけど鑑定も使っていくしかないな。」
この世界にきて身についたチートな『眼』の能力の一つに『鑑定』もあった。
だが、これが使い辛過ぎるので、今までほとんど使ってこなかった。
理由は簡単で、余計な情報量が多すぎる事だ。
情報量が多いのであれば、逆に便利なのでは?と思うかもしれないが、まず視界に入るほとんど全ての名前や説明がずらずらと並んでいる状態を想像してみてほしい。
しかも、それが日本語だけではなく、英語やフランス語や見たことも無い言語でも書かれていたらどう思う?
「使いこなしたら別かと頑張ったんだがな。」
それでも集中したものだけ、それも日本語の表記だけ探して読む事は可能だった。
だけどそこまで苦労して『鑑定』した結果がこれまた使えない。
例えば『りんご』を鑑定したとすると、当然りんごと鑑定されるよな?
地球上であればフジだの世界一だの紅玉だの種類も分かるかもしれないが、同一種類が無いこの世界では『りんご』としか鑑定されないのはまだ分かる。
だけど果肉が紫であっても、見た目はオレンジのようであっても味が『りんご』としか分からないんだぞ?
昨日戦った狼と目の前の仔犬、こいつらは明らかに別の種類のはずだが、鑑定結果は同じで『狼系の魔物の一種』でしかない。
正確には『犬系の魔物の一種』と鑑定されていたのだが、自分が狼系と認識してからは狼と鑑定されるようになった。
これは推測だが、現地の言葉を覚えて、現地の言葉の名前や説明を理解できるようになればきちんと分類した鑑定になるのかもしれない。
それまでは『狼』を鑑定した場合、『狼系全般の概要』しか分からないんだが、それでも無いよりはましかもな。
「狼はともかく、スライムはどうしたものやら。」
スライムを鑑定したものの、説明がほとんど無い。
まあ、地球上には存在しない生物だし、この世界でも生態があまり分かっていないのかほとんど表記が無い。
分かった事は地球上の黒いアイツ以上にどんな場所にもいる可能性があるという事と、環境にあった様々な個体が確認されている事くらいしか使えないだろう。
「知りたければ自分で調べろってことか。」
結局、色々と少量ずつ食べさせたりして、体の反応を観察する事にしたのだが、ますます分からなくなってきた。
なにしろ食べさせようとしたら、なんでも食べるし、食べたもので変化がほとんどない。
何しろ火のついた木ですら平然と食べてしまうし、溶けたりもしなかったんだぞ?
もちろん無理やり試したのではなく、嫌がるだろうと思って食べれるか聞いたら、嫌がる素ぶりも無く食らいついたんだから、こっちの方が慌ててしまったぞ。
ともかく、火が弱点だと思っていたが、間違っていたという事が分かったのが唯一の収穫だな。
「あとは、好き嫌いというか傾向も大体分かったか。」
この世界は魔素と呼ばれる魔力の基がどこにでもあり、この世界の生物は魔素を取り込み体内で魔力として蓄え、体の成長や、行動の補助に使っているようだ。
そして、当然のように魔素や魔力を取り込むように進化している。
恐らく魔力が宿っている物ほど、美味しく感じられるのはこの辺りに理由がありそうだが、美味しく感じるのは魔物も一緒のようだ。
特にスライムの場合は、他の生物では消化しづらい鉱物に含まれている魔力も食べれるようで、今も岩を魔力を込めて圧縮した玉を飴玉のようにゆっくり食べている。
もう少し詳しく調べたいところだが、続きは移動しながらか、次の休憩までお預けにしよう。
「とりあえず、移動しながら狩りの練習だな。」
一晩たってしばらく観察したが、また新たに魔物が発生することも、魔力が溜まる事は無かったので、移動を開始することにした。
もちろんただ移動するのではなく、今後の為に戦闘の連携とかを鍛えながらするつもりだ。
とはいえ、スライムの移動は遅いので、移動時は抱えていくのでも良いのだが、狩りの時はどうするかが、決まらない。
元々スライムは薄暗いところや狭いところで待ち伏せし、そこに踏み込んだ獲物を取り込む生物なので、当然、自分から攻撃仕掛けるのは苦手なはずだ。
そんな事を考えていたのが伝わったのか、さっきから申し訳なさそうに縮こまっている。
「気にしなくても大丈夫だぞ?これから成長したらすぐ役に立てるって。」
実際、風属性の魔力を多めに食べさせたせいか、少し早くなっている気がするし、あの巨大スライムの速度とは比べ物にならないくらいだ。
そういえば巨大スライムは体の一部を触手の様に伸ばしていたけどこいつも出来るんじゃないか?
「ちょっとあの木まで思いっきり触手を伸ばしてみてくれない?」
――シュッ!バキッ!
「へっ?」
5メートル位先の木に向かってどれくらい触手が伸びるのか聞いたつもりだったのが、思いっきり勢いをつけて伸ばせと勘違いしたのか、的にされた木に触手がめり込んでいた。
しかも勢いをつけるため、魔力を吸っていた岩玉を水属性の魔力を使って押し出したのか、勢いも威力もなかなかだった。
まるで、俺が指弾をしたような攻撃で、しかも触手が繋がっていれば、自在に操れるようで、いつの間にか玉もきっちり回収している。
「もしかして、不味い事教えてしまったかも?」
ただでさえ衝撃に強く、体が自由自在で、どこにでも入り込める柔軟な体、それなのに、そこそこの速度で移動でき、強烈な攻撃を放つスライムって、結構戦いづらいんじゃないか?
これで経験値がたっぷりだったら、どこかのはぐれ物みたいに冒険者に人気になりそうだがな。
でも、自陣の攻撃力が上がるのは良い事だよな?
気に入ったのか、あちこちの木を的にして削りまくっている姿に一抹の不安を覚えつつ、まだ見ぬ狩りの相手の冥福を祈った。
鑑定ってどういう仕様なんでしょう?
現地の言葉が分からなくても使っているものがあるから地球の言語?
ゴブリンが子鬼と表記されていないということは英語でも表記されている?
なんて考えていると便利どころか使いづらい物に思えてきた・・・・orz