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割れた卵  作者: 徳光 小唄
5/7

02 オアシス

「よくやったちみっこ!」


さきに見えるオアシスを眺めながら抱えているちみっこをなで繰り回す。


「---------」


なでられるのがそれほどうれしいのかもを細めながらも首を振り、気持よさそうに声を上げている。


ふとばしばしと太ももに感じる衝撃に目をやってみればちみっこの尻尾が僕の太ももを打っていた。


「よし、とりあえずの目標はあそこまでいくことだ!」


と、いって歩を進める。

途中でちみっこも腕から降りて自分で歩き始めてくれた。


竜なんだからてっきり漫画みたいに二足歩行かと思ったらまるで犬のように四足歩行だ。

僕が歩いてできた足跡で遊んでいたかと思えばさきにすすんで僕が来るのをまったり、そして時には僕の足に絡みついて歩くのが邪魔だからと抱えてみればなでてと首を伸ばしたり顔を舐めてきたりする。


なんだかんだで20分ほど歩いただろうか。

すぐ近くに見えたはずのオアシスにはいまだたどり着かず、僕はといえば少々肉体的にきつくなり始めていた。


ほんの20分、もしかしたらそれ以下かもしれないがそれでもその間に流れた汗の量は尋常じゃなく、そしてすぐにつくと思ったオアシスまでの距離はさっきからまるで変化がない。



「あー、やばい、きつい・・・」


まだ言葉が出せるだけましかもしれない。

さっきまで流れっぱなしだった汗が急に止まり、熱さが嘘のように消え今はむしろ逆に寒さすら感じ始めている。


さすがに無学でもこの状態がやばいということはわかる。

何しろ、視界がおかしな風に歪みはじめ、そして気を抜けば視界が真っ暗になってしまいそうだ。


「----------」


さきにいるちみっこが心配そうにこっちを見つめてくる。

先ほどから何度も倒れそうになるが、何となくだけどあのちみっこを見ていると力が湧いてくるような気がしてまだ少しだけ頑張れていた。


でも、もうそれもここまでだ。


「あー、砂があったかい…」


もう体の震えすらも止まってしまった。

寒さを強く感じる体に、熱せられた砂と太陽の光が心地よく感じられる。


そのまま太陽を見上げていると、突然影が生まれる。

なんてことはない、ちみっこが僕の体に乗って僕の課をも眺めているのだ。


(そういえばこいつって肉、食べるのかな…)


先ほどまでの森と違ってこの砂漠にはさっきから虫とかサソリっぽい生き物がいたからいまだ元気なこのちみっこなら無事生きていけるかもしれないが、もしかしたらこのちみっこの食べ物第一号になるのは僕になるかもしれないなと思うと笑えて来る。


「---------------」


ぺろぺろと僕の顔を舐めてくるそのちみっこを見ていると、なぜだかそれはないな、と思えてきた。

ざらざらとしたその下の感触はこの寒さの中でもひんやりとした心地よさを感じさせられた。



「…い、そこの坊主、そんなの床で寝てると干からびるぞ」


そんな絶体絶命の、けれど心地よさにくるまれていた僕のところに彼は現れたんだ。


「別に死にたいのなら構わんが、おい、聞いているのか」


僕の体すべてを覆い隠すほどに大きな体を持つ彼は、のどを震わせて野太い声で聴いてくる。


「坊主じゃない…あ、あと死にたく、ない…です」


「そうか、ならすこしまて」


彼によって遮られていた日の光がまた僕に降りかかってきた。

ちみっこもその首を『銜えられて』隣にどかされ、そして僕の体は大きな、大きなかぎ爪で抱えられた。


「少し揺れるが我慢しろ」


「あ、あの…」


「どうした」


長いその首をこちらに向けて顔を覗き込んできたその≪竜≫に僕は頼み込んだ。


「できればそのちみっこも一緒に連れてってくれませんか?」


「…了解した。しばし眠っているがいい」


その言葉を聞いた僕は、先ほどから狭くなって、暗くなっていた視界を、瞼を完全に閉じることによって閉ざし、眠りにつくことになった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「気が付いたらそこは僕の部屋の中でも、霧の立ち込めた森の中でも、日差し強い砂漠の中でもなかった。でも、そうか、僕は夢を見ていたんだ」


「なにをいっているんだ、人間」


目の前に大きく首を伸ばし僕の顔を眺めるその竜の姿に思わずこれが夢なのではないかと思ってしまう。


先ほどまでのあり得そうな景色に比べ、ちみっこはまだなぜか認めることができたがこの≪竜≫に関してはなぜか思考がストップしてしまった。


命の危険性を感じたせいかもしれない。

もしかして僕はこのままぱっくんと彼(声が妙齢の男性の声がしたから)のおやつになるのだろうか。


「安心しろ人間、私は人間なんぞくわん」


「あれ、僕口に出してました?」


「口には出てなくても顔に出ていたわ」


ふむ、そんなに僕の顔はおしゃべりだったのだろうか。

まあいいや、とりあえずおやつにはならないとのことなので気を楽にする。


「…確かに食べたりはしないがいささか警戒を解くのが早すぎるのではないか、人間」


「いや、警戒も何もしたところでかないっこなさそうですし、人間あきらめが肝心ですよ」


もうさっきからというか森からの不思議現象で頭がマヒしているのも原因かもしれないが。


「ふむ、頭の切り替え、というやつか?」


「んー、微妙に違うような気がします。頭の切り替えはどちらかというと頭の良しあしに関係し手相ですし」


「ふむ、人の言葉とは難解だな」


「へー、ということはやっぱり竜には竜の言葉が、っておとと・・・ ありがとうございます」


体を起こそうとしてふらふらしていたら彼に首で体を支えられた。

彼は気にするなとばかりに大きく(僕にとっては)鼻を鳴らした。


「ここは私の住処の一つだ。人間は大量の汗をかくと死ぬと聞いた。そこに湧水があるからとりあえず飲むがいい」


立ちくらんだ僕を慮っての言葉だったのだろう。

ぶっきらぼうながらその親しみあふれる言葉に思わずクスリと息をこぼしてしまった。


「どうした、何がおかしい」


「いえ、な、なんでもありませんよ」


ぎろりとこちらを向くその大きな目も、倒れていた僕を助けてくれた人?のものだと思うとまったく怖くなくなっていた。


「それじゃ、いただきます」


岩から染み出ていた水を手ですくい口に運ぶ。

からからに乾いたのどに、それこそ砂漠に水がしみこむように次から次へと飲んだ。


「いい飲みっぷりだ。その調子ならすぐに良くなるだろう」


「はい、ありがとうございます」


ふん、とまたもや鼻息立ててそっぽを向く彼はどこかかわいらしく思えたのは内緒だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「-----?」


あぁ、ちみっこのことをすっかり忘れてしまっていた。

洞窟の奥から現れたちみっこの口は何かの血で赤く染まっていた。


「おはよう、ちみっこ」


「-----」


相変わらずの形容しがたい鳴き声でなくこのちみっこを見ているとなぜだか心の奥で小さく揺れていた何かが安定して心が安心する。


「ほら、こっちおいで。口拭いてあげるから」


昔子猫にミルクをやった時みたいにちみっこをひざに乗せてその汚れた口元を袖でぬぐってあげる。


「-------------」


「あぁ、もう暴れないの!」


何がおかしいのか気持ちいのか目を細めて嬉しそうに首をぐらぐらさせるから拭きにくいったらありゃしない。


「珍しいものだな」


「へ?」


そんな時にまた彼が横から声をかけてきた。


「本来子竜といえば親にとっては財宝にも勝るものだ。それをお前のような人間が持ち、そいつもお前になついている」


「親にとっての財宝…」


「そうだ。本来子竜が親元を離れるなどあり得ない話なのだ」


「…ふーん」


彼の話を聞いていると、子竜と大人の竜が仲良くくるまっている景色が瞼の裏に浮かんだ。

それは、とてもあたたかくて、うらやましくて、ねたましくて…

思えば、僕、いや、彼女だって、



「どうした、人間」


「----------?」


「っ、な、なにかな?」


暗い思いに引き込まれそうになっていたけれど彼の言葉で現実に意識が向かう。

いけない、あれはもう思い出したらだめだ。


「いや、いきなり影を作ったからな」


「-----」


相変わらず子竜の言っていることはわからないけど私のことを心配してくれていることがわかる。


「大丈夫、なんでもないよ」


そういってまた頭をなでてやると嬉しそうに目を細める。

あぁ。その顔を見ているだけで心が和むのはなんでだろうか。





「それよりもだ人間」


「ん?」


口元も吹いてきれいになったちみっこと一緒にじゃれあっていると彼がちみっこを眺めながら話しかけてきた。


「お前を助けたのは私の気まぐれだ。だがこれからお前はどうする」


「どうするって…?」


「いつまでもここにいるわけにはいくまい。つまりは出ていくのならばさっさと出て行けということだ」


それもそうか。

何も考えていなかったけど、ずっとここにいられるわけじゃないんだ。


「ここにいる、ていう選択肢はないんですか?」


物は試しとばかりに訊いてみるが彼の反応はよろしくなかった。

細く目を細め、口を紡ぐ彼はしばらくすると再び口を開いた。


「子竜のことならまだしも、なぜ私がそこまで人間に手を貸さねばならん」


「そうですか…」


わかっていたけど、やはり残念なことは残念だ。

だって、ここは竜の洞窟なのだ。

つまり、竜のいるところ。


どう考えたって地球に竜がいるなんてあるわけがない。

個の外の世界がどうなっているかわからないけど、もしかしたらここよりももっと危険な場所かもしれないのだ。


と、いうかそもそもここから出て一人で人のいるところに行きつく自身も、知らない場所で過ごせる覚悟もないのだから不安になるのも仕方がないだろう。


「まぁ拾った責任ぐらいはとろう。いえば近くの町に送ってもやる。それとこれもやろう」


そういって彼が差し出したのは小さな犬笛の様なものだった。

白く透明感のあるそれは洞窟というくらい空間の中でもとても美しく見えた。


「それを吹けば、二度だけ助けてやる。どうしてもというときには吹くといい」


「あ、ありがとうございます」


「それと、腹も減っているだろうからこれを食え。あと、すぐにとはいっても二日三日程度なら構わん、体をきちんと休めていくといい」


再び差し出されたのは人の食べやすいように加工された、とはとてもいいがたいが彼の努力が垣間見えるようなざっくばらんに切られた焼けた肉の塊だった。


「っぷ、あ、あははははは…」


「何をそんなに笑っている!」


こちらをぎろりとにらむ彼の目はもう怖いどころかむしろいとおしさすら感じてしまいそうだ。


(よくわからなかったけどこういうのをツンデレっていうんだろうな…)


彼にツンデレという言葉の意味が通じるかどうかわからないがこれは黙っていたほうがいいだろうと思って心の中にとどめておく。


「なんでもないよ、ねー、ちみっこ」


「--------?」


「まったく、人のなすことはよくわからん…」











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