02-少年少女たちの物語
「なかなかうまい絵だろ?」
見つけた絵本から顔を上げると女神像があったはずのそこにはいつの間にか女の人がたっていた。
「それはこの世界のある、貴族の女の子が書いた物語の絵を借りてきたものなんだ」
どこかいたずらっぽく笑う顔に不思議と引き込まれる。
「曰く、伝説の銀の動物を従えし英雄たちはその力の限り悪と戦い、世界に平和をもたらした」
声は透き通り、流れるような長い黒髪に目がつられる。
「始まりは銀の牝鶏だった。覆った夜が開けない世界にその英雄は牝鶏とともに新たな夜明けを与えた」
「次は銀の蛙だった。乾燥した、荒れ果てた世界にその英雄は蛙とともに恵みの雨を与えた」
「次は銀の魚だ。飢えた世界にその英雄は身を挺して糧となるものを与えた」
「そうして世界は朝を迎え、雨を、食を、火を、石を、木々を、職を、安心を、愛を、繁栄を、命を、喜びを、悲しみを、光を、風を、夢を、手にれていった」
「これがその世界の成り立ちの物語。誰もが知っている、聖書でも語らえる伝説」
途中まで朗らかに笑っていたその女性は途端に悲しみに暮れた表情を浮かべた。
つい、その瞳に引き込まれそうになる。
その涙を拭いてあげたくなる。
その顔にもう一度大輪の様な笑顔を咲かせたくなる。
「しかし、始まりの英雄は二度と開けることのない闇にとらわれた。蛙の英雄はその体が干からびてしまった。魚の英雄はその全身から血を流しいえることのない痛みで今も苦しんでいる。
ほかの英雄たちもみな、いまもいまも闇にとらわれ苦しんでいる。
どうか、あらたな銀の英雄よ。私は願います。
私の理不尽な願いのせいで苦しんでいる彼らに、どうか、どうか安らかな終わりを与えてください」
そっと、彼女の手が僕のびる。
その手は冷たく、今にも凍ってしまうのではないかと思うほどだ。
涙が流れるその瞳に引き込まれるようにして、僕の記憶はそこでいったん終わりを迎えた。
頭の中を彼女の声が通り抜けていく。
何を望んでいるのか、何を願っているのか。
そして、何を憂い、どれほど申し訳なく思っているのか。
その声はすべて真実だった。誠実だった。堅実だった。
願いは清らかで、乙女の祈りのごとく。
悲しみは深く、ただ、彼らの幸を願っていたはずの彼女の心はすでにボロボロだった。
再び目が覚めたとき、僕がいたのはすでに人のいなくなった村の協会の中だった。
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自分が何をすべきか、彼女が何を望んでいるのか。
今ならよくわかる。
僕は世界を救うためではなく、世界を救った英雄たちを救うためにここに呼ばれたのだ。
明確な悪に立ち向かう冒険譚にあこがれたが、これは救済の物語だ。
過去の英霊たちを救い、彼女の願いをかなえる。
彼女の涙はまるで星の涙ではないかと思えるほど美しく、そして悲しみに満ちていた。
世界に己の願いをかなえてもらうために呼びはたまた任命した英雄たちに今一度安らかな眠りを。
その願いは必ずかなえられなければならない。
その思いは必ず届けなければならない。
彼女は言っていた。
いや、伝えてきた。
ーきっと彼らは私を恨んでいるでしょう。しかし、私は彼らに恨まれても仕方がないことをしてきた、と。
なればこそ、なればこそ、その英雄たちも救わなければならない。
誰かが言っていた。
これは、物語だ。
すべての人がハッピーエンドで終わらないといけない。
それは、英雄然りだ。
むしろ、彼らこそ一番幸福になるべきではないだろうか。
それが、こんな誰もむくわれないような物語で終わっていいはずがない。
「来たか、新しい英雄よ。」
協会から一歩、外に出るとそこには大きな姿を持った、銀のドラゴンがたっていた。
「あなたは…」
「そうだ、彼女から生まれし銀の僕、其の一体。象徴はトカゲだ」