7 この幼女、酒癖が悪い
「ちょっと、お姉さん!? 今度という今度は許せませんよ。危うく死にかけたんですからね!? あいつら俺達を食おうとしてたんですからね!?」
「そ、そうか。それは大変だったな」
「簡単じゃないって言ってたけど、あんなに難しいなら強く警告して下さいよ!」
「まぁ、落ち着けって。報酬の10万Gだ。ほらよ」
「10万、マジで!? ──じゃなくて! 話を逸らそうとしないで下さい。貰いますけど!」
泣き疲れて帰ってきた二人。怒りの矛先はまたしてもお姉さんへ。
「一応言っておくと私は止めたからな? 嬢ちゃんだって行く気じゃなかった。クエストに挑んだのは他ならぬお前自身だろ」
「...そう言われると...」
「まぁでも、初心者にこんなクエストを勧めた私にも責任はある。プロとして判断を見誤った。そこは謝っておく。すまなかった」
「あ、いえ。こちらこそ...」
お姉さんはしっかりと頭を下げた。
「しかし、そんだけ追い詰められてたのに、どうやって倒したってんだよ。初心者が初心者用の武器でアレを倒したって事なら、相当な快挙だぜ?」
「倒したのは俺じゃないです」
「...じゃあ、また嬢ちゃんが?」
「ナツでもありません」
「は? 他に誰がいるっつうんだよ」
「食虫植物を利用したんです。ほら、あいつを切ると断面からヌメヌメした液体が噴き出すじゃないですか。それにナツがまみれてしまって」
「だからあんなヌルヌルなのか」
「やべぇ食われるって時に魔獣がナツの全身を舐めた。そうしたらヤツは倒れた。残りの魔獣にもその液体をぶっかけたら揃って奴らは倒れていった」
「──つまりは、食虫植物の体液のおかげで魔獣を倒せたと、そう言いたいのか? 長いことこの仕事をやってるが...そんな話は聞いたことがねぇな」
何故だか周囲を気にするお姉さん。千世の肩を叩いてこそこそと話し出す。
「おい。これはもしかしたら大発見かもしんねぇぞ」
「は、はぁ」
「あの魔獣は山間部の人間を度々困らせてきている。そいつをかけるだけでぶっ倒せる代物があるってんなら、そりゃ大発見だ。大発見だし、大発明だ」
「そんな凄いことなんですか...」
千世の頭にとある計画が思い浮かぶ。殺虫剤みたいな感じで、殺魔獣剤として食虫植物の体液を詰めて売ったら...ぼろ儲け出来ないか、と。
「ふふ、ふふふふ...。なるほど、最高じゃないですか」
「はっ、下衆い笑顔だな。まぁお前さんの考えてる事は大体分かるよ。本当に金に目がないなてめぇは」
「今度こそ一攫千金狙ってやりますよ」
手元に10万と5000G持っていた事もあって、千世は上機嫌だった。死の危機に瀕していた事などとうに忘れてしまった。
だが、ナツはそうはいかなかった。
さっきからギルドの隅で体育座りをしている。
「大丈夫か? 今日はもう部屋行って休んだらどうだ」
「...私、しばらくクエストやりたくない。またあんな目に遭うかもって考えたら...頭が痛いわ」
「つっても、やんないとお金が──」
「10万もあるんでしょ。一週間くらいやんなくても大丈夫なはずよ」
相当なトラウマになってしまったようだ。この様子だと一週間で立ち直れるかどうか...。なんとか励ましてやれないだろうか。傷心の彼女に優しい言葉をかけても無駄だ。他人の言葉を受け入れる余裕は無い。
ならば──「あれ」の力を借りるしか無い、か。
「──ナツ、腹減っただろ。飯に行こうぜ」
「...分かった」
◆
ナツの着替えが終わり次第、二人は外へと出掛けた。お姉さんの忠告──夜10時前には帰ってきた方が身のためだ。ナツがその声に耳を貸す事は無かった。せっかく仲良くなり始めたと思ったのに。
お姉さんは悪くない。力不足にも挑んでしまった俺達が悪い。千世の結論はそれだ。
しかしナツは『私を陥れたに違いない』と言う。
そりゃ被害妄想だ、と思うがな。
とりあえず今はそんな一切合切は忘れて、一心不乱に飯を食らおう。
「オムライスとチャーハンとハンバーグと」
「ちょっと! 頼みすぎだって!」
「今日はがっつり食うって決めたんだ! 食いまくるぞ!」
「...はぁ。じゃあ私はビールを──」
「待て! ビール飲むのか!?」
「いいでしょ。今日はがっつり飲むって決めたの。生ビール、一つ!」
幼女がビールを頼む光景。誤解されかねない。なんて弁解すれば...。
「あ、あの彼女はこう見えても成人してるので...」
しかし従業員は慣れた顔で。
「へへっ、嬢ちゃん。未成年飲酒もバレないように程々にな」
と、肩を叩いて立ち去っていった。
──割と日常茶飯事なのか。驚いたな。相当荒れてるなぁ。
15分もしないうちにテーブルの上にオムライスとチャーハンとハンバーグが出揃った。
作りは雑だった。まぁ見た目悪くとも味が良ければそれで良い。
「「いただきまーす」」
味は最高だった。体に悪そうな濃い味付けだが、それが良い。
濃い味付けに酒が進み、ナツは何杯もビールを飲む。とんだ酒豪。
──そして最も恐れていた事態が。この幼女、酒癖が悪い。
「あぁー、もうやってらんなーい! 幼女幼女って皆子供扱いして! あんたもそう! 確かに私は12年しか生きてないけど、天使と人間の12歳じゃ訳が違うんだっての! 精神的にはあんたよりも年上なんだから! 敬えー!」
「あ、あぁ...うん」
「おっぱいを無断で揉もうだなんてもってのほかだ! 事前の申告・審査を通してからにしろ! 分かった!?」
「は、はい」
申告すればいけるのかよ...。
「しっかし今日は最悪だった。何より最悪なのは私がおっぱいをあんたに揉ませたことね。ファースト膝枕に次いでファーストタッチを...しかも自らの手であんたに奪わせるなんて。はぁ...。きっとあのお姉さんが、私が痴女になるよう陥れたのよ。だから許せない」
「な、なに? お姉さんのせいで死にかけたって事にキレてたんじゃないの」
「それは実力不足だからしょうがない」
「えぇ...。あの。お姉さんに、そんな意図は1ミリもないと思うんだけど」
「...そうかな」
「あの大雑把な人間がそこまで計画して出来るか? ていうか誰にもそんな深読み出来ねぇって」
「はっ...確かに考えてみたらそうかもしれない」
「いや、バカかよお前」
「あ、ヤバイ。私悪いことしちゃったかも...。謝ってくる!」
「おい、ちょっと待て!」
突然席を立ったナツ。
「あ...ここにお金置いときます! お釣りはいらないです! 失礼します!」
店を出る。結局ほとんど食えなかった。あんなに頼んだのに。
ナツはギルドに着くなりお姉さんのところへ駆け込む。
「もう帰ってきたのか? 随分と早かっ...嬢ちゃん、大丈夫か? 汗だくだぞ」
「お姉さん! ごめん! あなたに、私を痴女にしようって意図は無かったのね!」
「どうしたんだよ一体、って酒くさっ!...酔ってんのか」
「ほら、仲直りの握手よ! 仲直り!」
「別に嬢ちゃんと喧嘩した覚えはねぇけど──」
「いいから! なーかーなーおーり!!」
「わーったよ。ほら、はい!」
めんどくせーなーと思いつつお姉さんはナツと握手を交わした。
「おい、なんだよこいつ! どうして酒を飲んでんだ!?」
「すいませんお姉さん...。早いとこ部屋連れていきますから」
「っていうかおっぱいがなんなんだ!? 私が何をしたってんだ!」
「お姉さんは何も悪くありませんよ。全てナツの勘違いです」
「ますますわけわかんねぇよ!」
こうしてその日のうちに誤解は解け、ナツのお姉さんに対する一方的な、かなりズレた嫌悪感は無事消え去った。
※人間が未成年で飲酒する行為は日本の法律で禁止されています。