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5 人は皆、潜在的にロリコンなのだよ

「んっ...」


 千世は目を覚ました。あんな劣悪な環境で寝たにも関わらず、首も腰も一切痛く無い。

 不思議に思って体を起こす。


 すると、そこは噴水の前では無く、とある部屋の一室であった。ふかふかのベッドの上に千世はいた。すぐ隣にはナツが眠っている。

 ...どういうこと?


「う、うー...ねぇ、ちよー」


 寝言で名前を呼ぶナツ。相変わらず寝言の声がでかい。


「あのさー」


 千世は2回3回と寝返りをうち、やがて千世の体に顔をうずくめる。両手で千世の体をがっしりと掴む。


「もっと罵ってー。ちよー...」


 なんて誤解を与えそうな寝言なんだ。やめてくれよほんとに。


 きっと彼女が意識ある内にここまで密着出来る事はない。これは絶好の機会だ。ナツの顔を近くでじっくり見ようと、そっとナツを寝返らせる。

 ナツはよだれを垂らしていた。寝る前に見たのと同じ笑顔だった。


 ──ふと、千世は思った。これキスいけんじゃね?

 いや、さぁ。合意が無いとダメとは言ったが、キスなんて悪戯みたいなもんだろ。頬に少し触れるくらいだったら許されるさ。


 徐々に前傾姿勢になりナツの顔に近づく。

 鼓動が加速する。少しいい匂いがする。朝だし誰にも邪魔されない。気づくと触るつもり無かった胸にそっと手を伸ばしていた。

 今にも触れんとしていたその時──。


「おはよう!!」

「ひぃっ!?」


 突然ドアが開いた。誰かが部屋に入ってきやがった。

 慌てて誤魔化そうとするも、無理だった。千世がナツに何かしようとしてるのは明らかだった。


「てめぇ...なにやってんだ」


 そこにいたのはギルドのお姉さん。ってことはここはお姉さんの家?

 待て。この状況を理解するよりも、弁解するのが先だ。


「こ、これはだな! あ、寝ぼけてて抱き枕だと思ったんだ! うん!」

「言い訳が見苦しいぞロリコン」

「うっ」

「可愛い嬢ちゃんを側にしてもみくちゃにしてえってのは分からんでもねぇが、仲間に手ぇ出すのは止めといたほうがいいぜ。それでパーティーが決裂っての割とあるからな」

「そんなんじゃないですよ。俺はただ頬に目覚めのキスをしようと...」

「キスもダメだろ」


 すると、俺の膝に頭を乗せているナツが目を覚ました。


「...ここどこ?」


 まず、場所が変わっている事に気づく。そして。


「...なんで膝枕されてるの、私」


 俺の膝の上に寝ている事に気づく。

 寝ぼけ眼で数秒間考える。数秒間考えて、ナツは慌てて千世から距離を置いた。


「あ、あんた! やっぱり私に何か良からぬ悪戯を...!」

「違う。お前が寝返りをうって俺の所に来たんだ」

「嘘言え! ...あぁ! 私のファースト膝枕があんたに奪われるだなんて...」

「ファースト膝枕!? なんだその概念!」

「初めては好きな人にしてもらうって決めてたのに...」

「まだ良かったじゃねぇか。危うくファーストキスも奪われるところだったんだぞ──」

「お姉さん。余計な事言わないで下さい」

「...あんた寝てる私にキスを迫ったの?」

「...少し唇を肌に触れさせようとしただけだ」

「それをキスって言うんでしょうが! 最低! ホント最低!」


 ナツはそう言ってそっぽを向いてしまった。


「ふん、もう口効かない!」

「あーあ。大変な事になっちまったな」

「お姉さんが余計な事言うからですよ」

「お前がキスなんてしようとしたのが悪い」

「...ごもっともです」


 これで千世とナツは決裂...なんてことは無い。彼女は機嫌が治るのが早い。パンツを見られたって平気でやれてるんだ。大丈夫。

 と思ったが──キスは訳が違うようで。ずっとあっちを向いている。


「あれ...そういえば。なんで私達はここにいるのかしら」


 ナツは千世に背を向けたまま問う。


「私が連れてきてやったんだよ。感謝しな」


 どうやらここはギルドの一室らしい。お姉さんの家ではない。


「大体外で寝る馬鹿が何処にいるんだっつーの」

「...しょうがないじゃない。根がちっとも高く売れなかったんだから。泊まる宿なんてないわよ」

「だとしても。あんな堂々と寝てたら、まるで攫ってくれって言ってるようなもんだ。もっと隠れて寝ねぇと」

「...ここってそんなに治安悪いの?」

「あぁ、めちゃくちゃだ。昼間はそうでもねぇが...真夜中になると、な。人攫いやら喧嘩やらで目も当てられねぇ。私が助けて無かったら今頃その嬢ちゃんは死んでいただろうよ」


 ナツの顔は一瞬にして青ざめる。完全に目が覚めた。

 とともに、ナツは一度突き放したはずの千世の体へとダイブする。


「し、しししし...死んでたって、って!」

「なんだ? もう仲直りか?」


 お姉さんが囃し立てると。


「ち、違う! そんなんじゃないって...」


 全力で否定する。

 ナツは今怖くてしょうがないのだ。誰かに抱きついていないと、安心感を得れないのだ。要するに──。


「ふふ。やはり俺がいないとお前はダメみたいだな」

「調子になるな、タコ!」


 強気な発言、しかし涙目。うーん。最高の朝だ。


「じゃあ、何としてでもお金を稼いで宿を見つけないと...今日こそ死んじゃうんじゃ...!」

「──いや、その心配はねぇ。あんたら、しばらくここに泊まっていけ」

「「え?」」

「一部の冒険者に手を貸したり、肩入れしたりすんのはあんまり好きじゃねぇが...そんなちっちゃな子供を今後も外で寝させる訳にはいかないし。今回は特例だ」

「はぁっ...なんて優しい人なの...! 悪魔みたいな人間だなんて思っててごめんなさい」

「ははっ、結構な悪口言われてる気がすっけど、まぁ許すよ」


 こうして、思いがけない形で住処を手に入れることが出来た二人だった。


「だからって報酬が上がったりいい仕事を優先的に与えたりとかいうのはナシだからな」

「わかりました」

「逆に言えば報酬の一部を私が貰ったりもしない。安心しろ」


 素敵な笑顔を浮かべるお姉さん。八重歯が素敵だ。

 千世を叱った人とは別人のようである。


「そろそろ時間だ。これからよろしくな。千世ちゃん」


 お姉さんはそう言って千世の頭をポンポンする。一回、二回。優しい手つき。そして逃げるように部屋の外へと姿を消した。


「あれ〜? 千世ってロリコンなんじゃなかったっけ? どうして顔赤くなってるのかな?」

「し、知るか!」



 それから、若干期待していたけれど、やはり特別扱いは無く、普通にクエストを受注して、達成して、報酬をもらう。そんな日々を過ごしていた。

 まずは武器を買う為のお金を貯めようと励んでいたが...なかなかお金が貯まらない。報酬が安いというのもある。だがその最たる原因は──千世とナツの食欲が凄まじい所にある。


 二人は疲れを癒す為にクエスト帰りに街をぶらぶらしては、美味しい食べ物を見つけてつまみ歩いていた。その結果5日間で手元に残ったお金は──。


「...200G」


 このままでは一生稼げない。いや、食うのをやめればいいんだけども──。


「どうしよう...」

「...俺にいい考えがある。一攫千金を狙えるいい考え」

「期待はしないけど...なによ」


 すると、千世はナツの手を引き人通りの多い所へと連れていく。


「よし。ナツ! 俺を蹴っ飛ばせ!」


 四つん這いになり尻を向けながらナツに話しかける。つまりは尻を蹴れと言うことだ。


「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ、恥ずかしいじゃない!」

「いいから蹴るんだ! あの時みたいに!!」

「...分かったわよ。そこまで言うんだったら」


 気が引ける。どちらかと言うと蹴られたいのに。

 そんな気持ちを押し殺し、ナツは勢いよく蹴りをかます。


「とりゃあ!!」

「ぐぼっ!?」


 千世の想像以上に本気の蹴り。受け止めきれず地面に勢い良くぶっ倒れた。


「だ、大丈夫...?」

「大丈夫じゃ...ない。けど、ビジネス的には大丈夫だ」

「は、はぁ?」

「ほら、周りを見てみろ...」


 多くの人々は足を止めこちらを見ている。大体は好奇の視線だろう。しかし、千世はそれとは違う、幼女に蹴られた千世に自己を投影して妄想を膨らませている奴らの目を見逃さなかった。


 すかさず立ち上がって叫ぶ。


「──野郎ども! 今ならたったの500Gでこの幼女に蹴ってもらえるんだが...どうする?」


 ざわめく群集。財布を確認する群集。唾を飲み込んで千世の声に耳を傾ける。


「ついでに、追加で200G払えば罵ってもくれる。たった700Gで罵り、蹴ってもらえる! こんなチャンスは二度とない! どうだ!」


 小声でナツは尋ねる。


「...あんた、いい考えってこれのこと?」

「あぁ。実は数日前から最終手段として考えていた。本当は冒険者らしく報酬だけで稼ぎたかったが...」

「無理よ。こんなので人が来るわけ──」

「...果たしてそうかな?」


 衝撃的な光景。後に続くように次々と男達が挙手をする。中には女もいた。お爺さんもいる。子どももいる。老若男女関わらず、気づくと群集のほとんどが手を挙げていた。


「う、うそだ...」

「ふふ...人は皆、潜在的にロリコンなのだよ。よく覚えておけ」


 それからナツはひたすらに人を蹴りまくった。

 ほとんどの人が追加で200Gを払い罵倒される事を望んだ。


「馬鹿ッッ!!」「アホッッ!!」「いい加減働けーーッッ!!」「死んじまえボケーッッ!!」


 ニーズに応えて罵倒は激しさを増す。どれだけ過激になっても蹴られる人の発する鳴き声はみんな同じ。


「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」


 宗教的な雰囲気も感じられる、狂気に満ちた光景だった。


「うぅぅぅ...。私は罵られたいのに! 罵られたい!」


 なんて泣きながら、ナツは日が暮れるまで人を蹴り続けた──。


 ここまでして一体どこまで稼げたのか。ギルドに帰り、千世は手元のお金を数える。


「いち、に、さん...35000G!? 食虫植物700体分じゃねぇか。いい商売だなオイ! これ毎日やったら結構稼げるぞ」

「やだー! 疲れるし...いろいろ満たされないし」

「でもかなりいい罵りぶりだったぞ。そっちの才能あるんじゃないか」

「私は罵られたいの! 人を悪く言うのはいや!」

「...タコ」

「はい?」

「俺の事タコって言ったのに?」

「それは...ごめん。...根に持つタイプねあんた。ともかく、私はこんな悪徳ビジネス続ける気は無いわ」

「そうか。残念だな。じゃあ後で個人的に俺の事蹴ってくれない?」

「それも嫌」


 お姉さんが覗きにくる。


「おい、どうやってそんなに稼いだんだよ!?」

「ふふ...いろいろありまして」

「いろいろって、なんだよ」

「人のことを罵ってお金を貰う、ちょっとしたビジネスです」

「──相当闇の事業じゃねーかそれ!」

「お姉さんもやってみますか?」

「い、いいよ。なんかこえーから!」

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