3 あなたの罵倒、しかと受け止めたわ
二人はギルドへと向かう。案内はナツに頼んだ。
その間にも千世はスキルを使おうと必死になって周りをじろじろと見ていた。
「まずはギルドに行って、報酬を貰って」
「......」
「生活できるだけのお金を」
「......」
「稼がないと...」
「......」
「ちょっと聞いてんの!?」
「...ん、な、なに?」
「あんたさっきからなにしてんの? ...まさかスキルを使おうとしてるんじゃないよねぇ?」
「ぎくっ」
「図星か」
「だって、折角貰ったんだから使わないと宝の持ち腐れだろ」
「うん──そんな千世に残念なお知らせ。今のあなたはスキルを使えません。だから、どれだけ頑張っても無駄よ」
「はぁ!? どういうことだよ! スキルくれるって言ったじゃん、嘘つき!」
「いや、千世はスキルを使える状態にはあるんだよ。ただ特殊な手順を踏まないと使えないようにしたの。千世は手順を知らない。だから今の千世にはスキルは使えない。そういうこと」
「面倒臭いことをしてくれたな...」
「だって、あんたがスキル使い放題になっちゃったら人のこと指差して性癖叫んだりするでしょ」
「どんだけデリカシーの無いヤツだと思ってんだよ。いいから早く手順を教えろ」
「嫌よ。自分で探すことね」
「くっ...」
しばらくしてナツがとある建物を指さした。千世は歩みを止める。どうやらあれがギルドらしい。しばらく街中を歩いて来たが、見てきた建物で一番しっかりとしている。
中に入ると、冒険者と思しき人で溢れかえっていた。
「ここで仕事を受注して、生活に必要なお金を稼げって事だな?」
「話聞いてたんだ...」
「もちろんだ。俺はナツの発言、一語一句を聞き逃さない」
「そ、そう...。それはありがたいわね」
「だけど、装備も何も無いけど大丈夫なのか?」
「詳しくは分かんないけど、初心者向けのやつがあるはずだから多分大丈夫...かな」
とりあえず受付に聞きに行ってみよう。
受付にいるお姉さんは目つきが悪く、なかなか近寄りにくい。しかし千世は特に気にせず、ラフに話しかける。
「すいません。何か簡単な仕事ないっすか」
「あぁ?」
「だから簡単なお仕事──」
「てめぇ。仕事を舐めんじゃねぇぞ...」
「へ?」
するとお姉さんは突然千世の胸ぐらを掴む。カウンターに体半分を乗り上げ、掴んだ胸ぐらを引っ張って千世を引き寄せる。超至近距離。しかしドキッとはしない。目つきが強烈で、千世はとにかく怖かった。
「この世に簡単な仕事なんてねぇんだよ!! 楽して出来る仕事なんかねぇ! 苦労の対価が報酬だ! ろくに努力もせずに金が貰えるなんて甘えんな!!」
「いや、あの、言い方が悪かったです。俺みたいな装備無いヤツでも出来るくらいのレベルの仕事はありませんかねーって意味で聞いたんですけど...」
「...なんだ。そーゆーこと」
お姉さんは胸ぐらを放す。乱暴に、ではなく案外優しく放してくれた。
「だったら、これだな。ほらよ」
お姉さんが出したリストにはいくつかのクエストが書かれていた。
害虫駆除、水回りの掃除、花壇の整備──。想像していたクエストと違う。
「魔物倒すぜ、みたいなのは無いんですか」
「兄ちゃんみてぇな冒険者登録も済ませてない野郎には出来っこねぇから。やめときな」
「そうですか」
「...いや待てよ。ちょうど良いのがあるかもしんねぇ。ちっと待ってな」
最初は物凄く恐かったが、なんだか普通に良い姉さんだ。あんなに怒ったのも仕事熱心が故。目つきも口も悪いが至って真面目な人だ。人は見た目によらない。
「...か、帰ろうよ千世。別のギルドに行こう」
千世の服の袖を掴む。ナツは涙目だった。さっき泣いたばっかりなのに。相当な怖がりだ。
「怖いのか、あのお姉さんが」
「うん。怖い」
「普通に良い人だと思うけどね」
「でも...あの人、私みたいな生意気な女の子すぐに殴りそうだもの」
「自分で言うか」
お姉さんが戻ってくるとナツはまた柱の影に隠れてしまった。
「これだ!」
「──食虫植物の、駆除?」
「今山奥で凶暴化してる食虫植物が増えているらしくってな。厳密に言うと魔物じゃねぇんだけど、まぁもはや魔物みてぇなもんだ。これならお前でも倒せるだろうよ」
「ほうほう」
「それと、ここだけの話。この植物の根っこがな、薬とかに使われてて、そこそこ高値で取引されているらしいんだよ。報酬は大したことねぇが、運が良ければ報酬以上の金を手に入れられるかもしんねぇ。どうだ。やってみるか、この仕事」
「──やります」
断る理由は無い。魔物討伐っぽいのも出来て、へたしたら一攫千金も有り得る。最高じゃないか。
──ノルマは1体。50Gの報酬が貰える。
確かに報酬は不十分。しかし植物の根は、1000Gで売れる場合もあるらしい。1000Gもあれば安い宿には泊まれるだろう。暮らしの為になんとしてでも手に入れなければ。
「...もう終わった?」
「あぁ。良い仕事をもぎ取ってこれたぜ」
「聞いてた。食虫植物でしょ。あんなの私にかかればちょちょいのちょいよ」
「...はっ、そうか! ナツの力を使えば根っこを大量にゲット出来る。1000Gなんて言わず、10000G、100000G...稼げるかもしれない」
「ふふふ...異世界一日目にして貴族に成り上がれちゃうかもねぇ」
「ふっ...それは楽しみだ」
「「ふふ、ふふふふ...」」
しばらく不気味な二人の笑い声がギルド中に響いた。
またしても人々の視線が彼らに向けられていたが、二人は気づいていない。
◆
「さぁ、かかってきなさい! 植物ども!!」
ナツが叫ぶも無念。食虫植物は一向に姿を表さない。
街から離れた山に入って二時間ちょい。全く見つかんない。
「確かにこの辺だって聞いたんだけどな」
「本当に合ってんのその地図。ちょっと見せなさいよ」
「はい」
「──なっ、なにこれ」
千世が受付お姉さんから貰ったという地図。ノートの端っこをちぎった紙に、クレヨンで書かれたクネクネの一本道。目的地を示したのだろう●に向けて『←このへん』の文字。
「こんなので辿り着く訳ないじゃん...」
「...ですよねー」
「もう日も傾いてきた...時間が無いわ」
「天使の力でどうにかならないのか」
「──この森全てを焼き払うとか?」
「事件になっちゃうよ! っていうかそんな事出来んの!?」
しばらく歩くと目の前に、赤が目立つ綺麗な一本の花と遭遇する。
ナツの疲れきった顔に笑顔が浮かんだ。
「わぁ...なんて綺麗な花なの。ねぇ。ちょっと摘んできて良い?」
「勝手にしろ。俺はここで待ってるから」
「なんで偉そうなのよ。まぁいいわ、いってきまーす」
ナツは花の方へと駆けていく。そう遠くは無い距離で千世は後ろ姿を見守っていた。天使の子供のような無邪気な笑顔に心が溶けていくようだ。
しかし、あまりにも綺麗過ぎる花だ。違和感を感じる。よく見たらあの花の周りには植物が生えていない。
──もしかしたらあれが食虫植物なんじゃないか...。まさかな。
「不思議な形ね。なんだか花じゃないみたい」
その瞬間──花の中央が大きく、何倍にも膨れ上がる。牙の生えた口があらわになる。ガバッと口を開きナツの手を食べようとする。
「──危ない!! 避けろナツ!!」
「ふぇ?」
バンッ!!!
とてつもない轟音が響く。千世は思わず目を閉じる。ナツはすんでのところで手を喰われずに済んだ。
「ひっ、ひぃ! なに!?」
「早く離れろ!」
「ははっ──なるほど。こいつが食虫植物ね。思ってたより弱そうじゃない」
「おい、大丈夫か」
「何言ってんの、私は天使よ。一発で仕留めてやる。天使の力を見せてやるわ」
泣き虫かと思いきや今度は自信満々で頼りになる幼女。彼女は両手で三角形を作り、照準を合わせるように食虫植物を捉える。
「くらえ! クレイモア・スタンプ!!」
ナツの横顔は超凛々しく、彼女が本当に一級天使なんだという実感を与えてくれる。かっこいい。
──だが、盛大に何も起こらない。
「あれ、あれ?」
何度叫んでも、『クレイモア・スタンプ』なる技は発動されない。
次第に涙目になり、千世の方を向いて震えた声で語る。
「...ななな、なんか、天使の力使えなくなっちゃってるみたい」
「えぇぇぇぇーーーっ!?」
後ろを向いてる隙をついて食虫植物がナツを食べようと攻撃する。
「きゃあ!!」
植物は地面を抉る。ブルドーザーで掘ったくらい抉られていた。あの強靭な牙で食われたら──一溜りもない。安易に想像できる。
「う、うわぁああん! 千世どうにかして!!」
ついに泣いたナツは千世の背中に隠れてしまった。
「さっきまでの威勢はどこにいっちまったんだよ...。ていうか天使に無理なら俺にも無理だろ!」
「人間には知恵があるでしょ!? なんとか知恵を振り絞りなさいよ!」
「んなこと言われたって...」
千世の頭には逃げる事しか無かった。しかし逃げる事も不可能に近い。こいつをどうにかして殺す方法...。
不意に千世の頭に数時間前の光景がフラッシュバックする。
千世がナツのツインテを愛でていた時、ナツは千世を思いっきり蹴っ飛ばした。痩せ型とは言え自分より一回りも大きい男を片足で蹴り飛ばすなど──並の脚力ではない。
──これに賭けよう。
「ナツ。あの化け物を一発蹴っ飛ばして来い」
「えぇ!? もうアイツに近づきたくないよ!」
「お前の脚力は凄い。それは俺が身をもって体験した。間違いない。お前なら片足でアイツをぶっ殺せる」
「...むっ、無理よ」
「自信持てよ。いけるって」
「──じゃあ、罵ってよ」
「...は?」
「私に自信を持たせたいなら、罵って」
うつむき加減で恥ずかしそうに言う。
励ましてきたところで罵れとは一体どういうことなのか。
「じ、実は...。まだ誰にも言ったことないんだけど──私はドMなの!!」
「...なるほど」
「自分でもおかしいと思うんだけど...人に罵られるのが気持ちいいっていうか...快感なの。ハイになれるのよ...」
「さらっととんでもない事言うな」
「う、うるさい! だから、早く私を罵って。 私の悪口をたくさんぶつけて。そしたら、上手く行きそうな気がするから...」
千世は悩んだ。ナツの悪い所なんて無い。悪口なんて言えない。でもそれが窮地を抜け出す唯一の方法。無理矢理にでも罵られなければ...。
いざ、覚悟し、口を開く。
「──この、この幼女野郎! どう生きてきたらそんな貧しい胸に育てるんだ? どうしてそんなに低身長なんだ! 天使とか言う割に全然強くないし。使えない! ほんっとうに使えない! もっと人の役に...立て...よ! 天使ならぁ゛...!! このアホ!!」
「んんっ、はぁ...はぁ...。いい...」
悪口を言った方は泣いていた。悪口を言われた方は目にハートマークを浮かべ、片手で口を押さえ、堪らないご様子だった。なんともおかしな光景である。
「あなたの罵倒っ...しかと受け止めたわ」
ナツは今までにない機敏な動きで、臆することなく植物の元へと全力疾走。さっきまでの彼女はもういない。罵られて、彼女は強くなった。
木に飛び込みその木を壁キックみたいに蹴り飛ばし、植物に飛びかかる。空中で脚を伸ばし旋回。そのまま脚をぶつける。
「うおおおりゃあああああああっっっ!!!!」
強烈な回し蹴りが決まった。ナツの足は植物を直撃する。大きく歪んだ植物は2秒のラグを置き──激しく根っこごとぶっ飛んでいった。
「す、すげぇ...」
今度こそかっこいい...。
「ど...どう...? 出来た...?」
「あぁ。流石は一級天使だ!」
「あの、もっと罵ってくれてもいいんだけど...」
「いや。俺としてはこれ以上君がめちゃくちゃになるのを見たくはないから嫌だ」
「...そう」
千世は倒れた植物の元へ駆け寄った。例のアイテムを確認する。
──あった。少し状態は良くないが、千切れる事なく根っこは残っていた。
これでしばらくのお金は確保出来た。良かった。
「──ねぇ、千世。お願いだから私がドMだってことは誰にも言わないでよ」
「あー言わない言わない」
「本当にお願い...。あんたにしか言ってないんだから。二人だけの秘密よ」
「分かったよ、変態奴隷天使」
「ちょっ...不意の罵倒は卑怯でしょ...!」