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1 見ただけで人の性癖が分かるスキルを、俺にください

 神盗千世(かみとうちよ)は暗闇の中で目を覚ます。

 辺りを見渡しても何にもない。完全なる無。空も無い。地面も無い。

 体は宙に浮いているのかもしれないし、浮いていないのかもしれない。不思議な感覚が体を包んでいた。


「...ここはどこだ?」


 やがて彼は考えた。俺はここに来る前何をしていたのかと。そして気づく。


「──俺は死んだのか」


 そうだ。俺は真夜中に足を踏み外して階段から転げ落ちたのだった。死んだのだった。それが分かると納得がいく。


 ここは死後の世界だ。死んだらここに飛ばされるのだ。


「多分...地獄だろうな」


 彼には思い当たる節があった。

 彼はここ一年間、ろくに働きもせず部屋に引きこもっている。オンラインゲームに興じたり掲示板に書き込んだり...その生き様からして、地獄へ落ちるのは妥当だろうと、踏んでいる。


「...天国がこんな暗いわけないもんな」


 もしかしたら、もう地獄は始まってるのかもしれない。暗闇の中で永遠と漂い続ける地獄──既にその中に組み込まれているのかも知れない。


 しかし、彼の予想は想像を超える形で裏切られる。


『よいしょ』


 遠くの方から声がする。俺以外にも誰かいるのか、この暗闇に。

 声と共に足音が近づいてくる。おかしい。足をつくような地面はここには無いのに。


『ほいっ』


 再び、少女の声。幼い声だ。先ほどよりだいぶ近くに聞こえる。千世はその幼女の声を聞き逃すまいと、必死で聞き耳を立てる。

 どこにいるんだ。どうか姿を表してくれ。


『はいっ!』


 幼女の声と共に突然落とされるスポットライト。少しの間目が眩んだ。しかし、彼はしっかりと認識した。スポットライトの下に立つ、一人の幼女の姿を。


 そして彼は感極まった──その幼女がツインテールであったからだ。


「はじめまして! 君が神盗千世って事でいいん...だよね?」

「あ、あぁ」


 適当に返答する。千世はある一点をじっと見つめ、話など聞いていない。完全に釘付けだ。


「私はコロナツインテ。簡単に言うとあなたを連れに来た天使よ。よろしくね」


 幼女がせっかく自己紹介をしてくれているのに、やはり千世は話を聞いていない。


「コロナツインテ。名前まで完璧じゃないか...!!」


 小さく呟きながら息を荒らげる。


 ここで、千世はある事に気づく。いつの間にやら、足が地面についている。気づかない内に地面が出現していた。体にまとわりつく感覚も消えていた。

 これで自由に移動出来る。スポットライトのおかげで自分の姿も確認出来る。


 ──彼が暴れ回る為の環境は整っていた。


 重度のロリコンである彼が完璧みたいな幼女を目の前にして自制出来る訳もなく、一目散に走り出した。


「まず聞きたいんだけど、あなた自分が死んだって事は分かってるの──って、うわぁっ!? な、なに!?」

「控えめだが主張の強い、数学的に見ても美しい曲線を描いており、結び目は高すぎず低すぎず丁度いい。最近ツーサイドアップやビックテールなどのツインテもどきの髪型が横行している中で、左右対称・結び目が耳の上・毛先が胸よりも下という三原則をきっちりと守った完璧なツインテールだ...! しかも金髪!」


 千世は左右のツインテールに触れながら物凄い剣幕で語る。


「何より大事なのは君が幼女だと言う点だ! 君が成熟した女性であったらこの髪型には一切の価値は無かったと言っていいだろう。いやぁ、やっぱりツインテールは幼女に限るなぁ...」

「あぁもう! 触るなーっ!!」


 幼女は千世を思いっ切り蹴っ飛ばした。かなりの脚力だ。かなりの暴力だ。

 しかし、彼にとっては御褒美でしかない。清々しいまでの笑顔だ。


「ははっ、ははははっ...。生きてるって...こういう事なんだ。初めて分かったよ、俺...」

「いや死んでるでしょーが!」


 幼女は呆れた目で千世を見下す。気持ち悪いというか、哀れで可哀想という同情の視線だった。


「いい? ちゃんと話を聞いて。次私に何かしようとしたら体の自由を奪うからね! 分かった?」


 千世はそんな幼女を見下ろす。この光景が見れるだけでも贅沢なんだと理解した。もっと髪を触っていたいが、今は控えておこう。


「ちっ、しょうがないなぁ。はいはい」

「まったく、こんな元気なのは初めてだよ...」


 ため息をつくと、幼女は白いワンピースのポケットから手帳を取り出す。いや、メモ帳かもしれない。ペラペラとページをめくる。

 そんな天使を見ていると千世はいよいよ死について気になってきた。ようやく現実味が出てきた。自然ととある疑問が生まれる。


「おい、幼女ちゃん」

「天使です」

「俺って...この後どうなるんだ」


 天国に行くのか、地獄に行くのか。それ以外のどこかか、別の選択肢があるのか。願わくばずっとこの暗闇の中でコロナツインテちゃんと話していたいのだが...。


「そう! その事なんだけど...」


 幼女はあからさまに困る。人差し指で唇をそっと触る。あざとい。少し動く度に揺れるツインテール。しかし胸は無いため揺れない。見れば見るほど完璧な幼女である。


「君達の想像通り、普通は天国か地獄に飛ばされるんだけど...」


 肝心な所を全く言わない。腕を組んでぐるぐる歩く。


 しばらくして、幼女は軌道を外れ、自ら千世の方へと近づいて行った。私に何もするなって言ってたけどそっちからやってくるとは──。


「ねぇ、あのさ!」


 気づいた時にはコロナツインテは千世の体に触れ、かなり密着していた。ついでに上目遣い。もう手を出せと言わんばかりの攻撃。

 ドキドキしながら彼女の声を聞く。


「君、異世界転移とかに興味ない?」

「...て、異世界転移?」


 可愛い顔して放たれた台詞は案外衝撃的なものであった。異世界転移...その単語を千世は聞いたことがある。しかし──それはマンガやアニメの中でだ。

 現実で異世界という単語が突然現れ出てくると非常に違和感がある。


 だが、天使が言う事によってその信憑性は一気に増す。


「そう。異世界転移」


 千世はかなり感動していた。本当に転移なんて出来るんだ。もしかしたら俺もあいつらみたいにハーレムを作り上げられるかもしれない。そう思うと心が踊る。

 興味無いわけが無いだろう。断る理由もない。


「どう? やってみない?」

「...やってみたい」


 天国も地獄もどうせつまらない。もう一度生きれるなら生きたい。世界ごと変えて、人生をやり直す。いわば、これは俺に与えられた最後のチャンスだ。


「よし、決まり!!」


 ニヤリと含みのある笑みを浮かべる幼女。

 すぐさまずっと持っていた手帳を地面に置く。左手でそれを押さえつけ、右手のペンで何かを書いている。


「君のおかげで話す手間が省けたわ」


 最後の一画を書き終わり華麗にペンをノートから離す。手帳を見てみると、そこには魔法陣だろうものが描かれていた。なるほど、このために手帳を持っていたのか。


「これでもういつでも異世界に行けるけど、その前に...

一つだけ、君に決めてもらいたい事がある。異世界での君のスキルだ」


 スキル。ゲームで言えば、HPを自然回復したり命中率が上がったりするアレだ。


「スキルてか特殊能力みたいなやつかな。戦闘で全く役に立たないやつでもよし。強力すぎなければ何でもひとつ決めていいよ」

「...何でも?」

「最初から魔力+50とか、攻撃力2倍とか...」


 幼女は例を列挙する。だがどれも千世にはしっくりこない。戦闘に役立たないものでも良いのだろう?

 ならば、千世には是非とも手に入れたい能力があった。


「見ただけでその人の性癖が分かるスキル」

「...は?」

「人の性癖が見えるスキルだ。《性事情(プライベート)可視化(クレアボヤンス)》とでも名づけようか」

「いいの? そんなので」

「そんなのとは何だ。魅力的なスキルじゃないか。性癖なんて人が最も隠したいものだろ? それが目に見えるって最高じゃん」

「うわ。変態だ」


 幼女は何の抵抗も無くこんな事を言う千世に少し引いていた。同時に焦った。千世がこのスキルを手に入れた場合、困るからだ。


 ──約束通り、千世にはお望み通りのスキルを与える。しかし、こっそりスキルの使用を制限する魔法を仕掛けておいた。


「おっけー! 準備も整ったし、さっさと異世界行っちゃおうか」

「え、ちょっと待って」


 分かってはいたが、いざ異世界に行くなると緊張する。心の準備が...。

 でも、幼女は待ってはくれない。なにやら急いでいた。


 魔法陣の前で両手を暖炉で暖を取るようにかざす。目を閉じ精神を統一する。目頭の方へと意識を集中させ、エネルギーを指先へと放出するようにして...。


「生きとし生ける全ての生命よ。全知全能の神よ。今我に規則を逸脱する事を許し給え。死者の魂をいざ蘇らせ給え!」

「おぉすげぇ。なんか異世界っぽい」

「でたらめ呪文だけどね」

「適当かよ!」

「重要なのはその行為にあるのよ」


 地面が上下に揺れる。魔法陣から怪しげな光が飛び出す。何がどうなって転移出来るのか、千世には分からない。だが、ただならぬ雰囲気を感じた。揺れは次第に強くなって行く。立っていられないほどだった。


 筋肉の無い千世は倒れそうになる。しかし、それはコロナツインテのおかげで阻止された。こんな小さいのに力持ちだなぁ...と千世は関心していた。

 そこではっと気づく。なぜか幼女は千世の手を握っていたのだ。しかもいわゆる恋人繋ぎ。


「あれ、もしかして怖いのか?」

「違う! こういう儀式の手順なの!」

「...なーんだ」

「なに顔赤くしてんの、気持ち悪い」

「しかし、この儀式を生み出したヤツってのは天才だな。一体誰なんだ」

「まぁ、君みたいな変態である事には間違いないだろうね」


 状況にそぐわぬ何気ない会話をしている内に、緊張と恐怖は和らいだ。ついでにコロナツインテの千世の手を握る強さも弱まっていく。彼女の手にはじんわりと汗を感じた。


 ──やっぱり怖かったんじゃないか。


「......来る! 目をつぶって!」


 叫ぶ幼女。千世は大人しく従う。

 目を瞑った瞬間、暗闇は光に包まれた。更に強い風が吹き荒れる。これは...目を開けていては一溜りも無かった。

 耳鳴りのような音が周りを包む。段々と意識が薄れていく。繋いでいる幼女の手の感触さえも段々と分からなくなる。

 やがて、ぱっと意識が途切れた。

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