15 チートじゃないのに、無双
ランクDへの一番の近道は地道にクエストをこなしていくこと、という事をレムリアから学んだ千世。
では早速クエストを受けようじゃないか。
ギルドカード発行後初めてのクエストを。
そのクエストは洞窟に住まうゴブリンを倒せという、単純なものだった。
ゴブリンはEランクには程よい手厳しさで実践的な練習にもってこい。
そのうえ、どれくらい出現するかは日によって違うらしいが、運が良ければ結構レベルが稼げるらしい。
クロには格下のレベル上げに付き合ってもらうという形になるが、我慢してもらう。
「──その前に、腹ごしらえだ。なぁ、クロ」
「なぁに?」
「──お前、肉は好きか?」
「まぁ嫌いじゃないけど...」
立ち寄ったのは、異世界来て最初の夜、肉を買ったあの出店。
そこで一人二本ずつ肉を買った。
「うん──何の肉だか分かんないけど最高にうまい」
「美味しかったらいいんじゃない? 何の肉でも」
クロは食べるのを躊躇っていた。
──何の肉なんだ、これは。その謎が頭から離れない。
でもいざ食べてみると──美味しい。あっという間に平らげてしまった。
食べ歩きしながら洞窟を目指す冒険者の姿は極めて異例だった。この緊張感の無さよ。
周りを警戒してたのはクロ一人だけだった。
やがて洞窟の入り口へと到着する。
「お、ここか...もぐもぐ」
「結構近かったわね...もぐもぐ」
「いつまで食べてんの!?」
ここはかつて炭鉱だったのだろうか。人によって整備された後がある。
洞窟の中は暗かったが、等間隔で設置してある灯りのおかげでいざ何かが来ても認識できる程度であった。
「ち、千世!」
怖くなって、ナツは千世に抱きついた。久々の泣き虫モードである。
「なんかここ、出そうじゃない?」
「...幽霊とか?」
「...うん」
「はっ。まだそんなもの信じてるのか。お子ちゃまだな」
水滴の落ちる音。風の通り抜ける音。
洞窟の奥に進むほど灯りは減っていく。
──千世もだんだん恐怖を感じ始める。
「お、おい。もうちょっとゆっくり歩いてもいいんじゃないか?」
「そ、そうよ」
クロが最も勇敢だった。二人を放ったらかしてどんどん先に進んで行く。
「幽霊が出たって、この剣でぶった切っちゃえばいいじゃん」
そういう考え方だった。
「──千世、今私の背中触った?」
「いや、触ってないけど。...怖いこと言うなよお前」
「触られた気がしたんだけど...」
しばらく進むと、また、背中に『何か』を感じる。
「ほら! 今触った!」
「何もしてねぇって!」
「じゃあいったい──」
ナツは後ろを振り向いた。振り向いてしまった。
そこにいたのは──。
──緑色のスライム。
「ひっ、ぎゃあああああっ! 出たぁあああっ!!!」
驚きのあまり剣を持っている事を忘れたナツは、肉を刺してあった串でスライムを刺しまくる。
刺しどころが良かったのかスライムは徐々に弱っていき、やがて消えていった。
「──あ、あれ? 倒せた?」
経験値が上がった感じがしたので、ギルドカードを見てみると、レベルは2へと上がっていた。
「やったー! 見て見て、レベル上がった!」
ナツは一気に上機嫌になった。
「ふふっ...。今なら何でも倒せちゃいそうだわ」
「...油断すんなよ」
しばらくすると、大きくひらけたところへ出た。
プラネタリウムができそうな半円形の大きな空間だ。
その空間には五つの分かれ道があった。
「──ちょっと休まない?」
ナツの呼びかけでここで休憩することにした。
「全然ゴブリンってやつ、出てこないわね」
スライム以降、魔物の気配がまるでない。この先もっと奥に進むだろう事を考慮して、ここで休むことは得策だった。
壁によっかかって持ってきた水を飲む。
「──クロも飲まなくていいのか?」
「──待って」
クロは座らなかった。剣をがっちり握って周囲に目を回す。
うっすら汗をかいていた。
「...何か、聞こえる」
その『音』は、はっきりと接近している。
流石に千世もナツも気がついた。
あの五つの分かれ道全てから、同じような『音』が──来る。
「──魔物か」
それも全て同じ魔物だ。
息の漏れる音、鳴き声も、四方八方から聞こえる『音』は見事に揃っていた。
「──来るっ!!」
急速に近づいてきた『音』とともに、魔物は姿を現した。
それは狙っていたゴブリンだった。
想像を絶する大群──約100体。
──あの分かれ道だと思っていた穴は道なんかじゃなく、ゴブリンの巣だったのだ。というか、この洞窟全体が、ゴブリンの住処。
侵入してきた人間を追い出すべく、ゴブリンは一斉に攻撃をしかける。
千世は剣を振り下ろす。ゴブリンの右腕から先が切断される。しかしそれでもゴブリンは攻撃を止めない。左手の棍棒ですかさず反撃。
ナツも応戦してなんとか両足を切る。しかしそれでもこいつは生きている。
「なんで!?」
一体のゴブリンに集中してる場合じゃない。隙を与えれば後ろから殴られるかもしれない。
手足が再生する能力は無い。全ゴブリンの手足を切ってから対策を練るしかないのか──。
「──私に任せて」
クロはゴブリンの手足を切ろうとはしなかった。代わりに首を刎ね、胴の中心を貫いた。
剣を引っこ抜くと──剣先には心臓が突き刺さっていた。心臓を地面に叩きつけ、そして片足で踏み潰す。
大量の血が飛散する。
──すると、ゴブリンは姿を消した。
「大体の生き物は心臓を壊せば動けなくなる──」
──まるで別人だった。
千世は血まみれになった昨日の平原を思い出す。あの出血量は異常だ。きっとこいつはドラゴンをメッタ刺しに倒したのだ。必要以上に。
今だって、首を刎ねる必要は無かった。心臓もわざわざ踏み潰さなくても...。
──確実に、クロは殺しを楽しんでいる。
そう思うと少し怖くなった。
「...グロい」
ナツは少し狼狽えた。だけど、やるしかない。
しかしやってみると分かる。ゴブリンの心臓を突くのはかなり難しい。
胴を刺そうとすると、棍棒でそれを防がれる。当然だ。弱点を守らないわけが無い。
なんとか一体を倒したが、気づいたら千世とナツはゴブリンに囲まれていた。二人の技術ではここまでか。
一体の攻撃力はそう大きくは無いが、数で攻められると到底叶わない。二人は剣を振り回して抵抗する。
「──なにやってんの!」
危機的状況を察知したクロは助けに向かう。
近くにいたゴブリンの頭と胴体を切り分けて、二人を囲むゴブリンの集団に勢いよく投げつける。
「食らえぇっ!!」
見事的中。胴体だけのゴブリンの持っていた棍棒が他のゴブリンの頭に命中する。次々と倒れていく。
その隙を狙ってまとめて4体の首を刎ね、その切断面から縦に体を内蔵ごと真っ二つに切る。
一切の妥協が無い。迷いがない。
「首を先に切れば簡単に心臓を刺せるから!」
──首を刎ねる。その動作は必要の無い動作などでは無かった。心臓を踏むのにも訳があるのかもしれない。
彼女に言われた通り、やってみる。手際よくゴブリンを殺すことが出来た。
今回の場合、彼女の剣術がすごいわけでは無かった。コツさえ掴めば誰でも出来るもの。視界を奪って心臓を突く──このマニュアル通りやれば100体だろうと難しくない。だから初心者向けだというのも嘘では無かった。
だけど──クロが瞬時にこの殺し方を見つけ出せたのは、やはり彼女の才能なのだろう。
首を刎ねるのは必要な行動だった──でも、クロが殺しを楽しんでいるのには変わりは無かった。いちいち殺し方を試行錯誤して、殺しに飽きないように、変化をもたせているのが見て分かった。
首を刎ねた後にゴブリンを蹴り飛ばし、地面に叩きつけ、片足で心臓を踏み潰したり。複数体剣に串刺しにしたり──常軌を逸した殺し方だった。
また、クロはあえて返り血を浴びに行っているような気がした。わざと血が吹き出る殺し方をしているようにも見えた。
──全てのゴブリンが殺された後、クロは頭から足の先まで真っ赤に染まっていた。
そして振り向きざまに彼女が放った一言──。
「大丈夫? 怪我しなかった?」
──そこにいたのは、いつも通りの、天真爛漫なクロだった。