第七話
ユリウスはサヤと共に森に向かうことになった。サヤに買い与えた胸当ての他に、必要最低限のものを買いそろえる。
「え! 今朝は何の準備もしなかったんですか!」
「あはは……」
ユリウスは何も言えずただ苦笑するだけである。
(やっぱり心配です……)
サヤは心の中で不安を募らせるのだった。
「通行証を見せてください」
通行証はカミーリア家を出る際に、ユリウスの父親であるマグナスから受け取っている。成人まではこれがユリウスの身分証明となる。サヤはそれをユリウスから受け取ると衛兵に見せる。
「はい。お願いします」
「……確かに。ちなみに、どんな用で外へ?」
二人は冒険者に見えるわけでもなく、少女の方は胸当てをしてはいるが戦闘の心があるようにもみえなかったからである。
「いえ、ちょっと所用で」
サヤは言葉を濁す。
「そうですか」
衛兵としては通行証で身分ははっきりしているため、それ以上は深く聞かなかった。ユリウスはそういえばと衛兵に問いかける。
「この辺の森ではどんな魔物が出るんだ? オークとかは出るのか?」
「オーク? いや、オークはこの辺じゃ出ませんよ。いるとしてもはぐれですね。森の奥の方でなら普通に出るとは聞きますが。このあたりだとゴブリンやスライムとかですかね。」
「そうなのか。……ありがとう」
門を出るといきなり森、というわけではなく、整備された草原がある程度まで広がっている。整備といっても30分も歩けば森であるため最低限と言った感じではあるが。草原は冬の寒さが僅かに残ってはいるが、ぽかぽかした陽気がそれを緩和し、とても過ごしやすい空気を醸し出していた。並んで歩く二人は先程の門番との会話を思い出す。
「さっきの衛兵が言うには、ゴブリンやスライムなどの魔物しかでないそうだな」
「その、など、にはオークは含まれていましたか?」
サヤは昨日のことを思い出しているのだろう。
「いや、それはないようだぞ」
「ん……しかし、それでは、昨日のオークの説明ができません」
「はぐれだったんじゃないか?」
「うーん……そうでしょうか……」
セントラルとカミーリア領とを挟む大森林地帯、北と南に広大な広葉樹林帯が所狭しと生えわたっている。日光が多くの葉に遮られ薄暗いが、足元の植物は日光が遮られているせいで碌に日が当たらず、膝より上に伸びているものは少ない、歩きやすいということは確かにプラスではあるが、一歩奥に進めば魔物たちの巣窟となっている。毎年、いや毎月足を踏み入り過ぎて犠牲となる者は少なくない。だからこそ、街道を進むのも命がけとなり、一般的には腕のいい冒険者や傭兵などの護衛を雇うものであり、それを生業としている者も多い。これらはこの森林地帯に限らず、この世界においては常識である。その点、ユリウスたちは運がいいと言える。
遠くに見えていた森も、二人が歩みを進めるうちにいつの間にか近づいて、その広大な存在感を二人に伝えてくる。目の前の薄暗い森の入り口はあたかも魔物が大きな口を開けて獲物がその口の中に入ってくるのを待っているかのようである。
サヤ立ち止まり、街道を行くのとは違う森の一面を見てゴクリと唾を飲み込む。
「ユリウス様、よく一人で森に入ろうと思いましたね」
ユリウスも立ち止まって、森の入り口を見る。
早朝来た時には意識をしていなかったので分からなかったが、言われてみれば多少の不気味さを感じる。
「そうか? でも、これから冒険者になっていくんだから、これくらい慣れとかないとだろ?」
「それはそうですが……」
「まぁ、まだ俺たちは冒険者にすらなっていないんだ。子どもの度胸試しだったら、この魔物がいる世界ならこれで十分だろう。でも、そうじゃないだろう?」
「……はい」
どうやらサヤの頭の中でこの前のオークのことがフラッシュバックしているようだ。今朝の威勢はどこへ行ったのやら、その顔からは緊張の色がうかがえる。
「無理そうだったらここで待っているか? 俺の実力は見せられないかもしれないが、何かしらの魔物を倒してその死体か一部を持ってくるっていう手もあるんだからな」
(サヤは何かしらの戦う術を持っているかのような口ぶりだったけど、怯えてしまってはどうしようもないからな)
「そんな……しかし……」
サヤは言いかけて口を噤む。
そんな自信はどこから来るのかサヤには理解できなかった。オークを倒した時だって、偶然だったかもしれない。しかし、魔物に向かっていくユリウスの姿に恐怖という二文字は全く浮かばなかった。以前は冴えない没落貴族だった主人とここまで差が開いてしまったのはどうしてだろうとサヤは考える。
「(……成長してないのは私だけみたいですね。過保護に扱って足を引っ張るくらいなら)」
ユリウスに妥協を促されるが、サヤは覚悟を決めたのか、一度深呼吸をし、答える。
「いえ、大丈夫です。ユリウス様は変わられ……いや、前に進まれました。以前とは雲泥の差です。ここで私が立ち止まってしまってはおいて行かれる一方でしょう。実力だけでなく、精神的にも」
まだ、気丈に振る舞っているように見えるサヤを見てユリウスは頷き、続きを促す。
「だからこそ、私も今は前に進まなければならないのです。――行きましょう」
ここで残るのはただの甘えだとサヤは自分に言い聞かせる。
「そうか、ならもう止めはしないよ」
そう言って、ユリウスは森の中へ入っていく。それに続いてサヤも付いていく。
「あ、でも、やっぱり森で活動するにはまだ早いと私が思ったら諦めてくださいね?」
――ガクッ
「し、仕方ないな」
森の中に入っていくと、当然のことながら入り口の光が遠ざかっていく。先頭を行くユリウスは足を止めてそういえばと振り返る。
「サヤは戦闘の心得があるようなことを言っていたけど、具体的には何ができるんだ? 完全に森の中に入ってしまう前に聞いておきたかったんだ」
さっきは乙女の秘密と言って誤魔化していたが、いざ戦闘になった時にパートナーの力量が分からないのでは話にならない。今回の目的がユリウスの力を見るという若干矛盾しているようではあるが。こうした情報は多いにこしたことは無い。
「心得というような立派なものではないですよ。ユリウス様は『身体強化』、まぁこれは『強化』の派生なので実質は『強化』という魔法を使うのですよね?」
「ああ、そうだ」
「実は……私も多少なりとも魔法が使えるのです」
「え」
まさかのカミングアウトだった。
「どうしてだ? 魔法なんて練習している姿を俺は見たことがないぞ」
「それは……隠れて練習してましたから。下手に魔法が使えるのがばれると厄介の種になりかねませんから」
魔法が使える人間というのはそれすなわちどこかの貴族の血を引き継いでいるという可能性があるということだ。
「サヤは自分の出自について何か心当たりがあるのか?」
「いえ、何もわかりません。まぁ、運が良かったと思うようにしています。こうしてユリウス様のお役に立つことも出来ますし」
サヤは曇り一つない笑顔を見せる。ユリウスは思わずドキッとするが、すぐにサヤに背中を向けて咳ばらいを一つする。
「そ、そっか、それならいいんだ。ちなみにどんな魔法が使えるんだ?」
「えっと、それはですね――」
大変遅くなり申し訳ないです。いろいろあり時間をとることが出来ませんでした。次の更新は二週間後を予定しています。