第六話
宿を出た時とは違い通りはガーランドの中心都市と言えるだけの活気にあふれていた。早朝とは比べるべくもなく多くの人が街を闊歩し、食事処からはいい匂いが漂い、所々には朝っぱらにもかかわらず酒盛りを始めている者もいる。
多くの人々の中にちらちらと見える防具や武器を装備している者は冒険者だろうか、ユリウスは日が落ちてからのセントラルしか見ていないため若干その熱気にあてられながらも目的のカベラの宿に到着する。
宿に到着したユリウスは汗の気持ち悪さが我慢できなくなり、湯あみ場に行きたかった。しかし、肝心の湯浴み場が分からなかったため、食堂にいるカベラを訪ねた。
「カベラさん」
「あ、おかえり。サヤちゃんもう起きてるよ。にしても、早朝のトレーニングにしちゃ随分と長かったねえ?」
汗だくのユリウスを見てカベラは目を細める。
「ははは、いや、ちょっと張り切り過ぎちゃってさ。見ての通り汗だくなんだ。湯あみ場はどこかな?」
「あぁ、それならここを出て廊下の突き当りだよ。サヤちゃんがさっき浴びに行ったからそろそろ出てくるんじゃないかねえ。それがすんだら朝ご飯食べに来な」
「ありがとう」
そう言ってユリウスは湯浴み場に向かう。
廊下を出て突き当りまで行くと、二つ扉があり、女性用と男性用に湯あみ場が分かれている。その手前にはタオルを首にかけたサヤが椅子に座っていた。
昨日は疲れていたせいもあって着替えずに寝てしまっていたが、湯あみのついでに動きやすい服装に着替えたようだ。上は長袖のシャツで下はズボンだ。
ついでに言えば先ほど上がったばかりなのだろう、その金髪は微かに濡れていて、若干の色気を醸し出していた。
もともと綺麗な顔立ちをしているのでこの時間帯は使う人が少ないであろう湯あみ場の入り口当たりだったからよかったもののこれがもし人の多い食堂にいたりしたならば他の男性客に声をかけられていたのは確実だろう。
サヤは歩いてくるユリウスに気づき驚いて声をかける。
「ユリウス様!?」
「あ、サヤ、おはよう」
驚いているサヤに対してユリウスはあくまでもマイペースに声をかける。
「あ、おはようございます。……そうじゃなくて!どこに行ってたんですか?カベラさんにはトレーニングに行ったって言われましたけど……って、すごい汗だくじゃないですか!?」
「いや、ちょっとその辺の森までトレーニングというよりかは修行って言った方が近いような感じだったな」
「森に行ったんですか!?一人で!?なんで言ってくれなかったんですか?」
非難するような目をユリウスに向けながらサヤは言った。ユリウスはこうなることを覚悟していたようで、目を逸らしながら言う。
目を逸らしたのは今のサヤの格好が目に毒だったというのもあるが。
「サヤにそのことを言ったら絶対止めるだろう?」
「当たり前です!昨日オークに襲われたばかりじゃないですか。心配になるのは当然です。……とりあえず、汗を流してきてください。その後でみっちりお話しさせてもらいますからね」
彼女は相当ご立腹のようだ。
「ああ、わかったよ」
湯浴みの後には話し合い(お説教)があるのだろうが、とにかく今は汗を流すべく、男用の湯あみ場にユリウスは向かうのだった。
「え?朝ご飯食べてなかったんだ?」
湯あみ場から戻ってきたユリウスはサヤが朝ご飯を食べていないことに驚いた。
「当たり前です。これでも、心配だったんですから」
いきなり自分の主? が何も言わずいなくなったとなればご飯などと言ってられないだろう。湯浴みをしていたのは追いかけようにもどこに行ったのか分からず、ただ待つということが出来なかったからだ。
「ごめんな」
「ふんっ」
無事に帰ってきたとはいえ、彼女が不機嫌なのは変わらない。食堂に行くまで、どうしたら機嫌を直してくれるようになるのか、ユリウスは頭をフル回転させていた。
食堂に入った二人はカベラに朝ご飯をもらいに行った。
「カベラさん、朝ご飯を二人分頼む。俺の分はご飯大盛りで」
「あいよ。ここで食べてくかい?それとも部屋で食べるかい?皿とお盆を返してもらえれば部屋でも食べられるよ」
ここのご飯は評判がいい為、宿泊客以外にも食べに来る人もいる。そうなったときの為に宿泊客は部屋でも食べられるようになっている。
サヤはそれを聞いて
「それでは部屋で「ここで頂くよ」」
部屋で食べますと言おうとしたが、ユリウスに割り込まれサヤの目がスッと据わる。
ユリウスは背中に冷たいものが走る気がしたが、極力サヤの顔を見ないようにしながら魚が中心の所謂地球で言うところの和食のような朝食を持って席にもっていく。
そんなユリウスにサヤはため息を一つ吐き、カベラから朝ご飯をもらってユリウスを追いかける。ユリウスからしてみれば説教されながらご飯を食べるなど御免被るため、後の説教がきつくなろうが今のひと時だけは平和に食事がしたかった。
そんな二人をカベラは微笑ましそうな目で見て、自分の仕事に戻るのだった。
席に着いた二人は食事を食べながら今後について話し合っていた。ちなみにサヤは一口食べるとたちまち笑顔になるのだが、それをユリウスに悟られたくなくてすぐに取り繕った。
「……お説教は後にします。とりあえずは、これからどうするのか考えましょう」
「お説教は確実なのね……」
「当たり前です。私がどれだけ心配したと思ってるんですか?」
「悪かったよ。でも、『身体強化魔法』の本を見たら居ても立っても居られなくなってさ。……あぁ、もちろんちゃんと睡眠はとったさ」
(最低限はね)
と、小さく聞こえないようにユリウスは呟く。
しかし、サヤはユリウスの目の下に薄く隈が出来ていることに気が付いていたので余計に心配になった。
「それは、目の下の隈を自分で見てから言ってください」
「うっ」
とユリウスは息を詰まらせる。
「はぁ。……まぁいいです。で、『身体強化魔法』ですか?というかユリウス様は
魔法を使えましたっけ?」
自分の記憶にはそんな事実はなかったような気がするサヤは首をかしげる。
「うん、まぁ使えると言えば使えるのかな。今のところは『身体強化魔法』しか使えないけど」
「あぁ、カベラさんの教本ですか。しかし、『身体強化魔法』ですか。そんなの単なるおまじない程度だと聞きましたけど」
サヤの中の一般的な『身体強化魔法』についての知識ではそういうことになっているらしい。
「うん、でも有ると無いとじゃ結構違うもんだよ。それに、カベラさんは昨日の一件を見てたからこそ俺に『身体強化魔法』の教本を渡したんだと思うし。そういうもんなんじゃないかな」
つまり、元冒険者であるカベラの目から見てユリウスには一般的な魔法使いが使う魔法(火球、水弾、雷撃など)よりも多少燃費は悪くても、その格闘術をアシストするような魔法が合うと判断したということである。
とはいいつつも、ユリウスの使う『身体強化魔法』はカベラやサヤの思っている『身体強化魔法』とはかけ離れてしまい、いい意味で彼女たちの期待を裏切るころになる。
「そうですか。……あ、話が脱線してしまいましたね。これからどうするかですが、具体的に言えばアルトガルの入学試験のある一か月後までということですが」
話をしているうちに二人ともご飯を食べ終わり、後は片付けるだけとなっていた。
「そうだね。その話は皿を片付けてから部屋でしようか」
「はい、そうしましょう」
二人は食べ終わった後のサラとお盆を持ってカベラのもとへ向かう。
「カベラさん、ご馳走様。うまかったよ」
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「あぁ。そりゃ嬉しいねえ。それこそ作った甲斐があったってもんだよ。ここは朝昼晩全て食事を出してるからお腹が空いたらまた来なよ」
カベラは人好きのいい笑顔を浮かべる。
「あぁ」
「はい。お世話になります」
と言い、二人は自室に戻るのだった。
二人は二階の自室に戻るとユリウスは備え付けの椅子に、サヤはベッドに腰かけ向かい合い、先ほどの話し合いの続きを始める。ちなみにユリウスが使っていた布団は部屋の隅に置かれている。
「では、ユリウス様。先ほどの続きですが、あと一か月ほど時間があります。その間に準備できるものはしてしまいましょう」
微笑みながらサヤはそう言った。さっきまでの不機嫌はどこに行ったのだろうか。
「うん、そうだな。……そこで相談なんだが」
サヤはなんとなく嫌な予感がしてしまう。
「早朝の件ですね?」
「あぁ。まず、俺たちにはまだ金に余裕があるな?」
「はい。入学試験まではもつぐらいには」
「でも、そこから先はどうやって稼いでいく?」
「それは……入学すれば冒険者として活動することが認められますから、冒険者としてでは?」
入学試験ではある程度の実力が求められる。逆を言えば合格者は軒並みある程度の実力を持っているとして冒険者として活動することを許可されるのである。
「うん、そうだな。でも、冒険者になっても、この先宿代は払わなきゃいけないし、装備代もかかる。そうしたら資金的には厳しいんじゃないのか?」
入学試験に受からない可能性もあるのだ。と言外にユリウスは匂わせる。サヤは確かにと思案顔をする。
「それは私も考えてはいました。しかし、今のこの状況ではすぐにお金を稼ぐ虫のいい話があるとは思えませんが」
入学試験まで残り一か月となれば新しく商売を始めるわけにもいかないし、どこかで雇ってもらうにもこの短期の間だけとなると難しい。
「そこで本題なんだが、簡単にお金を稼ぐ方法があるんだ」
話だけ聞けば何かの悪徳商人のような言葉だが、サヤには心当たりがあった。それも先ほどの嫌な予感の時に思ったものだ。
「……魔石ですね?」
『魔石』とは、読んで字のごとく『魔力のこもった石』のことである。大抵は魔物の体内に存在し、魔物が動く原動力となる。
「そう、魔石だ。冒険者でなくとも倒した魔物から魔石を取り出して売ることは可能だ。依頼料なんかはないけどな。さらに言ってしまえば倒した魔物の素材も売れるかもしれない」
ガーランド、ひいてはこの世界の魔道具は全てが魔石を燃料にして動いている。
船や明かり、もちろん武器なんかにも込められていたりしている。
魔石は非常に使いやすいエネルギーであり、高ランクモンスターの魔石は非常に純度の高い魔力を秘めていたりするためとても重宝される。
そのため、冒険者でなくとも魔石を集めたりする人は少なくない。しかし、危険がつきものの為、碌にアルトガルの入学試験にも受からない人が魔石を求めて無謀にもモンスターに挑み、大怪我や死亡することも多いのだが。
「……危険です」
サヤは心配そうな顔を浮かべて言った。しかし、ユリウスは対照的に笑顔で言う。
「大丈夫だよ。オークにも勝って見せたし、『身体強化魔法』もある。心配ないさ。それに、冒険者になる以上避けられないことだろ?」
サヤはユリウスのことになると過保護になってしまいがちになるようだ。心配されることに関してはユリウスは嬉しく思うのだが、サヤは納得しない。
「それはそうですが、きちんと学び、力を付けてからでいいのではないですか?身体強化といっても気休めにしかならないと聞きましたよ?」
ここでユリウスはサヤに自分の使う『身体強化魔法』を説明してなかったことに気付いた。
「あぁ、そういえばサヤには言ってなかったな。俺の使う『身体強化魔法』は普通と違うんだよ」
「そうなのですか?」
普通と違うと言われても具体的にイメージできるわけもないのでサヤは首を傾げる。
「うん。でも、どう説明したものかな……」
そんなユリウスを見ながらサヤは思案する。
(確かに魔石を売ることが出来ればこの先、資金で困ることはないのかもしれません。ユリウス様はああ言っていますが、やはり心配なのは変わりません。仕方がありません。これも惚れた女の弱みということでしょうか)
「……分かりました。こうしましょう」
「ん?」
サヤは笑顔で言う。
「ユリウス様の話で行けばこの後も森に行くのですよね?」
「そうなるな」
「なら、私も連れて行ってください」
「へ?」
「この目でユリウス様の実力を見て、判断させてもらいます」
これにはユリウスも驚いて変な声を出してしまう。何せオークに襲われた時に怯えていた彼女から出る言葉でないと思ったからだ。
「そ、そうは言っても、サヤには身を守る手段が無いだろ」
「ふふっ、そこは乙女の秘密です」
ユリウスはそう言って笑う彼女にドキッとしてしまい、すぐに立て直すが彼女の覚悟を決めた目にしょうがないかと動向を許可する。
ちなみに、ユリウスはこの後サヤから説教を小一時間程度受けるのだが、これはまた関係のない話である。
日はまだ頂点には達しておらず、狩りにはちょうどいい時間帯である。
ユリウスは命は金に換えられないとしてせめて胸当てだけは着けてくれとサヤに買って押しつけ、森に向かうのだった。
これからはもっと更新のペースを上げられたらと思っています。