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マーシャル・ファンタジー  作者: リクヤ
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第三話

 





 盛り上がった空気をユリウスの一閃が打ち砕く。男がバタリと倒れたのをきっかけに、だんだんと声が止んでいく。


 辺りが静寂に包まれる。ユリウスが緊張を解いてふうっと息をつく。それを合図にしておおおおおお!!!と、ここ一番の歓声が響く。


 とその時女性の大きな声が響いた。


「はい!ストーーーっプ!!」


 皆が一斉にそちらの方へ目を向ける。


「あんたら!いつまで人の店の前で騒いでるつもりだい!?ことが済んだのはわかってんだ!遅くならねえうちにさっさと帰りな!」


 迫力のある声と表情でそう言ったのは、背丈のある中年の女性だった。その顔はまさしく般若という表現が適切で、その迫力に気圧されて蜘蛛の子を散らすように人々は去っていく。


 後に残ったユリウスとサヤの内、ユリウスは男のズボンからベルトを抜き取り、それでもって両手を縛りあげている。サヤは安心してへたり込んでしまっていた。


 そんなサヤを見て女性はため息を一つ吐いてから声をかけてきた。


「嬢ちゃんはあの少年と知り合いかなんかかい?」


「え、いえ、知り合いというよりか、なんといいますかその……」


「あたしはカベラってんだ。すぐそこで宿屋をやらせてもらってる。店の前で騒いでるから何かと思って見てみれば、大の大人と子供が喧嘩おっぱじめてるじゃないか」


 店の前で騒ぎを起こされてカベラは相当お怒りのようだ。


「申し訳ありません。実は……」


 とサヤは難癖をつけてきた男が自分に手を挙げてユリウスが怒って喧嘩を始めたことをカベラに話した。


「……なるほどねえ。とりあえず、嬢ちゃんが謝ることじゃないよ。……それにしても、嬢ちゃんはあの少年に愛されてるねえ。」


「へ?……あ!……いや…あの……その……」


 聞き方にとっては惚気ともとれる話をしていたことに気づき、顔を赤くして俯く。


「はっはっは!初心だねえ。それに、見てたけど、あのボウヤ中々やるじゃない。……話は変わるが、ボウヤが相手してた奴はバーゼルって言って、ここいらで

いつも問題ばっか起こしてた飛んだクズ野郎でさ、あたしたちも困ってたんだよ。お灸を据えてやるのにいい機会だったかねえ?」


 はっはっは!と、快活にもう一度カベラが笑う。店の前で喧嘩をしたことについてはもうすでに気にしてないようである。豪快な人だなあとサヤは思った。


 とそこにバーゼルを縛り上げ、駆けつけてきた衛兵に引き渡してきたユリウスが険しい表情でやってきた。


「どうやら迷惑を考えず騒ぎ過ぎてしまったようです。申し訳ありません」


 とユリウスはカベラに頭を下げる。


「いいよいいよそんなこと。酔っ払い同士が騒いで喧嘩したってんなら話は別だけど、嬢ちゃんから話を聞いた限りじゃ悪いのはあっちのクズ野郎の方みたいだからねえ」


 ユリウスとサヤはカベラが懐の深い人物であったことに顔を見合わせ、ホッと息を吐く。ユリウスは表情を緩めて再びカベラと向き合う。


「ありがとうございます。でも、すぐにケリをつけようと思えばできたことでしたので、長引かせて騒ぎを大きくしてしまったことは事実ですし……」

その言葉にカベラはにこやかに返す。


「……確かに見た感じではそうだったかもねえ」


 ユリウスは内心でやってしまったと、感情に流され過ぎて周りが見えてなかったと頭を抱えていた。サヤもどうしようと表情を曇らせていた。


「……でも、あたしはボウヤを気に入ったよ」


 そう言ったカベラをユリウスとサヤは驚いたように見つめる。


「特に女の子に為に……ってところかねえ。やるじゃないボウヤ、ますます気に入ったよ」


 はっはっは!と笑うカベラにユリウスは苦笑いをし、サヤはユリウスの顔を一度見てからボンっと顔を赤くし、カベラは今度はそれを見てクスクスと笑っていた。




 ユリウスはこの時、この快活な女性に先ほどの喧嘩で、ユリウスがやろうと思えば早めに決着がつけられたことを見抜かれたことと、この瞬間の出来事から、油断ならないなとこの女性から感じた。




 閑話休題




「そういえば、ボウヤと嬢ちゃんここいらじゃ見かけない顔だねえ。外の人かい?セントラルに何の用事で来たんだい?宿は決まってるのかい?」


 とカベラはひとしきり笑い終えた後、矢継ぎ早に質問してきた。


「いえ……あの、それは……」


 ユリウスは少し考え込んだ。自分たちの身の上話をしてもいいのかどうか。ここは夜とはいえ誰が聞いているのか分からない天下の往来である。

 

 縁が切れかかっていて、さらに庶子とはいえ、ユリウスは一応は名のある貴族の子であり、成人まではまだ貴族の位置づけにある。


 ということは、貴族が喧嘩をして騒ぎを起こした、ということになるため、これからの身の振り方を考えるにどうするのが正解なのか分からず、言い淀んでしまった。そこにサヤが口を挟む。


「ユリウス様。ここは私が」


「……分かった。任せたよサヤ」


 ユリウスはこういったことが苦手だった上に、つい先ほど大雑把な性格になってしまったのでからっきしなのである。サヤはこういう分野に関しては強く、実に頼りになるのである。


 そんなユリウスの考えていることが伝わり、頼りにされていることが分かったのか、サヤは嬉しそうに1つ笑うとカベラに言う。


「すみません。もろもろ含めて宿屋の方でお話ししても問題ないですか?」


「ああ大丈夫さ。なんとなく察しはついてるからね。案内するよ」


 と言って3人はカベラの宿に入っていく。宿内はどこにでもある一般的な内装で、受付のロビーを抜け、カベラの私室に通された。

 

 テーブルをはさんでユリウスとサヤが並んで座りサヤの正面にカベラが来るようにして座る3人がそれぞれ椅子に座ったところでカベラが切り出した。


「あたしの予測だけど。ボウヤは貴族だね? それも冒険者を目指してる。」


「どうしてわかったか聞かせてもらえますか?」


 ユリウスは神妙な顔をして問いかけた。


「どうしてって、まず、嬢ちゃんがボウヤを様付けで呼んでるから隠すつもりはないのかと思ったんだけど、違うのかい?」


 ―――あ、とサヤは思わず漏らし手で自分の口を隠す。そんなサヤがおかしくてユリウスはクスクスと笑いを噛み締めている。


「……ひどいですよ、ユリウス様。……はあ、そうです。ユリウス様は貴族です。そして私はユリウス様に仕えていたものです」


「仕えていたということは今は違うのかい?」


「いえ、似たようなものです。私たちはこれからアルトガルに通うつもりなのです」


「サヤ、そこからは俺が」


 とユリウスはこれまでの経緯をカベラに話す。カベラはうんうんと真剣に話を聞いている。そして、宿を探しているところまで聞いた上でカベラはこう持ち掛けた。


「なるほどねえ。じゃああんたたちうちの宿を使わないかい? 今だったら格安で泊めてあげるよ」


「いいのですか? それは願ったり叶ったりですが……」


 さすがに迷惑をかけた手前、ユリウスは遠慮する。


「ボウヤには言わなかったかな?ボウヤがさっきのした野郎はここらで問題ばっか起こしてたやつでね、逆に感謝したいぐらいなんだよ」


「そうだったのですか。それではお言葉に甘えたいと思いますが、本当によろしいので?」


「いいさいいさ。それにあたしはこう見えても元冒険者なのさ、これから冒険者になろうとする新人を手助けするために始めた宿だし、あんたらは将来有望そうだしね」


 はっはっは! と快活に笑う。


「それに、あんたたちみたいのはそう珍しくもないからねえ」


 それにサヤは驚いたような顔をする。ユリウスは考えてみればそうかといった風

だ。


「そりゃそうだよ。あんたたちは遠くから来たからセントラルのことなんてわからないかもしれないけど、かなりの貴族の冷や飯ぐらいが追い出されてきて入学試験で落とされてるよ」


「あ……入学試験……」


 とサヤが言葉をこぼす。


「どうしましょう……ユリウス様!確か今日が入学試験でしたよね!?」


「え?……ああ!」


 そう、今日はアルトガルの入学試験であった。そして、次の入学試験は……


「次の入学試験はちょうど一か月後……」


 ユリウスは頭を抱える。実を言えばセントラルに到着した時、すでに試験は終わっていたためどうするころもできなかったのだが。


 そんな二人に対してカベラは言う。


「はっはっは!そんなに落ち込むことはない、見たところ資金はあるんだろう?それに一か月入学試験までに時間が出来たと思えばいいんだよ」


 ユリウスはそれを聞いて思案する。


「入学試験ってどんなものが課されるのですか?」


「元冒険者のあたしから言わせてもらうと、試験と言ってもただの実力検査さ。

冒険者にはそれなりの実力がないとやってられないからねえ、運動不足のやつや病弱な奴が鳴っても簡単に死ぬだけだからねえ。卒業生が次々と死んでくれちゃあアルトガルの名に響く。それなりに厳しいんだよ。それでも坊やはさっきのを見た感じじゃ大丈夫そうだねえ。嬢ちゃんは分からんが……」


「そ、そんなあ」


「はっはっは!一応すべての試験者には魔法適性が測られるからそこで引っかかりすればそのまま無償で入学できるけど、可能性は低いねえ」


 サヤは本気で困っている。そんなサヤを見てユリウスはカベラに言う。


「……ふむ、カベラさん、格安で泊めていただける上に押しつけがましいのですが、その一か月のうちに身に着けられる範囲のものは身につけたいと思っていま

す。何かそういった学術書などはありますか?」


「……元冒険者である私に直接教えてもらおうとは考えないのかい?」


 そう言うカベラに対しユリウスははっきりと言う。


「はい、確かにカベラさんに教えてもらった方が進みはいいでしょうが、自分の力だけで成長するということが自分にとってどれだけ力と自信につながるかということも知っています」


 サヤはユリウスが気を聞かせてくれたことに気づき、ユリウスさまぁと目をうるうるさせている。


「……そうかい。じゃあ、ボウヤにはこれを」


 といって一冊の本がユリウスに渡される。


「これは?」


「『身体強化魔法』について載っている。ボウズにはこれがいいんじゃないかと思ってねえ。嬢ちゃんにはこれな」


 と、またも一冊の本それも結構な厚さのある本が渡される。それを見てサヤは首を傾げた。


「えっと、これは……」


「それは一般的な魔法の基礎の教本だよ。もし、嬢ちゃんに魔法の才能があれば努力すればするだけ伸びるだろうし、もし使えなくても下級魔法の一つや二つは使えるようになるかもしれない。試してみる価値はあると思うがねえ。二冊ともあたしのお古でよかったら将来有望そうな二人に貸してやるよ」

はっはっは!とまた快活に笑う。


「ありがとうございます」


 サヤは嬉しそうに感謝する。何故かその目は懐かしそうだった。



 この出来事が一か月後にどんな風に影響していくのか三人は知る由もなかった。



「気にしなくていいよ。ああ、それと、もう敬語じゃなくていいからね。なんせ、あんたたちはこれからはお客様だからねえ、それも長期の。末永くよろしくねえ」


 カベラはそう言った後、片手を差し出す。


「……ああ、わかった。よろしく」


 ユリウスはこれからのことを考えながら、カベラと握手をした。その横でサヤは頭を下げ


「これからもよろしくお願いします。私は敬語が癖のようになってしまっているのでこのままで」


「あいよ、よろしくねえ」




 夜が更けていく。ユリウスとサヤの二人はカベラに部屋を案内されて今日のところはもう就寝することになるのだが、ここでまたもう一波乱が起きるのである。





 いろいろ細かいところに修正を入れることとなりました。第一話と二話の間に一つ話を入れました。よろしければそちらもぜひご覧ください。

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