第八話
使用者の魔力を用いて現実世界に干渉する術。これが魔法であると言われている。
その前に魔力とは何なのかという疑問が挙げられるが、これについては明確な答えというのは存在していない。しかし、魔法を使うものにはなんとなく感じることができるようである。この感覚に具体的なものはない、が、優秀な魔法使いほどその感覚は鋭敏になり、中には魔力だけで人を見分けることができる者も存在する。
魔法の強さのランクは低級・中級・上級・超級・戦略級と上がっていき、それに伴って魔力の消費量も上がっていく。ランクそれぞれで均一の強さを持っているとは限らず、ひとえに低級といえども、ある程度の幅はあったりする。
魔法には属性があり、炎・水・雷・土・風・聖・闇・無の8つの属性がある。
簡単に説明すると、魔法に文字通りの効果がある炎・氷・雷・土・風魔法、回復や祝福系の聖魔法、影系や気配を消したりする闇魔法、ちなみに毒系の魔法も闇魔法に入る。これらの7つの系統に含まれない魔法が無の属性の系統に入る。ユリウスの使う『身体強化』は無属性に入る。
8属性もある魔法、しかし、魔法使いはその全てを使えるわけではない。今しがた説明した8つの属性のうち、無属性を除く、炎・水・雷・土・風・聖・闇魔法の7属性の中で、多くの魔法使いが1属性しか使えない。無属性は魔法使いであれば、むしろ魔力があれば使えるものが多いので、この場合は除く。さらには炎・水・雷・土・風の5属性は使えるものは多いが、聖・闇魔法を使えるものは少ない。多くの魔法使いが1属性しか使えない中、一部、2属性以上使える魔法使いがいる。2属性使えれば、2属性魔法使い(ダブルキャスター)、3属性なら3属性魔法使い(トリプルキャスター)と、段階を踏んで呼ばれる。7属性すべてを使える魔法使いは今のところ存在してはいないが、使える属性が多ければ多いほど珍しく、才能があるとされる。
以上が魔法の概要である。
「そ、そっか、それならいいんだ。ちなみにどんな魔法が使えるんだ?」
「えっと、それはですね……実は――」
「ストップ、静かに」
サヤを遮り、ユリウスは人差し指を口に当て、声のトーンを落として言った。
「どうしたのですか?」
急に顔が引き締まったユリウスを見て、サヤは疑問に思う。
「何かが近づいて来ている」
「え――」
ガサガサと周囲の草木が揺れる音が聞こえた。ただし、それは自然な揺れの音ではなく、明らかに何者かがかき分けて鳴らしている音だった。
2人の目の前からどんどん近づいて来ている気配がするのが分かる。
サヤは顔を少し青ざめさせる。
しかし、先程の決意を思い出す。
「(……いけないいけない、魔法はイメージが大事、こんなことで動揺しては、またオークの時みたいに何もできなくなる)」
サヤは自分にそう言い聞かせて、集中する。
「(これは、目的の魔物が来たみたいだな)」
対してユリウスは、緊張しているサヤとは反対に、これから戦えるということに喜びを感じうずうずしていた。
その整った童顔にわずかに笑みを浮かべる。
対照的な2人の前に、その魔物たちは現れた。
まず目に入るのはその気味の悪い緑色の肌。体毛は薄っすらと生えていて気色悪さを際立たせている。背は子どものように低く、しかし、子どものように線が細いわけではない。がっしりとしたその体型はむしろ筋肉質と言える。手足には鋭い爪を生やしている。それが3匹、計6つのギョロついたその眼はユリウスとサヤを視界に捉えている。
「……ゴブリン」
サヤは目の前に現れた緑の異形を警戒しながら呟く。
「サヤ、俺の後ろに」
すかさず、ユリウスは自分の後ろにサヤをやってゴブリンたちと相対する。
「ギャキャ!ギキャキャ!」
「キキッカカ」
「ウゴキキ!」
彼我の距離は10メートル。先頭に1匹、そのすぐ後方に並んで2匹、そのうち1匹は木でできた棍棒のようなものを持っている。甲高い声を上げながら、ユリウスたちの動きを窺っているのか立ち止まっている。しかし、視線は2人から離さない。
この間にユリウスとサヤは小言でやり取りをする。
「(……俺がやる。絶対目を逸らすなよ?……いいな?)」
「(……はい)」
しびれを切らし始めたのか、ゴブリンたちはじりじりと距離を詰めてくる。
「ヴキャキャ」
「サヤ、少し下がっていてくれ」
「はい。————ユリウス様!」
ユリウスがサヤに声をかけたのが引き金になったのか、ゴブリンたちがユリウスめがけて走り出す。
「「「キャキャ!!」」」
ユリウスは素早く反応して構えをとった。
左足を1歩前へ出し、半身になって膝を軽く曲げる。脚幅は狭すぎず広すぎず、左足はベタ足、右足はかかとを浮かせる。重心はやや前、体重を掛ける割合は前に6割、後ろに4割と言った所。腕は楽に構え、脇を絞り、左手を軽く握り目より少し高い位置に構えて肩でアゴを隠すようにガードする。右腕は、肘を右脇腹にくっつけ、拳で顔面を隠すようにする。
一連の動作は戦いなれた歴戦の戦士のようだ。
「『身体強化』!」
ユリウスは、その姿勢のまま魔力を抑えて『身体強化』を体にかける。
「(強くかけすぎると体に負担が凄まじいからな……なんとか抑えられるようにできないものかな)」
と考え事をしながらも、迫ってくる3匹に意識を集中する。
「……すごい」
後ろのサヤはユリウスの纏う魔力に息をのむ。
「(じゃあそろそろ!)」
ゴブリンがユリウスの一足の間合いに入った瞬間、ユリウスは右足に力を込めて一瞬でゴブリンの目の前に飛び込む。そしてそのまま左足に体重を乗せて、
「――ふっ!」
軽く握っていた右手を拳にして先頭のゴブリンの顔に放つ。
あまりの速さに反応できず、ゴブリンの頭は体を残して吹き飛んだ。
「「アギャ!?」」
仲間を瞬殺され、狼狽する2匹。だがそれをユリウスは逃しはしない。
「ぼーっとしてんな…よ!」
棒立ちになっている無手のゴブリンに左足を軸にして回し蹴りを叩き込む。
「ギャン」
もろに蹴りを受けたゴブリンは吹き飛び近くの木に激突してそのまま息絶える。
「ウガアアアアアア!」
仲間を殺られて自暴自棄なったのか、残ったゴブリンが棍棒を振りかざす。背は低くとも筋肉質なその体型から繰り出される一撃は当たればそれなりの威力はあるだろう。
「――遅すぎるな」
しかし、ユリウスはわざと紙一重に躱すとカウンター気味にゴブリンの鳩尾に掌底を思い切り叩き込む。
内臓を破裂させたゴブリンは絶命し、地面に崩れ落ちる。
「……ふぅ」
ユリウスは残心をし、ゴブリンたちがしっかりと死んでいるのを確認してから力を抜いて構えと『身体強化』を解く。
「こんなものかな。サヤ、どうだった?」
そう言って振り返ると口をぽかんと開けたままのサヤがユリウスの視界に入る。
「……………」
「サヤ?」
ユリウスはサヤに近寄って顔を覗き込むも、反応がない。
しかし、数秒後、ようやくサヤはユリウスと自分の顔と顔の距離が息がかかるぐらいまで近づいていることに気が付く。
「……! ……あ、あの」
「(か、顔が、ち、近い!)」
顔を赤くするサヤ。先程までの緊張感はどこへ行ったのやら、心臓の鼓動が速くなり、今度は別の意味で体が硬直してしまう。
「ん? どうした? 顔赤くして、具合でも悪いのか?」
そんなことは我知らず、ユリウスは先程から直立不動で動かず、顔が赤いサヤを心配してか、その頬に手を伸ばす。
「(え!? え!? 何!? 何なの!? こ、こんなところで!?)」
思わず目を瞑るサヤ。心臓の鼓動はフルマックス。その可愛らしい唇を前に突き出して全力待機である。
しかし、ユリウスの手がサヤの頬に触れた時にそれは起こった。
――ネチョッ
「ひっ」
サヤはユリウスの手の感触とは全く違うと思われる気持ち悪い頬の感触に言葉にならない悲鳴を上げる。
「ん? ……あ」
ユリウスは気付かなかった。自分の手のひらに先程のゴブリンの血が付着していたことに。
「…………………」
「…………………」
「き」
「き?」
「きゃあああああああああああ!!!!」
バチンッ! と静かな森に小気味いい音が響き渡った。
「……ごめん。悪気はなかったんだ……」
ユリウスは頬に大きな紅葉を浮かべながら謝罪の言葉を述べる。
「ふんっ、ユリウス様なんて知りませんっ」
当然のことながら、サヤは不機嫌である。ユリウスに目も合わせようとしてくれない。
「……いや、ほんとに悪かったって」
ゴブリンなんかよりよっぽど強敵だよ、とユリウスは心の中でひっそりとつぶやく。もちろん表情にも出すことは無い。どうしたものかとユリウスがあたふたしていると
「……もう」
サヤは苦笑いを浮かべて呟いた。
「?」
「……帰ったら何かひとつ言うことを聞いてください。それで許してあげます」
「……わかった。次からは気を付けるよ」
何とか許しを得たユリウスはホッと安堵する。
「(ちょっと期待しちゃったじゃないですか……)」
「ん? なんか言った?」
「何でもありません! そんなことより、さっきのあれはなんですか?」
サヤは話題を替えたいのか、強めの言葉でそう言った。
「あれ?」
「ユリウス様の動きがとても早くなったやつです」
「……ああ…あれが俺の『身体強化』だよ」
さも、何ともないようにユリウスは言った。
「いやいや、普通『身体強化』は人の動きが2倍も3倍も速くなったりしないんですよ? それに、素手で殴ってましたけど……」
サヤは心配そうにユリウスの右手を見る。
「ああ、ちゃんと拳も強化してるから大丈夫だよ」
そう言って自分の手をサヤに見せる。確かにそこには何の傷もないことがサヤにも見て取れる。
「とりあえず、これで俺の実力は認めてくれるかな?」
少し間をおいて、気持ちを落ちつけたサヤはため息を一つ吐きその問いに答える。
「……仕方がないですね。ユリウス様がこんなに強いとは思いませんでした」
「まあ、まだまだ探り探りなところはあるけどな」
ユリウスは手のひらを握ったり開いたりする。自分の中にあるものがあれですべてだとはユリウスは到底思えない。現にいまでも記憶をたどれば数多くの戦うための技術が頭の中に存在するのが分かる。
「……前も思いましたけど、ほんとにその技術は何なのでしょうか」
「それについては俺もよくわからない。いつの間にかできていた、としか言いようがないんだ」
「(言葉にするとしたら、もう一人の自分の技術、ていうところなんだけど、自分でも説明できないんだから言った所で無駄か)」
「うーん、まあ、それについては考えても仕方のないことなんでしょう。では、次は私ですね」
「どういうこと?」
サヤの言っている意味が分からずユリウスは首を傾げる。
人差し指をピンと立てながらサヤが言う。
「どのみち、ユリウス様と私は共に冒険者稼業をすることになります」
まあ、そうだな。とユリウスは首肯する。
「つまり、ユリウス様にも私の実力を知って頂かなければなりません」
「それは、さっき言ってた魔法が使えるってやつだな?」
「はい、何がどこまで使えるのか、知っていた方がいいでしょう?」
「まあ、それはそうだけど……」
ユリウスは口ごもる。
「何か?」
「いや、俺が戦えるって分かったんだから別に無理してサヤが戦う必要はないんじゃないか? それこそ、アルトガルに入学してからでも……」
「……ふふっ」
「なんだよ」
「いえ、立場が逆になってしまったと思いまして」
「……サヤが俺を心配してくれているように、俺もサヤを心配してるんだ」
「ふふっありがとうございます。でも、止めないでください。これは私自身がどこまでできるのか知りたいというのもあるんですから」
「うーん、でもなあ」
それでも引き下がれない所があるのか、ユリウスは腕を組んで唸る。しかし、ここでとどめの一言が入る。
「もしピンチだったら、ユリウス様が助けてくれるでしょ?」
と、悪戯っぽい笑みを浮かべてサヤが言った。
「うっ、そこまで言われちゃな、仕方ないか。……とりあえず、ここから離れよう。ゴブリンの血の匂いで
他の魔物が集まってくる」
「はい」
そうして、2人は場所を変えることにした。
あ、そういえば。とサヤが立ち止まる。
「ん? どうした?」
ユリウスは急に立ち止まったサヤを不思議に思う。
「ゴブリンの魔石はいいのですか?」
「……いや、そういえば剥ぎ取り用のナイフを忘れててさ」
「……もう、ちょっと抜けてるところは相変わらずですね」
「まあ……そうだな」
お待たせしましたm(__)m