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第二話 チュータ、異世界へ行く





「ふぅー。ごちそうさま」

「もう食えねぇ」

「うふふ。喜んでいただけて嬉しいですわ」

「そうだねー。あ、私行かなきゃ」


俺達の中で一番忙しいのは紡だろう。吹奏楽部に所属している紡は土日でも部活だ。前に大変じゃないか、と聞いた事があるが紡は笑って「そんな事ないよ」と言った。よっぽど音楽が好きなんだな…。


「紡、頑張れよ」

「うん! チュータも補習頑張れ」

「では私もそろそろ行きますわ」

「気が乗らないが、俺達も行くか」


時刻は十三時。最後の補習が始まる。昼飯後という事で眠気も出て来る。両手で頬をパンと叩くと一気に眠気が冷めた気がした。






「なぁ、担当の先生って誰だっけ」

「さぁ……」


いつもの教室に戻り先生を待つ。また竹内先生なんて事ないだろうけど万が一にもあるかもしれない。そんな事を考えてるとチャイムが鳴って先生が入ってきた。スキンヘッドの厳つい先生だ。真っ白な白衣を身にまとっている。


「…担当の蔵塚だ。課題を配るぞ」


竹内先生と比べ、怖くはない。ただかなりの無口・無表情だ。授業でも必要な事しか喋らない。しかしキレると竹内先生以上に怖いと噂だ。まぁ、一年生の俺達はキレる所を見た事ないけど。配られた課題に名前を書く。竹内先生の時は数学。蔵塚先生は英語だ。


『ーーーーけて…』

「……巽美、今なんか言ったか?」

「いや…これから言おうと思ったとこだけど。どうした?」

「あ、いや。なんでもない」


おかしいな…。今声が聞こえた気がしたんだけど俺の気のせいか。再び課題に集中する。英語は苦手ではないからさっさと終わらせて寝よう。そう決めて課題に取り組む。


「…………」


竹内先生の時と違って緊張感が無い。先生が無口だからって生徒達は仲いい奴と喋っている。まぁ、注意しない生徒だって分かってるから仕方ないよな。そういや巽美、いつもは話し掛けてくるのに静かだな…。チラッと隣を見てみると…寝てた。巽美は授業中いつも寝てるからな、しょうがない。こうなったら俺だけでも課題終わらせるか。


「……ん?」

「…………」


なんだ? 蔵塚先生がこっちを見てる気がする…。鋭い瞳で睨まれ、背筋が凍る。怖い、怖いよ。俺何かしたか?

考えてみても心当たりがない。きっと課題に手を付けてないからか? そう思い、課題に集中する事にした。


『ーーーーたすーーけーーーて……』

「っ!」


また声だ…。女の子特有の、少し高い声が頭に直接響く。教室に居る生徒かと思ったが違う。補習には女子も居るが席は離れてるし、何より頭に直接話し掛けるなんて超能力者ぐらいしか無理だ。この声の主は何を思って語り掛けてきてるんだろう…。


「…チュータ。大丈夫か?」


巽美の声で我に返った。どうやら心配してくれてるらしい。大丈夫だ、と言っても怪しまれる。いつの間にか汗をかいてたみたいで少し暑い。まだ疑ってくる巽美に本当に大丈夫だから、と言ったらそうか…、分かった。と言って自分の課題に手を付け始めた。


「……ふぅ」


軽くため息を漏らす。それにしても、あの声、なんだったんだろう。そんな事を考えながら課題に取り組む。





それからは声も聞こえる事なく、授業は無事に終わった。気付けば十六時。紡と仁香ちゃんの部活もそろそろ終わる頃だ。課題も終わらせたし、これで補習は終わり。後は楽しい夏休みが待ってるぜ!


「紡ちゃんと仁香が来るまでここで待つんだろ?」

「あぁ」


巽美は机に伏せながらそう言った。鮮やかなオレンジ色の陽が教室を照らす。生徒達が次々と帰る中、蔵塚先生はまだ残っている。課題の数を数えてるのだろうか?

蔵塚先生は課題を手に持ち教室を出ていくのかと思ったら違った。何故かこっちに歩いて来るのだ。ってか、え? なんでこっちに来るんだ!?


「……あ、あの。課題はちゃんと出しましたよ! ひょっとして…えっと、帰らない理由ですか? 実は友達を待ってるんです。来たらすぐ帰るので…」


俺、何一人で喋ってるんだよ! 蔵塚先生は何も言わず俺を見るだけだし。巽美はまた笑ってるし。ってか助けろよ巽美!


「……………気を付けろ。今日は早く帰った方がいい」

「へ?」


やっと口開いたと思ったらそんな事?

でもそれにしては謎めいてると思う。気を付けろ、は夕方だからって理由だとして、早く帰った方が良い。これも夕方だからなのか?

よく分からないけど分かる事は紡達を待たないですぐ帰れ。と遠回しに言われてるんだ。


「……すいません。二人より四人で帰った方が危なくないだろうし、えっと……勝手に帰るのも悪いと思うんですよ…ね。あははは」

「……………」


ここまで言っても引き下がらないとは…。蔵塚先生は俺達を早く帰らせようとしている。それは先生だから、って気もするけど別の意味の方が強いと感じた。


「…大丈夫っすよ。不審者が出ても俺が蹴散らすんで」

「た、巽美!」


ようやく巽美が言ってくれた!ヤンキーの巽美なら大抵の先生は引き下がるんだが、やっぱり蔵塚先生は下がらないか。でも確かに巽美に蹴散らされる不審者に同情してしまうな。


「……そうか。ならばこれは忠告だ…………『フレイヤ』は信用するな……無事に帰って来られる事を祈ろう」

「え、ちょっ」


それだけ言って蔵塚先生は教室を出て行った。無口な蔵塚先生があんなに喋るなんて……いや、それより先生が言った『フレイヤ』ってなんだ?

それに無事に帰って来られるって、俺達がどこかに行くみたいに。


「おかしな奴だな、蔵塚って。なんだよ『フレイヤ』って。俺にビビったのかもな」

「あのなー。あの先生がお前にビビるかよ………確かに、先生が言った『フレイヤ』ってなんだろ。信用するな、だから人か?」

「…この学校にそんな名前の奴が居たら有名じゃないか? きっと蔵塚がテキトーに考えたんだろ。あー、ねみぃ」


蔵塚先生の適当、か。でもそんな感じはしなかったな……むしろ少し悲しそうな瞳だった。気になるし帰りにでも職員室に寄って聞いてみるか。


「遅くなってごめーん!」

「ごめんなさいですわ」


いいタイミングで紡と仁香ちゃんが帰ってきた。時刻は十六時半、まぁ早い方だ。走って来たのだろうか額には汗が滲んでいる。


「いや大丈夫だ。よし、帰るか!」

「そうねっ」

「あ〜。ねみぃ」

「巽美、ちゃんと課題終わらせました?」


やっと帰れる…そう思った時だった。


「きゃっ! じ、地震!?」

「デカイぞ」


突然の地震が俺達を襲う。俺は紡を抱き寄せ、同じように巽美は仁香ちゃんを抱き寄せる。数秒で揺れが収まったが次は床が真っ白く輝きだしたのだ。


「どうなってるのー!」

「くそっ、前が見えねぇ… 」

「眩しいですわ」

「っ、みんな!」


あまりの眩しさで前が見えなくなる。すぐ隣に居た筈の紡に呼び掛けても返事がない。まるでこの教室全体が音を遮断されたような感じだ。どんなに名前を呼んでも、自分の声も周りの声すら聞こえない。ただ無音が続くだけ…。しばらく経つと眩しさに慣れてきたのか、少しだけ目を開けられた。少し安堵してから完全に目を開く。しかし不思議な事に元居た教室ではない。いや、教室なのかもしれないが違うのかもしれない。俺は真っ白な空間にいた。どこまでも真っ白で、壁なんて無さそうな感じだ。


「…紡? 巽美……仁香ちゃんっ!?」


友達の名前を呼んでみるが応答はない。もしかしたら返事が返ってくるんじゃないかという俺の期待は裏切られた。ここはどこなんだろう、みんなはどこにいる?

何故、俺は一人で居るんだろうか。様々な疑問が浮かぶ。その中で蔵塚先生が言った言葉を思い出した。『無事に帰って来られる事を祈ろう』。まるでこうなる事を知ってたみたいな言い方だ。


「おやおや、お前さんが最後か」

「っ!」


さっきまで俺しか居なかった筈だ。俺以外の声が聞こえる訳がない。なのになんで……お爺さんが居るんだ?それに俺が最後って…。


「あの、ここはどこですか? 友達は! ちゃんと教室に戻して下さい!」

「ふおっ、ふおっ、ふおっ。まずは最初の質問の答えじゃが。ここは異空間という場所じゃ」

「異空間?」

「そう。これからお前さん達には異世界の勇者として召喚する…ここはその前の通り道じゃよ」


異世界、勇者。どれも小説や漫画の話しだ。この状況は夢だよな?

だってこんな事、実際にある筈がない。俺が勇者なんてきっと夢だ。そう願って頬を思いっきりつねってみる………うん、痛い。涙が出る程に痛かった。という事はこれは現実なのか…?


「二つ目の答えじゃ。同じようにここへ来た友達は既に異世界へ送り届けた、今頃は着いてる筈じゃ」

「え! 紡達も異世界に…」


異世界と言ったら魔物や悪魔が出る危険な場所。そんな場所に巽美はともかく紡と仁香ちゃんが行くなんて。じゃあやっぱり俺も召喚されるのか…。


「そして三つ目じゃが、元の場所に戻すのは現時点では無理じゃ」

「そ、そんな…」

「勇者として召喚される目的は何か分かるか?」


テンプレで言うと魔王討伐だよな。でもそれは当たって欲しくない。そう願いながら言ってみると当たっていた。だよなー、召喚となればそうなるよな…。


「普通の何の力も持たない者を召喚するにはリスクがある。今、異世界でお前さん達を呼んだ王女の気持ちを分かって欲しい…」


……本当は異世界なんて怖い。小説ならともかく、これは現実の話しだ。魔物もうじゃうじゃ出るだろう。怖いけど紡達はもう異世界なんだ。置いていけない。


「……分かった。でも力とかは」

「それなら問題はない。異世界に着けば力は既に持ってる筈じゃ。力はワシがやろう。いいか、欲しい力を心の中で強く思うんじゃ」

「強く、思う…」


力をくれるなら迷わない。現実では叶わないと思った夢、それは吸血鬼(ヴァンパイア)になりたい! お爺さんに言われた通り、心に強く思う。


「ふむ。お前さんの言う力は流石のワシでも無理がある……だが、与えよう。言っておくがワシの力は身体の構成は変えられん。つまり、ニセモノじゃ。それでもお前さんが強く思うのならーーーー」


なんだ。途中からお爺さんの声が聞こえなくなった…それに眠い気がする。襲い掛かる睡魔に身を委ねて俺は眠りについた。




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