新今宮いもうとランド
新今宮いもうとランドは大阪の新今宮駅から徒歩一分の所にある。
アクセスには大阪環状線、もしくは南海電鉄線が便利だろう。
また、市営地下鉄ならば御堂筋線、堺筋線を利用することもできる。
どの路線を使うにしても非常に交通の便がよろしい立地だ。
そんな大都市大阪の駅に、いま俺はいる。
朝の七時。
日がようやく昇り始め、早めの通勤客で混雑する新今宮駅。
今日も新今宮いもうとランドに通勤する為にこの駅に降り立つ。
「さてっと、一日頑張るかな!」
威勢のよい掛け声とともに駅の改札を出ると、ムワッとしたアンモニア臭が鼻を突く。
視線の向こう側の歩道にはダンボールとブルーシートで構築された一国一城が軒を連ねている。
ギャーギャーと遠く聞こえるのは天王寺動物園で飼われている鳥達だ。
鳴き声がいっそう煩い。またライオンでも脱走したのだろう。
その手前には世界の大温泉。俺もよく利用させてもらっている。
隣には入ったら二度と出てこられないことで有名な魔界『新世界』への入り口がある。お手軽にスリリング体験が出来るグッドな立地だ。
そして、駅からもっとも近い場所にあり、すでにその巨大な威風を堂々と晒しているのが我らが愛すべきテーマパーク。
妹たちが出迎え、妹たちと楽しみ、妹たちと夢を見る、すべてのお兄ちゃんの理想郷、
――新今宮いもうとランドだ。
新今宮いもうとランドで働く従業員はすべて"妹"と呼ばれる。来場者は"お兄ちゃん"だ。
俺が妹としてここ新今宮いもうとランドに採用されたのは奇跡と言っても過言ではない。
いま人気急上昇中のこのテーマパークで働きたいという人は星の数ほどいる。
海外からも多くの来場者を迎えるここ新今宮いもうとランドで働くということは、それだけで一種のステータスめいたものを有している。
もちろん、それに伴う職責は決して軽いものではない。
ここはお兄ちゃんたちの羽休め場、夢と希望の新今宮いもうとランド。妹に相応しくない人物など欠片も必要とされていない場所なのだ。
誇らしい気持ちを胸に秘めると、まだ明かりも点灯しておらず閑散とした入場口の隅に併設された従業員用出入り口から中に入る。
ねぼすけさんなアトラクションは未だ夢の中だ。
……新今宮いもうとランドは、かつてフェスティバルゲートと呼ばれるテーマパークだった。
街のど真ん中にあるテーマパークということで一時期話題になり、入場者数もそれなりにあったのだが、はたして何が悪かったのか時代の波に晒されあえなく経営破綻となってしまう。
その後、手付かずのテーマパークを買い取る企業も現れずに長らく放置されていたのだが。
そんな夢の成れ果てを買い取る酔狂な企業が、この日本にもまだ存在していたらしい。
その年、フェスティバルゲートは新今宮いもうとランドとして生まれ変わったのだ。
それが、俺が愛する新今宮いもうとランドの誕生秘話である。
人々の笑顔は、またこの新今宮の地で輝き出すのだ。
「ふぅ、いつ見ても壮観だな……」
園内を歩きながら、ぼんやりと新今宮いもうとランドの成り立ちについて思いを馳せていた俺の視界に巨大なレールが映り込む。
新今宮いもうとランドは一見すると巨大なビル状の建物となっているのが、その中に様々なアトラクションが詰まっている。
このジェットコースター、もとい『いもうとドキドキ☆コースター』もそうだ。
建物をくり抜くように縦横無尽に張り巡らされたレールは、まるでビルの間を飛び交うかのような錯覚と迫力を乗り手に感じさせてくれ、それだけでも十分に搭乗の価値ある。
それだけではない。
ここはいもうとランドなのだ。
当然搭乗者の横には等身大の妹人形が設置されている。
このコースター、お兄ちゃんは乗る際に手前の安全バーを片手で掴むよう伝えられるのだが、
――ではもう片方の手はどうするのか?
もちろん妹人形の手を掴むのだ。
お兄ちゃんと妹はいつでも一緒だ。それがこの場所における絶対不変のルールである。
このように妹と一緒にコースターに乗るお兄ちゃん。
コースターの稼働時、妹人形からは様々な音声が流される。
「お兄ちゃん……、あたし怖いよぉ」
「手、ぎゅっとしててね? お兄ちゃん……」
「お兄ちゃんコースター平気なんだぁ? わ、わわ私だって大丈夫なんだからねっ!」
お兄ちゃんはそれらの言葉にアドリブで返しても良いし、黙って妹の手を強く握っても良い。
お兄ちゃんと妹の数だけ絆がある。
それが、新今宮いもうとランドなのだ。
数々の絆とドラマを産んできたコースターを横目に歩みを進めると、次は『いもうと☆らぶらぶ観覧車』が目に飛び込んでくる。
ここはランドの中でも一二を争う人気スポットだ。
特に夕方、夕焼けが映える時間帯でお兄ちゃんの利用はピークに達する。
もちろん理由は簡単。
妹告白イベントの為だ。
一日妹と存分に楽しんだお兄ちゃん。だが遊び足りない妹は最後に観覧車に乗りたいとダダを捏ねる。
しぶしぶ観覧車に同乗するお兄ちゃんだったが、何故かあれほど元気だった妹がおとなしい。
それどころか顔は赤らみ、瞳は潤みお兄ちゃんを見つめてくる。
やがて、胸の高鳴りと観覧車の高度が最高潮に達した時…………。
同乗する妹人形は一人10万円でお家にお迎えすることができるが、一緒に帰るお兄ちゃんは後を絶たず妹人形の供給が間に合っていないらしい。
すべてのお兄ちゃんの笑顔のためにも、早く対応してほしいものだ。
新今宮いもうとランドの魅力はまだまだある。
他にも妹が突然「ばぁ~! お化けだぞ~怖いかお兄ちゃん~!」と驚かしてきてお兄ちゃんをほっこりさせてくれる『いもうと屋敷』。
注文すると必ず「えへへ、私もお兄ちゃんと一緒の食べちゃお♪」とアナウンスが流れて自動的に二人前の注文がされる『いもうとレストラン』。
そして、園内を闊歩してはお兄ちゃんたちと握手したり抱きついたり写真を撮ったりする『いもうとマスコット』等だ。
その他にも新今宮いもうとランドの良い所は枚挙にいとまがないのだが、残念ながらそれもそろそろ終わりそうだ。仕事……いや、妹の時間がやってきた。
園内の奥、ひっそりと備え付けられた妹専用のスタッフルームへと滑り込んだ俺は、勝手知ったる仕事場とばかりにずんずんと進んでいく。
やがて汗と木綿、そしてビニールの混ざったムワッとする香りにする部屋へと到達する。
視線が一斉に俺に向かう。
だがそれは気のせいだ。
なぜならその視線とは、マスコット用のいもうと着ぐるみのものだから……。
そう、これが俺の仕事だ。
妹の着ぐるみを着てマスコットとしてお兄ちゃんたちを癒やす。
甘えん坊な仕草と愛らしい容姿、誰もが知ってる『いもうとマスコット』。
誇りと責任に満ち溢れた新今宮いもうとランドの華形職業だ。
開園の時間は刻一刻と迫っている。
同僚の妹たちと軽く雑談を交わしながら素早い動作で着ぐるみを着こむ。
フリフリの可愛らしい衣装に身を包んだ着ぐるみを着こむと、どんどんと心が妹になる気がする。
頭をかぶり、中に入った変声器のスイッチを入れる。
あー、あーと声を出すと、勝手知ったる自分の声とは違って可愛らしい妹として相応しい声音が流れた。
「よ~っしっ! 今日も頑張ってお兄ちゃんたちを癒やしちゃうぞっ♪」
すでに俺……私は妹だ。
もはやお兄ちゃんたちのことしか考えられない。
壁にかけられたボードから今日のシフトを確認すると、タイムカードを押して園内へと踊りだす。
ファンファーレが聴こえた。
一斉に園内に明かりが灯り、アトラクションが寝ぼけ眼であくびを上げている。
入場口からは疲れ果てた三十代~五十代男性――お兄ちゃんが夢と癒やしを求めて精気のない瞳でやってきている。
よーっし、待っててねお兄ちゃん。私が絶対お兄ちゃんを元気にしてみせるから!
やがて人の波が眼前まで迫る。
私は大きく手を広げ、精一杯の元気をお兄ちゃんたちにプレゼントする。
「いらっしゃいませお兄ちゃん! 新今宮いもうとランドへようこそ!!」
今日も新今宮いもうとランドは元気に開園しているよっ♪
お兄ちゃんも、是非私たちに会いに来てねっ!