熱、あ、行けね。そういうことで甲子園。
ツイッターのフォロワー依奈さんから、古賀美里さんをお借りしました。結構面白い作品に仕上がりました。マネージャーの代役を立てていいのか、他の部活の生徒がベンチ入りしていいのか、ツッコミどころ満載ですが、よければスルーしてくださいませm(__)m。心より楽しんでくれるのを期待しております♪
「あ、熱、そう。すっげぇの。だから今日、行けねぇわ」
「だぁ! なんだそれ! マジか!」
高鷺高校の野球部、三年生キャプテン、新原和音は、女マネージャーの多賀玲の突然の電話にもんどりうつ。ロッカールームで地団駄を踏んで、悔しがり、何度も玲を説得しようと試みる。
「熱で来れねぇって! なんだよそれ! 今日準決勝だぞ! しかも相手は優勝候補!」
そう。和音率いる高鷺高校野球部は、弱小の烙印を押されながらも、あれよあれよという間に勝ち抜き、甲子園地方予選の準決勝にまで進んでいた。
「準決勝? 何それ。美味しいの? 和音ー。あんたさぁ。乙女が熱で倒れてるのに『大丈夫』の一言もかけられないの?」
「誰が乙女だ。誰が」
「私、私。気づかなかったぁ? それじゃあ行けないから切るね」
プチっ。そう玲は和音に返すと、携帯を切る。「何て奴だ」。そう零す和音に、一年生の小林淳司が両手を広げて、声をかける。
「どうします? キャプテン。マネージャーの仕事って結構おっきいんですよね。水分の補給に、スコアラー。それに何といっても女子マネージャーの声援が僕達にはひどっく!」
するとロッカールームにいたもう一人の部員、サウスポーエース、近藤左京が立ち上がる。
「いいじゃねぇか。女マネなんて関係ねぇよ。俺達がここまで来たのは運と実力が、たまったま! いい感じに重なっただけ。負ける時は女マネがいようがいまいが、負けるんだよ」
「だけどぉ! んんー! 何とか言ってくださいよぉ! 和音さん!」
淳司は、拳を握りしめて呻いた。和音は口元に手を当てる。
「んんー、取り敢えずこまごまとした仕事が出来る子は必要だなぁ。どうしよう」
すると淳司が閃いたように口を開く。
「マネージャーの代役だったらいます!」
『誰!?』
部員全員が淳司の方を向いた。淳司は「役に立つかどうかは分からないですけど」と前置きした上で言う。
「一年生の古賀美里ちゃんです! バレー部のマネージャー! 彼女、中学校の頃のクラスメートなんです! 美里ちゃん、多分この時間帯空いてるかも!? って言うか!」
『って言うか?』
左京を除く部員全員が、声を揃える。
「彼女、今日全校応援の一人として来ているかも。呼んで来れば、助けてくれるかもかもです!」
その言葉を聞いた和音は、淳司にゴーサインを出す。
「そうと決まれば話は早い! 客席に行って美里ちゃん? 彼女を連れて来て!」
「はい! 分かりました!」
淳司はそう言って、駆け出そうとするが、それを左京が止める。
「古賀美里ってあれだろ? 篠田の右京君とつながってるって子だろ? 俺はヤダね。何か気まずいし、第一『野球』の『や』の字も知らない奴をベンチに入れるのは反対だ」
「そんなぁ。左京先輩。バレー部の『モテモテ右京』に野球部の『ダメダメ左京』って呼ばれてたからってそりゃ大人気ないっすよ」
思わず淳司がそう零すと彼の口を、和音を始め部員全員が塞ぐ。
『バカ! それ言うなし!』
左京は淳司を睨み付ける。
「なん、だと?」
「いや、それはその、すいません!」
淳司は左京に頭を下げる。するとそのやり取りを見ていた、監督の小松浩三が口を挟む。
「あー、何だ。玲が来れないのは仕方ない。それにマネージャーの仕事は誰かがやらなきゃいけない。その古賀美里さんとやらに代役が務まるなら、話は早いじゃないか」
「さっすが監督! 話が分かる。さすが『仏の小松』の異名を持つ男!」
そう淳司に乗せられて、小松も満更ではなさそうだ。一人納得していない様子の左京を、小松は宥める。
「まっ、つまらない因縁にこだわっても仕方のないことだ。左京。分かってくれるな」
「分かり……、ました」
そう左京が頷くと早速「行ってきまっす!」と言って淳司は、美里を探しに行った。和音が左京に何気なく囁きかける。
「ありがとう。そしてワルイ。左京。お前の力でここまで来れたって言うのに」
「別に構いやしねぇよ」
左京はそう言ってピッチンググローブを手にして立ち上がる。その瞳には勝利への執念があった。
一方淳司の方は、観客席にいた美里を連れて、女子マネージャーのローカールームに向かっていた。
「ちょっとちょっと! 何言ってるか全然分かんないんだけど!」
腕を引っ張られて戸惑い気味の美里に、淳司はマネージャーの衣服を渡す。
「ウチのマネージャー、風邪。来れない。で代役。そしてこれがぁ、はい! 服。着替えて着替えて~」
「訳わかんないんだけど、ちょっと。ホントに」
そう言いながらもロッカールームに入り、着替える辺りが、美里の物分かりのいいところ、素直なところか。美里は着替えを済ませるとベンチに向かう。そこでは部員達が、プレイボールに備えようとしている。淳司は早口でマネージャーの仕事を伝える。
「えっと、時折飲み物を部員に渡して、黄色いメガホンから『ファイトー!』とでも声援送ればオッケー! それで何とかカタチになるから。オケ? じゃあ行くね」
そう言うと淳司は、和音の「よっしゃ、行くぞぉ!」の掛け声とともにグラウンドに走り出していった。美里はポツンと一人ベンチに座り込み、ため息交じりに零す。
「『それでオッケー』って言われてもね。私、野球全然知らないし」
そんな美里の気持ちを置き去りにして試合は進む。初回乱調気味だった左京は、4点を失うも何とか立ち直り、後続を抑えていく。
飲み物を用意したり、ベンチを拭いたり、そこそこの仕事をこなしていく美里に、野球部員達は徐々に信頼を置いていく。だが左京だけは別だった。不貞腐れて美里を見ようともしない。淳司が右掌を頬に翳して、左京に呼びかける。
「大人気ないっすよー。左京先輩」
「いいんだよ。一日限りのマネージャーなんだから。親しくなんかならなくたって」
その言葉を聞いた美里はスックと立ち上がり、左京に近づく。若干コワモテの左京、ここまでチームを引っ張ってくれてきた左京には、キャプテンの和音と言えども、中々意見出来ないのが実は現状だった。美里は口を開く。
「左京先輩」
「何だ?」という様子で左京は美里を見る。ベンチに緊張が走る。監督の「仏の小松」だけがニコニコ顔だ。美里は両手を広げる。
「ここまでのところ、私が見た限り! このチームは左京先輩のチームです。その左京先輩が不機嫌だったら……!」
「だったら?」
左京のその言葉に、美里はややたじろぐ。俯いて指をモジモジさせる。その美里を和音が後押しする。
「頑張って。美里ちゃん」
「あ、は、はい! ありがとうございます」
美里を睨み付ける左京。その左京を見つめる美里。その沈黙を美里は破る。
「左京先輩が不機嫌だったら! このチーム、絶対に勝てないと思います! だから! 不貞腐れてないで! ファイト! オー!」
しばらく高鷺高校のベンチが静まり返る。次の瞬間、仏の小松が高らかに笑う。
「ハッハッハ! 美里ちゃんの言う通りだ。左京。お前が試合に集中してなきゃ、このチームは勝てないぞ? 何だ? 『モテモテの右京に、ダメダメの左京?』 そんなくだらない物言い、お前の方から覆してやれ」
その瞬間、左京の瞳がギラリと光る。
「よぉし! 分かったぁ! 但しだ 古賀美里。今後何があっても俺に意見してくれるな。お前の言うことを聞くのはこれが最初で最後だ!」
「もちろんです! 私だって好きで関わったわけじゃありません!」
緊迫するベンチ。それを和音が宥める。
「まぁ、左京。ここは俺達が引こう。彼女がマネージャーの仕事をしてくれて助かってるのは、確かなんだから」
「分かったよ。和音。相変わらずお人よしだな。お前は」
それを聞いた和音は微笑む。
「お前が尖りすぎなんだよ。左京」
「違いない」
その二人のやり取りを前にして、一気にボルテージの上がった高鷺高校の部員は、気合いを入れてベンチを飛び出していく。
「よっしゃ、行こう!!!」
その後の高鷺高校は、好プレーに次ぐ好プレーで、試合を一気に引き締めていく。左京のピッチングはもちろん冴え渡り、無失点に抑え続け、打線も2点を返し、試合は終盤を迎える。
だが相手は優勝候補筆頭、甲子園確実とまで言われたチーム。中々最後の一押しが出来ないでいた。やがて試合は9回の裏ツーアウトにまで来てしまった。
あと一人凡退すれば、ゲームセット。甲子園への道は断たれる。そしてバッターは一年ながら、三番を任されている淳司。淳司は震えあがり、バットを持つ手が揺れている。
すると誰からともなく、諦めの声がベンチから聞こえてくる。
「まぁ、俺達よくやったよな」
「ああ、頑張った」
「高鷺高校史上最弱と言われながら良くここまで来たよ」
「まっ、諦めもつくよな」
するとその言葉を聞いた和音と左京が立ち上がる。
「てめぇら……!」
そう左京が言い掛けた時、真っ先に部員達の目の前に立ちはだかったのは他ならぬ美里だった。
「みなさんは!」
全員が美里の方を振り向く。仏の小松だけホクホク顔だ。美里は大声で言う。
「みなさんは、強いんです! 見てたら分かります! だから……!」
左京、和音、淳司を含め部員達は息を飲む。美里は大きく両手を広げる。
「だから絶対に! 絶対にっ! 勝ちます!」
その言葉を聞いた和音は痺れる。和音は「よしっ」と小さく声をあげると、淳司に囁く。
「3番は淳司、お前。4番はこの俺。そして5番は左京。この三人で何としてもひっくり返す。左京まで回せ」
淳司は自分を奮い立たせる。
「おっし、自分、やります!」
淳司がバッターボックスに向かうのに合わせて、部員達も声を揃える。
「やってやろうじゃねぇか!」
「おうよ! 淳司行けー!」
「左京さんにまで回せ!」
和音はフーッと大きく息を吐くと、左京の隣に立つ。左京と和音は視線さえ合わさずに言葉を交わす。左京は口にする。
「わりぃな。和音」
「いや、なぁに、死なばもろともだ」
そう言い残して、和音はネクストバッターズサークルに立った。試合は再開する。淳司がねばり続ける中、監督の小松が左京に話しかける。
「なぁ、左京」
「何です? 監督」
「本当は、お前には野球強豪校からの誘いがあったんだよ」
「そうなんですか」
初めて聞く事実に、左京は淡々と応える。その左京に小松は言う。
「それを、お前のご両親に、何とか高鷺に来てくれないかと、お願いしたのは俺なんだ」
「何なんですか。その話。初めて聞く話ばかりです。両親からも聞いたことがない」
小松は帽子を深々と被る。
「口止めしておいたんだよ。ご両親にはな。今考えるとワルイことしたと思ってる」
「こんな時に謝罪ですか。そんなものはいりませんよ。で、結局何が言いたいんです? 監督」
その左京の言葉に即座に小松は応える。
「ここまで俺達を連れてきてくれてありがとう」
「……」
左京が小松の言葉を聞いて黙り込んだ瞬間、歓声が鳴り響く。淳司がライト前へクリーンヒットを放ったのだ。和音がバッターボックスに立ち、左京もベンチを出る。
「その話は、またいつかしましょう。結構あとになると思いますよ」
「どうして?」
そう訊かれた左京は零す。
「優勝旗を甲子園から持って帰りますから」
その言葉と同時に響く歓声。和音もセンター前にヒットを放ち、一塁でガッツポーズをする。その和音の姿が左京の目にも映る。
いよいよお膳立てが整い、バッターは左京。その初球。美里は大きな声をあげた。あげたはずだった。
「左京さん、行けー!!!」
だがその声は、一瞬の静けさののち、大歓声にかき消された。打球はレフトポール際を通って、スタンドに転がった。逆転サヨナラスリーラン。怒号のような歓声をあげて、部員達はベンチを飛び出す。
試合終了。これで美里の最初で最後の野球部マネージャー経験が終わった。試合後、記念撮影をしようと淳司が美里を呼んだところ、澄みきった声が美里のもとに届く。バレー部の篠田右京だった。美里は右京に駆け寄る。
「篠田先輩!」
「あっ……!」っと零した淳司を和音と左京が、招き寄せる。
「まっ、仕方ない。勝利の女神が協力してくれるのは一瞬というわけだ」
「なるほどー。切ないっす」
そう言って涙を拭うフリをする淳司に、野球部部員達は笑った。
9月。残暑も遠のいた1日。夏休みも終わり、3年生部員の送別会、その集合場所の部室に、玲からまたも電話が入る。
「あ、ゴメン、熱。だから行けねぇや」
「だからって、おまっ!」
ツーッツーッツーッ。和音の引き留める声も虚しく、電話は切られる。「ったく!」そう零す和音の肩を、穏やかな瞳の左京が叩く。
「まっ、いいじゃないか。休ませてやれよ。今日くらい。玲のスコアラーとしての力がなかったら俺達は」
「ん、そうだな。ゆっくり休ませてやるか」
その二人のやり取りを聞いた淳司は、大きな声をあげる。
「さぁ、和音先輩、左京先輩を送り出すために、今日はパーッと行きましょう! パーッと!」
その声を皮切りにして、送別会の会場へと、高鷺高校の部員達は出向いていく。人影のなくなった部室には、甲子園の優勝旗がひっそりと飾られていた。