異能ジャンケン
「佐藤ってジャンケン強いんだぜ」
そう言い出したのは、佐藤の中学時代からの友人である田中だった。
高校に入学して一週間くらい経った平日の昼休み、高校に入って知り合った鈴木も加えて、三人で昼食を共にしていた時のことだ。
「マジで? ジャンケンなら俺も結構自信あるんだ」
鈴木は不敵な笑みを浮かべて答える。
佐藤は口にこそ出さなかったが、ジャンケンには絶対的な自信を持っていた。自分の唯一と言ってもいい特技の見せ場だと思い、
「それなら、せっかくだから何か賭けてジャンケンしようぜ」
と提案して、負けた方が購買でプリンを買って勝者に渡すということになった。
すると、意外なことに田中が挙手する。
「おっ、だったら俺も参加しようかな。いつも佐藤には負けてたが、今日は鈴木も居るし、タイマンじゃなければ勝てるかもしれないしな!」
そんなわけで、三人で賭けジャンケンを行うことになった。
――残念だったな田中。そして悪いな鈴木。
佐藤は、昼食を乗せた教室の机を挟んで座っている二人の友人を見やる。
タイマンじゃ無くなったところで、佐藤には少しの焦りも無い。
佐藤のジャンケンは、運や人数などに左右されるものでは無いのだ。ゆっくりと目蓋を閉じる。
「それじゃ行くぞ」田中が代表して、掛け声を口にする。「最初はグー! ジャンケン――」
佐藤はその瞬間、目を見開いた。
中二病だと言われたくないし、話したところで他人に信じて貰える程のものでは無いので、決して口には出さないが、佐藤は『異能の力』を持っている。
それはジャンケンする時だけに発動する力で、周囲が限りなくスローに見え、相手の筋肉の動きを詳細に読み取れるというもの。
まさに『魔眼』とでも言うべき異能だった。
すぐに田中がパーを出そうとしていることが分かる。鈴木もパー。
佐藤は自信の勝利を確信して、笑みを浮かべる。
(俺は勉強も、運動も人並みで、女子にもモテ無いが、これだけは誰にも負けない。俺は……世界で一番ジャンケンが強い!)
勝者の栄光とプリンを手にするべく、チョキを出そうとした、その時だった。
(な……に……!?)
小数点の後に無数のゼロが並ぶ程に引き延ばされた時間の中で、異変が起きる。
パーを出そうとしていた鈴木の手の筋肉が、グーを出す動きに変更されたのだ。
まるで佐藤の手を読んで、計算し、引き分けに持ち込もうとしているかのように。
佐藤が視線を上げると、そこには鈴木の不敵な笑みがあった。
(こいつ……!?)
鈴木は佐藤がチョキを出すのを最初から読んでいた。
田中の言う通り、佐藤は確かにジャンケンが強いようだった。動体視力に優れているのか、こちらが出そうとしたパーを見越していた。
ただ、幾ら目が良くとも、鈴木がジャンケンにおいて敗北することはあり得ない。
何故ならば、鈴木はジャンケン時限定で発動出来る異能の力を持っているからだ。
それは周囲の時間が限りなく遅く感じられ、未来に訪れるジャンケンの結果がイメージとして脳内に現れるというもの。
いわば『未来視』。
言えば中二病と馬鹿にされるのは必至なので、誰にも話さずにいるが、この未来視を使って敗れたことは一度も無い。
(ククク……これでプリンは俺の物だ!)
プリンは、鈴木の大好物なのだ。
しかし刹那、未来視によるビジョンにノイズが走る。
テレビの電波が悪くなったかのように、ビジョンは乱れて行き、やがて何事も無かったかのように鮮明になる。
鈴木はそこで、驚き、目を見開いた。
(なん……だと……!?)
未来のビジョンは、このままだと鈴木が敗北することを告げていた。
先程までチョキを出すはずだった佐藤の手がパーの形に変わっていたのだ。
(くっ……ならば!)
鈴木は佐藤のパーに打ち勝つべく、チョキを作ろうと手を動かす。だが。
またしてもノイズが走り、チャンネルでも切り替わるようにビジョンが佐藤のグーを映し出す。
何度も手を変える。フェイクとして、引き分けの手を出そうとしても佐藤の手がそれを読んで食らい付いてくる。
(なんなんだこいつは!?)
これではまるで――
佐藤は動揺していた。
どれだけ手を変えようとも、鈴木がそれを読んで潰しに来る。
(俺の魔眼の先を行くなんて……!)
こんな相手は初めてだ。
これではまるで――
佐藤と鈴木はこの時、全く同じことを思っていた。
――これではまるで、相手が自分と同じ異能を持っているようではないか、と。
田中は、佐藤と鈴木を交互に見やった。
二人はお互いに半端に手を引っ込めて、ウニョウニョと指を絶え間なく動かしている。
彼らの視線は相手の手に集中していて、顔は真剣そのものだ。
やがて、二人は手の動きを止めた。何かの決着をみたようだ。
佐藤と鈴木が顔を上げ、目を合わせる。それから二人は、ふっと笑った。
「やるじゃねぇか、鈴木」
「お前もな、佐藤」
そう言ってから、お互いの健闘を称えあうようにがっしりと握手する。
「この勝負、引き分けだな」
「ああ」
そこには言葉を超越した友情のようなものが芽生えているようだった。
そんな二人に、パーの手を出している田中は言った。
「いや、お前ら二人の後出し負けだから」