私の好きな人
「先輩、また見てるんですか?」
いつのまに横に来たのか1つ下の後輩た智南が、私の顔を覗きこんで言った。目が笑っている。
「え…あ…うん。まぁ、ね」
私は窓から離れながら答えた。
ここは音楽室。4階の端っこにあるこの教室の向かって左の窓からは、ちょうどグラウンドが見渡せる。放課後になると、サッカー部の練習風景が映し出されるのだ。
「先輩の好きな人って、キーパーの人でしたっけ?」
智南は窓から身を乗り出して今にも飛び出していきそうで、私は慌てて言う。
「そうやけど、ちなみちゃん危ないよ!止めなさい」
「うーん…ここからじゃ顔がよく見えないですねー…」
智南は近眼で、眼鏡をかけてはいるが、最近また度が進んだらしい。諦めて窓から身を引っ込めた。ホッと安堵する。
「ちなみちゃんは陸上部の淳くんが好きなんよね?なんか進ん
だ?」
「それがですねー…実は来週の日曜日、一緒にお祭り行くんで すよ!」
智南は目をキラキラさせている。
「えー!すごいやん!良かったねー」
後輩の恋の進展に、私も嬉しくなる。
「…まぁ、6人で行くんですけどね」
「いいやん。がんばってアピールよアピール!ちなみちゃん気
が利くし、頭いいし、かわいいんやけん大丈夫よ」
「はい!プライベートで出かけられるだけでも嬉しいんで、他
の人おってもがんばってアピールします」
智南は興奮気味に頬を赤らめながら、私を見た。眼鏡の奥の丸くて黒い瞳と、線の細い柔らかな黒髪が愛らしい。私が男なら好きになったかもしれない。
「その意気よ!」
と後輩に微笑み、さぁそろそろ練習再開しないと…と楽器の所に戻ろうとした瞬間、
「先輩は、どうなんですか?」
と、智南に質問された。さっき私が聞いたからだ。どうって…
「どうもこうもないよ。何も進展なし。…さ、練習しよ」
野崎賢介中学3年生。サッカー部所属。現在のポジションはキーパー。私とは小学生のころからの幼なじみで、口は悪いが根は優しい奴。身長は 175センチ。中学1年生までは私より小さかったのに、最近随分伸びた。ちょっと変な感じ。ちなみに今は違うクラス。
以上、私の好きな人の情報。
「でも長いよね~アリスは。小学生の時から好きなんやろ?も う何年?」
休み時間は恋バナ率百パーセント。仲の良い友だちと惚れた腫れたの話で盛り上がる。中高生の大半の女子はきっとそうじゃないだろうか。
「えっと…5年かな」
「てことは、小5の時から好きやったんや?」
「うん」
「告らんの?」
「いやー…まだ…もうちょっと…」