いつもの朝
夢なんて、大概、詳細はすぐに忘れてあやふやになる。
ましてや、5年も前に視た夢のことをはっきり覚えておくなんて不可能…。
でも、私は覚えてる。何度も視たわけじゃない、たった一度、5年も前に視た夢を。
E県は総合的にみると田舎だが、私の住んでいる所はそこそこ町中だ。都会ではないが、お店も色々あるし、コンビニも24時間営業している。ただし、公共交通機関はあまり便利とは言えないが。
「あー…都会の人って色々遊ぶとこがあってええなぁ。ここらへん遊ぶとこないやん?」
自転車で坂を上りながら振り返った沙耶香が、私の目を見て問いかける。私達の家から学校へ行くには、毎日このキツい坂を上らなければならない。傾斜30度くらいあるんじゃないか。よくこの坂を上りながら話ができるものだ。さすが陸上部のエース。
「そ…そうや…ね…」
情けないことに私は息も絶え絶えに何とか応えた。何度上ってもこの坂は慣れない。
「よねー。もっと若者向けに遊ぶとこ作ったらええのに」
紗耶香は余裕だ。汗一つかいていない。もう5月だというのに。
「…てか、さやちゃん…こぐん速すぎ…」
先に走る紗耶香の後ろ姿に声をかける。時折吹く風が優しく汗を乾かしていく。
「え?速い?…じゃあもっととばそか」
ニヤリといじわるそうな笑みを浮かべて紗耶香は振り返った。
「えー!!勘弁してやー」
悲痛な私の叫び声を聞くと、紗耶香はカラカラと笑う。
「冗談やって。アリスはもうちょい体力つけないかんね」
坂の頂上にくると、あとは下るだけだ。上るのは苦手だが、この瞬間は大好き。
「そういえば、今日、短縮授業らしいよ!」
「そうなん?!やったー!」
空は青くどこまでも澄んでいる。畑では腰の曲がったおばあさんが作業中。左に見える森からは鳥のさえずり。風は少女達の髪をサワサワと弄びながら、一足先に学校へ流れていった。