始まり
みなさんは前世というものを信じていますか。
そしてもし、前世というものがあったとして、前世の記憶なんて、持っている人はほとんどいないでしょう。
私は前世があると信じていますが、記憶なんてありません。
この物語の主人公は、前世の記憶の断片を朧気に思い出します。前世…なんていうと、特殊なことのように思えますが、何年も前のことを思い出しているのとそう変わらないんじゃないかとも思います。
記憶とは薄れていくものですが、印象に残っていることなんかは覚えていたりしますし、程度は人それぞれでしょう。
例えば、誰かと約束をしたとして、それを相手に忘れられたとしましょう。それはとても大事な約束で、自分にとっては何ものにも代え難いものだったとしたら…
何が何でも思い出してもらいますか?
それとも、諦めますか?
いつの時代かわからない。
着物のようなものを着ていたようにも思えるし、洋服だったような気もする。
私とその人は歩いていた。
私はその人と一緒にいることが嬉しくて、少し興奮気味にとめどなくしゃべっていた。
その人はそんなに口数が多いわけではなかったが、私の話を穏やかな笑顔を浮かべながら聞いていたように思う。
やがて2人は海に着いた。
寄せては返す波の音が妙に印象に残っている。
私は嫌だった。
その人と別れなければならなかったから。
嫌だ嫌だとだだをこねる私に、
「しょうがねぇなぁ…」
と困ったように笑いながら、しゃがんで私の足に何かミサンガのようなアンクレットのようなものをつけてくれた。それは、その人が身につけていたものだった。
驚き、泣き止んだ私をまっすぐ見据えながら、その人は言った。
「これで大丈夫。」
その人が大丈夫だと言うと、心の底から本当に大丈夫なのだと思えた。
そうか、これで大丈夫なんだ。
「必ず、迎えに行くから…」
そう言って、その人は海の向こうへ消えていった。