5話
イヴは空に浮かぶ月を見ていた。
どんな想いで見ているのかは、クレイには分からなかった。
「イヴ様、どうかしたのか?」
尋ねると、イヴは首を横に振った。
「何でもありません。…ユエ様はいつこちらに?」
ユエのことが気になっていたのか…とクレイは苦笑いする。
ユエの容姿に見惚れたというわけではないだろう。
彼女はただ純粋に、此処に連れられた理由を知りたいだけだ。
ユエの想いをまだイヴは知らない。
手強いだろうなとクレイは他人事のように思った。
「深夜…だろうな。ユエ様は明るい光に弱いから。カーテンは閉めたほうがいい」
そう言ってクレイはカーテンを閉める。
外を眺めていたイヴは窓からクレイに目を動かす。
「この場所に…明るい光は届かないのですね」
「暗い世界のほうが居心地が良いからな。とくにユエ様は光に弱いから、城も真っ黒に染まっている。なので、外には出ようとしないな」
「でも…あの夜は外に出ていました」
イヴがユエと出会ったあの日。
ユエは確かに外に出ていた。
夜だとしても、月の光も弱いはずなのに…
「どれだけ光が弱くとも…人の血、なければ我々は生きてはいけない。イヴ様もご存じだろう?」
「…えぇ」
人の血が吸血鬼の生きる源だということは知っていた。
だけど…吸血鬼は人から虐げられている。
イヴがいた村人は大半が吸血鬼のことを良く思っていなかった。
「吸血鬼は人から嫌われていても、生きるために危険を冒し、血を求める。ある意味、呪われているとユエ様は時々呟いている」
吸血鬼は永久の時を生きると聞いたことがある。
ユエも…クレイも…グレイも…悲しみを千年以上胸に秘めているのだろうか。
「だが…イヴ様は違う。人と吸血鬼…異形な者でも同じように接するのだな」
「………」
クレイの言葉にイヴは黙ってしまった。
イヴの表情からはなにも感じ取れない。
クレイが何か言おうと口を開くと―――
コンコンッと扉が叩かれる。
クレイはその扉の向こうに声をかける。
「どうぞ」
「…失礼する」
クレイは部屋に入ってきた彼に向かってお辞儀をする。
この城の主でクレイの主君でもある、ユエ
ユエはクレイに軽く片手を上げる。
「顔を上げろ。悪いが、二人きりにさせてもらいたい」
「承知した。何かあればお呼びいただきたい」
クレイは顔を上げ、ふっと微笑む。
部屋を出る途中、ふとイヴを見た。
イヴはユエと目を合わさないように下を俯いている。
そんなイヴの姿に肩をすくめながらクレイは部屋を出た。
クレイが部屋を出た後、ユエは足音を立てずにイヴに近づく。
イヴはゆっくりと顔を上げて、ユエを見た。
「何故…私を此処へ?」
「……帰りたいのか?」
ユエは話を逸らす。
(また…話を…)
ユエの部屋でもそうだった。
結局話を逸らされて、何も聞けなかった。
イヴは知りたかった。
此処に連れてきたわけを。
「帰りたいとかそういうわけではありません。ただ…理由を知りたいのです」
此処に残るか去るか、理由を聞いてから決めたかった。
クレイの頼みを受け入れたものの、少し不安になってきたのだ。
いつまでいればいいのだろう…と。
ユエはゆっくりと口を開く。
「…血が欲しいから連れてきた。それの理由ではダメなのか?」
「…冗談はお止めください。貴方は…そういう方ではないでしょう?」
イヴは知っている。
彼は…優しい。
初めて出会って時から感じていた。
此処に連れてきたのには理由があるとイヴは思っていた。
だが、ユエは答える気がないようだ。
ただ、イヴを見て笑みを零している。
「答えてくれないのですね」
どうしても知りたかった。
ユエに話す気が無くとも、教えてほしかった。
イヴがここにいる理由を…
「貴方は…何がそんなに不安なのですか?」
イヴの言葉にユエの瞳が微かに揺らぐ。
そんなユエの動揺をイヴは見逃さなかった。
追いつめるかのように、ユエに一歩近づく。
「その不安を…私に話してはくれませんか?役に立たないかもしれません。ですけど…貴方の力になりたいのです」
「お前は…優しいな」
ユエはふっと穏やかな笑みを見せる。
出会ってから初めてみる、穏やかな表情
イヴの胸は一瞬、トクンッと高鳴った気がした。
「少しだけ…話そう」
ユエは椅子に座るように勧める。
イヴは少し離れたところにある椅子に座り、話を聞いた。