4話
一方その頃、ユエはある客人と客間にいた。
ユエの向かい側に座っている彼女は長い髪を弄りながら、うっすらと笑みを浮かべてユエを見る。
「…なんだ」
「貴方…なんだか楽しそう。何か遭ったのかしら」
くすくすと笑う声が部屋に響く。
ユエははぁーっと深いため息をついた。
「そんなこと、話す必要はない」
「ふーん。じゃ、噂は本当だったのかしら。貴方が人間に好意を持っているというのは」
ユエの瞳が微かに揺らいだのを女は見逃さなかった。
面白そうにくすくすと笑う。
「本当みたいね」
「そんなことを話しに来たわけではないだろう」
「だって…面白いんですもの。いつも冷静な貴方が動揺する顔」
たちが悪いなとユエは溜め息をついた。
ユエの目の前にいる彼女はいつもユエのことをからかっては楽しんでいる。
「さて、本題に入るわ」
そう言うと彼女は真っ直ぐ真剣な表情を見せる。
散々人をからかっていたのに、偉い変わり様なとユエは秘かに思った。
「このところ、世界の均衡が崩れているわ。まだ表には出ていないけど…それもいつまで続くか…」
彼女ははぁーっと深いため息をつき、ソファーに深く座る。
「原因は?」
「それはまだ。こっちにも仕事があるから、こればかりを優先させるわけにはいけないのよ。まだ戻ったら調べてみるわ。とりあえず、これだけ報告しようと思って」
「…そうか」
「…不満かしら」
彼女は鋭い目をユエに向ける。
ユエはふっと微笑んだ。
「いや…感謝してる」
「…そう。また、報告しにくるわね」
そう言って彼女はソファーから立ちあがる。
部屋を出ようとドアノブに手を伸ばし、ぴたりと止めた。
「そういえば…貴方が好意を持っている人間はどんな子なのかしら」
興味津々と言った感じで聞いてくる。
ユエは眉をひそめた。
「そんなに知りたいのか?」
「あたしには、知る権利があるはずよ」
彼女は振りかえり、妖艶に微笑む。
腕を組み、ユエを見下ろす姿は形勢逆転といった感じだ。
彼女には知る権利がある。
その言葉は卑怯だとユエは思った。
そんなことを言われたら、話さないわけにはいかないだろう。
「人間…らしくない、人間といった感じだ」
「良く分からない言い方」
そう言って彼女はくすっと笑う。
部屋を出る直前、彼女はユエに一言言った。
「今度は裏切られないようにね」
意味ありげな笑みを残して、彼女は去って行った。
そんな彼女の最後の表情と言葉に、ユエは一人、苦笑していた。
(今度は裏切られないように…か)
痛いところを突いてくるなとユエは思った。
ずっと胸に残っている過去の傷
彼女はそれをえぐるように言った。
傷つくと分かっていて、言ったんだ。
あれは警告だ。
『人間に恋するな』という。
(…分かってる。これはただの気まぐれだ)
もう人間を好きにならないと誓った。
人間を好きになってはいけない。
人間は異形な者を排除しようとする。
人間に好意を持てば、排除されるだろう。
傍にいてはいけない。
好きになる前に、あの子を手放さないと。
そう思っているのに、こんなにも悲しいのはなぜだろう。
この胸に眠っている気持ちは何だ?