2話
目をゆっくり開けると、月の淡い光が降り注ぐ。
窓の外は真っ黒で闇みたいだった。
(此処は…?)
辺りを見渡したが、全く知らない場所。
どうやら、何処かのお城の中のようだ。
(いつの間に此処へ?)
あれからどのくらい経ったんだろう。
身体はまだだるさが残っている。
そっと首筋に手をかける。
首筋には赤い痕が二つ。
まだ、熱が残っているみたいで熱かった。
血が滲んでいて、痕が痛い。
(私…気を失って…)
此処へ連れて来たのはあの『彼』だろうか。
コンコンッと控えめに扉を叩く音が聞こえる。
扉がゆっくりと開き、血のように真っ赤な髪の女が中に入ってくる。
「お目覚めのようですね」
「あなたは…?」
「御世話をさせていただきます、エリルです。洋服が汚れているようなので、こちらに御着替えください」
真っ赤な瞳が細くなり、笑みを浮かべる。
そう言われて、イヴは服の襟が血で滲んでいることに気がつく。
だが、エリルに渡された洋服を見て、イヴは顔を引きつかせた。
薄く真っ白なワンピースのようなドレスは肌に吸いつくようだった。
ふんわりとしたこういうドレスを着たことがないイヴは少し戸惑っていた。
エリルはイヴのドレス姿を見て、目を細める。
「良くお似合いです」
エリルはイヴの髪を手に乗せる。
櫛で梳かれていて、少しイヴはくすぐったかった。
「あの…どうして私は此処に?」
「王が貴方を此処へ。驚きましたわ。傷を負って帰って来たと思えば、貴方を抱えているのですもの」
(…王?あの男の人が…?)
自分が血を与えたのは此処の王様だった?
確かにきれいな顔立ちだったとイヴは思った。
高貴な血を持っているものは美しいと誰かが言っていた。
彼は…高貴な血の持ち主だった。
「さて、王がお待ちです。ご案内しますので」
櫛で梳かれた髪はさらさらと風に靡く。
長い髪が流れて、くすぐったい気もした。
お城の長い廊下を歩きながら辺りを見渡す。
まるでそこは西洋のお城のようだった。
気になったのは、光を遮るかのように真っ黒だった。
ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れて、幻想的だった。
先を歩いて行くと大きな扉が現れる。
その扉をコンコンッとエリルはノックした。
「イヴさまを連れて参りました」
「…入れ」
エリルはゆっくりと扉を押し、開いた。
「どうぞ」とエリルは二コリとほほ笑み、部屋の中へイヴを招く。
イヴはおずおずとエリルに促されて部屋の中に入る。
すると、キィと音をたてて、扉が閉まった。
(もう…後戻りはできないみたい)
イヴは覚悟を決めるようにふぅっと息を吐く。
静かに深呼吸をし、コツコツと慣れないヒールで前へ進んだ。
前へ進むと現れたのは王の玉座。
そこに座っているのは、美しき吸血鬼。
月の光よりも明るい光が彼を照らす。
漆黒の髪はつやつやと輝きを増し、赤い瞳が真っ直ぐイヴを見つめる。
そんな彼に見つめられて、イヴの頬は火照ってきた。
「あの…何故…私を?」
震える声でそう呟くように言った。
目の前の男はふっと口角を上げて、イブを見る。
「そう怯えなくていい。害そうとは思っていない。我のせいで倒れてしまったようなものだからな」
そう言ってイヴの頬に触れる。
イヴはびくりと怯えてしまい、思わず後退りそうになった。
男は悲しそうにイヴを見る。
イブは震える声で謝った。
「ご、ごめんなさい…」
「そんなに…我が怖いか?」
(怖くないはずないのに。どうして…こんなにも身体が拒否するの?この人は悪い者じゃないはずなのに…)
自分に自答自問しても、答えは得られない。
身体の震えは一向に治まらなかった。
そんなイヴを見て、男はすっと目を細める。
そして次の瞬間、イヴをそっと抱きしめた。
「…えっ?」
一瞬何が起こったのか、イヴには分からなかった。
「…我が怖いなら、逃げれば良い」
「そんなこと…」
(出来るわけ無いよ…)
暫くこうしてると、イヴの震えが止まる。
男はイヴを抱きしめながら、ぼそっと呟く。
「…柔らかいな、お前は」
そのとろけそうな甘い声に、イヴの心臓はドキンッと高鳴る。
どう返していいか分からず、ただ真っ赤になりながら男を見た。
「そして、愛らしい」
「そ、そんなこと…なぃ…です」
心臓がドクンドクンと大きくなっていくのが、イヴは恥ずかしかった。
この心臓の音に気付かないでと心の中で願った。
そう願っていると、突然身体を離される。
(な、なに…?)
男の瞳がイヴの後ろをじっと見ている。
イヴも後ろに首を動かすと、いつの間にか一人の男が立っていた。
「ユエ様、お楽しみのところ申し訳ございません。そろそろ、お客様がお見えになる時間です」
「もうそんな時間か…」
そう呟き、ちらりとイヴに視線を向ける。
イヴは首を傾げ、二人を不思議そうに見ていた。
「グレイ、イヴのことを頼む」
「承知いたしました」
グレイと呼ばれた男はにっこりとほ微笑み、軽くお辞儀をする。
グレイに促され、イヴは部屋を出た。
部屋を出る瞬間、ユエと呼ばれた彼が悲しそうにほほ笑んだ気がした。