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探偵・久世朔  作者: 九重有
東京開発事件簿

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11/17

選ばせてる人



 失踪って言葉は、軽い。

 いなくなっただけ、みたいに聞こえる。

 でも本当は、残された側の肺に、ずっと重いまま残る。


 結城修吾が事務所に来た時、顔が最初から硬かった。


「失踪だ」


「誰が」


 誠司くんが短い。


「成田圭介。再開発反対派の中心。周りは“逃げた”で片付けたいらしい」


「逃げたって言葉も都合良いよね」


 俺が言うと、結城が睨む。


「黙れ」


 誠司くんが言った。


「状況」


「最後に見たのは昨夜。会合のあと。連絡がつかない。保護記録が——隠されてた」


 結城が吐き捨てる。


「上が、な」


 直斗が小さく息を吸う。


「また…」


「まただ」


 誠司くんが言う。硬い。





 成田圭介の事務所は、紙の匂いがした。

 慎重で頑固な人間の匂い。机の上のメモが整いすぎてない。必要なものだけが残っている。


 参考人の古川悠斗が先にいた。人当たりが良いが場当たり。顔がよく動く。


「成田さん、絶対逃げたわけじゃないっすよ。だって、あの人、慎重すぎるくらい慎重で」


「慎重な人ほど、逃げる時は準備するよね」


 俺が言うと、古川が頷きかけて止まった。


「……え、そうなんすか」


「逆。準備してないなら、逃げてない」


 誠司くんが短く言った。


 結城が机の引き出しを指した。


「鍵はかかってない。スマホも置いてある」


 直斗が言った。


「スマホ置いて失踪って、変ですね」


「変だ」


 誠司くんが言う。


 俺は部屋の隅の靴を見る。成田の靴じゃない靴跡。

 出入りした誰かの“丁寧な足運び”が残ってる。


「この靴跡、急いでないよね」


 誠司くんが頷く。


「連れ去りではない。“同行”だ」





 容疑者は二人。


 吉岡拓海。激情型で短絡的。あとで後悔する。

 谷口慎吾。沈着冷静。感情を隠すのが上手い。


 吉岡は最初から怒っていた。


「成田さんがいなくなったの、俺のせいだって言いたいんすか!」


「怒るの早いね」


 俺が言うと、結城が睨む。


「煽るな」


「煽ってないよ。観察」


 誠司くんが言った。


「吉岡。昨夜、会合で何を言った」


「俺は……成田さんに言ったんすよ。『もう無理です』って。『勝てない』って」


「それで」


「成田さんが、“選べ”って」


 吉岡の怒りが一瞬だけ落ちる。

 落ちる瞬間に、本音が出る。


「選べって、何を」


 直斗が聞く。危ないくらい真っ直ぐ。


 吉岡が言った。


「続けるか、やめるか。俺は……続けたいって言った。そしたら成田さんが笑って、帰った」


 谷口慎吾は、穏やかに言った。


「私は、やめるべきだと進言しました。危険が増している。最近は脅迫も」


「君は感情を隠すのが上手いよね」


 俺が言うと、谷口は微笑んだ。


「そう見えますか」


「見えるよね?」


 俺が誠司くんに問いかけると、誠司くんが俺を見る。硬い目。


「久世」


「はいはい」






 結城が出した資料に、“保護”の記録が一枚だけ混じっていた。

 成田圭介。保護。帰宅支援。

 だが、肝心の“誰が保護したか”が空白だった。


 結城が吐き捨てる。


「空白にできるのは、相当だ」


 誠司くんが言う。


「制度の穴ではない。意図だ」


 俺は言った。


「逃げた人と、逃げさせられた人って、足音が違うよね」


「説明するな」


 誠司くんが言う。止め方は硬いが、少し優しい。棘がない。


 俺は頷く。


「じゃあ、足音で言う。靴が揃ってる」


 誠司くんが引き出しの前にしゃがむ。

 成田の外出用の靴が、玄関に揃って置かれている。

 逃げた人間の靴は、揃わない。揃える余裕がない。


「同行だ」


 誠司くんが言った。





 古川悠斗が、ふと口を滑らせた。


「成田さん、最近、変なメモ持ってたんすよ。“選択肢”って書いてある紙。二つだけ」


 結城の顔が歪む。


「二つだけ?」


 誠司くんが古川を見る。


「内容」


 古川は怖がりながら言った。


「『守る』と『守らない』って……」


 直斗が息を呑んだ。


 俺は、嫌な既視感を飲み込む。

 命令しない。選ばせる。

 誰のやり方だ。


 谷口が言った。


「成田さんは、守るために消えたのかもしれません」


「守るって言葉、また出たね」


 俺が言うと、誠司くんが俺を見る。


「久世」


「はいはい。黙るよ」





 誠司くんは、成田の行動記録と契約関係を整理した。

 更新時期。違約金。地権者の署名。

 逃げ道を塞ぐために、合法の壁を積む。


 結城が言った。


「上は捜索願を渋ってる」


「渋ってるなら、渋った記録を残せ」


 誠司くんが言う。硬い。


 直斗が言った。


「僕、成田さんを探します。地元、回って——」


「篠宮」


「はいっ」


「走るな」


「はいっ」


 走りかけて止まる。偉い。





 夜。古川から届いた位置情報。

 成田のスマホではない。古川が“見つけた”という端末の位置。


 廃ビルの屋上。

 風が強い。柵が低い。東京の灯りが綺麗だ。


 そこに、成田圭介がいた。

 無傷。だが、顔が削れている。慎重な頑固さが、疲れて擦り減っている。


「来たのか」


 成田が言う。


 結城が言った。


「逃げたのか」


 成田は首を振る。


「逃げたんじゃない。選んだ」


 誠司くんが言う。


「誰に選ばされた」


 成田は答えない。

 代わりに、ポケットから紙を出した。二つの選択肢が書かれている。


【守る】

【守らない】


 俺は成田に言った。


「これ、成田さんの字じゃないよね」


 成田の目が揺れる。


「……俺が選んだんだ」


「選ばされた、じゃなくて?」


 俺が言うと、成田は唇を噛んだ。


 その瞬間、遠くでドアが開く音がした。

 足音。丁寧な足音。


 誠司くんが一歩前に出る。硬い背中。


「来る」


 結城が低く言う。


「誰だ」


 成田が、震える声で言った。


「朝倉晃の……ところの人だ」



 

 誠司くんの机の上に、同じ形式のメモが置かれる。


【残す】

【捨てる】


 誰かが、もう選ばせている。

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