140字小説まとめ23
眠るように、息を引き取った恋人は、誰よりも綺麗だった。陶器のように青白い肌をなぞり、収まりよく腕を組んでいる。先刻まで、苦しんでいた姿が、嘘のようだ。本当にすごい……魔法だ、この薬は。手のひらに収まる小瓶は、あと一滴残っている。ためらわず、舌で舐めとった。途轍もなく、甘い……
『綺麗な君と』
おかあさんを、こうげきすることにした。おへやのそうじをして……。よし、ピカピカになった。これで、おかあさんにおやすみしてって、こうげき、できる。あ、おかあさんがきた。
部屋がものすごく汚くなっていた。その中心には、息子が誇らしげに立っている。可愛くて、思わず笑ってしまった。
『こうげき、せいこう?』
押し入れの中が、落ち着く。薄暗がりで、隠れ家みたいだ。ここにいると、どこか別の世界に連れて行ってくれるみたいで、ずっといたい。僕は、目を閉じる。外から聞こえる、音を受け入れたくない。
お父さんとお母さんが、汚い言葉で言い争う声……。もう、聞こえなくなっちゃえばいいのに……。
『押し入れの中』
趣味の廃屋巡りをしていたら、ゾンビがこちらに迫ってきた。なんで、ゾンビが現実に? と、とりあえず、逃げよ……!
「行っちゃった……不死身ライフが楽しめるから、勧誘しようと思ったのに」
着ていたツギハギの白衣から薬を取り出し、目の前で掲げる。実験で作った、自慢の発明品なのにな……。
『上手くはいかない』
池に、髪飾りを投げいれる。数分待つと、女神様が出てきた。
「貴方が落としたのは、金の髪飾りですか? それとも、銀の髪飾りですか?」
「落とした髪飾りを、女神様がつけて欲しいです」
僕は辿々しく、正直に答えた。
「貴方は正直者ですね」
女神様は笑顔で、金と銀と僕が投げた髪飾りをくれた。
『玉砕』
「僕ね、テレビの中に入れたよ!」
息子が、テレビへ突進していった……ちょっと待って、それはぶつかる! 私は慌てて、息子を抱えた。ジタバタと暴れる息子に、私は厳しく言い放った。
「手からゆっくり入りなさいって、教えたでしょ!」
私は、もう一度息子にテレビの中へ入り込む能力を教えた。
『能力の育児』
やっと、外に出れた。日の光が、身体をジリジリと照らす。数歩歩いて、息が切れてしまった。外に出れても、解放感より疲労の方が勝ってしまう。あれだけ外に出たかったのに、もう帰りたい。思い返せば、3食きちんと出されていたし、それなりに幸せだった。……私は大人しく、監禁部屋へと戻った。
『引き返す』
いわゆる、ループものなんだろうか。何度目覚めても、夜中から抜けられない。「今日」に、縛りつけられている。どれだけ抜け出す方法を探っても、元に戻らない……。
もう、やだー! 寝る! せめて誰か来い、一人じゃ無理!
そうふて寝したら、涙目の母親に起こされた……夜はまだ、更けていた。
『他力本願』
「あの子、私たちを握りつぶすタイプよ」
「そうなの?」
「物心ついた無邪気な子供は、容赦なく攻撃してくるわ」
「気を付けて、餌を取りにいかないと……!」
「作戦通りに行くわよ」
「ママー! アリさんが、二匹いる!」
娘が蟻を捕まえるために、地面に手を伸ばす。逃げて、蟻さんたち……!
『どちらも必死』
自分で理想の人形を作りたくなり、実行した。人形を細部まで一から作った後、乱暴に扱い、最後は押し入れに押し込んだ。
すると、人形は憤慨したようで、押し入れを打ち破ってきた。
これだよ、これ。人形が自分勝手な人間を嫌う瞬間が、大好きだ。人形が襲い掛かってくる様子を、じっと見つめた。
『理想の人形』
最近、屋根裏から大きな物音がする。小動物の類だろうか……そう思って、害獣駆除業者を呼んだ。
「害獣ではない感じですね、この音……」
眉を顰めながら、押し入れの天板を外す。業者さんが中を覗くと、叫び声と共に、頭から血を流して倒れた。
屋根裏から、髪の長い女性がこちらを覗いた。
『獣、か?』
「もし、そこの御方、何か食べ物を恵んで下され……」
「え? お婆さん、一人で山へ?」
「いや……俗に言う、姥捨ですよ。仕方ない、私みたいなのは足手纏いに……」
「うば、すて? いつの時代ですか、それ」
「令和の時代にそんなのないですよ……僕みたいな遭難は、ありますけれど……」
『被害同士』
天空から、罪人を落としてしまった。神の裁きが終わり、地獄へ引き渡す為に悪魔を待っていたら、暴れたから思わず突き飛ばして……僕、ダメ天使だ。
「おい、お前が罪人を……」
引き渡し相手の悪魔が、目の前に現れた。
「地獄に落としてくれたのか。天国まで行く手間省けるから、次からそうして」
『デキる天使』
「何で、人間の世界を見てはいけないの?」
無邪気に尋ねてきた娘は、本当に愛苦しい。だから、懇切丁寧に経緯を教えた。娘は瞳を少し伏せながらも、はっきりと呟いた。
「……それでも私、人間の世界を行ってみたい」
思わず身震いした。恋に溺れ、泡となった末の妹と、娘の姿が重なったから。
『面影』
「ここから見える地球は、綺麗だろう?」
宇宙飛行士になる夢が叶った。ついでに、宇宙人に会う事も。意思疎通出来るのが、凄く嬉しい……。
「一度行ってみたいんだが、手段がなくてね」
「なら、俺が連れてきます!」
そう言うと、俺の意識が急に朦朧としてきた。
「じゃあ、君の身体借りるよ」
『きせい』
浜辺に、一輪の「華」が舞っていた。波打ち際に、素足でちょっかいをかける彼女に、惹かれない者はいなかった。けれど、僕たちは海に浸かっていて、抜け出してまで彼女の元に行こうとは思えなかった。その内、風に攫われて、「華」は何処かへ行ってしまった。残り香だけが、今も僕の鼻腔を擽っている。
『高嶺の華』
「今日の餌は、僕を食べてよ」
すっかり大きくなったポチは、戸惑ったように短く鳴いた。
「……もう、食べれる人間は僕しかいないんだ」
孤独な僕を支えてくれた、君がいなくなるのは嫌だから……。最後まで、身勝手でごめんね。
ポチは甲高い鳴き声をあげると、僕より何十倍も、大きい口を開けた。
『最後の餌』
後部座席にいる自分は、相変わらず気怠げだ。早く運転しないと、皆着いてしまう。それなのに、自分の冷めた声が、背中に容赦なく突き刺さる。
「お前だけだよ、行きたいのは」
ハンドルを、強く握った。分かってる。けど、俺は、いきたい。だらける自分を乗せながら、今日も必死に目的地へ走る。
『ただ、走るだけ』
「お父さんの仕事は、スパイなんだ」
幼いながらも出鱈目だと感じ取って、呆れた。もう少し、凝った嘘を吐きなよ……。
あれから、数十年が経った。父と同じ警察官になった。……公安に、配属された。定年した父よ、子供相手にふざけて、機密情報を漏洩したのか……。大人になった今、また呆れた。
『真言吐き』
あの子は、お花が好きだった。だから、頭に沢山つけたの。愛の花言葉がつく、花を。つけすぎて、後頭部まで覆い隠してしまうくらい。けれど、世界一可愛くて、綺麗だ。人形のように動かなくなった君に、そっと寄り添う。これからは、全部面倒見てあげる。
ずっと一緒に、ここで暮らして行くの。
『メルヘン』
ああ、クリスマスが終わってしまうな。私だけが乗っているソリを、ゆったり引いているトナカイ達の背中を見る。
皆、疲れているな……。
「帰ったら、いつものクリスマスパーティーをしよう」
お前達のプレゼントも、用意しているぞ。
そう言った瞬間、ソリの動きが徐々に早まっていった。
『たのしみ』
皆は前をきちんと向いて、道を進んでいる。私は特性上、後ろを向いて進むから、右往左往してばかり。……怒られないように、気をつけなきゃ。そう思っている傍から、人にぶつかった。
「大丈夫ですか? 手伝いますよ」
笑顔で私の手を、くい、と引いた。……ちょっとだけ歩くのが、楽しくなった。
『手を、つないで』
年末の大掃除を、嫌々ながら、少しずつ進めていた。すると、小銭が少しずつ出てくる。トイレは百円、お風呂場は五百円、自分の部屋は千円も……。やる気が出てきた! 頑張るぞー!!
「作戦成功ね、パパ」
「あれでいいのかい……? ママ」
「やる気になってるし、何よりお年玉を先送り出来るわ」
『両親(主にママ)の作戦』
「煩悩払わなきゃいけないの、なんか寂しい」
家で除夜の鐘を彼女と一緒に聞いていると、ふとそう言われた。
「貴方への愛も、煩悩に含まれるじゃない?」
俺は彼女の手を取った。
「煩わしく、悩ましくないように、この先一生、真摯に愛します」
108回目の鐘が鳴り、新年が結婚記念日になった。
『おめでたい日』
さあ、この時期がやって来た。俗に言う、繁忙期というやつだ。忙しいが、お恵みを貰えるから有り難い。私の住処も存在も、消えないで済むからだ。初詣に次々と列を成す、人間たちを見ながら切に思う。
さて、どんな願い事を持ってくるかな。……私は学問の神様だから、そっち方面だと有り難いが……。
『神様の仕事』
この塔には、お母様と私が住んでいる。私達を、外の世界から守っている、とお父様が言っていた。
「だから、大人しくここにいるんだよ」
けれどもお母様が、毎晩震えながら、私を抱きしめる。
「……騙されちゃダメよ、あの人は私達を独り占めしたいだけ……」
どちらを信じたら、良いんだろう。
『板挟み』
「私ね、貴方が大好きよ」
だから、もう来ないでね。余命僅かな彼女は病床に伏し、痩せこけた顔で、綺麗に微笑んでいた。分かっている、彼女は気遣って言っているんだ。
「……分かった」
俺は、その気遣いを有難く受け取る事にした。
新しく好きになった子と、そろそろ一緒になりたいから。
『乗り換え』
この長蛇の列、何だろう。この先に、何かあるのだろうか。並んでいる人に、聞いてみた。
「さあ、何があるんだろうね。でも、皆並んでいるから、きっと面白いモノに違いないよ」
興味を惹かれて、私も並んだ。途中で離脱した人もいたけど、私は諦めずに並んだ。
列の先には、まだたどり着かない。
『空虚な期待』
朝焼けが、私の頬を照らす。遅めの時間に出てきた日の出は、心なしか薄く思える。
「寒い時期の日の出が、俺は好き」
白い息を吐きながら、笑いかける彼の声が、徐々に薄れていく心地がする。
痛々しいほど、顔を覗かせる日に目を細めた。これからは、彼が隣にいない日の出を、刻んでいくんだ。
『新しい刻』
大きな、味噌汁を作ろう。浜菜が、この海に沢山あるから。僕の体温を最大限に照らして、揺らめく波で材料をかき混ぜて……。あ、小さなお客さんが来た。さあ、召し上がれ。
「海の中、熱いよぉ」
あれ、泣いちゃった。
「太陽さん、もう少し冷たくしてよ」
張り切りすぎちゃったね、失敬、失敬。
『天然味噌汁づくり』
瞼が、重くのしかかってきた。懸命に反抗しようとするけれど、それは徒労に終わる。瞼を深く閉じられる瞬間、たった一つの幸福が浮かんだ。
両親の支配から、自ら解き放つ為に、包丁で腹を突いた。まさか、反撃されるなんて、思わなかった。……一つだけ幸せを手にして終われたから、悔いはないや。
『幸福な瞬間』
「戻れ」
険しい顔をした祖父が、たった一言吐き捨てる。無視して進もうとすると、乱暴に肩を押される。
「まだ早い!」
怒鳴り声が脳天へ響き、後ろに大きく倒れる。
床に叩きつけられる衝撃で、我に返る。仏壇にいる祖父の写真と、目が合った。首と肩に、生々しい熱が孕んで、痛かった。
『戻される』
これで、俺の人生が決まる。頬に汗が伝い、手が震えた。ついに、ここまで来たんだ。どん底から這い上がって来た俺は、また落ちるわけにはいかない。さらなる高みへと、目指すだけだ!
ルーレットを回した。
……一念発起して起業した会社が、倒産して借金を負った……ふりだしに戻るより、きつい。
『人生ゲーム』
私は、貴女の細い腕が心底欲しいと思う。けれども掴もうとする度、貴女は敢えてすり抜けていく。私が必死に手を伸ばす姿を、面白おかしくに笑っている。
最低じゃん。
やめなよ。
周りの人は、私の腕を引いて止めようとする。それでも、私は追いかける。必死な私を笑う貴女も、大好きだから。
『追い続ける』
何気なく植えた種が、果物を実らせた。毒々しい程の暗い色……これは毒、だ。私は躊躇なく取って、口に含んだ。身体中が痺れるのか、それとも寒気が止まらなくなるのか、はたまた……。四六時中、ずっと考えていた。考え続けたからか、段々と身体が落ちつかなくなってきた。
もうすぐ、毒になる。
『思考で毒に』
「……何でお姉ちゃんの部屋、異臭がするの?」
私は黙ったまま、妹を見つめる。様子がおかしいと察知したのか、すぐ私の部屋に踏み入れた。
「……何もない」
妹が疑いの目で、部屋中を見渡している。
床下に隠した生ゴミたちに、どうか気づかないで欲しい。大事な宝物達だから……。
『宝物』
「実はさ、同居人が出来たんだよね」
「へえ、引っ越したの?」
「いや、してない……」
え? あの1Kに、誰かと住めるの?
「……遠回しに伝えるより、直接の方が良いね」
友人は苦笑すると、顔を勢いよく前に倒した。次に顔を上げた時、目つきが変わっていた。
「どうも~、別人格のものです~」
『人格ルームシェア』
「何処に行かれるんですか?」
あの世。そんな事言われても、このタクシーの運転手は困るよな。だから、適当な自殺の名所を言った。
数分後、夜間の精神病院に着いた。
「運賃はいらん。知り合いに話つけとくから、診察代も払わなくていい。悪いな、勝手に」
静かに、タクシーの扉が開いた。
『おせっかいタクシー』
トンネルが、何だかいつもより長い気がする……。帰りにはここを必ず通るから、この感覚は間違いではない。
「長いよね、やっぱり」
「ああ……」
「こういうのさ、面白い?」
「はぁ? それはない——」
待て……俺は、今仕事帰りだ。ずっと一人で、運転して、家に帰っている。じゃあ、今誰と——
『異変から』
自宅に、微笑みを浮かべた悪魔がいる。悪魔というわりには、気品があり、優美な雰囲気を纏っている。人を堕落させる風貌には、見えない。
「ずっとこの辛い世の中を生きていて、偉いね……疲れたら、休んでいいんだよ」
連勤明けの頭に、甘い言葉が染み込んでいく。
それきり、日の光は浴びていない。
『優しげな悪魔』




