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第七話 洞窟型異界

殺意マックス過ぎる

「出力の低下は見られないよ、マスター。

だから、元気出して。ね?」

「…………」

「……サキ、これどうすればいいと思う?」

「時が解決するとしか…」


もう無理。本当に無理。指一本動かす気力が湧かない。何が悲しくてあの地獄作業をやり直さにゃならんかったのだ。

サキのオーバーホールも地獄だったが、これはそれ以上だ。作業時間は短かったが、使う気力が段違いだった。許さんぞ銭ゲバ。

手落ちを自覚してるのだろう、さっきから視線を合わせようとしない彼女に恨みを向けていると。

サキが私の気を逸らすように声を上げた。


「で、でも、これでプロモーション映像が撮れますね!カンナの実機テストついでに、ちゃちゃっと撮っちゃいましょう!」

「そうだな、うん…。撮ろうか…」

「テンションが低い…」


こんな精魂尽き果てた状態で上げれるか。収録、編集作業がまだ残ってると思うと気が滅入る。

作って売る面倒を痛感していると、銭ゲバの携帯が鳴った。


「仕事か?」

「うむ。…もしも、おわっ、大声出すでない。落ち着いて、妾に伝えるべきを………は?

お、おい待て倉庫は…、ガッツリ範囲に入っとるじゃないか!?」

「あ、なんか読めました」

「私も」

「?」


あの狼狽えよう、聞こえてくる単語、間違いない。世界は私たちのことが嫌いなのか。

縋るような目を向ける銭ゲバを前に、私とサキはガックリと項垂れた。


「工場、異界化したろ」

「うん」

「クソがよ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「中は洞窟型。7エリアはあるっすねー。うちじゃ対応しかねるんで、よそに回してもらってもいっすかー?あ、これ仲介した場合の見積書ね。

見積もり作業の料金、三十万になりやす」

「か、かか…ッ、カードで…」

「あざーす」

「は、はは。お疲れ様でス…!!」


翌日。異界化したアタックロイド生産工場予定地前に来た私たちは、銭ゲバの背から漏れ出る怒りと、軽薄そうな業者のヘラヘラ顔に戦々恐々としていた。

一目でわかる。こいつ、引き受ける気がまるでない。攻略の見積もりで発生する料金だけ受け取りに来たな。それでも企業と契約した身か。切られても仕方ないぞ。

…いや、銭ゲバが切ってもコイツはノーダメージか。

異界攻略業者は数が少ない。ウチみたいな田舎になると尚更。その上、自分たちの需要が高いことを自覚してる奴がほとんどで、中にはこういう適当なのもいる。

文句を必死で押さえ、笑顔の奥でギリギリと歯軋りする銭ゲバ。その怒りを知ってか知らずか、「そゆことですんで。依頼する場合はおなしゃーす」と適当に流す業者。

彼が営業車に乗って去っていくのを見送っていると、銭ゲバから何かが切れた音が響く。


「誰が頼むかァ!!!!!」


叫び、見積書を執拗に破く銭ゲバ。

態度はもちろん、ふっかけられたのも癪に触ったのだろう。洞窟型なのが災いしてか、見積もり自体の料金が高かったのも納得してなさそうだ。

命懸けだからか、有料見積もりが基本だもんな、異界攻略。私の時もアイツらにかなりふっかけられた。

怒鳴り散らし、息を切らす銭ゲバにドン引きする我が子たち。その視線に気づいたのか、銭ゲバは「んんっ」と咳払いした。


「…すまんが、カンナの実機テスト、及びアタックロイドのプロモーション映像の撮影はこの異界でやってくれんか?

工場がこの有様だと、展示会どころじゃなくての…」

「……わかった。そっちを優先する」


展示会から一ヶ月後に売り出す予定なのだ。工場がこの有様では、予約数に影響しかねない。

異界から少し離れ、パソコンを立ち上げる。


「サキ、カンナ。異界攻略を開始しろ」

「「了解」」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「あっづ!?」

「強烈だね…」


異界の門を潜ると同時、2人の人工皮膚を熱気が撫でる。

丸みを帯びた岩壁。バランスの悪い足元。光源代わりの溶岩がごぽごぽと溢れ、熱を放つ。この暑さ…否。熱さは業者が適当な対応になる理由としては十分だろう。

カンナはポーチから水色のロリポップ型カートリッジを取り出し、口に含む。


「はい、氷魔術」

「あー、涼しい…。いろんなパーツがダメになるかと思いました…」

『その程度でダメになるような設計はしてないが…、帰ったら確認も兼ねてメンテだな』

「お願いします」


カンナが放つ冷気を浴び、顔が緩むサキ。

しかし、いくら冷気を浴びても「熱い」が「暑い」に変わるだけ。もしサーモグラフィー機能があれば、視界全てが真っ赤に染まっていることだろう。

熱気に脱力したサキがふとカンナを見やる。と、その奥…カンナの側を垂れる溶岩に、魚影らしき影が漂っているのが見えた。


「カンナ、見てください。魚が溶岩の中泳いでますよ」

「ほんとだ。どういう生態してんだろ」


カンナたちが立ち止まってその魚影を見つめていると。

その隙を感知したのだろう。魚影が溶岩を突き破り、その顎門を開いた。


「魔物を確認、討伐します」

「魔物を確認、迎撃する」


サキが刀を出すより先、かろっ、とロリポップを転がすカンナ。

それに呼応するように、地面を突き破った氷柱が人の顔ほどの大きさを誇る影を貫く。

その正体は、全身が岩で覆われた魚。崩れていくそれを前に2人が緊張感を霧散させる。


「戦闘終了。お疲れ様です、カンナ」

「戦闘終了。…ごめんね、撮れ高だったのに」

「いえ、カンナのテストも兼ねてますし」


他に脅威がないことを確認し、冷気を纏い直すカンナ。

カンナとサキが互いに謙遜し合っていると、久音から通信が入った。


『過去の事例を調べたんだがな、洞窟型の異界だと珍しくもない魔物らしい。

外敵を見つけると、凄い勢いで喉笛に噛みついてくるんだと』

「マスター…、そういうのはあらかじめ言っといてください…」

「へー。この牙、黒曜石なんだ。

人間だったら死んでたね」

「機械でもアウトですよ」


洞窟型が嫌われる理由の一端を担っているであろう魔物に戦慄を覚える2人。

これ以上出てこない以上、群れで行動するタイプの魔物ではなかったのだろう。

光源にも脅威が潜んでいることを胸に刻み、2人は洞窟の奥へと進んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「洞窟型は楽でいいねー。ちょっと見て見積もり渡すだけでウン十万もらえるし。

毎度これで終わればいいんだけど」

「森林型は無理だと思いますよ」

「だよねー」


その頃、工場から去って行った営業車にて。

先ほど、一仕事終えてくつろぐ異界攻略業者に、彼よりも少し若い運転手が咎めるように口を開く。


「しかし、洞窟型と遺跡型を処理してる業者ってマジでいるんですかね?

特に今回みたいな即死案件。

ウチが仲介してるとこも、洞窟型だけはよそに投げてますよね?」

「ここら辺にはないなー。

大阪とか東京とか、都市部で事務所構えてるとこなら専門のが居るけどね。

ここみたいな田舎を周るのは、そこら辺処理し切って暇な時期だけだし、あと一年半はかかるんじゃない?

役所の方も今は立て込んでるみたいだし、依頼しても同じくらいかかるかな」

「へー。まあ、そこんとこ異界化したら大変ですもんね」


実力ある業者のほとんどは、一度の攻略報酬が高い都会か、大きな工場などがある異界化を無視できない地域に事務所を持つ。

しかし、彼らのように実力がなく、競争からあぶれた業者は、大した稼ぎが見込めない地域に腰を据えるのだ。

そういった地域の異界は森林型が多く、攻略難度も低い。都会や大きな工場と比べ、攻略報酬は低いが、田舎で暮らす分には十分な稼ぎだ。

無論、攻略難度の高い異界も発生する。その場合、役所に報告して対応を投げるか、他の業者を仲介して「対応した」という体裁を作ればいい。


「しかし、所長。あんな態度とって大丈夫なんですか?

見るからにキレてましたよ、社長さん」

「いいのいいの。あの会社、依頼してくる案件のほとんどが洞窟、遺跡型でね。こっちとしては楽なんだけど、向こうからすればすぐに対応してもらえないのが気に食わないみたいでね。そろそろ契約切ろうって話も出てるって聞いた」

「だからってあの態度はまずくないですか?」


いくら切られそうだからと言って、誠意を欠いた態度をとってもいいものか。

新人が不安気に問うも、所長は「心配しないの」と宥めた。


「向こうが早めに切ってくれるようにするんだよ。そうしたら違約金貰えるし」

「彼女の取引先にボロクソ言われたらどうするんですか?そっちからも切られますよ」

「ここいらで業者って、役所除けばうちしかないもんね。その役所も仕事パンパンで、対応がバカ遅い。

企業さんはそういう事情も、ウチに頼るしかないってこともわかってるし、一社から悪評聞いて『ウチも切ろう』なんてそうそうならないよ。これ、経験則ね」


彼らが契約を切られるのは初めてではない。

しかし、それが大きな損失を生み出したことは今までなかった。

この地域で頼れる業者が彼らしかいないからだ。

どの企業も敷地の異界化を恐れる時代。近場に事務所を構えている業者は、切ろうにも切れない存在だ。

それを切ればどうなるか。新人ながら、その末路をよく知る彼は、胸中に渦巻く罪悪感を吐き出した。


「あの子の会社、大丈夫なんですかねぇ」

「可哀想だとは思うけどね、慈善事業じゃないんだ。『やれないことはやれない』ってはっきり言わないと」

「……です、ね」


一ヶ月後。彼らの心配は杞憂に終わることになる。

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