第六話 アタックロイド「紫魔 カンナ」
なんだこの癖の塊は
「…………」
「…………」
「あ、あの、マスター?どうでした…?」
「……………」
「……………クソがよ」
「マスター!?」
びたーん!と間抜けな音を立て、私たちの体が地面に沈む。
データは吹っ飛んでた。跡形もなく。
使えそうだった奥義の映像はもちろん、最初のスライム戦すらも残ってない。
落ち込む私たちを見てオロオロするサキ。お前のせいじゃないと宥めたいが、ショックが大きすぎて口を開けない。
が、しかし。これだけは言っておかねば。
私は涙を呑み、絞り出すように呟いた。
「………もう二度と、異界の近くに寄らない」
「そうしとけ」
地面からせり出るってきちんと書いとけや。どのサイトにも書いてなかったぞ。
溢れ出る文句すらも喉を通らない。
それほどまでに先日のパソコン打ち上げ事件は痛かった。
来月に開催される企業合同展示会。それに備え、アタックロイドのプロモーション映像を作る素材が必要だったのに。
もう一度異界を攻略させるかと思ったが、ここでも問題が発生した。
パソコンの故障に連動し、ドローンの録画機能がバグり散らしやがったのだ。
保存しようとしたタイミングで通信をぶつ切りにされたことが致命的だったのか、プログラムデータがしっちゃかめっちゃかになっていた。代わりのドローンを用意しようにも、売れ行きが良すぎてこちらで確保できるだけの在庫はもうないらしい。
私たちの手元に残されたのは、私の癖がこれでもかと盛り込まれた和装美少女アンドロイドと、一人称視点の何が起きてんのかよくわからん映像だけ。
詰みだ。よくわからんわやわやした映像を背に、「この美少女アンドロイドなんですよー。異界攻略できますよー」なんて宣えるわけがない。
「……今度の展示会、工場向けの新型お掃除ロボットでも目玉にしようかの…」
「私が工房の掃除用に作ったアレか…?」
「おう…。他の現場に入れてみたら、結構評判良くての…」
「そうか…。売れるものがあるのか…。よかった…」
「会話に毒がなさすぎる…!?」
私たちをなんだと思ってんだ。
散々な言いように抗議する気も起きず、ため息をつく私たち。
金になるものがあるんだったら安心だ。それを元手に新しい家電でも作ってみようか。
沈む気分をなんとか誤魔化していると、サキがふと思いついたように声を漏らす。
「………アタックロイドが見たものって、一人称視点の映像として記録されるんですよね?」
「そうだけど、それがどした?」
「次の機体を作ればいいのでは?そっちに回す資材は揃ってるって話でしたよね?」
漂う数秒の沈黙。脳がその一言を処理した瞬間、私たちは風を切って起き上がった。
「それだ!!」
「それじゃ!!」
「わっ、びっくりした」
そうだった。サキのテストが終わるまではと自制していたが、元々は二機目もすぐに作る予定だったじゃないか。
一気にテンションを上げた私たちは踵を返し、工房へと歩き出した。
「コンセプトは決まっとるんか?!」
「無論!次のコンセプトは『魔法使い』だ!」
「ふむ!魔術機構は?!」
「仕組み、術式も刀の改良の傍ら設計し終えた!精査頼むぞ!」
「任された!!」
「あんまりテンション上げすぎてないでくださいね?絶対どっかでトチるんですから。…あの、マスター?聞いてます?おーい?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「プロダクトナンバーAR02、『紫魔 カンナ』、起動したよ。よろしくね、マスター」
「よ、よろしく」
3日後。起動したアタックロイド…カンナが優しく、妖艶に微笑む。
満足とまではいかないが、サキに見劣りしない完成度だ。
…原宿にいそうなファッションになってしまったことに全力で目を瞑れば。
別に私の趣味じゃない。サキの時も任せていた服飾担当が、性癖が突き動かすままに作った原宿系ギャルファッションを寄越しやがったのだ。しかも何着も。
金髪紫メッシュ原宿ギャル幼女とかいう性癖の煮凝りを前に、満足そうに頷く銭ゲバ。このファッション、お前の趣味も入ってたんかい。
もう少し魔法使いっぽい衣装にして欲しかった、と聞き入れられないであろう文句を浮かべていると、サキが呆れ混じりに呟く。
「早すぎません?」
「設計自体はできてたし、手直しの必要もそこまでなかったからな」
「それ込みでも早すぎますって。私の半分もかかってないじゃないですか」
「サキの場合は一度オーバーホールしたから、時間かかっただけだぞ。カンナはまだ試作段階だから、どうなるかはわからん」
「妾が精査したし、必要ないと思うぞ」
「不安です。お二人のテンション上がってるあたり余計に」
「そんなキッパリ言うか」
力強く言うな。深く頷くな。確かにこれまで数えきれないほどトチってきたが、カンナに関しては大丈夫だろう。多分。
しかし、今回はあくまでサキの観測機を兼ねた試作。性能を突き詰めるのはこれからだ。
サキは初めてできた妹をまじまじと見つめ、疑問をこぼす。
「魔法使いって話でしたけど、どうやって魔術を使うんです?」
「ポーチに入ってるロリポップ型のカートリッジを咥えさせる」
「……どういう仕組みなんです?」
「舌に『発動』の意味を持つ魔術言語を仕込んである。
カートリッジには用途に合わせた魔術言語を仕込んでいて、舐めることで状況に合わせた魔術を使い分けられるというわけだ」
「見せてあげるね。んべっ」
「あ、ほんとだ。なんか書いてる」
…自分で作っといてなんだけど、そこはかとない罪悪感を感じる。主に見た目。
カンナを小学生並みの背丈にしたのには、コンセプト以外にも理由がある。彼女はフレーム部分にびっしりと魔術言語が彫られているという特性上、サキと比べて細かな傷が機能を阻害しかねないのだ。
その問題点をどう解決するか銭ゲバと話し合い、「攻撃に当たらなければいいじゃない」という結論に至り、コンセプトの一つとして温めていた「ミステリアス幼女」を採用したのだ。
カンナの舌とカートリッジを見比べ、サキが訝しげに眉を顰める。
「魔術の切り替え、手間じゃないですか?」
「安心しろ。カートリッジは4つの属性に分け、発動魔術は舐める箇所によって効果が切り替わる仕組みになってる」
「舐める箇所で味が変わる優れものじゃぞ」
「味するんです、それ?」
サキの疑問はもっともだ。シルエットだけ見るとそこらに売ってる飴と遜色ないが、よくよく見ると完全な機械だとわかる。とても味がするとは思えない。舐めたとしてわかるのは、鉄の味くらいなものだろう。
我が子に鉄の味がするだけの棒をしゃぶらせる趣味はない。無論、味を感じるように調整済みだ。
「うむ。これは炎魔術のカートリッジなんじゃが、こっち側は攻撃魔術だからコーラ味で、こっち側は防御魔術だからスイカ味じゃ」
「味と効果に関連性がないことをツッコめばいいですか?あんまり美味しそうに聞こえない組み合わせなのをツッコめばいいですか?」
「用途に合わせて数を増やすと嵩張るし、どうせなら攻撃と防御を一緒くたにして、切り替えをわかりやすくすればいいかと」
「そんなケーキとカレー混ぜて食うと美味しいみたいな…」
流石にそこまで酷い組み合わせではないだろう。合わないことは確かだが。
サキが妹に同情の視線を向けるのを無視し、私はカンナに指示を飛ばした。
「では、実演といこう。カンナ、どれでもいいから好きに使ってみろ」
「はーい」
カンナがカートリッジを咥えると同時、その髪が溢れた熱気で靡く。
発動機構は上手く動いているらしい。
彼女は漂う炎を容易く操り、宙に幾つもの炎の矢を作ってみせた。
「どうかな、マスター?ボクとしては、もう少し派手なのが好みなんだけど」
「ああ、もういいぞ」
カートリッジを口から出し、炎を消すカンナ。それだけの動作が艶かしく見えてしまうのは彼女の仕草が原因か。
キャラ設定を見直すべきなのだろうか。
…いや、今から基礎部分を直すなんて面倒くさい。このまま売り出そう。
満足いく成果を見せたカンナの頭を撫でていると、銭ゲバが顔を顰めているのが見えた。
「…魔術を武器にして操るとか、本来は文庫本一冊分くらいの原稿用紙使って書き込むモンなんじゃがのう」
「フレームにナノミクロン単位で書き込んだからな」
地獄みたいな加工だった。趣味じゃなかったら耐えきれなかった。「やり直し」と言われたら膝から崩れ落ちる自信がある。
しみじみとこの三日間最大の苦労を思い返していると。
体の動きを確かめていたカンナが顰めっ面を浮かべた。
「どうした、カンナ?」
「マスター、リアクターの出力が下がってる。ボクのデータにない仕様だったりする?」
「そんな仕様ないぞ。…原因はわかるか?」
「それがわかんないんだよね。マスターなら心当たりがあるかなって思って聞いたんだけど」
どこかで不具合が出たか。一回バラす必要があるかもしれない。下手すればあの地獄作業をやり直す羽目になるかも、と戦々恐々していると。
引き攣った顔でダラダラと冷や汗を垂らす銭ゲバが見えた。
「…おい、銭ゲバ」
「ひゃいっ!?な、なんじゃ!?」
「さてはお前、心当たりあるな?」
「え、えと、えーっと、な、ない」
「正直に言え。ライセンス料5倍にするぞ」
「あります」
やっぱりか。私、カンナ、サキの視線が銭ゲバに注がれる。
銭ゲバは視線を右往左往させたのち、深く肩を落とした。
「……一応、一応確認したいんじゃが…、カンナに搭載しとるリアクターって何個じゃ?」
「一個だが」
その一言で銭ゲバが天を仰ぐ。
おいなんだ、その「やっちまった」って顔は。嘘だよな?嘘だと言ってくれ頼むから。
そんな私の願いも虚しく、銭ゲバは両手を合わせ、私に頭を下げた。
「すまん。魔術のリソース用にリアクターもう一個いる。それも出力デカいやつ」
「は?」
「出力デカいリアクターがいる」
「殺すぞ!!!!」
やり直しを宣告された私の怒号に、銭ゲバは珍しく「ぴぃっ」と泣いた。許すかボケ。そういうことはせめて組み立てる前に言え。