第四話 遺跡型異界
入ってくるのがバカみたいに遅いものってあるよね
ちょっと修正しました
「通じるみたいでよかったですね」
「改造が無駄にならなくてよかった…」
業者からの返答を再度確認し、安堵に胸を撫で下ろす。
とうとうこの日がやってきた。
実家の工房をすっぽり飲み込み、さぞそこにあるのが当然かのように佇むドーム状の異空間。
その入り口である門を前に、私とサキは事前確認をこなす。
「業者が13エリア以上と判断した異界だ。一定間隔でチェックポイントがあって、番人が複数体いる事例も確認されてる。この異界もそのパターンの可能性が高い。
番人を1匹倒したら帰還しろ。それで実機テストはクリアとする」
「いいですけど…、それで大丈夫なんです?
攻略しないとこの工房使えないんじゃ…」
「銭ゲバに釘を刺されてな。今回の攻略は実績づくりがメインだ。攻略は次でいい」
「銭ゲバ言うでない。守銭奴と呼ばんか」
どっちも似たような意味だろうに。…いや、確か銭ゲバは「暴力を持ってしても金をかき集める人間」という意味だから、守銭奴よりもイメージが悪いんだったか。
まあ、金の暴力を使って好き勝手やってる女だし、銭ゲバで十分だろ。
長年続く抗議を跳ね除け、手元にある機械…観測用のドローンを起動させる。
「……市販にしてはクオリティが高いな」
「シェアNo. 1じゃしの。
異界攻略配信のお供品と考えたら、こんくらいのスペックにはなるじゃろうて」
観測用のドローンは材料が足りなかったので、現時点では開発を断念した。
空前絶後の大ブームが落ち着いたとは言え、異界攻略配信の人気は衰え知らず。異界攻略配信者向けのドローンを売り出す会社は数多く存在する。
このドローンは銭ゲバが切り盛りする会社が開発している。私が設計したものより幾分か性能は落ちるが、今回ばかりは我慢しておこう。
「準備が整った。サキ、異界攻略を開始しろ」
「了解!」
サキの背を見送り、ドローンを向かわせる。
市販品だが、腐っても最新機。画面がブレるなんてことはないだろう。
…心配になってきた。あのドローンのスペックをもう一度確認しておくか。
そんな私の様子に気づいたのか、銭ゲバがこちらに半目を向ける。
「おい。あれ、あの変態剣術をしっかり撮れると思うか?
「いやあ、流石にいけ…、いける、とは、思うぞ、うん」
「自信のなさが透けて見えるぞ。
攻略映像をプロモーションに使う予定なんじゃから、しっかり撮れんと困るんじゃが」
「資材よこせ。今からでも作る」
「無理じゃ、仕入れ先も在庫なくて五ヶ月後まで入ってこん」
「ちくしょう」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「これはまた、前の異界と雰囲気が違いますね」
主人たちの言い争いをスルーし、広がる景色を見渡すサキ。
かつて高度な文明があったことを示す割れたタイルに、塗装が剥げ、劣化が見られる壁。それを蝕むように、植物が覆っている。
隣を見ると、割れたガラスに広がる摩天楼。
ポストアポカリプスをテーマにした映画のような世界が、どこまでも広がっていた。
先日攻略したものとはまるで違う、独特な異様さを感じる異界。
カメラでそれを確認したのだろう、久音がサキに声をかける。
『今回の異界は「遺跡型」だな。機械型の魔物がいれば、鹵獲して欲しいところだが…』
「倒したら跡形もなく消えるかと」
『だな』
異界は大きく分けて3種類ある。
一つは先日攻略したような「森林型」。ほとんどの異界はこれで、出てくる魔物も猿や鳥など、生物らしいものが多い。
次に、「洞窟型」。深い異界のほとんどはこれで、総じて環境の変動が激しく、一部が水没していたり、溶岩が噴き出していたりと、魔物との戦闘よりも移動に苦労する。あまりの進みにくさにあらゆる業者が毛嫌いし、依頼料を高めに設定している。
最後に、現在攻略真っ只中の「遺跡型」。確認される数は少ないものの、このタイプの異界は総じて10エリア以上あることが判明している。出てくる魔物もスライムや機械など、無機質でいてクセの強いものばかり。移動に苦労することはないが、深い上に魔物が軒並み強いという、これまた業者泣かせの異界である。
苔むした遺跡を進んでいると、壁の隙間から、でろん、とゲル状の何かが飛び出す。
無色透明、内臓が見当たらないにも関わらず蠢くそれは、主人が憎むスライム。
一体だけでなく、隙間からぞろぞろと姿を見せ、軈て4匹のスライムがサキの行く手を阻む。
「スライムを確認しました」
『ちょうどいい。魔術機能を試してみろ』
「はい」
かしゃん、と刀を取り出し、雷を纏わせる。
恐怖を覚えたのか、それとも本能に従ったのか。液体とは思えぬ動きで飛び掛かるスライム目掛け、刀を振るう。
本来であれば、斬撃は通らない。すり抜け、顔面に張り付かれることだろう。人間であれば、これでお陀仏だ。
しかし、このスライムは魔術にめっぽう弱く、裂かれると同時、蒸気となって消えた。
通じる。不安が杞憂に終わったことを悟ると、サキは深く腰を落とす。
「効果を確認。殲滅します」
ばぢっ、と火花が弾けると同時、サキの体が消える。
瞬間。並ぶスライムは揃って電解され、蒸気となって空気に消えた。
壁の隙間から新手が出てくる気配もない。撒き散らされた電撃に焼かれたか、それともあれで打ち止めだったのか。
サキは刀を腕にしまうと、背後に浮かぶドローンに向かって手を振る。
「どうでしたか、マスター!」
『ごめん、速すぎてカメラのスペックが追いついてないっぽい』
「えぇ……」
あまりにも残念な返答に脱力するサキ。
最新のカメラでも捉えきれない自身の性能に驚くべきなのか、想定できなかった主人に呆れを向けるべきか。
表現しようもない感情に苛まれるサキの耳に、久音の投げやりな声が響く。
『お前の目で撮ったやつの方がまだわかるな。録画確認したけど、めっちゃブレてる』
「…やっぱり、マスターが作った方がよかったんじゃ…?」
『その開発に回す資材がないんだ、仕方ないだろ』
「カメラだけ私の目の予備を搭載するとかでいけませんか?」
『互換性がないから無理』
いつもカメラで躓くな、と呆れを抱くも、サキはそれを飲み込み、歩みを進めた。