第3話 スライム憎し
テンション上がりすぎて大事な話を聞き逃すバカの話です
「刀、本体ともに目立った消耗はないな。ご苦労」
「ありがとうございます」
実機テスト後のメンテナンスを終え、右腕の人工皮膚を取り付ける。
高温多湿の環境下でも消耗が見られないとは、我ながら素晴らしい発明をしたものだ。
その達成感に浸ろうとするも、それを邪魔するように陰湿な笑い声が響く。
「ふひひひひ…、売り出す前から銭の音が聞こえてくるのう」
「……あの、大丈夫なんですか、あれ?」
「いつものことだ」
「幻聴に心を奪われてますし、なんらかの疾患では…?」
「病名は『金の亡者』、不治の病だ。ほっとけ」
「は、はぁ」
赤子の頃はゲンナマ握らせたら泣き止んだという伝説を持つ女だ。輪廻転生をどれだけ繰り返そうが、金への執着が消えることはあるまい。
いろんなものを垂れ流す彼女を無視し、私は次の話題へと移った。
「次は実家の工房だな。
13エリア以上の異界を攻略したとなれば、アタックロイドは本格的に異界攻略の主流となるだろう」
「そう上手く行きますかね?
ボーカロイドは世間に馴染むまで数年かかってるデータがありましたが」
「問題ない。土地の異界化は大きな社会問題だ。大きな需要が見込める」
まだ異界の通称が浸透する前の話だが、工場の一部が異界化して大損害を喰らった企業は多い。倒産の憂き目にあった会社も星の数ほどある。
ほとんどの企業はそうしたリスクを払拭するため、実績ある攻略業者と契約している。
だが、その対応は手早いとは言い難い。
民間業者が仕事として異界を攻略する場合、下調べと攻略費用、それに報酬金を合わせた見積もりを土地の所有者、及び契約者に提出する義務がある。
下調べの段階で国に頼らねばならないレベルだとわかれば、書類を各所へと回し、お偉方のサインを得なければならない。そうなれば対応されるのは早くて2週間後。聞く限りでは半年も待たされた人もいるのだとか。実家の異界もこのケースだ。
このように異界攻略の手続きは面倒くさい上、やたら時間がかかる。
それを一気に解決できる製品があるとなれば、当然食いつく。
それに加え、13エリア以上の異界攻略という大きな実績は、アタックロイドの需要を底上げしてくれるだろう。
当初描いてた未来図とは違うが、夢にまでみた世界に現実味が出てきた。
高揚する気分を隠し、実家の異界調査データを転送する作業へと移る。
「浅いエリアだけだが、業者がよこした調査データを送るぞ」
「はい。…………ん、あれ?」
「どうした?不具合でもあったか?」
データは問題なく送れたはずだが。
送信時に不具合でも起きたか、と心配を向けると、サキは首を横に振った。
「いえ、そうじゃなくて。
3ページにあるスライム型の魔物について、懸念があってですね」
「10エリア以上の異界だとよく出る魔物らしいが…、何か気になったか?」
「特徴欄に『物理攻撃が一切効かない』とあるんですが」
「そうか。………なんつった今?」
「『物理攻撃が一切効かない』と」
ぶつりこうげきがいっさいきかない?
あまりに受け入れ難い事実に一瞬、思考がフリーズする。
が。私の頭は心とは別に情報を受け入れてしまった。
垂れた冷や汗が手の甲に落ちる。
収入に期待していた悪友もそれを聞き、すん、と真顔になったのが見えた。
彼女が何を言い出すか悟った私は、声を絞り出す。
「……………おい」
「なんじゃ?」
「強化パーツの作製に取り掛かる。金を出せ」
「いくらでも出してやる。最短で作れ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「強化コンセプトだが、シンプルに『属性持ちの武器』で行こう。
『魔術』の専門家に意見をもらいながら、武装を強化する」
魔術。異界騒ぎが始まった頃、世にその姿を見せた学問の一つ。儀式や特殊言語により、望む現象を引き寄せるメカニズムを解き明かすことを目的としている。
異界発生の影響で発生した現象か、それとも元からこの世界に存在したのかは定かでないが、それを気にするのはもはや著名な学者だけ。「魔術を学びました!あれそれこういう魔術が使えます!」と就活でアピールする学生もいるくらいには、その存在は現実に溶け込んでいる。
「アテはあるんですか?」
「妾、一通り使えるし、基礎理論も知っとるぞ」
「………使えるんですか?魔術?」
「昔取った杵柄というやつじゃ。
修めれば金になるかと思っての。大抵は機械で代替できる故、大した金にならんかったが」
魔術が台頭しなかった最大の理由。それは、その大半に大した使い道がないということだろう。
魔術と聞くと超常じみたものを思い浮かべがちだが、できることと言えば「それ、機械でよくね?」と思ってしまうものばかり。
「異界攻略に役立つくらいで、日常生活で特別便利なんてことはない」、「対人なら火縄銃のがまだ強い」、「そもそも活躍の場である異界ですら物理のが強い」、「エネルギー対策とかにもならんから研究するだけ無駄」などと魔術を極めたと謳われた魔術師にすら断ぜられていたときは引き攣った笑みがこぼれた。
それを機械で再現しようと躍起になっているのは、私たちくらいなものだろう。
「で、機械での再現はできそうなのか?」
「理論上はできるが…、実際にやるとなると難しいじゃろうな。
ウチの技術班にやらせてみたが、データ上だと紙面と勝手が違いすぎての。制御システム面で躓いて頓挫した。
お前ならやれるかも知れんが、サキを強化するだけなら刀に魔術を仕込んだ方が早い」
「発動のリソースは?」
「サキの心臓部に使っとるリアクター。あれを小型化してカバーに魔術言語彫れば十分じゃろ。小型化に際しての品質劣化もそこまで気にせんでよい。
発動のためのトリガーを組み込まにゃならんが…、まあ光る鳴るおもちゃみたいな感じでボタン仕込めばいけるぞ」
大した改造は必要ないらしい。デスマーチを覚悟していたが、これなら数日経たずに終わるだろう。
私は彼女と議論を深める傍ら、刀の設計図を広げた。
「あの、お二人とも?あのスライムは『物理攻撃がアウト』なんですから、魔術を付与した武器で殴るくらいでなんとかなるんですか?データにも詳しいこと書いてないですし、業者の方に確認しといたほうが…。
あ、あの、マスター?マスター、聞いて…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……あんまりデザイン変わりませんね」
「まあ、柄にリアクター組み込んでスイッチ付けたくらいじゃからの」
2日後。改良が終わった刀を握り、少し振ってその感触を確かめるサキ。挙動に不具合は見られないし、この調子ならサキ本体の調整も必要ないか。
…しかし、浮かない顔をしているのはどうしてか。もしかすると、魔術言語の習得にかかりきりになっていた間、新たな懸念点が見つかったのかもしれない。
考えても仕方ない。今は刀のテストが先だ。
「じゃ、性能テストを始めるぞ。お前が右手で握ってる部分に三色のプレートがあるだろ」
「この指に重なる部分ですか?」
「そうそれ。どれか一つに力込めてみろ」
「はい。……わっぷ、まぶしっ」
「機械らしく、一つは電撃魔術にしてみた。少し振った後、他二つも試してほしい」
ばちっ、ばぢぢ、と火花を散らし、刀身に雷光がまとわりつく。シンプルだが、やはり絵になる。和装と雷はどうして相性がいいのかというテーマで誰か論文を書けばいいのに。
サキは軽く刀の感触を確かめたのち、中指に位置する灰色のプレートを強く押す。
すると刀は小さく音を立て、その身を小刻みに揺らした。
「これは…、なんです?」
「空気を振動させる魔術だと。切れ味強化に使えるかと思ってな」
「高周波カッターみたいな感じですか。
さっきの雷といい、本当にあのスライムに通じるんですかね、これ?」
「魔術的な干渉は通じると聞いたから大丈夫だろ」
「いや、そうなんですけど、そうじゃないっていうか…」
番人ならいざ知らず、浅いエリアで出てくるスライムであれば難なく倒せるはずだ。そう心配することもないだろうに。
サキは一通り高周波カッターと化した刀の感触を確かめると、最後のプレートを押す。
瞬間。刀身を包むように黒い光が走った。
「わ、真っ黒。なんですこれ?」
「耐性貫通魔術じゃな。これさえ使えば、どんな相手も真っ二つじゃぞ。詳しい仕組みは…口頭だと説明がすんごく面倒だからデータで確認しろ」
「そんなんあるならさっきの二つ要らなかったんじゃ…?」
「その分燃費が悪くてな。効果時間は1回30秒。約7分のインターバルを挟まにゃならん」
「なるほど。虎の子なんですね、これ」
ただのスライムに使うなら、高周波カッターと雷だけで十分だろう。
装備の変更でサキの挙動に問題が起きないこともわかったし、あとは攻略に漕ぎ出すだけだ。今こそ、私の工房を取り戻す。
「ところでですね、先日から目の敵にしてるスライムのことなんですけど」
「それがどうした?」
「いえ、その…、『物理攻撃がアウト』なのに、『物理攻撃に魔術を乗せただけの物理攻撃』って効果あるのかなと…」
流れる沈黙。
完全に確認を忘れてた。というか、改良案、2号機の設計に頭が埋め尽くされていて、気にもしていなかった。
「業者に電話しろ」
「今かけてる」
「事前に確認しましょうよ…」
「開発に漕ぎ出す前は無闇にテンションを上げてはならない」と、禁止事項として自分の作業台に貼り出しておくか。