第二話 異界攻略実機テスト「青刃 サキ」
ロマンもクソもねぇな、この迷惑ダンジョン
「クソがよ…」
「ま、マスター、逆に考えましょう。テストの機会が増えて良かったと…」
「…………わかってる。わかってる」
まさか借りた工房までも異界化するとは。実家の工房もまだ攻略してないのに。
家の工房が使えないことはまだいい。…全然よくないがいいことにする。
だが、ここが使えなくなるのだけは非常にまずい。この工房にはべらぼうに価値のある紙切れが何百、何千と眠っているのだ。それも、一枚無くすだけで数人分の生涯年収が吹き飛ぶレベルのものが。
異界にそれが飲み込まれたとなれば、ないも同じ。いくらデータベース上で残っていても、「原本がないなら使えません」、「紛失したら再発行できません」なんてのもある。それらを補填するような法の整備が追いついていない以上、異界を攻略しなければ損失を被ることになる。
所有者である悪友が回収不可と判断すれば、何がなんでも私から全てをむしり取り、空いた穴を埋めようとするだろう。
そうなる前に、この異界を攻略せねば。
深さ、危険度など不明な情報だらけだが、問題ない。今の私には心強い味方、アタックロイドがいるのだから。
「誇れ、サキ。君は世界初のアンドロイドという称号だけでなく、世界初の異界攻略機として名を残す」
「そういうのいいんで、命令してください。
所有者の命令がないと攻略に入れないアルゴリズム組み込んだの、マスターですよね?」
「あ、ごめん」
テンションが上がるといろんなことがすっぽ抜けるな。マインドコントロールのハウトゥ本でも買うか。
気を取り直すべく、こほん、と咳払いをする。
「サキ、目の前の異界を攻略しろ」
「了解。アタックロイド『青刃 サキ』、異界攻略を開始します」
軽やかな足取りで門をくぐるサキ。
私はその背を見送り、その場でノートパソコンを立ち上げた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「到着しました」
サキが門をくぐると、自分が作られた工房はそこになく。
航空写真から確認できる異界の面積を遥かに超えるであろう熱帯林が彼女を迎え入れる。
人工の皮膚越しに伝わる熱と湿気に顔を顰めながら、彼女は耳にあたるデバイスに手を当てる。
「てすてす、てすてす。
マスター、マスター。聞こえますか?私の見てるもの、見えますか?」
『聞こえてるし、見えてる。感度も良好だ』
「よかったです」
アタックロイドには攻略状況確認のため、視覚、聴覚をリアルタイムで共有する機能が搭載されている。
起動合図は耳元を覆うデバイス。アタックロイドがこれに触れることで、登録している媒体に映像を転送する仕組みになっている。
「これが生の異界ですか。データで見るのとは迫力が違いますね。
…あれ?私の場合、見てるものを現実と捉えてもいいんでしょうか?私の目ってカメラですよね?」
『胡蝶の夢という話があってだな』
「人間でも不安ってことですか?」
『不安…というのはちょっと違うな。考えても仕方ないと思ってる。
私は「ンなもん知るかバーカ」と投げ捨てた。だから、お前も気にするな』
草木をかき分けて進むこと数分。
サキは湿気でべたつく肌を拭い、ため息混じりに呟く。
「……しかし、機械の天敵みたいな環境ですね。皮膚がベタベタします」
『対策してはいるが、帰ったらメンテナンスするか』
「お願いしま…」
言い終わるより先、草むらより飛び出たいくつかの影が襲いかかる。
現れたのは、異様に爪の長い猿が数匹。
「うきゃっ、うきゃっ」とリーダー格であろう一際大きな個体が鳴き、他の個体がサキを取り囲む。
初陣にはちょうどいい相手だろう。
サキは左手を懐にやり、プログラムを実行する。
「魔物の群れを確認。戦闘を開始します」
瞬間。サキの左手が大きく裂け、その中から棒状の機械が突き出る。
残った右手で抜刀するかのようにそれを引き抜くと同時、機械が大きく変形し、一本の刀と化した。
「……このプロセスいります?」
『いる』
「あ、はい」
もう少しどうにかならなかったのか、と造物主のロマンに真っ向から喧嘩を売りに行くようなことを思いつつ、迫る猿を数匹両断する。
裂かれ、存在がほどけていく猿を横目に、自らの体へと意識を向ける。
駆動系の負荷も想定範囲内で収まっている。これなら何戦やっても問題ないだろう。
腰を落とし、周囲を観察する。
残る猿は9匹。間合いの詰め方から、波状攻撃を企てていることがわかる。
脳に当たるコンピュータが弾き出した演算結果をなぞり、適切な太刀筋を描く。
「戦闘、終了しました」
『流石に早いな』
「まだ浅いエリアですからね。力任せの撫で斬りだけでなんとかなります。
問題は…、奥にいる『番人』かと」
『「異界の核」を守る番人は手強いと聞くしな。あの変態剣術でも通じるかどうか』
「通じなかったら、新しいボディお願いしますね」
『不吉なこと言うな』
『通じてくれよ、頼むから』と絞り出すような声が響く。
崖っぷちに追い詰められている主人の焦りは理解できる。それに、いくらバックアップデータがあるとはいえ、こちらとしても壊れたくはない。抱えた不安を隠し、サキは奥へ、奥へと進んだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「順調そうじゃの。
まあ、順調でなきゃ困るんじゃが」
「私の怨嗟と夢の結晶だぞ。そうそうトラブってたまるか」
ノートパソコンに流れるグロ映像を覗き込み、満足そうに頷く銭ゲバ。
その笑顔には圧が込められており、「成功しなかったらわかってんなお前」と副音声が滲んでいる。
いろんなものを犠牲にしたのだ。ここでの失敗は許されない。
スペック上、問題ないとはわかっているものの、拭いきれぬ不安から背に汗が滲むのを感じた。
「しかし、肝心の武装が刀一振りとは。なんともシンプルなコンセプトの機体よのう」
「1号機だからな。シンプルを突き詰めたらこうなった」
「それはわかっとるわ。仕込み刀のギミックには驚いたが、異界攻略機と謳うのならもう少し特徴が欲しいと思わないでもないの」
「そこんところはユーザーに投げる」
私の答えが意外だったのだろう。心底驚いた、と言わんばかりに目を剥く彼女に、私は半目を向けた。
「…なんだその目は」
「いや、てっきり『元は趣味用に作った自分だけのアンドロイドだから』とか言って、ガッチガチに制限設けるんかと」
「ンなことするか。私はユーザーの数だけ存在する『アタックロイド』を見たいんだ」
コンセプトを異界攻略に振り切る前は、ユーザーにある程度の自由を与えて売り出す予定だったんだ。いくら仕様を変えたからと言って、わざわざ制限したりはしない。
…流石にエッチなのは規制するが。そういう機能はないし、付ける予定もないが、ユーザーの中には有り余るリビドーに従い、拡張パーツを作る奴もいるだろう。ベクトルは違えど、私がそうだったから容易に想像できる。
夢の実現が見えてきたことに昂った私は、溢れる感情のままに口を動かす。
「オタク文化黎明期には、スレッドでの悪ふざけで作られたウソのキャラが実際に音声ソフトウェアとして作られるにまで至った逸話もある。
そういう盛り上がりを私は期待してるんだよ」
「オタク怖っ」
「そのオタクが趣味全開で書いた企画書にゴーサイン出したのお前」
なに「自分は違います」みたいなスタンスでいるんだ、コイツは。ガッツリ関係者…それも矢面に立つ予定の人間だろうに。
私が半目を向けるのを気にせず、悪友は景色が流れていくだけの映像に齧り付く。
「…んで、どんくらい進んだのじゃ?」
「地下に6階」
「深めじゃのう」
「私の実家にできたのは13階近くあるとか言われた」
「お、おおぅ…」
異界はいくつかのエリアで成り立っている。どう広がるかは異界によってまちまちで、今回は地下に広がるタイプだった。
しかし、地下に進んでもジャングルとは、どういう世界なのだろうか。
ふとよぎった疑問に意識を奪われていると、画面が大きく揺れる。
『番人を確認。戦闘を開始します』
番人。異界の最奥に位置する「核」を守るように位置する魔物の総称だ。
基本的に核の前から動かず、生物らしい生態を見せることもない、不可思議な存在。
今回現れた番人はゴリラに近い異形。体毛全てが植物の蔓と置き換わったそれを前に、サキが刀を構える。
「これ、行けるのか?」
「もともとは私の実家にある異界でテストしようとしてたんだ。倒してもらわねば困る」
咆哮と共に画面が揺れているあたり、相当な声量なのだろう。ノイズキャンセリング機能が機能した上で音が割れている。
攻略業者は鼓膜が破けたりしないのか、と思いつつ、絶え間なくブレる映像を見守る。
……そう、ブレている。絶え間なく。
カメラの精度の問題じゃない。先の戦闘でも思ったが、一人称視点から上手く戦えているかどうかなんて見れるわけがない。
彼女もそれに気づいたのだろう。なんともいえない表情をこちらに向ける。
「……………これ、外付けカメラ必要じゃないかや?」
「……観測機作る」
かろうじて蔓ゴリラの首が飛ぶのだけは見えた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「戦闘終了。マスター、いかがでしたか?」
崩れ、ほどけていく巨体を前に、刀を収めるサキ。
これで実機でのテストは終わり。あとはこの先にある核を回収するのみ。
満足いく出来だったかと確認を取るも、返ってきたのは煮え切らない声だった。
『え、ええっと…、そのだな…。
すまん。全然何が起きたかわかんなかった』
「………カメラ、動いてましたよね?
あれ?共有できてました?今は出来てますけど、戦闘中に切れる不具合とか誤作動があったとかですかね?」
『一人称カメラだから、お前の動きが全然わかんなかった』
「……………そ、そうですか」
自分が言うのもなんだが、どうして今の今までそこに気づかなかったのだろうか。
主人に対して苦言を呈しかけたが、サキはなんとかそれを飲み込む。きっとハイになってたんだろう。無理矢理にそう納得することにした。
「……でも、これでテストは成功ですよね!
すぐに核を持って帰ります!」
『あ、ああ。ご苦労だった』
微妙な空気を破ろうと元気溢れる声を放ち、番人が守っていた空間へと進む。
そこにあったのは、不自然な空間。日が差しているというのに、草木に大した成長が見られない。
中央には見せつけるかのように、古びた槍が突き刺さっていた。
核は大きく3種類に分けられる。武具、魔導書、遺骨。総じてどれもが古びており、使い道がまるでない。
この槍も伝説の武具のように鎮座しているが、実際には空隙だらけのコンクリートにも負けるであろうボロ槍。
「攻略しても大したロマンがない」というのも、異界が嫌煙される理由の一つだ。
「この槍が核ですね。引き抜きます」
『気をつけろよ』
地面に刺さった槍を抜く。
人間の子供でも抜けそうだな、とサキが呆れると同時、空間が裂けた。
「異界の崩壊、及び『亀裂』を確認。
現実世界に帰還します」
空間を蝕む亀裂の奥には、元の景色である工房が見える。
サキがその中へと飛び込んだ後、工房を飲み込んだ異界は完全に消滅した。